面談
帰りのホームルームでのこと。連絡事項を一通り伝えた担任が、教卓の上の書類をまとめながら俺を見る。
「相田。ちょっと確認することがあるから、この後、面談室に来なさい」
教室に残っていた生徒たちの視線が集まる。
「あ、ついでに妹も連れてきて欲しい」
妹も一緒となると、個人的な用件ではないらしい。担任はそれ以上説明せず、書類を抱えて教室を出ていった。周囲では何人かがこちらを見ていたが、理由を尋ねてくる者はいなかった。
渡部君だけが、鞄へ教科書をしまいながら声をかけてくる。
「何の話だろうね」
「俺が知りたい」
「妹さんも一緒なら、外部入学者に関係することかな」
「そうかもな」
適当に返答していると、渡部君は少し考えた後、自分の鞄を肩へかけた。
「終わったら、明日でいいから何の話だったか教えてくれる?」
「話せる内容なら」
「うん。それでいいよ」
教室を出る渡部君を見送り、俺も鞄を持って紬を迎えに行った。
廊下では、紬が既に教室の前で待っていた。
「担任の先生に、放課後は兄さんのところの先生と面談だって言われた」
「何か心当たりは?」
「ない」
「俺もない」
二人揃って呼び出されるような問題を起こした覚えはない。強いて挙げるなら、まだ部活動へ入ってないことくらいだった。
指定された面談室は、職員室の並びにある小さな部屋だった。
扉を開けると、俺の担任が一番奥の席に座っている。机の上には、二枚の部活動希望調査票が置かれていた。どちらも所属希望の欄は空白で、上には俺と紬の名前が書かれている。
「失礼します」
「来たか。座ってくれ」
俺達は並んで椅子へ腰を下ろした。
担任は二枚の用紙をこちらへ向ける。
「何の話か、見れば分かるな?」
「部活動ですか」
「そうだ。山府義塾では、原則として全生徒がいずれかの部活動へ所属することになっている。それは入学前にも説明されていたはずだけど」
「知っています」
「では、なぜ二人とも希望欄が空白なんだ?」
責めるような口調ではなかった。純粋に理由を確認したいらしい。俺は隣の紬を見る。紬が小さく頷いたので、代表して答える。
「部活をやりたくないわけではありません。入学してから、二人で見学して回っています」
「それでも入りたい部がなかった?」
「はい」
「随分慎重だな」
担任は腕を組み、椅子の背もたれへ体を預けた。
うちのクラスの担任は地理の担当教員だ。地理部と鉄道研究部、二つの部活動の顧問を兼任し、さらに一年生の部活動統括教員という、聞いただけでは何をするのか分からない役職にも就いているらしい。本人によれば、主な仕事は未所属の生徒をなくすことだという。
つまり俺達は、担任にとって現在もっとも分かりやすい懸案事項だった。
「参考までに聞くが、どこを見学した?」
「学校を探検するついでに、けっこう……。文化部はほぼ見ました」
「そこまで見たのに一つもなかったのか。全国的に見ても、かなり種類が多いんだぞ」
確かに、種類は多かった。活動も本格的だった。しかし、どうしても家での作業のことが頭から離れず、楽しめそうになかった。
俺と紬は、小さい頃から母の仕事を手伝っていたこともあり、プロの創作が身近にある生活をしている。紬に関しては、ペンネームで活動する小説家だ。学校の部活動は正直、家での創作活動の邪魔でしかなかった。
……おまけに二人とも運動苦手だし。
担任には、家の手伝いをしているため、あまり部活動に時間をかけたくない、とだけ説明した。母の名前も、紬が作家であることも話さなかった。
「なるほどな、つまり既存の部活動では自由な時間が確保しにくいと」
俺達の説明を聞き終えた担任は、机の上で指を組んだ。
「なら、自分達で作ればいい」
あまりにも自然な口調だったので、意味を理解するまで少し時間がかかった。
「何をですか?」
「部活動を」
「そんな簡単に作れるんですか?」
「簡単ではない。だから設立要綱がある」
