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婚約破棄上等~悪役令嬢は聖女の力に目覚めました~  作者: ドネルケバブ佐藤


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1話

17時、19時、21時の1日3話投稿です。ぜひ見てください


「アリシア・ヴェルモンド、お前との婚約はここに破棄する!」


王太子ユリウスの声が、夜会の広間に響き渡った。指先はまっすぐ私に向けられている。隣には、涙を浮かべて震える聖女セシルの姿。


——ああ、来たか。


不思議と、心は凪いでいた。悲しみも怒りも湧いてこない。むしろ、長年締め付けられていた胸の奥に、小さな痛みが走った。まるで何かが目を覚ましかけて、また眠りに戻っていくような感覚。


「理由をお伺いしても?」


私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


「セシルへの度重なる嫌がらせ、聞き及んでいる!これ以上、お前を私の婚約者として置いておくわけにはいかない!」


証拠もない糾弾。いつものことだ。この国の社交界では、噂と好意さえあれば、真実などいくらでも塗り替えられる。


「そうですか」


私は静かに頷き、婚約の証である指輪をゆっくりと引き抜いた。指先が一瞬、じんと痺れる。気のせいだろうか。


「アリシア・ヴェルモンドを、ヴェルモンド公爵家の名において追放とする」


父の声だった。娘を庇うでも、弁明の機会を与えるでもなく、ただ体面のために私を切り捨てる決定を、淡々と告げた。


会場中の視線が、憐れみと嘲りの混じった色で私に注がれる。


——構わない。


こんな家に、こんな婚約に、私はもう何の未練もなかった。


「かしこまりました」


私は指輪を、ユリウスの足元にそっと置いた。


「これまでお世話になりました。皆様、ごきげんよう」


一礼し、背を向けて広間を出る。誰も引き止めなかった。


---


城門の外で、私を待っていたのは一台の粗末な荷馬車と、二人の若い衛兵だった。丁寧な扱いなど期待していなかったが、それでも実際に目の当たりにすると、胸の奥がすっと冷える。


「アリシア様……この度は、その」


若い方の衛兵が、気まずそうに視線を逸らした。もう一人の、年嵩の衛兵は無表情のまま荷台を顎で示す。


「乗ってください。国境の関所まで送るよう、公爵家から言いつかっております」


「わかりました」


私は自分でドレスの裾を持ち上げ、御者の手も借りずに荷台へと乗り込んだ。夜風が冷たい。城で纏っていた豪奢な外套は、追放が決まった時点で取り上げられていた。代わりに渡されたのは、使用人が着るような、飾り気のない厚手のショールが一枚だけ。


荷馬車が動き出す。王都の灯りが、少しずつ遠ざかっていく。


振り返らなかった。振り返る価値のあるものなど、もう何もない。


---


馬車の揺れに身を任せながら、私は自分の掌をじっと見つめていた。夜会での、あの一瞬の痺れ。気のせいだと思おうとしたが、指先には今も、微かな熱の残滓のようなものがある。


母の言葉が、不意に蘇った。


「アリシア。もしいつか、自分の中に知らない力を感じることがあっても……誰にも言ってはいけません。特に、王家の人間には」


幼い頃、寝室でそっと囁かれた言葉。当時はただの子守唄のようなものだと思っていた。母はその後すぐに病で亡くなり、詳しい話を聞く機会は二度と訪れなかった。


「もう一つの血、か」


小さく呟く。誰も聞いていない。衛兵たちは御者台で、退屈そうに欠伸をしているだけだった。


ヴェルモンド家に稀に生まれるという、表には出せない力。あるいはそれは——この国が長年探し求めてきた「聖女」の力と、何か関係があるのだろうか。


セシルが聖女として教会に認定されたのは、半年前のことだった。癒しの光を纏うその姿に、民衆も貴族も熱狂した。私はその隣で、ただ「聖女に嫉妬する悪役令嬢」という役割を、いつのまにか押し付けられていた。


——本当に、彼女だけが聖女なのだろうか。


疑問が浮かんでは消える。今の私には、確かめる術もない。


---


馬車は三日三晩、休むことなく街道を進んだ。宿場町に立ち寄ることもなく、衛兵たちは野営の準備をするだけ。食事は硬いパンと水のみ。貴族令嬢として生きてきた二十年弱の暮らしとはあまりにもかけ離れた扱いだったが、不思議と心は折れなかった。


むしろ、王都から離れるごとに、呼吸が楽になっていく気さえした。


四日目の朝、街道は森の中へと入っていった。国境に近いこの一帯は、開発が進んでおらず、獣や魔物の目撃情報も少なくないと聞く。衛兵たちの顔にも、緊張の色が浮かび始めていた。


「……この先、関所まではあと半日といったところです」


年嵩の衛兵が、地図を睨みながら呟く。私は荷台の縁に腰掛け、流れていく木々を眺めていた。


その時だった。


前方の茂みが、大きく揺れた。


「!」


御者台の二人が、同時に身構える。馬が怯えたように嘶き、前脚を高く上げた。


「魔物か……!」


茂みから飛び出してきたのは、体長二メートルはあろうかという、灰色の毛を持つ獣——ダイアウルフだった。血走った目、剥き出しの牙。街道沿いに出ること自体が珍しい種のはずだが、なぜこんな場所に。


「アリシア様、お逃げください!」


若い衛兵が叫びながら剣を抜く。だが、震える手では、まともに構えることすらできていない。


馬が完全にパニックを起こし、暴れ出す。荷馬車が大きく傾いだ。


「きゃ……!」


私の体は、荷台から投げ出された。


---



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