大竹華恋
放課後、山府で暮らす生徒から普段の学校生活について話を聞くことになっている。室井君は天山流の稽古があるため参加しない。毎日全員で集まる部にはしないと決めているので、今日は俺と紬だけで活動する予定だった。
午後一回目の授業が終わったところで、紬から届いていたメッセージを確認する。
『放課後、協力してくれる人を連れていく』
俺はすぐに返信した。
『本人達は、何をするか分かってる?』
『分かってる。了承も取れてる』
室井君の時は、本人が何をするか分かっていないまま連れてきてしまった。今回は、少なくとも何のために呼ばれるのかは伝わっているらしい。
『何人?』
『二、三人で頼んだ』
実際に来る人数ではなく、誰かに頼んだという返事が返ってきた。もう一度聞こうとしたところで、次の授業を担当する教師が教室へ入ってくる。
二、三人で頼んだのなら、今日はそんなに身構えることもないだろう。俺はスマートフォンを鞄へ戻した。
本日最後の授業が終わった。教室のあちこちで椅子が引かれ、生徒たちが部活動や帰宅の準備を始めた。渡部君も、近くにいた生徒と話しながら教室を出ていく。
数分もすると、教室に残る生徒は俺と雪白さんだけになった。雪白さんは自分の席にいた。授業で使った教科書やノートを鞄へしまい、代わりに昼休みから読んでいる厚い本を取り出している。
すぐに帰るつもりはないらしい。俺は自分の机と紬が使う机を寄せ、その向かいへ椅子を三脚並べた。机の上には、質問を書いた用紙と記録用のノートを置く。
机を動かす音がしても、雪白さんは何も言わなかった。ただ、並べられた三脚の椅子を一度見てから、本へ視線を戻した。
「ここで少し話をするけど、うるさかったら言って」
俺が声をかけると、雪白さんが顔を上げる。
「何をするの?」
「山府で暮らす生徒から、放課後や休日の過ごし方を聞く。妹が協力してくれる人を連れてくることになってる」
「昼休みに話していたことね」
「そう。次回作に使えるかどうかは分からないけど、まずは普通の高校生活を知りたいから」
相田カノンの次回作。
その言葉を聞いた雪白さんの視線が、わずかに止まる。
しかし、昼休みのように大きな反応は見せなかった。
「私のことは気にしなくていいわ」
雪白さんはそれだけ答え、再び本へ目を落とした。準備を終えたところで、廊下から複数の足音が聞こえてきた。
最初に教室へ入ってきたのは紬だった。
その隣には、華やかな雰囲気の女子生徒が立っている。姿勢がよく、教室へ入るとすぐに俺を見つけた。紬から何度か名前を聞いている。入学初日から紬へ話しかけ、湘南での暮らしについて質問してきた女子生徒。
大竹華恋さん。
現時点で俺が知っているのは、紬と同じクラスで、声が大きく、いつも周囲に大勢の生徒がいるということだけだった。大竹さんは俺の前まで来ると、綺麗な動作で頭を下げた。
「はじめまして、司さん。大竹華恋ですわ!」
紬から聞いていたとおり、声が大きかった。離れた席にいる雪白さんも、本から顔を上げる。雪白さんは大竹さんを見たが、声をかけることはなかった。
大竹さんの方は俺と紬を見ていて、雪白さんには気付いていないらしい。
「相田司です。紬から話は聞いてる」
「まあ。紬さんは、わたくしのことをどのように?」
大竹さんが期待するように紬を見る。
「声が大きいって」
「他には?」
「髪が綺麗」
「まあ!」
「あと距離が近いとも」
大竹さんはすぐに一歩下がった。
「今後は、この距離を保ちますわ!」
「今は大丈夫」
「では、戻りますわ!」
宣言通り、元の位置へ戻る。
紬が逃げるような理由が、少し分かった気がした。
「それで、協力してくれる人を何人か連れてきてくれたって聞いたけど」
「ええ!」
大竹さんが胸を張る。
「紬さんから、山府で暮らす高校生を二、三人集めたいと伺いましたので、連れてまいりました! 皆さん、どうぞお入りになって!」
