合格通知でございます
大竹さんとの話が一段落したところで、紬がノートを机の中央へ戻した。
ノートには、最初の短い答えと、その後の会話で出てきた話が細かく書き込まれている。
紬が二つを見比べる。
「全然違う」
「最初の答えと?」
「うん。質問用紙は答えだけ。こっちは、生活になってる」
言われてみればそのとおりだった。店や交通手段の名前だけでは見えなかったものが、紬のノートには残っている。そして、その大半は大竹さんが会話へ加わってから出てきた話だった。
「大竹さん」
「はい!」
机を直していた大竹さんが、勢いよく振り返る。その拍子に腰が当たり、たった今揃えた机がずれた。大竹さんは何も言わず、机を元の位置へ戻してからこちらへ来る。
「何でしょう?」
「片づけはもう大丈夫だよ」
「ですが、皆さんをお連れしたのはわたくしですもの。最後まで責任を持ちませんと」
そう答えた後、大竹さんは少しだけ姿勢を正した。
「その件について、本日は申し訳ありませんでしたわ」
「九人連れてきたこと?」
「はい。紬さんからは二、三人と伺っておりましたのに」
そこはきちんと覚えていたらしい。
「予定とは違ったけど、結果的には助かったよ」
「まあ!」
大竹さんの表情が明るくなる。
「では次は、二十人ほどお連れいたしますわ!」
「人数は先に相談してくれ」
危うく反省が増員計画に変わるところだった。
俺は紬のノートを大竹さんへ向ける。
「大竹さんが話しかけてから、みんな詳しく話してくれたんだ」
「わたくしが?」
「俺達が質問すると、みんな正しく答えようとしてた。でも、大竹さんが入ると、普段の話し方に戻った」
紬も頷く。
「質問に答えるんじゃなくて、会話してた」
大竹さんが目を輝かせる。
「つまり、わたくしには、皆さんからお話を引き出す才能があるということですのね!」
「最初は本人より先に答えてたけどな」
「それは……」
「何度も止められてた」
「では、途中で才能が開花したのですね!」
「途中で黙るのを覚えた」
紬の評価は厳しかった。
それでも大竹さんは胸を張る。
「次は最初から、開花した状態で参加いたしますわ!」
「話す時は話してくれ」
「なかなか高度な役目ですのね」
そこまで難しいことを求めたつもりはない。
「でも、次も手伝ってくれるの?」
紬が尋ねると、大竹さんは迷わず頷いた。
「もちろんですわ! まだお話を伺っていない方は、大勢いらっしゃいますもの」
その返事を聞いて、俺は机の端に置いていた書類へ手を伸ばした。今日の聞き取りを続けるなら、大竹さんには協力者ではなく、こちら側にいて貰いたい。
活動内容をまとめた用紙と、入部届を一枚抜き取る。
「それなら、大竹さん」
大竹さんの前へ書類を置いた。
「山府研究部に入らないか?」
大竹さんは入部届を見る。
俺を見る。
紬を見る。
もう一度、入部届を見る。
「……わたくし、まだ部員ではありませんでしたの?」
「違うよ」
紬が即答した。
「ですが、わたくしは皆さんを集めましたわ」
「集めて貰ったな」
「聞き取りにも参加しました」
「してた」
「片づけまでしておりますわ!」
「それも助かった」
「六花さんの入部も、温かい目で見ておりました!」
「見てたね」
正確にはまだ、入部届を渡しただけである。
大竹さんは信じられないものを見るように、俺達を見た。
「これほど活動していても?」
「協力して貰っただけだから」
「では本日は、知らないうちに体験入部をしていたのですね!」
「そういう話はしてない」
「そして、その働きを認められ、見事合格したと!」
「入部に合格はない」
「ですが、わたくしを部員にふさわしいと判断なさったのでしょう?」
「必要だと思った」
「同じことですわ!」
「だいぶ違う」
大竹さんは納得していない顔で紬を見る。
「紬さんは、わたくしの入部に賛成ですの?」
「賛成」
「ほら、全会一致ですわ!」
「誰の票を数えたんだ」
大竹さんは俺達を指す。
「司さん」
「紬さん」
最後に自分の胸へ手を当てた。
「そして、わたくしです!」
「入る側にも投票権があるのか」
「わたくしが反対していては、入部できませんでしょう?」
間違っているのか正解なのかよく分からなかった。
「とにかく、入ってくれるなら助かる。ただ、今日は持ち帰って考えてくれ」
俺は活動内容の用紙を指す。
「家の予定もあるだろ。山府研究部は毎日参加しなくていい。参加できる日に来て貰えれば十分だから」
大竹さんは用紙へ目を通した。
「家の用事がある日は、そちらを優先してもよろしいのですね?」
「ああ」
「でしたら、わたくしに異存はございませんわ。今、記入いたします」
「家でも予定を確認した方がいいんじゃないか?」
大竹さんの手が止まった。
「わたくしの意思だけでは不足ですの?」
「本人の意思だけでなく、保護者の許可が必要」
「なるほど。でしたら、本日は持ち帰りますわ」
大竹さんは鞄から硬い書類入れを取り出し、入部届を丁寧に収めた。
「合格通知ですもの。折るわけにはまいりませんわね!」
「入部届だ」
訂正は聞き流された。
「それでは、家へ報告してまいります。明日には正式なお返事をお持ちいたしますわ!」
「急がなくてもいいからな」
「合格者として、皆さんをお待たせするわけにはまいりませんもの!」
大竹さんは満足そうな笑顔のまま、教室を出ていった。
扉が閉まる。
紬が、その扉を見つめる。
「合格した顔だった」
「返事すらまだ貰ってないんだけどな」
もっとも、どんな返事が返ってくるのかは、考えるまでもなさそうだった。




