8.復活したクラリス
「……嘘」
クラリスは何度も自分の体へ触れ、信じられないように目を見開く。
「体も、頭も、心も……こんなに軽いなんて……」
そこにいたのは、やつれ果てた少女ではない。本来あるべき健康と美しさ、そして生命力を取り戻したクラリス・アインベルクだった。
「良かった、おとぎ話は本当だったみたいだね」
「……あれは本当に深海の果実だったのですね。あっ、そっ、そんな貴重な物を私一人で!」
「ふふっ、気にしなくてもいいよ。だって、クラリスのために取ってきたものなんだから」
突然、狼狽えるクラリスに優しく言葉をかける。そう、どれだけ貴重なものだとしても、クラリスのために使うと決めたものだ。全く、勿体なくない。
すると、クラリスは驚いた顔をしてこちらを見る。
「わ、私にそんな価値は……」
「あるよ。だって、クラリスはとても凄い人だと思うから」
私は真っ直ぐにクラリスの瞳を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「王城の政務を取りまとめて、公爵家の実務まで抱えて、それだけでも普通なら何人もの人が分担してようやく回せるような仕事を、クラリスはたった一人で引き受けた」
「でも、それは当たり前のことで……」
「当り前じゃないよ。誰かに弱音を吐くことなく、自分の役目だからって全部背負い続けてきたんでしょう? その責任感も、努力も、誰かのために働き続けようとした優しさも、簡単に真似できるものじゃないし、それは誰にも汚すことのできない。クラリスだけが積み重ねてきた立派な功績なんだよ」
なのに、あの人たちは一日休んだだけで責め立てた。一日休んだだけで国も公爵家も回らなくなるのなら、それはクラリスが怠けていた証拠なんかじゃない。
クラリス一人に、あまりにも多くの責任を押しつけ続けてきた証拠だ。
「だからね、私はクラリスが悪いなんて少しも思わない。むしろ、ここまで頑張ってきたからこそ、その努力の最後に追放なんて言葉で終わっていいものじゃない。きちんと報われるべきものなんだよ」
そう言い切ると、クラリスは大きく目を見開いた。まるで、生まれて初めてそんな言葉を掛けられたかのように。
だけど、すぐに困惑した顔をした。
「……報われるってなんですか? ……分かりません。そういう生き方しか出来なかったので。私は……誰かのために働くことで、自分を保ってきました。それがなくなった今、どう生きていいか……」
……そうか、そこまで自分を追い詰めてしまっていたのか。クラリスは与えられた仕事をこなすことで、自分を保ってきた。その仕事が自分の存在価値だと植え付けられてしまった。
その感性をすぐに変えるのは難しい。自由がクラリスを苦しめるのなら、何かの役目を与えた方がクラリスのためになる。
「大丈夫、私が生き方を与えるよ」
「えっ?」
戸惑いに揺れるクラリスの瞳を見つめながら、私は小さく微笑んだ。
「私はね、このデルトール地方に新しい国を作ろうと思ってるの」
「……国を?」
「うん。好きなように生きるための国」
驚きを隠せないクラリスに向かって、私はゆっくりと言葉を続ける。
「もちろん、好き勝手に遊んで暮らすって意味じゃないよ。やるべきことはちゃんとやるし、困っている人がいたら手を差し伸べるし、この土地を豊かにして、ここで暮らすみんなが安心して笑える場所にしたい。その上で、誰かに理不尽に命令されたり、自分の人生を勝手に決められたりしない、そんな国を作りたいんだ」
追放されたから終わり。そんな未来なんて、私は認めない。だったら、自分で居場所を作ればいい。帰る場所がないのなら、自分で帰りたくなる国を築けばいい。
「だから、私はこの何もない土地を、誰もがここへ来て良かったって思える国に変えてみせる。そのためには、私一人の力じゃ足りないの」
私は一歩だけクラリスへ近づき、優しく微笑む。
「クラリス。私はあなたの知識も、経験も、人柄も必要としてる。今までみたいに一人で全部背負わせたりはしない。みんなで支え合いながら、この国を一緒に作っていきたいんだ」
一度言葉を区切ると、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「だから、お願い。私の国づくりを手伝ってくれないかな?」
それは命令でも、義務でもない。一人の人間として、一緒に歩んでほしいという願いだった。
クラリスは目を見開き、驚いていた。だけど、すぐに目が細められる。
「私に……そんな大きな役目を下さるんですか?」
「……嫌?」
「……いえ、国づくりならとてもやりがいがあります。私の能力を存分に発揮出来ます」
やる気に満ち溢れた目になり、私の手を握った。
「ぜひ、ユマ様にお仕えさせてください! 私、ユマ様のために今後の人生を全て尽くします!」
そこには、生命力と生きがいに満ち溢れたクラリスの姿があった。
……でも、人生を全て尽くすのは重いなぁ。




