会議は踊る。されど……
翌日の放課後。俺の教室には、設立予定者の五人が集まっていた。
湯田さんと星君は、昨日までと同じく見学者として席に着いている。全校投票を提案した渡部君も、窓際の机へ椅子を寄せていた。
机の中央にあるのは、記録取扱規程と九枚の匿名回答の写し。
規程には、集めた記録をどう扱うかが書かれている。しかし、その記録を集めるために、誰へ、どう協力を頼むのかが抜けていた。
俺は昨日出た案を説明した。
「今日は、そこを直す」
「直接お願いしない、という部分ですわね」
大竹さんが規程を手に取る。
「そう。今の規程には、協力を断っても不利益を受けないとは書いてある。でも、六家の人間から直接頼まれた時点で断れないなら、それだけじゃ足りない」
紬が規程の冒頭へ、新しい見出しを書き加えた。
『協力者の募集』
「部員は、調査へ協力して欲しい人を直接誘わない」
「調べたい内容だけ顧問の先生に伝える」
俺が続ける。
「先生から校内へ募集を出して貰って、協力したい人だけが申し出る。その中から、先生が人選し、俺達へ知らせる。それなら、俺達が知るのは、先生が選び、本人が協力に同意した人だけになる」
室井君が腕を組む。
「特定の者にしか尋ねられない内容であれば、どうする」
「その場合も、最初の連絡は先生から」
紬が答えた。
「断られた場合、理由は部へ伝えない。同じ件では、もう頼まない」
「断ったことを、後から話題にするのも禁止ね」
雪白さんが付け加える。
大竹さんが手を挙げた。
「わたくしが、そのお話に詳しい方を存じ上げている場合も、直接お願いしてはいけませんの?」
「知っていることと、頼んでいいことは別」
紬は即答した。
「先生には、相手の名前と、何を聞きたいかを伝えられる。でも、返事は先生から受け取る」
「御本人が、わたくしへ直接お断りの理由を説明しようとなさった場合は?」
「聞いてはいけないとまでは言わない。でも、説明する義務はないと先に伝える」
俺が答えると、大竹さんは考え込んだ。
「御友人から何かを頼まれた場合、理由を申し上げるのが礼儀だと思っておりましたわ」
「それが普通の頼みならな」
「わたくしからのお願いは、普通ではございませんの?」
答えに困っていると、雪白さんが口を挟む。
「今は普通ではない可能性があるから、こうして話しているのでしょう」
「六花さんは、もう少し言葉を選んで下さいませ!」
「否定はしないのね」
大竹さんは何も言い返せなかった。
湯田さんが静かに手を挙げる。
「一度は協力すると答えても、途中でやめたくなる場合があると思います」
「その場合も、先生へ伝える」
「記録の訂正や削除を求める場合も、部員へ直接言わなくていい方が良いと思います。それなら、六家の者を前にして申し出る必要がありません」
雪白さんは、書き加えられた内容を最初から読み直した。
「この仕組みを、六家の三人にだけ適用するのは反対よ」
「六家じゃない俺達からなら必ず断れる、とは限らないから?」
「ええ。友人や同じクラスの相手から頼まれて、断りにくい人もいる。規則にするなら、全部員を対象にするべきだわ」
俺や紬から頼まれれば、誰でも断れる。
そう言い切れる根拠はなかった。
紬が規程を書き直す。
『調査協力者の募集は、原則として顧問を通して行い、部員からの直接勧誘は行わない。例外が必要な場合は、事前に顧問へ相談する。協力を断った理由は求めず、同じ内容で繰り返し依頼しない。途中での辞退、記録の訂正や削除も、顧問を通して申し出ることができる』
文章にすると数行だったが、その数行を決めるために、俺達は一時間近く話していた。
「以前の記録は、どうする」
室井君が尋ねる。
「新しい規程を見せて、もう一度確認して貰う」
湯田さんと星君が目配せして頷いた。
「私と時彦について書かれた部分は、残していただいて構いません。ただし、杉原さんについての記録は、杉原さん御本人に決めていただいて下さい」
二人が許可できるのは、自分自身について書かれた部分だけだ。
以前の記録について、俺達だけで決められることは、もうなかった。
紬が、修正した規程の最後に線を引く。
「これで、募集の仕方は決まった」
「では、次は全校投票ですわね!」
大竹さんの声が、急に明るくなった。
「皆さまへきちんと御説明すれば、安心して賛成して下さいますわ!」
「華恋さん」
紬が呼んだ。
「何ですの?」
「今の言葉、投票が終わるまで禁止」
「なぜですの!」
「六家の華恋さんが『安心して賛成して』と言ったら、安心して反対できなくなる」
大竹さんの表情が止まった。
「……わたくしは、何も申し上げない方がよろしいのですね」
「投票先については」
「難しいですわね、自由な意思というものは」
昨日から話し合ってきたことを、一言でまとめられてしまった。
俺は、渡部君から聞いた提案を五人へ説明する。
全校投票は、再申請に必要な手続きではない。修正した規程を生徒へ示し、その条件で山府研究部を設立して良いと思うか、匿名で意向を尋ねる。
「生徒会へ提出する前に、全校生徒の許可を得るのか」
室井君が尋ねた。
「許可じゃない」
俺は答える。
「設立を審査するのは生徒会だ。投票結果は、俺達が申請を出し直すか、生徒会が審査するかを判断するための資料にする」
雪白さんが渡部君を見る。
「規程を作った側だけで、問題を解決したと判断しないため?」
「そうだね」
渡部君が答える。
「六家の人間へ反対と言えない生徒がいるかもしれない。なら、誰にも知られずに反対できる場所を用意する。規程を見てもなお反対だと思うなら、その意思も結果へ残す」
