青天の霹靂
二回目の校外活動の翌日。
朝のホームルームが終わると、俺は担任から廊下へ呼び出された。担任の手には、見覚えのない白い封筒があった。表面には、「部活動設立審議結果」と印字されている。
山府研究部の設立申請について、生徒会から審議結果が届いたという。
「先に結果から伝えるよ」
担任は封筒から一枚の書類を取り出した。
「今回の申請では、山府研究部の設立は認められなかった」
俺は、すぐに返事ができなかった。
申請が必ず通ると思っていたわけではない。
それでも、五人の部員と顧問を揃え、活動目的も決めた。申請書も正式に受理された。歴史部や地理部との活動の違いについて、生徒会から細かく質問されたことも覚えている。
どこかで、後は承認を待つだけだと考えていた。
「……理由は、歴史部や地理部と重なっているからですか?」
「いや。そこについては、きちんと違いを説明できていると判断された」
問題とされたのは、その次だった。
「山府研究部は、個人の生活や発言を継続的に記録する予定だね」
「はい」
「その場合、本人からどのように同意を得るのか、どこまでを記録するのか、記録した資料を誰が管理するのかを、あらかじめ決めておく必要がある」
担任は一項目ずつ説明する。
本人が一度協力すると言えば、どのような内容でも記録して良いのか。後から訂正や削除を求められた場合、応じるのか。撮影した写真や、発言を書き留めた手帳を、部員個人が家へ持ち帰っても良いのか。個人を特定できる情報を、誰が、どこで、いつまで保管するのか。部外者へ資料を見せる場合、改めて本人へ確認するのか。
現在の申請書には、そうした詳しい規則が書かれていなかった。
「活動の目的そのものが否定されたわけではない。ただ、扱う情報が多い分、資料を守るための規則も必要だということだね」
担任はそこで一度、言葉を切った。
「職員会議では、細かな規則は活動しながら整えれば良いと判断した。俺も、そう伝えた」
担任は審議結果へ視線を落とす。
「ただ、生徒会は、部として認める前に形にしておく必要があると判断した。俺の見通しが甘かった。すまない」
職員会議で顧問と活動内容が認められても、それだけで部の設立が決まるわけではない。最後の審議を行う生徒会は、別の基準から申請書を見ていた。
「修正して、もう一度申請することはできますか?」
「ああ。生徒会からも、必要な規則を整えれば再申請は可能だと聞いている」
今回の審議結果は、山府研究部の設立を永久に認めないというものではない。現状の活動計画では、設立を認められないという判断だった。
「それまでは、設立準備中の団体のままですか?」
「そうなる。校内で話し合ったり、これまでに集めた記録を整理したりすることはできる。ただ、新しい聞き取りや校外での活動は、規則が決まるまで控えた方がいいな」
「分かりました」
担任から、審議結果の写しを受け取る。
昨日まで、次は誰の放課後を案内して貰うかを考えていた。しかし今日からは、既に集めたものをどのように扱うかを考えなければならない。
「今日の放課後、他の四人にも説明してくれ。全員に集まるよう伝えてくれるかな」
「はい」
教室へ戻ると、本を読んでいた雪白さんが一度だけこちらを見た。席へ着くと、後方の席から雪白さんが近づいてくる。
何かあったことには気付いたらしい。
「設立審議の結果?」
「ああ」
「どうだったの?」
「不承認だった」
雪白さんの表情は大きく変わらなかった。
ただし、ほんの少しだけ、眉間にしわが寄っていた。
「理由は?」
「個人情報の扱いが詳しく決まっていないからだって」
「そう」
雪白さんは少し考える。
「それなら、放課後に全員で確認しましょう」
「驚かないんだな」
「驚いても、結果は変わらないでしょう」
雪白さんは席へ戻り、再び本を開く。相変わらずクールだ。
感心して雪白さんの方を見てみると、本が逆さまになっていた。
