部活動見学 歴史部
放課後、最初に訪ねたのは歴史部だった。扉の前には『歴史部』と書かれた札が掛けられ、その下に、会山戦で発行したらしい部誌の表紙が何枚か貼られている。
扉をノックすると、中から返事があった。
「失礼します。見学をお願いしていた相田です」
「聞いてるよ。どうぞ」
部室へ入ると、最初に目に入ったのは壁一面の本棚だった。日本史や世界史の資料集だけではない。人物の伝記、地域ごとの歴史書、古文書の読み方を解説した本、海外の言語で書かれた分厚い本まで並んでいる。
中央には長机が二つあり、数人の部員が本やノートパソコンを広げていた。俺達を迎えた部長は、開いていた本へ紙の栞を挟んでから席を立った。
「一年生の相田君たちだよね。歴史部へ入りたいの?」
「見学した上で、少し相談したいことがあります」
「相談?」
「新しい部活動を作ろうと思っているんです」
正直に話すと、部長は少し驚いたものの、嫌な顔はしなかった。
「それで、活動が歴史部と重ならないか確かめに来たんだ」
「はい」
「なるほど。それなら、簡単にうちの活動を説明しようか」
部長は本棚から、昨年度の部誌を一冊取り出した。見た目は一般的な同人誌に近い。しかし受け取ってみると、想像していたより重かった。
表紙を開くと、最初に目次がある。
『戦国期における山城の防衛構造』
『明治初期の鉄道敷設と地方都市』
『中世ヨーロッパの巡礼路』
『三国時代における兵站の比較』
題名を読んだだけでは、内容をほとんど想像できなかった。
一つ目の記事を開いてみる。本文には図や地図が挿入され、ページの下には小さな文字で出典が並んでいた。巻末には、参考にした書籍や論文の一覧まで付いている。
高校の部活動で作ったものというより、大学の研究会が発行した冊子に見える。
「これを、部員が書いたんですか?」
「そうだよ。一人一つ、自分が興味を持った時代や地域を決めて、一年かけて調べるんだ」
「一年に一本?」
「基本はね。短い研究を何本か書く人もいるけど、部誌に載せるなら、ある程度まとまったものにして貰ってる」
部誌は、文化祭でもある会山戦で頒布するだけではない。校外の同人誌即売会にも参加し、歴史や地域研究の本として販売しているという。
「学校の部誌を、同人誌即売会で売るんですか?」
「歴史系の本も多いからね。毎年買いに来てくれる人もいるよ」
部長は、本棚に並んだ過去の部誌を示す。背表紙には発行年が書かれていた。一冊だけでもかなりの厚さがある。それが何年分も並んでいるため、端から順番に読むだけでも相当な時間がかかりそうだった。
紬は最新号の目次を最初から最後まで確認する。
「山府についての記事は、ないんですか?」
「この年はないね」
「その前の年は?」
「その前どころか、十年くらいなかったと思う」
部長は過去の部誌が並ぶ本棚へ目を向けた。
「昔は、山府の歴史を扱った部員もたくさんいたんだ。山御杜の由来や、古い街道、山府に残る伝承を調べた記事もある。ただ、最近は選ぶ人が少ない」
「地元なのに?」
「地元だから簡単、というわけじゃないんだよ」
部長は棚から一冊の市史を取り出し、机の上へ置いた。
「山府は古い土地だけど、一般に公開されている史料は意外と少ない。詳しく調べようとすると、神社や寺、旧家が保管している記録を見せて貰う必要がある」
「頼めば見せて貰えないんですか?」
「高校生が一人で行って、すぐに見せて貰えるようなものではないね。紹介が必要な場合もあるし、許可を得られても、昔の文字を読めなければ内容が分からない」
部長は市史のページをめくる。写真として掲載された古文書は、俺には文字なのか模様なのかも判別できなかった。
「それに、山府には神話や伝承が多い。地域で昔から語られている話と、記録で確認できる事実を、どこまで分けて考えるかも難しいんだ」
「伝わっている話を、そのまま歴史として書くわけにはいかないと?」
「歴史部の部誌に載せるなら、少なくとも、何を根拠にそう考えたのかは示さないといけない」
山府で育った人なら、地元の歴史にも詳しいと思っていたが、詳しく調べようとすればするほど、個人の興味だけでは踏み込めない場所が増えるらしい。
「神社一つ、街道一本に絞っても、公開されていない史料が多い。だから、今の部員は資料を集めやすい時代や地域を選ぶことが多いんだ」
「山府を研究してはいけないわけではない?」
「もちろん。やりたい人がいれば歓迎するよ。ただ、本格的に取り組むなら、一人の研究ではなく、何年か続ける共同研究になると思う」
紬が小さく頷く。
「新しい部では、何を調べるつもりなの?」
部長に尋ねられ、俺は昨日決めたことを説明した。部長は最後まで聞いてから、少し考える。
「それなら、歴史研究というより、今の山府の記録に近いのかな」
「そうです」
「昔のことを扱う時は、歴史部と相談してくれれば良いと思う。使えそうな部誌や資料があれば紹介できるから」
「ありがとうございます」
俺達は歴史部の部長にお礼を言って、部室を後にした。




