部活動見学 地理部
次に向かったのは地理部だ。扉を開けると、歴史部とは違った種類の資料が、部屋中に広げられている。壁には大きな地形図。棚には旅行雑誌や自治体の統計資料。中央の机には、複数の地域の地図と鉄道の時刻表、商業施設の案内図が置かれていた。
紬の視線が、商業施設の案内図で一度止まる。集めるのが趣味なので、気になるらしい。
「相田君たちだね。先生から聞いているよ」
地理部の部長が、机の上の資料を端へ寄せ、俺達の座る場所を作った。
「新しい部を作ろうとしているんだって?」
「はい。それで、地理部と活動が重ならないか確認に来ました」
部長は、紬が持っている申請書を見る。
「山府研究部か。山府を調べるなら、確かに重なるところはありそうだね」
「地理部では、普段どんな活動をしているんですか?」
「普段の活動は、ほとんど夏のフィールドワークの準備だよ」
部長は壁のホワイトボードを指す。いくつかの地域名が書かれ、その下に、交通、産業、防災、商業といった項目が並んでいた。
地理部では毎年一つの地域を選び、夏休みに大規模な現地調査を行うという。前期は調査する地域を決めるところから始まる。自治体が公開している統計や地図、地域について書かれた本を集め、現地で何を確かめる必要があるのかを話し合う。調査先や交通手段、宿泊場所を決める他、施設や店舗へ聞き取りを行う場合は、事前に連絡を入れ、学校を通じて許可も取る。
「夏休みに行って、見て回るだけじゃないんですね」
「それだと旅行になってしまうからね」
部長は笑った。
現地調査では部員ごとに担当する分野が分かれている。産業を調べる者。鉄道やバスといった交通を調べる者。住民の買い物環境を調べる者。地形や自然環境、災害の危険性を調べる者。
同じ地域を複数の角度から調べ、持ち帰った記録と事前に集めた資料を照らし合わせる。後期は、その成果を一冊の報告書へまとめる。
「完成した報告書は、会山戦で展示するんですか?」
「展示もするよ。前年の報告書と、その年に調べている地域の途中経過をパネルにして出す」
部長は棚に並んだ分厚い冊子を指す。
「調査へ協力して貰った自治体にも、完成したものを送っている。高校生の研究だから、向こうの仕事に使えるほどではないけど、毎年きちんと受け取ってくれるよ」
棚には、年度と地域名が書かれた報告書が何冊も並んでいた。一つの地域について、百ページ近く使っているものもある。
「歴史部もそうでしたけど、山府義塾の部活動って、どうしてこんなに本格的なんですか?」
俺が尋ねると、部長は不思議そうな顔をした。
「部活動だからじゃない?」
内部進学者にとっては、これが普通らしい。渡部君から会山戦について聞いていなければ、学校全体が何かに憑りつかれているのではないかと疑ったかもしれない。
「地理部では、山府を調べないんですか?」
「今の年一回のフィールドワークでは扱ってないね」
「どうしてですか?」
「創部した頃に、何度か大きな調査をしているんだ。学校が山府にある以上、最初に地元を知るべきだということでね」
部長は報告書が並ぶ棚の一番下へしゃがみ込み、奥から一冊を引き出し両手で机の上へ置く。
鈍い音がした。
表紙には、『山府市地理調査報告書』と書かれている。
「これ一冊で、山府全体を?」
「当時の部員が何年かかけて調べたものを、最後にまとめ直している。地形や気候、人口、産業、交通、商業、防災まで、基礎的なことは一通り入っているよ」
目次だけで数ページあった。適当に開いたページには、山府市内の人口分布を色分けした地図が載っている。別のページには中心市街地と高原地域の産業構成を比較したグラフがあった。
「これだけ調べてあるから、今は別の地域を選ぶようになったんですか?」
「それが一つ。毎年同じ地域を扱っても、似た調査になりやすいからね。もちろん、人口や店の数は変わるから、必要に応じて小さな更新はしている。でも、夏休みを使う大規模調査では、山府の外を選んでいる」
「では、私たちが調べようとしていることも、ここに書いてありますか?」
紬が申請書を見せると、部長は少し考え込んだ。
「近いものはあると思う。通学や買い物についての聞き取りもしているから。ただ、この報告書が中心にしているのは、数字や地図で地域の構造を説明することだね」
「人がどう感じているかは?」
「聞き取りの中には入っている。でも、個人の感覚は比較しにくいから、最終的な報告書では補足になることが多い」
部長は、見開きいっぱいに掲載された交通網の図を示す。
「地理部が知りたいのは、どこに何があり、人や物がどう動いているのか。その結果、地域にどんな特徴や問題が生まれているのかということだ」
「俺達が知りたいのは、山府で暮らしている人が、普通に思っている日常です」
「なら、見る場所は同じでも、集めるものは少し違うかもしれないね」
地理部の部長は俺達の発想を否定せず、地理部との違いを考えてくれた。
「この報告書、予備があるから持っていっていいよ」
「いいんですか?」
「地理部と同じ調査を繰り返さないためにも、先に読んでおいた方がいい。基礎資料としては使えると思う」
部長は報告書を俺の前へ押し出した。受け取ろうとして、予想以上の重さに腕が下がる。分厚い教科書を何冊か重ねたようだった。
「あ、ありがとうございます」
「分からないところがあれば、顧問の先生に聞けばいいよ。地理の資料について話し始めると長いけど」
担任の授業を思い返す。地図を一枚見せるだけで、そこから十分以上話を続けることがある。その評価は、おそらく正しかった。




