三度見直しましたわ!
その日の放課後。
俺は自分の席で、紬が来るのを待っていた。机の上には、山府研究部の申請書類を広げている。顧問の欄はまだ空白だが、所属予定者として記入できる名前は四人まで揃っていた。
俺と紬と室井君。
それから、先日入部届を俺に預けた雪白さん。あと一人いれば、正式な部活動として申請できる。その最後の一人は、今日返事を持ってくると言っていた。
近くの席では、雪白さんが本を読んでいる。家の予定があるらしく、今日は活動には参加できない。それでも、紬が来るまでは残るつもりらしい。
俺が申請書へ視線を戻したところで、教室の扉が勢いよく開いた。
「本日こそ、持参いたしましたわ!」
大竹さんが、透明な書類ケースを両手で掲げながら入ってくる。
教室へ入るだけにしては、随分大きな登場だった。
「何を持ってきた?」
「もちろん、こちらですわ!」
大竹さんは俺の机まで来ると、書類ケースから一枚の用紙を取り出した。折り目一つない入部届だった。連休前に渡した時より、むしろ綺麗になっているように見える。
「わざわざ折らないように持ってきたのか」
「大切な書類ですもの。当然ですわ!」
大竹さんから受け取り、記入欄を上から確認する。
「ちゃんと書いてある」
「当然ですわ。昨晩、三度見直しましたもの!」
「前のも書けばよかっただけなんだけどな」
「わたくしは姿勢を正し、集中し、一度目は記入漏れがないか、二度目は文字に乱れがないか、三度目は入部への決意に揺らぎがないかを確認いたしました」
大竹さんは胸に手を当て、聞いてもいない昨晩の美しい記憶(本人談)を語りだした。
「三度目は用紙を見ても分からないだろ」
「分かりますわ。わたくし自身が見直すのですから!」
それは書類の確認ではなく、自分への確認だった。大竹さんは満足そうに胸を張っている。
俺が入部届を申請書類の隣へ置いたところで、紬が教室へ入ってきた。
「紬さん! ちょうど良いところですわ!」
大竹さんは、今置いたばかりの入部届を指す。
「わたくし、正式に合格いたしました!」
紬は大竹さんではなく、俺の手元の入部届をのぞき込んだ。
「これで五人」
「ああ」
山府研究部を正式な部活動として申請するために必要な人数が、ようやく揃った。
「後は顧問を見つけて、学校に申請すればいい」
「つまり、ついに正式合格ですわね!」
大竹さんがもう一度、胸を張る。
「申請できる人数になっただけ」
紬が訂正する。
「ですが、わたくしの入部は認められたのでしょう?」
「それは最初から認めてる」
「でしたら、やはり合格ではありませんの!」
話が同じ場所へ戻ってきた。雪白さんは呆れているのか、一度も本から顔を上げない。
大竹さんはそんなことは気にせず、話を続ける。
「それから、最初の案内役も決まりましたわ!」
今度は鞄から手帳を取り出す。
「もう頼んだの?」
「はい! 先日の聞き取りで、木曜日に御実家のお仕事を手伝っていると話して下さった方です」
九人から話を聞いた時、家族で伝統工芸の仕事をしていると話していた女子生徒がいた。
紬も思い出したらしく、鞄から記録用の手帳を取り出す。
「本人には何てお願いした?」
「山府研究部で、普段の帰り道を見せて貰えないかと、普通にお願いしましたわ」
大竹さんは「普通に」の部分を強調した。
「本当に普通に?」
「もちろんです! 選ばれた名誉も、案内役への就任も、今回は口にしておりません!」
今回は、と言っている時点で、前なら口にするつもりだったらしい。
「そこまで意識してくれたなら大丈夫そうだな」
「わたくしも、同じ失敗は繰り返しませんわ!」
大竹さんは手帳を開き、確認した内容を読み上げる。
「御実家の中へ入ることと、仕事場の写真を撮ることはできません。御自宅の近くも、撮影は控えて欲しいとのことです」
「分かった」
俺も自分の手帳へ書き留める。
「いつも使っている道や、立ち寄るお店でしたら見ても構わないそうですわ。ただし、途中で嫌だと感じたら、その場でやめて欲しいと」
「それも当日、最初にもう一度確認しよう」
「承知しました!」
案内して貰うからといって、何でも見せて貰えるわけではない。相手が普段暮らしている場所へ入る以上、見られたくない場所や、記録されたくないものはある。
道を歩くだけでも、自宅の場所が分かるような写真は残さない方がいい。最初に決めたとおり、相手が断りやすい形で進める必要があった。
紬が手帳へ短く書き込み、顔を上げる。
「いつ?」
「今日ですわ!」
「今日⁉」
「先方の御都合が、今日でしたの」
大竹さんは自分の手帳をこちらへ向ける。木曜日の放課後という文字の横に、集合場所と時刻が書かれていた。
「随分早いというか、集合まであと十分しかない」
「良いお返事をいただいたのですから、早い方がよろしいでしょう?」
確かにそうだが、もっと早く言ってほしかった。
俺は参加できる人を確かめる。
「室井君は?」
「今日は天山流の御稽古があるそうです」
「俺は行ける」
紬も頷く。
「わたくしも行けますわ!」
三人の視線が、近くで本を読んでいる雪白さんへ向いた。
雪白さんは顔を上げる前に答える。
「私はこの後、家の予定があるわ」
室井君と雪白さんは参加できない。最初の放課後案内には、俺と紬と大竹さんの三人で参加することになった。
大竹さんが手帳へ三人の名前を書き込む。
「記念すべき最初の活動ですのに、全員揃わないのは残念ですわね」
「無理に全員の予定を合わせないって決めただろ」
「ええ。分かっておりますわ」
大竹さんは素直に頷いた。
「参加できる方で進め、後から皆さんへ共有する。それが山府研究部の方針ですものね」
聞き取りの時に比べれば、話の理解はかなり早い。
雪白さんが本から顔を上げ、こちらを見た。
「今回は参加できないけれど、記録は見せて」
「分かった。次に都合が合えば来て」
「ええ」
大竹さんは手帳を閉じると、改めて俺達を見回した。
「では早速、山府研究部の初任務ですわね!」
「活動だよ」
「最初の正式活動です!」
「まだ部として申請してない」
「では、正式合格者による最初の仮活動ですわ!」
「どんどん話が増えていく」
紬が頭を抱えていると、雪白さんがポツリと言った。
「もう諦めた方がいいわ」
どうやら、限度を教えることを諦めたらしい。