担任は机の脇に置かれていた封筒から、数枚の紙を取り出した。一番上には、大きな文字で『部活動設立要綱』と印刷されている。その下にあるのは、設立申請書と活動計画書らしい。
「既存の部活動に入りたいところがない。しかし、部活動への所属は必要だ。それなら、二人がやりたい活動を新しい部にすればいい」
「俺達、別に学校でやりたいことなんて無いですけど」
「選択肢として提示しただけだ」
そう言いながら、担任は書類一式を俺達の前へ置く。
紬が設立要綱の一枚目を持ち上げる。
「まあ、読むだけなら」
その返事を聞いて、担任は満足そうに頷く。そして、おもむろに話し始めた。
「実は、お前たち以外にも、まだ所属先が決まっていない一年生が何人かいる」
でた、厄介ごとの気配。
「その人達にも、同じ話をすればいいのでは?」
俺は自然に言ったつもりだったが、少し強めの口調になってしまった。
「それが簡単なら、私もそうしている」
「何か事情が?」
「六家だ」
担任は、それだけで事情が伝わると思っているらしい。
しかし俺にも紬にも、まったく伝わらなかった。
「また六家ですか」
「また?」
「入学してから、至るところで耳にします。六家だから特別だとか、六家には頼めないとか。でも、そもそも何なんですか、六家って」
担任は俺と紬の顔を交互に見る。本当に知らないのかと確認しているようだった。
「山府へ来たばかりなら、知らないのも無理はないか」
「だから教えて欲しいんですけど」
「簡単に説明できる話ではないんだ」
「学校中の人が知っているのに?」
「知っているからこそ、教師の立場で下手な説明をしたくない。家ごとに事情も違う。興味があるなら、同級生に聞いた方がいい」
説明を避けているようにも聞こえるが、表情を見る限り、本当に扱いづらい話題らしい。
担任は咳払いを一つして、話を戻す。
「とにかく、六家の生徒たちも現在は未所属のままだ。学校としても、この状態をいつまでも放置するわけにはいかない」
「それと、俺達に何の関係があるんですか?」
「もし部活を作るなら、声をかけてみて欲しい」
「知らない人達に?」
「まずは知り合うところからだな」
「随分気軽に言いますね」
「山府の生徒は、六家を意識しすぎる。部活動へ誘うだけでも、余計なことを考える者が多い。その点、お前たちは何も知らない」
「馬鹿にしてるんですか」
「今は、それが長所になるという話だ」
担任は真顔だった。冗談で押しつけようとしているわけではないらしい。
だからといって、引き受ける理由にもならない。
「先生」
それまで設立要綱へ目を落としていた紬が顔を上げる。
「私たちはまだ、部活動を作るとも、その人達を誘うとも言っていません」
言葉遣いが、少しだけ丁寧になっている。紬が面倒に感じ始めている証拠だった。
「分かっている。まずは二人で相談してくれ」
「相談した結果、作らないこともあります」
「もちろんだ」
担任は頷く。
その割には、紬が持っている書類を返して貰おうとはしなかった。
「今日はそれを読んでみてくれ。分からないところがあれば、いつでも聞きに来なさい」
「先生は顧問になってくれるんですか?」
俺が尋ねると、担任は一瞬だけ黙った。
「活動内容による」
「そこは支援しないんですね」
「私は既に二つの部活の顧問をしている」
「では、なぜ部活を作るのを勧めたんですか」
「部活動統括教員だからだ」
便利で面倒な肩書きだった。
面談を終え、俺達は部屋を出る。扉を閉めようとしたところで、担任が念を押してきた。
「六家の件、よろしく頼む」
「まだ何も決めてません」
返事をして、そのまま扉を閉めた。廊下へ出ると、紬が手元の書類を見る。
『部活動設立要綱』
『部活動設立申請書』
『年間活動計画書』
話を聞きに来ただけのはずなのに、帰る頃には荷物が増えていた。
「押しつけられたな」
「うん」
「どうする?」
紬は書類を俺へ差し出す。
「今日は、母さんの手伝い」
「そうだった」
今夜は、母の原稿作業を手伝うことになっている。
詳しく話し合う時間はなさそうだった。




