第二回校外活動
設立申請を生徒会へ提出した翌日、火曜日の放課後。俺達は、二回目の校外活動を行うために校舎一階の昇降口前に集まっていた。
参加するのは俺、紬、雪白さん。それに、見学者の湯田さんと星君である。大竹さんは今回の案内役を紹介し、日程を整えるところまで引き受けたが、活動そのものには参加できなかった。
「わたくしが不在でも、案内に不足はございません!」
昼休みにそう宣言していたが、実際に困るかどうかを決めるのは大竹さんではなく、案内役の方である。
約束の時刻を少し過ぎたところで、案内役の杉原さんが廊下の角から現れた。
肩には、缶バッジの付いた布製の鞄を提げている。手には、二つ折りにした紙を持っていた。
杉原さんは俺達を見つけると、駆け足で近づいてきた。
「お待たせしました。杉原真帆です。本日はよろしくお願いします」
同学年の生徒を案内するにしては、少し硬い挨拶だった。
「よろしくお願いします、杉原さん」
湯田さんが答える。
星君も軽く頭を下げ、雪白さんは短く「よろしく」と言った。
俺は杉原さんに、いつもの確認をする。
杉原さんは説明を聞き終えると、頷いた。
「華恋さんからも、同じように伺っています」
「大竹さん、ちゃんと説明したんだ」
「はい。断っても問題ないということも、念を押されました」
大竹さんは、前回の経験をきちんと生かしたらしい。
杉原さんの表情が、ほんの少し緩む。
「でも、面白そうだったので引き受けました。漫画研究部が普段どこで何をしているかなんて、今まで誰にも聞かれたことがなかったので」
杉原さんは、手にしていた紙を開いた。紙には、これから回る三か所の名前と、大まかな所要時間が書かれている。
紬がのぞき込む。
「予定表?」
「念のため作りました」
「普段も、この順番で回るの?」
「その日の気分です。今日は案内なので、順番を決めました」
紬は手帳を開き、最初の一行を書いた。
杉原さんはその手元を見る。
「もう始まっているんですか?」
「今のも普段との違いだから」
杉原さんは、手帳を意識したように姿勢を正した。
「そんなに一言ずつ記録されたら、余計に普段どおりにできない気がします」
「全部は書かない」
「分かりました……」
納得してなさそうだったが、それ以上何も言ってこなかったので、気を取り直して案内して貰うことにした。
六人は昇降口を出た。
今回はまず、学校から山府駅方面へ行くことになっている。
一行は多くの生徒と同じ道を歩く。しかし駅前へ着くと、杉原さんは山御杜方面へ向かう人の流れから外れ、線路の下を通る通路へ入った。
通路をくぐった先は駅の西口だった。観光客の多い東口とは違い、西口側には自転車置き場や古めかしい雑居ビルが並んでいる。飲食店の看板も、観光客向けの土産物ではなく、学生向けの定食や中古品の買い取りを知らせるものが多かった。
「こんなところがあったんですね」
湯田さんがポツリと言った。
「東口は観光客で混雑しているので、私たちはだいたいこちらの西口で遊ぶことが多いです」
杉原さんは接待でもしているかのように丁寧に案内する。
「ただ、この西口も再開発が決まっていて、私たちが高校を卒業する頃には工事が始まるそうです」
「確かリゾートホテルを建設するらしいわ」
雪白さんが何気なく口にすると、杉原さんが反応した。
「雪白さんのお家が開発するんでしょう?」
少しだけ場がピリつく。しかし雪白さんは、表情を変えずに淡々と言葉を重ねる。
「正確に言うと、私の家とは無関係なのだけれど、雪白の家であることは間違いないわね」
「どういうこと?」
「昔、私の家から分家したお家が経営している会社の仕事なのよ」
六家に分家が多いことは知っていたが、本当にあらゆる影響を山府に与えているらしい。杉原さんはそれ以上追及せず、少しムッとしたまま建物の中に入っていった。
杉原さんが入ったのは、古い商業ビルだった。一階にはレコード店とカフェが入り、二階には中古本や玩具を扱う店がある。さらに上の階にはゲームセンターが入っていた。
