2.裏返した収納魔法の可能性
「ど、どういうことですか!? 私たちは王都の王城にいたはず! それが、一瞬で辺境のデルトール地方にいるなんて!」
エリザは混乱したように声を上げた。
「これは上位魔法の転移ではないですか! そんな能力、私もユマ様も持っていません!」
「私が使ったのは収納魔法だよ」
「しゅ、収納魔法で転移が!? し、信じられません」
信じられないように首を横に振るエルザ。だから、私は一から説明してあげる。
「収納魔法って物を収納できるスキルだよね。重量を感じなくさせたり、時を止めて腐らせることを阻止出来たりする」
「は、はい……。従来、収納魔法は物を収納することに特化してました。だから、それがなぜ転移に繋がるのか分かりません」
「それはね、収納魔法を裏返したからだよ。裏返したから、収納魔法の内側に作用していた力が外側に作用するようになったんだよね」
「……収納魔法の内側で行われたことが、外側でも起こるという事ですか」
うん、そういうことだ。
「収納魔法内なら、物の移動は自由に出来る。上下左右、全く関係なくね。それが外側に作用すると、自由に場所を移動出来る能力に変わるってこと」
「そ、そんなことが本当に可能なんですか!? そんな、内側を外側に作用させるなんて……常識では考えられません!」
「それが、出来ちゃったんだよね。……うん、私の考えは合っていたってことになる」
収納魔法の可能性は、ただ物を収納することだけじゃない。収納という現象そのものを観察し、その内側で何が起きているのかを理解して、一つひとつ外側へと反転させていけば、それまで誰も気づかなかった性質を現実世界に引き出せるのだ。
収納魔法とは最初から、常識では説明できないほど多くの法則を書き換えていた魔法。
そして、そのすべてが収納空間の内側だけで完結する現象ではなく、裏返すことで外の世界にも適用できるのだとしたら、その可能性はもはや一つの魔法という枠組みでは語れない。
収納魔法とは、物をしまうための便利な生活魔法なんかじゃない。収納空間という、小さな世界を支配する魔法。
だからこそ、その世界で許されていた現象を一つずつ外側へと反転させていけば、この現実世界の法則さえ書き換えられる可能性を秘めている。
収納空間の内側で起きている現象を理解すればするほど、そのすべてが新たな能力へと姿を変え、この世界の常識を塗り替えていく。
――収納魔法の可能性は、無限だ。
「この収納魔法を使って、この土地に住みよい場所を作ろう」
「ほ、本当にそれが可能なんですか?」
「やってみないと、分からないよ。私はやる。もう、私を縛るものはなくなったから、自由だしね」
そう言って笑いかけると、エリザは安心したように微笑んだ。
「では、僭越ながら……私がそのサポートをいたします。ユマ様のために、どんなことでもやり遂げる所存です」
「うん、期待しているよ。じゃあ、まずやることは……」
何から始めようか、そう考えた時――お腹がグゥっと鳴った。そういえば、今日はまだ食事を取っていない。
「じゃあ、まずは食事からだね」
「では、私は食材を取りに行ってきますね」
「その必要はないよ。私には収納魔法があるんだから」
「収納魔法で食事を作るんですか?」
「……まぁ、見てて」
私は何もないところに手を翳す。意識を集中して、あの場所を思い浮かべる。そして、力を使うと――目の前に大きなテーブルとその上に乗った豪華な食事が現れた。
「えっ!? こ、これは!?」
「家族の食事を転移させたの。これで、食べられるね」
「そ、そんなことが可能なんですか!?」
この世界は私の収納魔法の内側に入った。だから、内側のことは何でも分かる。この世界のどんな些細な事でも見通せるようになったのだ。
そして、世界を見通せば家族が食事を取っていたので、それを横取りした。今まで私に我慢させていたお返しが出来て、胸がスッとした。
「さぁ、エリザ。一緒に食べよう。こんなに豪華な食事を取るのは初めてだから、とても楽しみ」
「は、はい……。では、お言葉に甘えて……」
私たちは席に着くと、食事に手を付け始めた。どの料理もほっぺが落ちるほど美味しくて、幸せな心地だった。
◇
目の前から、一瞬で消えた。豪華な料理が並んでいた長いテーブルごと、まるで最初から存在しなかったかのように。
「な、なんだ!? いきなり、テーブルと食事が消えたぞ!」
国王ガリレイは目を見開いたまま立ち尽くし、信じられない光景を何度も見回した。
「お、お父様! これは一体どういうことですの!?」
「ふざけるな! あともう少しで食べられたんだぞ!」
「誰だ! こんな悪質な魔法を使った奴は!」
兄弟たちは目の前で起こったことがどういうことなのか理解できずにうろたえるだけだった。
その一連の様子に王族専属の料理人たちも顔を真っ青にしていた。
「へ、陛下! わ、私どもには何が起きたのか……!」
「知るかっ! 早く新しい料理を持ってこい!」
「も、申し訳ありません! 材料がありません! テーブルの上にあった料理で使い果たしました! あれだけの量をもう一度作るには時間が掛かります!」
「なんだとぉぉぉっ!」
ガリレイの怒号が食堂中に響き渡る。香ばしい肉の匂いを嗅ぎながら、あと少しで食べられると思っていた期待は、一瞬で絶望へ変わった。
空腹だった胃は、容赦なく存在を主張する。
ぐぅぅぅぅぅぅ……。
静まり返った食堂に、誰かのお腹が鳴った。それを合図にしたかのように。
ぐぅぅぅっ。
ぐるるるる……。
ごぉぉぉぉ……。
次々と腹の虫が鳴き始める。すると、全員が苦しそうに腹を抑えて蹲った。
「料理は作ってこい!」
「も、申し訳ありません! 二時間……いえ、三時間は……!」
「そんなに待てるか!」
四人とも王城の食事を楽しみにしていた。王国中から集めた高級食材で作った、最上級の料理。それが目の前で消え去ったのだ、ショックは計り知れない。
ぐぅぅぅぅぅ……。
再び腹が鳴る。王族とは思えないほど情けない音が、食堂に虚しく響いた。
そんな彼らのことなど知る由もなく。辺境では、追放された少女が人生で初めて心から笑い、美味しそうに豪華な料理を頬張っていた。




