3.汚れた大地と空気の処理方法
「さて、この土地はもう私のもの。だから、好き勝手にしても良いってことだ」
腰に手を当て、ゆっくりと辺りを見回す。見渡す限り、大地は黒ずんでいた。
ひび割れた地面は乾ききり、踏みしめるたびに黒色の土埃が舞い上がる。そこには草一本すら生えておらず、木も花も、命の息吹を感じさせるものは何一つ存在しない。
まるで長い年月をかけて命そのものが失われてしまったかのような、不気味な静寂だけが広がっていた。
そして、さらに酷いのは空気だった。
「ごほっ……!」
思わず口元を押さえる。息を吸い込んだ瞬間、喉が焼けるように痛んだ。
空気そのものに薄紫色の瘴気が混じっており、霞のように辺り一帯を漂っている。その瘴気は肺へ入り込むたびに体の内側をじわじわと蝕み、何度呼吸を繰り返しても息苦しさは増すばかりだった。
「こ、これでは……まともに生活なんて出来ません……。長時間いたら、病気になってしまいそうです……」
エリザも苦しそうに胸を押さえ、顔を青くしている。
なるほど。これでは作物が育たないのも、人が住み着かないのも当然だ。土と空気が汚れている。生きるために必要なものが、この土地では壊れてしまっている。
その絶望な状況を見た私は、ゆっくりと口元を緩めた。
「大丈夫。これも全部収納魔法で解決出来る」
「そ、そんなことが可能なんですか?」
「収納魔法は一つひとつのことを認識できる。だから、この土地の一つひとつを認識して、移動が出来るんだよ」
「そんなことも可能なんですか!?」
収納魔法に入った物は認識出来る。その認識を必要な部分にだけ向け、その部分にだけ作用することも出来る。
だから、収納魔法の内側に入ったこの土地、この汚れをそっくりそのまま移動が出来るはずなのだ。
「見ていて。一気にここの土地を清浄な土地に変えるから」
手を翳し、意識を集中させる。この土地の全ての汚れに意識を向けると、ちゃんと認識出来た。
その認識出来た物すべてを、ある場所へと移動させた。その瞬間、大地や空気の汚れが排除され、目の前には清浄な大地と空気が広がっていた。
「す、凄いです! あの汚れがすべてなくなっています!」
「うん、出来たみたいだね。これで、汚れた土地として忌避された大地はなくなったってこと」
「では、ここで人が住めるって事ですね! ユマ様の収納魔法は環境すらも変えられる、素晴らしい能力ですね!」
その様子にエリザが感嘆としていた。そんなに驚いてくれて、私も能力を活用したかいがあったというものだ。
「あっ、でも……汚れはどこへ行ったんですか?」
「あぁ、それなら、あの人たちのところへ移動させたよ」
「……ま、まさか、王城にですか!?」
「うん。散々、私を奴隷みたいにこき使ってくれたからね。少しくらい、お返しをしてもいいかなって」
目を丸くするエリザへ向かって、私は小さくウインクをする。
前世では、会社のために身を粉にして働き、最後は都合よく切り捨てられた。そして今世でも、庶子だからという理由だけで好き放題に扱われ、価値がなくなった途端、辺境へ追放された。
そんな人生は、もう終わりだ。理不尽なことをされても、ただ耐えるだけの私じゃない。やられたら、きちんとやり返す。
もちろん、同じように人を傷つけたいわけじゃない。でも、私を踏みにじってきた人たちには、自分たちがしたことの重さを知ってもらうつもりだ。
もう私は、誰かの都合で利用され、捨てられるだけの存在じゃない。自由になった今、この力で自分の人生を歩いていく。
そして、私を見下してきた人たちには――きっちりと、お返しをしていこう。
◇
その頃、王城では――。
「ぐっ……な、なんだ? 空気が……ゲホッ、ゴホッ!」
食堂で食事が出来るまで待っていた四人の下に、デルトール地方の薄紫色の瘴気が移動された。
「な、なんだ……息がっ!」
「ケホッ、コホッ! く、苦しくて……息が出来ませんわっ!」
「なんだこれは! だ、誰か……窓を開けろ!」
次男リンガーダが怒鳴ると、慌てた使用人たちが食堂中の窓を次々と開け放った。
冷たい外気が勢いよく流れ込む――はずだった。
「なっ!?」
外から入ってきた空気も、食堂へ入り込んだ瞬間には薄紫色へと染まり、瘴気が薄まるどころか、まるで尽きることなく補充され続けていく。
「そ、そんな馬鹿な!」
「窓を開けても消えません!」
「換気しているのに、瘴気が減らないなんて……!」
使用人たちは恐怖に震え、誰も原因が分からない。
「ゴホッ……! い、一体何が起きているというのだ……!」
ガリレイが苦悶の表情を浮かべた、その時だった。食堂の扉が勢いよく開かれる。
「た、大変です!」
王族専属の料理長が、血相を変えて飛び込んできた。
「今度は何だ!」
「王族専用の畑が腐食にまみれています! 育てていた作物が、一瞬ですべて駄目になりました!」
「……な、なんだとっ!?」
ガリレイは目を見開いた。
「そんな馬鹿な! あの畑は王国でも最高の土壌を誇る畑だぞ!」
「そ、それが突然、土が黒く変色し、瘴気に覆われ……野菜も果物もすべて腐り落ちております!」
料理長の報告に、その場にいた全員が言葉を失う。王族だけが口にする特別な作物……それが、一瞬で全滅した。
料理長は申し訳なさそうに頭を下げる。
「で、ですので……しばらくは庶民向けの作物で料理をお作りすることになりますが、よろしいでしょうか……?」
「……庶民向けだと?」
ガリレイの眉がぴくりと動く。
「この私に、庶民が食べるような安物を食べろと言うのか!」
怒号が食堂中へ響いた。
「王族たる者が庶民と同じ食事を口にするなど、侮辱以外の何物でもない! そのようなもの、食えるか!」
「ですが、陛下……」
料理長は震える声で続ける。
「王族専用の食材はすべて失われました。市場から高級食材を集めるにも時間が掛かります。今すぐお食事をご用意するには、庶民向けの作物を使うしかございません」
「くっ……!」
ガリレイは拳を強く握り締める。
「お父様……わ、私……もう限界です……」
「俺も腹が減って……立っていられねぇ……」
「父上……空腹で頭が回りません……」
兄弟たちは苦しそうな顔をして、その庶民向けの食材に縋った。
空腹と瘴気による息苦しさ。その二重の苦しみが、王族たちから余裕を完全に奪っていた。
「……分かった。今日だけだ……今日だけだからな!」
ガリレイは歯を食いしばり、屈辱に顔を歪める。その言葉を聞いた料理長は深々と頭を下げた。
「かしこまりました。すぐに庶民向けの作物で料理をご用意いたします」
こうして、生まれて初めて王族たちは、自分たちが見下してきた庶民と同じ食材で作られた料理を待つことになった。




