11.搾取目的の地方
「エリザさん、資料を運ぶの手伝ってくださってありがとうございます」
「いえ、私も何か力になりたいですから。なんでも、言ってくださいね」
執務室に資料室から資料を運び込んだ。大きなテーブルには何冊かの冊子が置いてある。
「えっと、南方地方の領地の資料? どうして、ここを選んだの?」
「南方地方を選んだのは、この地域が最も王族との癒着が深いと考えられるからです」
クラリス様は一冊の資料を開き、南方地方の地図を指差した。
「南方地方の貴族たちは、領民から徴収した税を一度すべて王宮へ納めています。それ自体は、本来であれば何もおかしなことではありません」
「まぁ、普通だよね」
「ですが、その後が問題なのです」
クラリス様は別の資料を取り出し、私たちの前へ広げる。
「王宮は彼らに『特別予算』など様々な名目を付けて、多額の資金を与えています。その金額が、どう考えても不自然なのです」
私は資料に目を落とす。確かに、領地の規模や実績に見合わないほどのお金が何度も支給されていた。
「これは……」
「実質的には、賄賂でしょう。領民から多く税を取り立てれば取り立てるほど、王宮から戻ってくるお金も増える。そのような仕組みになっていると考えています」
「そんなことが……」
王宮いつも豪華でお金に困っているような様子はなかった。だけど、それは経営が上手くいったからではなく、領民から搾取する税金が多いだけだったみたいだ。
「つまり、王族と南方地方の貴族は利益を分け合っているのです。そのしわ寄せは、すべて領民へ向かいます」
そう言いながらクラリス様は静かに資料をめくる。
「税は年々増えていますが、収穫量は減少しています。さらに人口も少しずつ減っています。生活が立ち行かなくなり、土地を捨てる者や命を落とす者が増えているのでしょう」
数字だけを見ても、その惨状が伝わってくる。よく、この状態で南方地方が持っていると不思議なくらいだ。
「……ひどいね」
「南方地方の領民は国に不満を持っています。だから、付け入る隙はあります。それでも、無理やり移動させるのは反感を買うので、まずは説得をするべきでしょう」
「説得か……結構難しそうだね。こんな状態の人たちを説得するなんて、できるのかな。きっと、王族や貴族なんて信じられないだろうし……」
言葉にしながら、自分でもその難しさが分かってしまう。怒りや不信で固まった人々の心を動かすなんて、簡単なことではない。
視線を落としたまま黙り込んでいると、クラリスが静かに口を開いた。
「ええ、簡単ではありません。ですが、だからこそユマ様の出番です」
「……私の?」
「はい。領民は誰が味方なのかを見ています。立派な言葉や理屈ではなく、態度と姿勢です」
クラリス様はまっすぐ私を見る。その目は私を信じているという強い意思が見えた。
「ユマ様には、統治者としてふさわしい態度をとっていただければそれで十分です。無理に全てを説得しようとする必要はありません」
「でも、それだけで……?」
「ええ。私が補助いたします。情報の整理も、交渉の段取りも、すべて支えます」
穏やかな声なのに、不思議と心が軽くなる。頼りになる人がいるだけで、こんなに心持ちが変わるなんて、凄い。自然と力がみなぎってくるようだ。
「ユマ様はただ、逃げずに向き合ってください。それだけで、十分に意味があります。他のことは全て私に任せてください」
そういうクラリスの目は強く力を感じた。これならばきっと、任せておいても大丈夫だろう。
「では、具体的な段取りを考えましたので、説明させていただきますね」
「えっ? もう、そこまで考えたの?」
「はい。あっ……遅かったですか?」
「ううん、すごく早いよ。クラリスは本当に優秀なんだね、助かるよ」
もう、段取りまで考えているなんて驚いたけれど、これが公爵家を支え、政務を支えてきた人の実力なのだろう。精神も体も万全になって、絶好調といった様子だ。
クラリス様は机の上に南方地方の地図を広げると、いくつかの村や町へ印を付けていく。
「まず攻めるべき相手ですが、南方地方の貴族ではありません」
「えっ? 貴族じゃないの? 貴族を倒しちゃったほうが早くない?」
「その方が早いですが、今後の国家経営を見ていくと、領民の心に訴えかけたほうがいいと思います」
迷いなく言い切るその声に、私は思わず目を瞬かせた。
「どうして?」
「理由は単純です。南方地方の貴族は、領民を守ることよりも搾取することを優先しています。長年にわたり利益を得続けてきた者たちが、自らその仕組みを手放すとは考えられません」
クラリス様は資料の一ページをめくる。
「こちらをご覧ください。税率が上がった年でも、領民への支援はほとんど増えていません。一方で、貴族の屋敷の改築や私兵の増員、贅沢品の購入記録は大きく増えています」
「……本当に、自分たちのことしか考えていないんだね」
「ええ。そのような相手を説得するために時間を費やすのは得策ではありません」
静かな口調だったが、その判断には一切の迷いがなかった。
「ですから、私たちは領民へ直接働きかけます」
クラリス様は地図の中でも、比較的大きな町へ指を置く。
「まずは生活に困窮している地域を訪れ、現状をこの目で確認します。そして、ユマ様が直接話をしてください」
「私が?」
「はい。ですが、難しい話をする必要はありません。『この土地を離れれば安心して暮らせます』『新しい住居と仕事は用意します』『税に苦しむことはありません』。その約束を誠実に伝えていただければ十分です」
「それで信じてもらえるかな……」
「最初は難しいでしょう。長年裏切られ続けた人々です。当然です」
クラリス様は小さく頷く。
「だからこそ、言葉だけではなく行動で示します」
「行動……なるほどね。そこで、私の出番っていうことか」
ニヤリと笑った私はだいたいの流れを掴んだ。
「だったら、心を掴むためにも行動しておかないとね」
善は急げだ。私たちは早速、目的の村に移動をした。




