今日の案内の記念に
ゲームセンターを出た後、杉原さんは駅前から少し離れた川沿いへ五人を案内した。
河川敷へ下りる階段の途中に、幅の広い踊り場がある。高校生や大学生が座り、話をしたり、楽器の練習をしたりしていた。
杉原さんたち漫画研究部の四人も、天気の良い日にはここへ来るという。
「何をする場所なの?」
紬が尋ねる。
「絵を描いたり、漫画の話を考えたり。何もしないで話してるだけの時もある」
杉原さんは階段へ腰を下ろし、鞄から小さなスケッチブックを取り出した。
中には人物の顔や服、駅前の建物、川沿いを歩く犬などが描かれている。完成した絵よりも、途中でやめた線や、友人の言葉らしい短い書き込みの方が多かった。
雪白さんが隣からページを見る。
「部室では描かないの?」
「描くよ。でも、部室だと全員が漫画を描かなきゃいけないような気がするから。ここなら、描かなくても誰にも怒られない」
「漫画研究部なのに?」
「漫画研究部だから、描きたくない日もあるの」
雪白さんはその答えを否定しなかった。
杉原さんは新しいページを開くと、鉛筆を手にした。
それから、雪白さん、湯田さん、星君を順に見る。
「三人を描いてもいい?」
杉原さんは一人ずつ返事を待った。
雪白さんが頷く。湯田さんも「構いません」と答える。最後に星君へ尋ねると、星君も自分の意思で了承した。
杉原さんは三人の姿を簡単な線で描き始めた。
雪白さんは、買ったばかりの古い単行本を抱えている。湯田さんは、クレーンゲームのレバーへ体を寄せている。星君はその横で、硬貨を持ったままアームの位置を見ている。
実際の出来事よりも表情は大袈裟だった。雪白さんは必要以上に真剣な顔をしており、湯田さんはアームの行方へ驚き、星君は自分の操作がどこで間違ったのかを考え込んでいるようだ。
湯田さんが絵を見て、口元をほころばせる。
雪白さんは自分の横に描かれた本を指した。
「実物より厚くない?」
「雪白さんが大事そうに持っていたから、その分」
「重さを絵で足したのね」
「その方が分かりやすいから」
雪白さんは絵をもう一度見る。
「そう見えたのなら、それでいいわ」
杉原さんはページの端へ今日の日付を書いた。描き終えたページをスケッチブックから丁寧に外し、湯田さんへ差し出す。
「これ、持っていく?」
湯田さんが両手で受け取る。
「よろしいのですか?」
「うん。今日の案内の記念に」
「ありがとうございます」
「今度来るなら、漫画研究部の他の子がいる日にして。今日より騒がしいけど、その方が普段に近いから」
その誘いは、五人全員へ向けられていた。
雪白さんが尋ねる。
「その時、先程話していた別冊も見せて貰える?」
「持ってる子に聞いてみる。貸して貰えるかは分からないけど」
「それでいいわ。本人が嫌なら、無理に借りなくていい」
「分かった」
杉原さんはごく普通に返事をした。
「さっきは再開発のことで突っかかってごめん」
杉原さんが雪白さんに向かって真剣な眼差しで謝る。
「構わないわ。誰だって、自分の居場所がなくなるのは寂しいものよ」
雪白さんは、自分は無関係だと言わない代わりに、杉原さんに共感した。
湯田さんは受け取った絵を、星君にも見えるように持つ。
そこに描かれているのは、雪白家と湯田家と星家の人間ではなかった。大事そうに漫画を抱えた少女と、クレーンゲームに失敗した少女と、その隣で同じように失敗した少年だった。
三人とも、杉原さんが今日初めて知った姿をしていた。
俺は川沿いの階段と、そこから見える夕方の景色を撮影する。杉原さんたちが普段座っている場所。完成させる予定のない絵を描く場所。何もしないまま、友人と時間を過ごす場所。
観光案内には載らない。地図を見ても、そこが漫画研究部の生徒たちにとってどのような場所なのかは分からない。
紬が手帳を閉じる。
今日の案内は、ここで終わりだった。
湯田さんと星君は、俺達の活動を見るために来た。しかし、見ているだけで終わったわけではない。
湯田さんは初めてゲームセンターへ入り、クレーンゲームに挑戦した。星君もその隣で、同じように失敗した。雪白さんは杉原さんと漫画の話をして、絶版になった単行本を買った。そして杉原さんは、今日知った三人の姿を一枚の絵に残した。
人の普段の生活を見せて貰うはずが、俺達が加わったことで、その日の過ごし方は少しだけ普段と違うものになった。その違いも含めて記録することが、山府研究部の活動なのかもしれない。
帰るために立ち上がると、湯田さんが紬へ声をかけた。
「今日の記録をまとめるところも、後日拝見してよろしいでしょうか」
「うん。明日、学校で整理する」
「では、そちらも見学させて下さい」
星君も続ける。
「俺も御一緒してよろしいでしょうか」
「二人ともなら、兄さんに聞く」
紬が俺を見る。
「俺は構わないよ」
見学したいと言った二人が知りたかったのは、案内について歩くところだけではない。集めた話や写真を、俺達がどのように記録へ変えるのか。
そこまで見なければ、山府研究部が何をしているのかは分からない。
「明日の放課後、俺達の教室で整理しよう」
「ありがとうございます」
湯田さんが頭を下げる。星君も続いた。