古い建物の階段の壁には、既に閉店した衣料品店の案内が残っている。
「漫画研究部が休みの日は、だいたいここに来ます」
気を取り直したのか、杉原さんは再び丁寧な口調で案内する。俺達は案内されるがまま、二階に上がった先にある、古本屋へ入った。
「遊ぶ場所なのに、古本屋?」
「全員が何か買うわけではありません。漫画の資料にもなりますし、新しく入った本を見たり、いろいろです」
「それで一日終わるの?」
「終わる時もあります」
店の奥には、古い漫画や雑誌が棚いっぱいに並んでいた。最近の単行本は出版社や作者ごとに整理されているが、古い本は大きさすら揃っていない。
杉原さんは、値下げされた本が並ぶ棚へ向かった。
「この辺りを見ていることが多いです。百円なので」
その説明を聞いていた雪白さんが、途中の棚で足を止めた。
一冊の単行本を抜き取り、背表紙と表紙を確かめる。
「これが最終巻だったのね」
杉原さんが振り返る。
「違うよ。それは本誌で終わったところまで。完結編は別冊に載ったけど、単行本には入ってない」
そこまで言ってから、杉原さんの言葉が止まった。雪白さんの顔を一度見て、手にしている単行本へ視線を戻す。
雪白さんは気にした様子もなく、ページをめくった。
「その別冊は、ここにあるの?」
「めったに出ない。出てもすぐ売れるから」
「そう」
雪白さんは単行本を棚へ戻さず、裏に記された値段を確認した。
杉原さんが尋ねる。
「買うの?」
「完結編を読めないままになるけれど、途中まででも読み直したいもの」
「雪白さんも、中古で買うんだ」
「絶版なら、新品は売っていないでしょう」
「それはそうだけど」
杉原さんの声から、先程の硬さが少し抜けた。二人はそのまま、単行本に収録されなかった話について話し始めた。
杉原さんによれば、漫画研究部の中でも結末への評価は分かれているらしい。登場人物の選択に納得できない者と、あの終わり方以外にはなかったと考える者がいて、何度話しても意見が一致しない。
「意見が合わないのに、同じ作品の話を続けるの?」
雪白さんが尋ねる。
「合わないから続くんだよ。全員が同じ感想だったら、一回話して終わるから」
雪白さんは何かを考え込んでいた。
本を読むこと自体は、一人でもできる。だが、同じ作品を読んだ者同士で意見が食い違い、その食い違いを理由に話し合うという読み方は、雪白さんにとって馴染みの薄いものらしい。
雪白さんは手にした本を持ったまま、杉原さんの話を聞いていた。
紬が手帳に何かを書き込む。
杉原さんがそれに気付いた。
「今のも書くの?」
「ここへ来る理由だから」
「漫画を買うためじゃなくて?」
「買わなくても来るんでしょう」
「うん」
「友達と本を見て、話すために来る」
杉原さんは自分でも初めて整理されたような顔をした。
「そう言われると、そうかも」
雪白さんが横から質問する。
「ここには漫画研究部全員で来るの?」
「よく来るのは、私を入れて四人。他の子は、部活が終わったらすぐ帰るよ」
紬は、書いた文章へ短く付け足した。
杉原さんは雪白さんを見る。
「雪白さん、こういうことも聞くんだ」
「私も部員よ」
「それは聞いてたけど、見学する側だと思ってた」
「前回の校外活動には参加できなかったの。今日は見学ではなく、活動に来ているわ」
雪白さんの答えには、わずかな訂正の響きがあった。
杉原さんは素直に頷く。
「じゃあ、雪白さんも記録する側なんだ」
「ええ」
「それなら、後で別冊が置いてありそうな店も教える。少し遠いけど」
「お願いするわ」
古本屋を出ると、杉原さんは一つ上の階へ向かった。階段を上るにつれ、電子音と音楽が大きくなる。入口へ着いたところで、湯田さんの足が止まった。
外からは一つに重なって聞こえていた音が、店内へ近づくと、いくつもの機械の音や音楽、人の声へ分かれて聞こえる。
星君も隣で立ち止まる。
「小夜、どうかなさいましたか?」
「うん。少し驚いただけ」
