7.まず先に体を戻そう
「……ここは?」
王城から移動させたのに、クラリスの反応は鈍い。まるで、現状を理解出来ていないような様子だ。それだけ追い詰められていたってことか……。
「こんにちは、クラリス」
「あなたは……ユマ様……?」
「私のことを覚えてくれて嬉しいよ」
あまり接点はなかったけれど、こうして覚えてくれていたのは嬉しい。
「確か……デルトール地方に追放された、はずでは?」
「そう、追放されたよ。そして、ここはデルトール地方」
「……えっ?」
クラリスは困惑したように周囲を見渡した。それでも、反応は鈍い。それだけ追い詰められていたってことか……。
私は王城から極上の椅子を目の前に移動させると、その椅子にクラリスを座らせる。途端にクラリスの体から力が抜け、ふらりと体が傾く。
「大丈夫?」
「は、はい……。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「今の状態は辛いよね。体を元に戻さないと……」
「いえ、追放された身ですから、早く追放先に向かわないと……」
クラリスは律儀に追放先に行こうとしている。こんな体では、起きているのもやっとなのに……。
だけど、ほっといたら一人でも行動しそうだ。だから、嘘を交えてクラリスに言い聞かせる。
「追放された私と一緒にいるんだから、ここが追放先だよ」
「……あっ、それもそうですね。私ったら、恥ずかしい……」
私の言葉を鵜呑みに出来るほど、思考力が落ちているみたいだ。これは、すぐにでも体を元に戻さないといけない。
「博識なクラリスに教えてもらいたいんだけど、この世にあるものでクラリスの体を元に戻せる力のある物はある?」
「わ、私の体をですか? ……それでしたら、深海の果実と言われた物が存在します。海深くに生えている果実で、それを食べると全てが正常に戻ると言われています」
「なるほど、深海にある果実か……」
「でも、それはおとぎ話……。未だかつて深海に潜り、その果実を手に入れた者はおりません」
確かに。この世界では深海まで潜る技術も魔法もない。そんなものはおとぎ話の中での話だろう。
だけど、それは私にとって可能に出来る。収納魔法が叶えてくれる。
「ちょっと待ってて。今、深海の果実を取ってくるから」
「ユマ様が? ……いや、それは無理ですよ」
「大丈夫。見てて……」
私は意識を海に向けた。深海にまで意識を飛ばし、深海の果実を探す。
「その果実はどんな色や形?」
「リンゴのような姿だとおとぎ話には書いてありました」
なるほど、リンゴのようなものか。それに意識を向けると――あった。深海の底に一つだけ生っているリンゴのような果実。
それに意識を向けると、自分の手に移動させた。目を開けると、そこには意識の中で見た深海の果実が収まっていた。
「はい、取ってきたよ」
「えっ!? そ、そんなことが……!?」
一瞬で出てきた深海の果実にクラリスはとても驚いた様子だった。まじまじと深海の果実を見ると、さらに目を見開く。
「こ、これは……おとぎ話で伝えられていたものと形や色が一致してます。ほ、本当に……深海の果実?」
「間違いないよ。それを確かめるためにも、食べてみて」
「は、はい……」
私は深海の果実をクラリスの手渡した。クラリスはまじまじと見つめた後、一口食べた。すると、目を見開く。
「お、美味しいです!」
曇っていた目がキラキラと輝きだし、夢中で食べ始めた。そして、全てを完食した後――クラリスの体に変化が起きた。
「こ、これは……?」
クラリスが驚きの声を漏らした次の瞬間、光が優しく全身を包み込み、まるで体の奥深くまで染み込むように広がっていく。
失われていた生命力を取り戻すかのように、痩せ細っていた体へ少しずつ血色が戻っていった。
骨ばっていた頬はふっくらと健康的な丸みを取り戻し、細すぎた腕や脚にも程よく肉が付き始める。今にも折れてしまいそうだった体は、しなやかで美しい女性らしい体つきへと変わっていった。
青白かった肌も、内側から光が溢れ出すように透明感を増していく。思わず見惚れてしまうほど美しく、その肌には健康そのものを思わせる艶が宿っていた。
栄養不足で艶を失っていた銀色の長い髪も、さらさらと風になびくたびに光を反射し、美しい輝きを放ち始める。
そして何より変わったのは、その瞳だった。目の下に深く刻まれていた隈は跡形もなく消え去り、張りを取り戻した目元には、自然と涙袋が浮かび上がる。
その奥で瞳には、先ほどまで失われていた光が戻っていた。あらゆる感情が宿り、宝石のように澄み渡った瞳が、私を真っ直ぐ見つめ返してくる。
「……あれ? 体が……軽い……」
クラリス自身も体の異変に気づいたようで、自分の腕を触り、頬へ手を添え、信じられないという表情を浮かべる。
恐る恐る立ち上がる。先ほどまで震えていた足はしっかりと大地を踏みしめ、ふらつく様子はどこにもない。
その姿は、まるで別人だった。使い潰され、命の灯火すら消えかけていた女性の姿はもうない。そこに立っていたのは、健康的な美しさと気品を兼ね備えた、一人の元公爵令嬢だった。