紬へ短いメッセージを送る。
『設立申請、不承認だった』
間もなく、返事が届く。
『分かった』
少しして、もう一通届く。
『今までの記録、全部持っていく』
紬は、既に次にやるべきことを考えているらしい。
放課後。
俺の教室に、山府研究部の五人が集まった。紬は、これまでに作った記録を透明な書類ケースへ入れて持ってきている。
室井君は天山流の稽古があるため、説明を聞いた後すぐに帰らなければならない。それでも、審議結果に関わる話なら参加すると言って来ていた。
大竹さんは教室へ入ると、真っ先に俺の机を見た。
「生徒会から、設立承認のお知らせが届いたのですわね!」
「逆。不承認だった」
大竹さんの動きが止まる。
「……もう一度、お願いいたしますわ」
「山府研究部の設立は、今回は認められなかった」
審議結果を机へ置く。
大竹さんは何かの聞き間違いではないかという顔で書類を受け取り、上から読み始めた。
「部員は五人おりますわ。顧問の先生もいらっしゃいます。活動目的も、皆さまで決めましたでしょう?」
「そこは問題じゃない」
俺は担任から説明された内容を、四人へ伝える。
大竹さんはすぐに反論する。
「ですが、これまで協力して下さった皆さまには、きちんと御了承をいただいておりますわ!」
紬が机の上へ書類ケースを置く。
「全部口頭。了承を貰った記録はない」
「皆さまは、その場でよろしいとおっしゃいましたわ」
「言ったことが残ってない」
紬はケースから、最初の聞き取り記録を取り出す。大竹さんが連れてきた九人から、放課後や休日の過ごし方を聞いた時の記録だった。
誰が何を話したのかは整理されている。しかし、どこまでを記録して良いか、完成した記録を誰が読むのかについては書かれていない。
雪白さんが審議結果へ目を通す。
「口頭で了承を得ること自体が問題なのではないわ。後から、どの範囲まで了承したのか確認できないことが問題なのでしょう」
「本人が嫌だと言えば、消せばいいんじゃないのか」
室井君が尋ねる。
「そのことを、最初に本人へ伝えていない」
紬が静かに答えた。
「削除して貰えると知らなければ、嫌でも言えない」
紬は、次の記録を取り出す。最初の校外活動で案内してくれた芳賀さんについては、家の仕事を手伝う曜日、普段利用しているバス停、立ち寄る店、帰宅経路の一部まで記録している。
二回目の校外活動では、杉原さんが漫画研究部の友人達と過ごす場所や、古本屋で探している本、ゲームセンターや川沿いでの過ごし方を記録した。
俺のカメラには、本人の顔や自宅は写っていない。それでも、撮影した写真は俺個人のカメラに入り、紬の手帳には、二人が何気なく話した内容が残っている。
「今までは、集めることばかり考えてたな」
「集めた後、誰がどこに置くかまでは決めてなかった」
雪白さんは、机の上に並べられた記録を見る。
「生徒会の判断は妥当ね」
大竹さんが雪白さんを見る。
「六花さんまで、そのようなことをおっしゃるのですか?」
「不承認のままで良いとは言っていないわ。足りない規則があるなら、作れば良いと言っているの」
雪白さんは審議結果の最後を指す。そこには、問題点を修正した上で再申請することができると書かれている。
「活動をやめる必要はない。扱い方を決めればいいのよ」
室井君も頷く。
「必要な規則を作れば、もう一度申請できるのだな」
「ああ」
俺は今日の方針を説明する。
「今日は、何を決める必要があるかを整理しよう。細かい文章は、明日以降に作る。それから、部活が認められるまでは、校外活動や新たな聞き取りは控えて欲しいそうだ」
「では、今度こそ、どなたにも文句を言われない申請書を作りますわ!」
「文句を言わせないのが目的じゃない」
「どなたにも御心配をおかけしない申請書ですわね!」
「その方が近いかな」
五人は、設立が認められなかった理由を一つずつ書き出し始めた。




