↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/41

本領発揮

 俺と紬がノートを見ている間に、大竹さんがようやく口から両手を離した。解放されたように息を吐く。そして、近くにいた一人の女子生徒へ向き直った。

「そういえば、あなたは毎週木曜日だけ急いで帰りますわね。あれは何をなさっているの?」

 突然尋ねられた女子生徒は、少し驚いた顔をした。

「覚えてたの?」

「もちろんですわ。以前、木曜日だけは部活ができないとおっしゃっていたでしょう?」

「うん。家の手伝いがあるから」

 先程までの聞き取りでは出てこなかった答えだった。俺は紬を見る。紬もすぐに気付き、止めていたペンを再び動かす。

「家では、どんな仕事をしてるの?」

 俺も質問へ参加する。

 女子生徒は、先程よりも自然な調子で答えた。

「うちは家族で、伝統工芸品を作る仕事をしてるんです。私はまだ作れないから、道具を片づけたり、出来上がったものを箱に入れたりするだけですけど」

「木曜日だけ忙しいの?」

「木曜日は、週末までに届ける分をまとめることが多いんです。だから、その日だけは早く帰って手伝ってます」

「学校から、真っ直ぐ仕事場へ行くの?」

「家と仕事場が繋がってるので、一度家に帰ります。途中で親に頼まれたものを買うこともありますけど」

 先程の回答は、『放課後は真っ直ぐ帰る』だけだった。今の話には、木曜日に急いで帰る理由がある。家族の仕事があり、その中で本人が任されている役割もある。同じ帰宅という言葉でも、そこに含まれている内容はまったく違った。

 大竹さんが続けて尋ねる。

「休日は神社へ行くこともあるとおっしゃっていましたわよね?」

「それも覚えてたんだ」

「珍しいご趣味でしたので!」

 女子生徒は少し照れたように笑う。

「趣味というほどではないけど、小さい頃から祖母と一緒に行っていたので。今も、時間があると近くの神社を回ります」

「有名なところ?」

 俺が尋ねると、女子生徒は首を横に振った。

「普通のところです。住宅地の中とか、山へ入る道の途中とか。地元の人しか行かないような神社が多いです」

「何を見に行くの?」

「境内の雰囲気とか、狛犬とか。お祭りの時期を調べることもあります」

 一度話し始めると、答えは途切れなかった。最初の聞き取りでは、休日は何をしているかと尋ねても、「家にいることが多い」としか答えていない。女子生徒の中では、神社巡りは毎週必ず行うものではないため、普段の過ごし方として挙げるほどではないと思ったらしい。大竹さんが以前の会話を覚えていたから、表に出てきた話だった。

 紬のペンが忙しく動く。先程までの単語だけの記録とは違い、一人の生活が見える内容になっていた。

 俺は大竹さんを見る。本人は、自分が話を引き出したとは思っていないらしい。女子生徒の話へ楽しそうに頷いている。

 大竹さんは次に、別の女子生徒へ顔を向けた。

「あなたは、ウィンドウショッピングがお好きでしたわよね?」

「好きというか、よく見るだけだけど」

「購入しなくても、立派なショッピングですわ!」

「見るだけなら、ショッピングではないんじゃない?」

「では、ウィンドウですわね!」

 ただの窓になった。

 女子生徒は先程より気楽そうに笑っている。

「どの辺りへ見に行くの?」

「駅前が多いです。友達と帰る時に、駅ビルや商店街を順番に見ます」

「最初から行く店を決めてる?」

「決めてないです。歩きながら、誰かが気になった店に入る感じです」

「何も買わずに帰ることもある?」

「よくあります。最後に飲み物だけ買って、そこで次の日の予定を決めたりします」

 最初に聞いた時の答えは、『駅前で買い物をする』だった。今の話を聞けば、場所の情報だけでなく、高校生同士が放課後をどのように過ごしているかが見えてくる。

 他の生徒も会話へ加わった。

「この前は、華恋が最初の店から動かなかったけどね」

「わたくしの好きな漫画の新刊がございましたので!」

「一冊買うのに、三十分も迷ってたでしょう」

「大切な一冊を選んでいたのですわ!」

「結局、三冊も買ってたよね」

「全て大切でしたの!」

 周囲から笑いが起こる。

 教室の後ろで、雪白さんが本から顔を上げた。大竹さんたちを一度見た後、何も言わずに視線を戻す。ただ、すぐにはページをめくらなかった。

 紬は会話の速度についていくため、文章ではなく短い言葉と矢印で記録し始めている。同じ駅前という答えでも、先程よりはるかに情報が多い。

 俺は、大竹さんが何をしているのか考える。調査のやり方を理解しているわけではない。質問の順番を考えている様子もなかった。

 でも大竹さんは、友人が以前話した内容を覚えていた。本人にとっては、どれも特別な情報ではない。普段の雑談で聞いたことを覚えていて、その続きを尋ねているだけだった。しかし、尋ねられる側にとっては、最初から事情を知っている相手との会話になる。何をどこまで話せば良いのか迷わない。説明を間違えないように身構える必要もない。

 だから、俺の質問には短く答えていた生徒たちが、大竹さんには自然に話せていた。

「大竹さん」

 俺が呼ぶと、大竹さんは慌てて自分の口を両手で押さえた。

「今度こそ黙りますわ!」

「いや、そのまま話してて」

 大竹さんが両手を下ろす。

「どちらですの⁉」

「今みたいに、本人へ話を振ってくれると助かる」

 大竹さんは、自分と先程まで話していた生徒たちを見回す。

「つまり、わたくしが質問してもよろしいのですか?」

「質問というより、いつもどおり話してくれればいい」

「いつもどおりですのね!」

 大竹さんの表情が明るくなる。

「それでしたら、最初からそうおっしゃって下さいまし!」

「最初から話してたら、大竹さんが全部答えてただろ」

「確かに、その可能性は否定できませんわ!」

 否定してほしかった。

 そこから、観光客の話や、街の構造まで話が広がった。

 ほぼ全ての生徒が、観光客で混雑する通りを把握していて、地元の人しか知らない抜け道があることを知っていた。祭りの準備が始まる時期には、普段使っている道が通れなくなるため、友人同士で帰り道を変えることもある。

 最初の質問では出てこなかった話が、次々に集まっていく。

 俺と紬も、会話の途中で必要なことだけを尋ねる。

「その道は、学校からどのくらいかかる?」

「混んでいる日は、どこで分かる?」

 一問一答形式ではなく、会話として成立していた。誰かの話から、別の生徒が自分の経験を思い出す。大竹さんが以前聞いた話を付け加え、本人が違う部分を訂正する。

 そのやり取りの中で、放課後や休日の過ごし方、普段見ている視点が具体的になっていった。先程まで並んでいた短い単語の横に、具体的な行動や理由が書き足されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。