大竹さんの後ろのドアから、別の生徒が教室へ入ってくる。
一人、二人、三人。
ここで終わると思ったが、その後ろにもまだ並んでいた。
四、五、六……男女合わせて九人いた。
「大竹さん」
「華恋で構いませんわ!」
「じゃあ、大竹さん。九人いるけど」
「呼び方が変わってませんわ! はい。三人ずつ三組ですわ!」
大竹さんは、最初から決めていた答えを発表するように言った。
「どの組も三人ですから、全て二、三人の範囲に収まっております!」
「組数の話じゃない。全体で二、三人のつもりだったんだ」
大竹さんの笑顔が止まる。
俺が用意した三脚の椅子を見る。
それから、後ろにいる九人を振り返る。
「……なるほど」
今までの勢いが、一度だけ消えた。
「それでしたら、九名は多いですわね!」
「そうだね」
俺が生返事をしていると、九人の中にいた女子生徒が、呆れたように言う。
「だから、多すぎないかって聞いたでしょう」
「ですが、三名ずつに分かれていただきましたので、問題ないと思いましたの!」
「普通は合計の人数だよ」
「そのようですわね!」
大竹さんは素直に認めると、九人へ向き直った。
「皆さん、申し訳ありません。わたくしが人数を取り違えましたわ」
自分の間違いを紬のせいにはしなかった。
「必要な方だけ残っていただき、他の皆さんには、わたくしから改めてお詫びを――」
「待って」
俺は大竹さんを止めた。
「せっかく来て貰ったのに、人数の取り違えだけで帰って貰う必要はない」
俺は九人へ、今日の聞き取りについて説明する。放課後や休日の過ごし方を聞くこと。名前や住所などの個人情報は記録しないこと。集めた話は、山府研究部の資料として整理すること。その中に使えそうな内容があれば、漫画の参考にする可能性があること。
「大竹さんからも、こういう話だと聞いてる?」
何人かが頷いた。
「嫌なら断っていいとも言われました」
説明と了承の確認は、きちんと済んでいるらしい。
九人は、大竹さんの後ろへ整列しているようにも見えた。大竹さんへ普通に注意する者もいるが、友達というより、取り巻きのように見えなくもない。入学初日に紬から聞いた話と合致した。しかしさっきのやり取りを見る限り、大竹さんへ一方的に従っている集団ではなく、ある程度気軽に付き合っている友人達のようではあった。
「それなら、今日は全員から話を聞かせて貰うよ」
大竹さんが顔を上げる。
「よろしいのですか?」
「一度に九人は無理だから、大竹さんの言ったとおり、三人ずつ三組に分かれて貰う」
「やはり、わたくしの組み分けは正しかったのですね!」
「人数は間違ってる」
「半分正解ですわ!」
半分とは何の半分なのだろう。大竹さんが声をかけると、九人はすぐに三人ずつに分かれた。俺と紬だけでは足りない机や椅子も、それぞれが近くから運んでくれる。
大竹さんも、誰かへ命じるのではなく、自分から机を動かし始めた。しかし、通路に置かれていた椅子へ机の脚を引っかけ転倒しそうになり、友人に止められる。
「華恋、一度置いて。先に椅子を動かすから」
「承知しましたわ!」
注意されても腹を立てず、すぐに机を下ろす。人を集めすぎるところは困るが、悪意があるわけではなさそうだった。
紬が俺の隣へ来る。
「二、三人って頼んだ」
「紬の言い方は間違ってないよ」
「うん」
紬は記録用のノートを開いた。最初の三人が、机の向かいへ座る。
大竹さんは当然のように、俺の隣へ椅子を置いた。
「大竹さんも残るの?」
「皆さんをお連れした責任がございます。最後までお手伝いいたしますわ!」
「それはありがとう」
「どういたしまして!」
大竹さんは満足そうに笑った。教室の後ろでは、雪白さんが本を開いたまま座っている。俺達の会話へ加わるつもりはないらしい。それでも、帰る支度をする様子はなかった。
俺は最初の三人へ質問用紙を見せる。その隣では、大竹さんが誰よりもやる気に満ちた顔で姿勢を正していた。




