15.その頃、男爵は
「ふむ、口にするものは高級品に限る」
朝、広い食堂で一人で食事を取る男爵。その目の前には豪華な食事が並び、とても一人では食べきれないほどの量が用意されていた。
だけど、男爵は気にすることなく、食べ進めていく。数口食べると満足して皿をよけ、新しい皿に手を付ける。
「最初の数口は美味しいが、残りはそこまで美味しくない。やはり、この食べ方に限る」
残すことも気にせずに、数口食べてはその料理を捨てさせた。毎食、そんな風に食べているため、金を捨てているようなものだった。
今日も美味しい時間が過ぎていく――はずだった。廊下から慌ただしい足音が聞こえてきて、扉が開かれる。
「男爵様、大変です!」
慌てて入ってきたのは役人たちで、みな、血相を変えている。それを見た男爵は不機嫌そうに睨みつけた。
「なんだ、今は食事中だぞ」
「そ、それどころではありません! 人……人がいなくなってます!」
「何?」
その言葉に目が鋭くなる。
「だったら、やることは決まっている。逃げた村人を捕まえればいい、そして死刑だ。周りの家に住んでいた村人が引き留めなかったから、罰を与えると良い」
冷たい目をしてそう言い放った。村人のことなど、道具としか見ていない。村人がどれだけ死のうが、傷つこうが男爵には痛くもかゆくもなかった。
だけど、状況はそれとは違っていた。
「そ、それが……そうじゃないんです!」
「逃げたのは数人じゃないってことか?」
「そ、そうです! 数人じゃない……数百人です! 村が消えています!」
「……何?」
村が消えている? そんなことはありえない。男爵はそう思った。だけど、役人たちの慌てる様子から尋常ではないことが起こっているのでは、と思うようになった。
「と、とにかく見に来てください!」
その言葉に男爵はようやく重い腰を上げた。役人に連れられて屋敷を出て、村のある場所まで移動する。
そして、そこで見てしまった。
「な、なん……だと。家が……ないっ!」
そこにあるはずの家がなかった。人がいないだけだと思っていたが、まさか家が忽然と無くなるなんて想像していなかった。
「ど、どういうことだ!? どこに消えた!? どこにもいけないはずなのにっ! ど、どうしてこうなったっ!?」
男爵はうろたえて、あちこち歩き回った。だけど、どれだけ歩き回っても、人の姿も、家も、どこにも見つからなかった。
「領地から出たら、死刑だぞ! 見つけ次第、殺してやる! 全員だ、全員を殺してやる!」
焦りが段々と怒りに変わってきた。自分をコケにされた気分で、最悪の気分だった。だけど、どれだけ叫んでも村人が現れることはなかった。
「おい、お前! 村人を一人残らず連れてこい!」
「で、ですが……どこにいったのか……」
「それを調べるのがお前たちの役目だろう! 連れてこないと、お前たちも死刑にするぞ!」
「そ、そんなっ!」
無理難題を役人たちに突きつける。役人たちは絶望した顔になり、その場に座り込んでしまった。村人全員を見つけるなんて、至難の業だと感じたからだ。
しかし、話はそれで終わらなかった。
「だ、男爵様ー!」
そこへ、執事が慌てた様子でやってきた。
「どうした、今は忙しい!」
「そ、そうは言ってはいられません! 徴税官がやってきました!」
「こ、こんな時に徴税官……だと! くっ、放置すれば責任を問われる。今すぐ、対応する!」
現れた徴税官に男爵は慌てた様子で屋敷へと戻っていった。汗だくになりながら屋敷まで走ると、そこには沢山の馬車と徴税官の姿があった。
「お、お待たせ……しました……」
「では、これより徴税を行います。小麦を全部出してください」
「は、はい……」
男爵だとしても徴税官には頭が上がらない。ここで反抗的な態度をとってしまえば、反逆罪として捕まってしまうからだ。
大人しく従い、使用人を集めて、小麦を保管している倉庫へと向かった。だけど、扉を開けると――倉庫は空になっていた。
「……は?」
男爵は思考が停止した。確かに、倉庫には山ほどの小麦が入った袋があったはず。隅には、強制的に徴収した野菜もあったのに……何一つ残っていない。
「男爵、どこに小麦がある?」
「えっ、あっ、いや……確かに……ここに……」
徴税官の鋭い指摘に男爵はへたくそな笑顔を浮かべた。倉庫の中に入り、辺りを見渡す。だけど、どこを見渡しても袋一つ見当たらない。
人が消え、家が消え、小麦が消えた。連続した不可解な出来事に男爵の頭はついてこれなかった。
呆然と倉庫で立ち尽くす男爵。そこに徴税官の厳しい言葉が向けられた。
「もしや……小麦を売り払ったか?」
「いえ! そ、そんなことはしておりません! 確かに、ここに置いたはずなんです! それが、全て消えてしまっていて! 私は何もしておりません!」
「だが、小麦はない。これでは税の徴収が出来ないではないか。……払う気がなかったな?」
「め、滅相もございません! 払うために取りたてましたし、ここに保管していたのです!」
なんとか弁明しようとしたが、徴税官の表情は険しくなる一方だ。なんとか、信じてもらおうと言葉を尽くすのだが――。
「……分かった。男爵を脱税の疑いで捕縛する」
「だ、脱税っ!? そ、そんな! 私は何も! 何も悪くないのに! どうして、どうして!?」
「捕まえろ!」
「なっ、何をする! 私はそんなつもりはなかったのに! ちゃんと税を払って、それで……それでっ!」
男爵は徴税官が連れてきた護衛によって捕縛された。捕縛されてからも、男爵はみっともなく叫び、自分の正当性を訴えた。
だけど、誰もその話を信じなかった。そうして、男爵は王都へと連行されていった。




