本領発揮
俺と紬がノートを見ている間に、大竹さんがようやく口から両手を離した。解放されたように息を吐く。そして、近くにいた一人の女子生徒へ向き直った。
「そういえば、あなたは毎週木曜日だけ急いで帰りますわね。あれは何をなさっているの?」
突然尋ねられた女子生徒は、少し驚いた顔をした。
「覚えてたの?」
「もちろんですわ。以前、木曜日だけは部活ができないとおっしゃっていたでしょう?」
「うん。家の手伝いがあるから」
先程までの聞き取りでは出てこなかった答えだった。俺は紬を見る。紬もすぐに気付き、止めていたペンを再び動かす。
「家では、どんな仕事をしてるの?」
俺も質問へ参加する。
女子生徒は、先程よりも自然な調子で答えた。
「うちは家族で、伝統工芸品を作る仕事をしてるんです。私はまだ作れないから、道具を片づけたり、出来上がったものを箱に入れたりするだけですけど」
「木曜日だけ忙しいの?」
「木曜日は、週末までに届ける分をまとめることが多いんです。だから、その日だけは早く帰って手伝ってます」
「学校から、真っ直ぐ仕事場へ行くの?」
「家と仕事場が繋がってるので、一度家に帰ります。途中で親に頼まれたものを買うこともありますけど」
先程の回答は、『放課後は真っ直ぐ帰る』だけだった。今の話には、木曜日に急いで帰る理由がある。家族の仕事があり、その中で本人が任されている役割もある。同じ帰宅という言葉でも、そこに含まれている内容はまったく違った。
大竹さんが続けて尋ねる。
「休日は神社へ行くこともあるとおっしゃっていましたわよね?」
「それも覚えてたんだ」
「珍しいご趣味でしたので!」
女子生徒は少し照れたように笑う。
「趣味というほどではないけど、小さい頃から祖母と一緒に行っていたので。今も、時間があると近くの神社を回ります」
「有名なところ?」
俺が尋ねると、女子生徒は首を横に振った。
「普通のところです。住宅地の中とか、山へ入る道の途中とか。地元の人しか行かないような神社が多いです」
「何を見に行くの?」
「境内の雰囲気とか、狛犬とか。お祭りの時期を調べることもあります」
一度話し始めると、答えは途切れなかった。最初の聞き取りでは、休日は何をしているかと尋ねても、「家にいることが多い」としか答えていない。女子生徒の中では、神社巡りは毎週必ず行うものではないため、普段の過ごし方として挙げるほどではないと思ったらしい。大竹さんが以前の会話を覚えていたから、表に出てきた話だった。
紬のペンが忙しく動く。先程までの単語だけの記録とは違い、一人の生活が見える内容になっていた。
俺は大竹さんを見る。本人は、自分が話を引き出したとは思っていないらしい。女子生徒の話へ楽しそうに頷いている。
大竹さんは次に、別の女子生徒へ顔を向けた。
「あなたは、ウィンドウショッピングがお好きでしたわよね?」
「好きというか、よく見るだけだけど」
「購入しなくても、立派なショッピングですわ!」
「見るだけなら、ショッピングではないんじゃない?」
「では、ウィンドウですわね!」
ただの窓になった。
女子生徒は先程より気楽そうに笑っている。
「どの辺りへ見に行くの?」
「駅前が多いです。友達と帰る時に、駅ビルや商店街を順番に見ます」
「最初から行く店を決めてる?」
「決めてないです。歩きながら、誰かが気になった店に入る感じです」
「何も買わずに帰ることもある?」
「よくあります。最後に飲み物だけ買って、そこで次の日の予定を決めたりします」
最初に聞いた時の答えは、『駅前で買い物をする』だった。今の話を聞けば、場所の情報だけでなく、高校生同士が放課後をどのように過ごしているかが見えてくる。
他の生徒も会話へ加わった。
「この前は、華恋が最初の店から動かなかったけどね」
「わたくしの好きな漫画の新刊がございましたので!」
「一冊買うのに、三十分も迷ってたでしょう」
「大切な一冊を選んでいたのですわ!」
「結局、三冊も買ってたよね」
「全て大切でしたの!」
周囲から笑いが起こる。
教室の後ろで、雪白さんが本から顔を上げた。大竹さんたちを一度見た後、何も言わずに視線を戻す。ただ、すぐにはページをめくらなかった。
紬は会話の速度についていくため、文章ではなく短い言葉と矢印で記録し始めている。同じ駅前という答えでも、先程よりはるかに情報が多い。
俺は、大竹さんが何をしているのか考える。調査のやり方を理解しているわけではない。質問の順番を考えている様子もなかった。
でも大竹さんは、友人が以前話した内容を覚えていた。本人にとっては、どれも特別な情報ではない。普段の雑談で聞いたことを覚えていて、その続きを尋ねているだけだった。しかし、尋ねられる側にとっては、最初から事情を知っている相手との会話になる。何をどこまで話せば良いのか迷わない。説明を間違えないように身構える必要もない。
だから、俺の質問には短く答えていた生徒たちが、大竹さんには自然に話せていた。
「大竹さん」
俺が呼ぶと、大竹さんは慌てて自分の口を両手で押さえた。
「今度こそ黙りますわ!」
「いや、そのまま話してて」
大竹さんが両手を下ろす。
「どちらですの⁉」
「今みたいに、本人へ話を振ってくれると助かる」
大竹さんは、自分と先程まで話していた生徒たちを見回す。
「つまり、わたくしが質問してもよろしいのですか?」
「質問というより、いつもどおり話してくれればいい」
「いつもどおりですのね!」
大竹さんの表情が明るくなる。
「それでしたら、最初からそうおっしゃって下さいまし!」
「最初から話してたら、大竹さんが全部答えてただろ」
「確かに、その可能性は否定できませんわ!」
否定してほしかった。
そこから、観光客の話や、街の構造まで話が広がった。
ほぼ全ての生徒が、観光客で混雑する通りを把握していて、地元の人しか知らない抜け道があることを知っていた。祭りの準備が始まる時期には、普段使っている道が通れなくなるため、友人同士で帰り道を変えることもある。
最初の質問では出てこなかった話が、次々に集まっていく。
俺と紬も、会話の途中で必要なことだけを尋ねる。
「その道は、学校からどのくらいかかる?」
「混んでいる日は、どこで分かる?」
一問一答形式ではなく、会話として成立していた。誰かの話から、別の生徒が自分の経験を思い出す。大竹さんが以前聞いた話を付け加え、本人が違う部分を訂正する。
そのやり取りの中で、放課後や休日の過ごし方、普段見ている視点が具体的になっていった。先程まで並んでいた短い単語の横に、具体的な行動や理由が書き足されていた。