湯田さんは杉原さんへ向き直る。
「ゲームセンターへ入るのは初めてです。少しゆっくり見せていただいてもよろしいですか?」
「もちろん。奥の方が少し静かだから」
杉原さんは歩く速さを落とした。ゲームセンターの中には、クレーンゲームや音楽ゲームなどが所せましと並んでいた。
学校帰りの生徒も何人かいるが、全員が遊んでいるわけではない。壁際の椅子に座って話している者や、友人のプレイを後ろから見ている者もいる。
「ここにも、漫画研究部の皆さんでいらっしゃるのですか?」
湯田さんが尋ねる。
「来るよ。何も遊ばない日もあるけど」
「ゲームセンターなのに、遊ばないのですか?」
「一人だけ遊んで、他の人は見てるとか。帰るには早いけど、次に行く場所が決まらない時とか」
「行く場所を決めるために、ここへ来るのですね」
「決まらないまま、ここで解散することもあるよ」
湯田さんは店内を見回した。誰かと会うための正式な予定があるわけでもない。何かを達成するために集まっているわけでもない。ただ、一人で帰るには少し早いから、同じ場所にいる。
湯田さんにとっては、その曖昧な時間そのものが珍しいらしい。
杉原さんは、クレーンゲームの一台を指した。
「この作品、さっき雪白さんが見てた漫画と同じ作者なんだよ」
景品には、小さな動物を模したぬいぐるみが入っている。
湯田さんがガラス越しに眺める。
「この機械で、あのぬいぐるみを取るのですか?」
「アームでつかむんだけど、弱めに設定されてるから、たぶん持ち上がらない。少しずつ出口へ寄せるの」
雪白さんが景品の配置を見る。
「それなら、最初から強くつかめるようにすべきではないの?」
「それだと、ゲームにならないよ。お店が困っちゃう」
「随分と不利な遊びね」
近くの台で、別の生徒がアームを動かしている。湯田さんは、アームが景品へ下り、何も持ち上げないまま戻っていくところまで見届けた。それから少し迷い、自分の財布から硬貨を一枚取り出した。
星君が目を見開く。
「小夜、本当になさるのですか?」
「見ているだけでは、どのくらい難しいのか分からないから」
湯田さんは硬貨を入れ、慎重にレバーを動かす。
杉原さんが横から位置を確かめる。
「もう少し右です。あ、行きすぎ――左、少し左です」
湯田さんが慌てて戻す。
「今、止めて!」
杉原さんの声に反応し、湯田さんがボタンを押す。アームはぬいぐるみの脇へ下り、そのまま何もつかまずに戻ってきた。
湯田さんはしばらく、空のアームを見上げていた。
「難しいですね」
「今って言うのが、少し遅かったかも」
「いいえ。一人で行うより、分かりやすかったです」
湯田さんは失敗したにもかかわらず、楽しそうだった。
杉原さんも、それを見て笑った。
「もう一回やれば、たぶん少し動かせるよ」
湯田さんは星君を見る。
「次は時彦がやってみたら?」
「なぜ俺なのですか?」
「見学者は二人でしょ」
「そういう分担ではないと思います」
それでも星君は、湯田さんから場所を譲られると硬貨を入れた。
杉原さんはいつの間にか、敬語をやめていた。
「星君、もう少し奥。そう、その辺」
「ここですか」
「行きすぎ。戻して」
「どちらですか」
「右――そっちは左!」
星君のアームも、景品には触れなかった。
雪白さんが冷静に評する。
「二人とも、景品の位置より操作する手元を見過ぎているわ」
杉原さんが雪白さんを見る。
「雪白さんも、やってみる?」
「ええ。やってみるわ」
「やったことある?」
「ないけれど」
「じゃあ、同じになると思う」
雪白さんはその指摘を受け、しばらく機械を見た。
硬貨を一枚入れる。
結果は同じだった。
星君が何も言わずに雪白さんを見る。
雪白さんは空のアームを見送りながら言う。
「原因は三人とも違うわ」
「結果は同じです」
「それは否定していない」
杉原さんが声を上げて笑った。
「因みにこの機種は、アームを戻せるから一番簡単なやつだよ」
杉原さんの発言に、六家の三人は衝撃を受けていた。