「投票結果を見た後で、申請するか決めますの?」
大竹さんが尋ねると、紬が手帳を開いた。
「結果の扱いは、投票の前に決める。後から変えたら、都合のいい答えだけ使うことになる」
室井君が俺を見る。
「どのような条件にする」
「賛成が反対を上回らなければ、再申請しない」
俺は昨日から考えていた条件を口にした。
「それから、賛成が上回っても、設立が認められたことにはしない。反対票と『判断できない』票も含めて、生徒会へ提出する」
室井君が最初に頷く。
「異論はない」
雪白さんも続いた。
「自分達から尋ねる以上、反対という結果だけ無視することはできないわ」
大竹さんは、しばらく黙っていた。
「賛成が反対を上回らなければ、本当に部を作れなくなりますのね」
「ああ」
「わたくしが、皆さまへ説明することもできない」
「投票先を変えて貰うための説明はできない」
大竹さんは机の上の規程を見つめた。
やがて、背筋を伸ばす。
「分かりましたわ。自分に厳しく、ですわね。その条件で構いません」
紬も最後に頷いた。
設立予定者五人の意見が揃った。
投票期間中、設立予定者は賛成を呼びかけない。誰がどこへ投票したか尋ねない。自分の投票先を話すようにも求めない。
湯田さんと星君も、見学者として同じ約束をする。
「僕が発案したことは、生徒会へ伝えて欲しい」
渡部君が言った。
「でも、生徒会との話し合いには参加しない」
「発案者なのに?」
「僕が同席すれば、渡部家からの要求に見える可能性があるからね。案を採用すると決めたのは五人だ。五人の案として説明した方がいい」
「都合の良いところだけ参加しないんだな」
「僕が行かないことで話が簡単になるなら、十分役に立っていると思うけど」
腹は立つが、間違ってはいなかった。
完成した改訂案を持って職員室へ行くと、担任は募集方法から先に読んだ。
途中で眼鏡を外し、目頭を押さえる。
「顧問の仕事が、最初に聞いていた五倍くらいになっているね」
「まだ設立前なので、比較はできません」
紬が答えた。
「慰めになっていないよ」
担任はため息をついた。
それでも、最初のうちは自分が窓口になり、負担や問題が生じた場合は五人と生徒会へ伝えることを了承してくれた。
以前の協力者への確認も、担任から行う。改訂した規程と、現在残っている記録の内容を示し、残して良い部分を本人に選び直して貰う。
九人を対象に実施した匿名確認票の原本は顧問が保管し、山府研究部の調査記録には加えないことも決めた。
担任は最後に、全校投票の提案書を手に取る。
「これは、生徒会から求められたものではないね」
「はい」
俺は全員を代表して説明した。
「規程が認められれば、そのまま再申請はできます。でも、俺達が問題にしているのは、六家の影響力です。それをなかったことにしたまま、部の設立を生徒会に委ねる気はありません」
担任は提案書を読み直す。
「反対する機会を、こちらから作るのか」
「その結果、部を作れなくなるかもしれませんけど」
「なかなか潔い提案だね」
担任は眼鏡を掛け直した。
「生徒会へ相談してみよう。ただし、実施を認めるかどうかは学校側との調整も必要になる」
「分かりました」
ようやく、停滞していた時間が、動き出した。
翌日の放課後、俺と紬は担任とともに生徒会室を訪れた。
室井君、雪白さん、大竹さんは同行していない。六家の人間を交渉の場へ連れていかないことも、五人で決めていた。
渡部君が発案者であることを、最初に説明する。
「本人は来ないのですか?」
生徒会役員が尋ねた。
「渡部家からの要求に見える可能性があるため、同席しないと言っていました。ただ、この案を採用したのは設立予定者の五人です」
役員は何かを書き留め、改訂した規程から読み始めた。
協力者は原則として顧問を通して募集する。部員は直接勧誘しない。断った理由は聞かず、同じ内容で繰り返し依頼しない。途中での辞退や、記録の訂正、削除も顧問を通して申し出ることができる。
役員は最後まで確認してから、投票の提案書へ移った。
「この投票で、山府研究部の設立を決めるのですか?」
「いいえ。設立を審査する責任は、生徒会と学校にお願いします」
「賛成が多ければ、それを承認の根拠にするのですか?」
「反対票と『判断できない』票も含めて、審議資料の一つとして提出します。賛成が反対を上回らなければ、申請自体を出し直しません」
役員の視線が紬へ移る。
「全校で賛成されたのだから、調査へ協力するべきだと言われる可能性はありませんか?」
「投票先と、調査へ協力するかは別です」
紬が答える。
「賛成へ投票しても、協力する義務はない。説明文に書きます」
「部員から、投票先を尋ねることは?」
「しません。賛成も頼みません」
役員は二つの書類を並べた。
「実施するとしても、山府研究部の関係者を運営へ参加させることはできません」
「分かっています」
投票用紙の作成、配布、投票箱の管理、集計には、設立予定者も六家の生徒も関わらない。
「学校側と調整します。実施が認められた場合は、全校生徒へ配る説明文を作って下さい」
「どのくらいの長さですか?」
「用紙一枚に収めて、生徒会の確認を受けて貰います」
仕事が増えた。
生徒会室を出ると、紬が俺を見る。
「一枚」
「そこが一番難しそうだな」
何週間もかけて増やした規程を、今度は一枚へ減らさなければならない。
部を作るより先に、俺達は自分達の説明を作り直すことになった。




