9.今後の方針
「ど、どういうことだ? クラリスが一瞬でいなくなった。これは……」
アルフレドは目の前でクラリスが消えた事に既視感を覚えていた。以前、目の前から食事が消えたり、食堂が消えたり、予想もしていないことが次々と起こっている。
信じられない気持ちはあったが、それよりも気がかりな事がある。
(クラリスがいなくなった……。政務はどうしたらいい?)
クラリスが突如としていなくなったことで、仕事が全然分からなかった。何をするのも全てクラリスが指示をしていたためだ。
もしかしたら、これはとんでもないことになってしまったのではないか? 急に不安になった時――。
「あははっ、これは愉快ですな! 我らが追放と言ったから、クラリスが本当に追放されたようだ!」
「ふふふ、もしかしたらクラリスの怠慢に神もお怒りになられたのしれないですわね。だから、消えたのですよ」
アインベルク夫妻が声を上げて笑い出した。どうやら二人には当然の結果だと思っているように見える。
そんな二人を見て、アルフレドの心の不安が少し薄れた。
「全く、目障りな娘がいなくなって清々しましたな。アルフレド様もそう思いますよね?」
「そ、そうだな。すぐにいなくなって、清々しい気持ちになった」
「そうでしょう。あんな不気味な姿はずっと見ていられませんな」
「本当に我が娘ながらお恥ずかしいですわ。そうだわ! アルフレド様には下の娘がお似合いだと思いますので、今度お会いになりませんか?」
クラリスがいなくなったことをいいことに、アインベルク公爵夫人が新しい娘をあてがおうとしていた。
アルフレドはその娘の事を思い出した。小柄で愛らしく庇護欲をそそられる可愛らしい娘だった。あの娘なら、側においたら花になるだろう。と、いい気分になる。
「今度、時間がある時に会おう」
「では、そのように致しますね」
「アルフレド様!」
そんな話をしていると、慌ただしく官吏が入ってきた。
「今日の政務のことなんですが……。クラリス様はいずこにおられますか?」
「クラリスなら追放した。だから、ここにはいない」
「なっ! なんですと!? せ、政務はどうするんですか!?」
クラリスがいないことに、官吏はとても慌てた様子だった。それを見て、アルフレドの苛立ちが積もる。クラリスくらいでそんなに慌てる官吏が理解出来なかった。
その時、アインベルク公爵が苦言を呈した。
「なんと、情けない。一人でやっていたことが、どうして出来ないというのだ。どうしても出来ないなら、二人に増やせばいいだろう」
「えっ……? いや、クラリス様しか出来ない政務なのですが……」
「クラリス程度がやれたことをどうして出来ない? そんなものは誰だって出来るものじゃないか。アルフレド様もそう思いますよね?」
その問いにアルフレドは考えた。公爵家の経営をしながら、国の政務までしていたくらいだ、それほど難しい内容ではないはずだ。
それどころか、クラリスは出来が悪い。普通の仕事をしているだけなのに、自分の身なりを整える事もできない。要領が悪いから、今までこちらが大変な目にあってきたのではないか?
そうだ。だから、クラリスがいなくなって良かったじゃないか。あのせいで仕事が大変だったのだから、これからは他の人を入れれば楽になる。
「その通りだ。今までクラリスのせいで政務が滞ってきたに違いない。だから、これからはクラリスなしの体制を整えてくれ」
そう言うと、官吏は絶望した顔になり、今にも倒れそうになるくらいにふらついた。だけど、アレフレドもアインベルク公爵夫妻もそれがクラリス喪失による重大なことだとは思わなかった。
三人はクラリスがいなくなったことで、これからはより発展していくだろう。という、現実から逸れた考えしか出来なかった。
そんな未来が来ることは二度とないのに……。
◇
「さぁ、クラリスの部屋も移動しておいたよ。これで、いつも通り休めるはずだよ」
「わぁ! ユマ様の力はこんなことも可能になるのですね! お陰様で辺境の地でも普通に過ごせます!」
「そこまで言ってくれて嬉しいよ。まだまだ、不足しているものはあるから、これから順に補充していくね。とりあえずは人が増えるまでは、この環境で我慢してね」
「我慢だなんて、とんでもありません。あの日々がなくなっただけでも、ユマ様には感謝をしなくてはいけないのに……。私の力、ぜひユマ様のために尽くしたいです!」
クラリスの部屋をデルトール地方に移動をさせると、それだけでクラリスは感激した様子だった。まだ人がいないため、欲しいものがあれば移動するしかない。力不足を感じながら、今後の展望を考える。
「じゃあ、今後は人を増やしていくつもりだけど……。どんな増やし方がいいかな?」
「ユマ様の威光を見せつければ人が集まってくると思いますよ」
「ふふっ、エリザ、ありがとう。それで人が増えたら喜ばしいけれど、そう簡単じゃないと思うんだよね」
この能力はとても役に立つ。だけど、それだけで人が集まれば苦労はしない。きっと、具体的なやり方があるはずだ。
「クラリスはどんなやり方がいいと思う」
私は早速クラリスの頭脳を借りることにした。すると、クラリスは顎に手を当てて考え始めた。
「……エリザさんの考えは素晴らしいと思います。私は、ユマ様の力を使って人を集めるのがいいと思います。例えば、国に不満を持つ町や村をこの土地に移動させるとか。ユマ様の力では可能ですか?」
町や村をこの土地に移動させる。途方もないことだけど、きっと可能だと思う。ここが収納魔法の内側だとしたら、私は自由に物の行き来が出来る。それは大きさは関係ない。
「……うん、出来ると思う。そのまま移動させたり、いい感じに整えることだって出来る」
「では、そうやってこの国を大きくしていきましょう。実は、政務に携わって、庶民が搾取されている現状を見てきたんです。少しでも庶民の方に良い暮らしをしてほしいと、思っていたんです」
切なげに語るクラリスの姿を見ると、その現状は厳しそうだ。庶民を搾取するだけの国の経営は駄目だと思う。もっと、みんなが生きる国づくりをしないといけない。
……いや、そんなことよりも、すぐに国を切り崩すと進言したクラリスの思い切りに感服する。あの国がどうなってもいいって思っている? それとも、復讐?
どう考えているのか分からない。だけど、その手段は嫌いじゃない。
「ふふ、いいね。なんだか、楽しそうなことになりそう」
あの国を切り崩していけば、きっとあの人達も困ることになるだろう。今まで散々好きにしてくれたお返しとしては、最高のお返しになる。
「じゃあ、これから国崩しと国づくりを始めていこう」




