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婚約破棄上等~悪役令嬢は聖女の力に目覚めました~  作者: ドネルケバブ佐藤


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2/13

2話

17時、19時、21時の1日3話投稿です。ぜひ見てください

地面に叩きつけられる衝撃。息が詰まる。それでも、痛みを感じている暇はなかった。


顔を上げると、ダイアウルフが一頭、また一頭と、茂みから姿を現していた。群れだ。三頭、いや四頭。


衛兵たちは馬を制御することもできず、御者台から転がり落ちていた。一人が足を挫いたのか、地面に蹲ったまま動けずにいる。


「く……っ」


私は立ち上がろうとした。だが、ドレスの裾が木の根に絡まり、思うように動けない。


一頭のダイアウルフが、こちらに狙いを定めた。低く唸り、地を蹴る。


——ああ、ここで終わるのか。


不思議なほど冷静に、そう思った。婚約を破棄され、家を追われ、最後は森の中で魔物に食い殺される。なんとも皮肉な結末だ。


けれど。


胸の奥底で、あの「何か」が、はっきりと脈打った。


夜会の時とは比べ物にならないほど、強く。まるで、私自身の意思など無関係に、その「力」が「今だ」と叫んでいるかのように。


ダイアウルフが、宙を跳んだ。


牙が、私の喉元めがけて迫る。


その瞬間——


視界が、金色に染まった。


---


自分でも何が起きたのか、すぐには理解できなかった。


気づけば、私の両手のひらから、まばゆい光が放たれていた。金色の光は瞬く間に広がり、まるで薄い膜のように私を包み込む。ダイアウルフの牙は、その光の膜に阻まれ、届くことなく弾き返された。


「がぅ……!?」


獣が、怯えたように後ずさる。


私はゆっくりと立ち上がった。全身に、これまで感じたことのない力が満ちていくのがわかる。指先から溢れる光は、次第に形を成し、まるで意思を持つように、私の周囲を漂い始めた。


「これが……」


声が震えた。恐怖からではない。


これが、母の言っていた「もう一つの血」。これが——聖女の力。


残る三頭のダイアウルフが、警戒するように距離を取る。獣の本能は、目の前の存在がもはや無力な獲物ではないことを、瞬時に理解したのだろう。


私は右手を、静かに前に掲げた。


何をすればいいのか、誰にも教わっていない。それでも、体が、力そのものが、正しい形を知っているかのように動いた。掌の中心に光が凝縮していき、小さな輝く球となる。


「下がりなさい」


自分でも驚くほど、凛とした声が出た。


光の球が弾け、辺り一帯に金色の波紋が広がる。それに触れたダイアウルフたちは、まるで見えない壁に押し返されたかのように吹き飛び、悲鳴のような遠吠えを残して森の奥へと逃げ去っていった。


静寂が戻る。


聞こえるのは、自分の荒い呼吸と、心臓が早鐘を打つ音だけだった。


---


「アリシア様……今のは……」


腰を抜かしたまま座り込んでいた若い衛兵が、呆然とした様子でこちらを見上げていた。年嵩の衛兵も、足を挫いたまま、信じられないものを見るような目を私に向けている。


私は自分の掌を、もう一度見つめた。光はすでに収まっていたが、確かな熱の余韻が、まだそこに残っている。


——本物だ。


これは幻でも、気のせいでもない。


私の中に、確かに「聖女の力」が眠っていた。婚約者として、公爵令嬢として、二十年近くこの国の「型」に押し込められていた間、この力はずっと、私の内側で息を潜めていたのだ。


あるいは——皮肉にも、婚約という枷が外れたことで、初めて目を覚ましたのかもしれない。


「……立てますか」


私は挫いた足を抱える衛兵の側にしゃがみ込み、そっと手を伸ばした。再び、掌に淡い光が灯る。今度は攻撃のためではない。傷を癒す、優しい光だった。


「な……」


衛兵の足に光が触れると、腫れがみるみるうちに引いていく。彼は目を見開いたまま、言葉を失っていた。


私は静かに微笑んだ。


「大丈夫。動けるはずです」


自分の声が、これまでとは違う響きを持っていることに、私自身が一番驚いていた。憐れまれる令嬢でも、糾弾される悪役でもない。今この瞬間、私はようやく、自分自身の足で立っている。


---


森の向こうから、朝日が差し込み始めていた。木々の隙間を縫うように伸びる光の筋が、私の周りにまだ微かに残る金色の粒子と重なって、幻想的な輝きを作り出す。


「行きましょう。関所まで、あと半日なのでしょう?」


私は立ち上がり、乱れたドレスの裾を払った。二人の衛兵は、まだ状況を飲み込めていない様子で顔を見合わせていたが、やがて年嵩の方が、深々と頭を下げた。


「……アリシア様。命を、お救いいただき……」


「礼はいりません。あなた方は、私を国境まで送る任務を果たしただけのこと」


そう言いながらも、内心では、まったく別のことを考えていた。


この力を、このまま隠し続けるべきか。それとも――。


王太子ユリウスも、聖女セシルも、そして私を切り捨てた父も。彼らは今頃、私が惨めに国外を彷徨っているとでも思っているのだろう。


けれど、違う。


婚約破棄されたことで、私はようやく、自分本来の力に――そして、自分自身の人生に、目覚めたのだ。


「さあ、参りましょう」


私は先頭に立って歩き出した。行く先に何が待っているのかはわからない。けれど、もう恐れることは何もない。


森を抜けた先に広がる空は、抜けるように青かった。


――第一話・了――

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