3話
17時、19時に投稿します
森を抜けた先、街道の終着点に、国境の関所はあった。石造りの古い門と、その脇に寄り添うように広がる小さな町。ここから先は、隣国レティシアの領土になる。
「アリシア様、ここまでで……」
年嵩の衛兵が、気まずそうに言葉を濁した。命を救われた恩義と、命じられた任務との間で、彼の中に何かが揺れているのがわかる。
「わかっています。あなた方の役目はここまで。ご苦労さまでした」
私は静かに頭を下げた。衛兵たちは戸惑った様子を見せながらも、最後にもう一度深く一礼すると、荷馬車を引いて王都の方角へと戻っていった。
残された私は、見知らぬ町の入り口に、たった一人で立っていた。
手元にあるのは、追放される際に申し訳程度に持たされた僅かな路銀と、着の身着のままの姿。それでも、不思議と不安はなかった。むしろ、掌に残るあの光の余韻が、まだ私を静かに勇気づけているようだった。
「……さて」
まずは、今夜の宿を探さなければ。
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町の中は、王都の華やかさとはまるで違う空気に満ちていた。石畳は所々ひび割れ、行き交う人々の服装も質素だ。それでも、活気だけは負けていない。露店には野菜や干し肉が並び、子どもたちが路地を駆け回っている。
「お嬢さん、その格好、貴族様かい?」
宿屋の主人らしき恰幅の良い女性が、私のドレス——追放前に纏っていた、それでも一応は上等な生地のもの——をしげしげと眺めながら声をかけてきた。
「事情があって、ここまで来ました。一晩、部屋を借りたいのですが」
「へえ……まあ、いいけどね。お代は先払いだよ」
女性は少し訝しげな顔をしたが、それ以上は詮索してこなかった。渡された路銀の中から宿代を支払うと、案内されたのは狭いながらも清潔な一室だった。
ベッドに腰を下ろし、ようやく一息つく。窓の外には、傾き始めた夕日に照らされた町並みが広がっていた。
「……これから、どうしよう」
独り言が漏れる。
貴族の身分は失った。頼れる家もない。けれど、私には他の令嬢にはない力がある。この力を、どう使うべきか。
隠して、静かに市井に紛れて生きる道もあるだろう。だが——それでは、あまりに芸がない。
私は掌をそっと見つめた。夜会の光景が、脳裏に蘇る。証拠もなく糾弾され、家族にすら見限られたあの瞬間。
——後悔させてやりたい。
いや、正確に言えば違う。復讐が目的なのではない。ただ、自分を切り捨てた者たちが、いずれ自分たちの選択がどれほど愚かだったかを、思い知る日が来ればいい。それだけのことだ。
そのためにも、まずはこの力を正しく理解し、鍛える必要がある。
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翌朝、私は町の教会を訪ねることにした。聖女の力について、何か手がかりが得られるかもしれないと思ったからだ。
町の教会は、王都の大聖堂とは比べ物にならないほど小さく、質素な建物だった。それでも、扉をくぐると、静かで澄んだ空気が満ちている。
「これはこれは、珍しいお客様ですね」
出迎えてくれたのは、白髪交じりの初老の司祭だった。柔和な目元が、どこか安心感を与える。
「お伺いしたいことがあります。聖女の力について、ご存知のことがあれば教えていただけませんか」
司祭は少し驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「聖女の力、ですか。王都の教会が認定される『聖女』とはまた別に、この国には古くから、聖女の血を色濃く受け継ぐ家系がいくつか存在すると言われております」
「血を受け継ぐ家系……」
「ええ。もっとも、その多くは歴史の中で途絶えたか、あるいは自らその力を隠して生きてきたとも。聖女の力は時に、王家や教会から都合よく利用されることもありましたから」
司祭の言葉に、母の言葉が重なった。「誰にも言ってはいけません。特に、王家の人間には」——あの警告の意味が、今になってようやく腑に落ちる。
「もし……その力に目覚めたばかりの者がいたとしたら、何をすべきでしょうか」
「それは」
司祭は少し考えるように目を細めた。
「まず、力の性質を知ることです。癒しに優れているのか、浄化に優れているのか、あるいは結界や攻撃に優れているのか。聖女の力にも、その者によって色があります。焦らず、ご自身の内側にある力と向き合うことですね」
「ありがとうございます。参考になりました」
私は深く頭を下げ、教会を後にした。
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