気前が良いジェラール国王陛下:ノエル視点
「三日前の払暁、ヴァロワ公爵家の警備隊隊長より通達を受けた王都守備隊が、事件現場に向かいました」
オレはドゥレビール王城に呼び出され、カントネン宰相の話を聞かされている。
当然、王さまであるジェラール国王陛下もいらっしゃるので、どことなく緊張して居心地が悪い。
これは尋問でなく、単なる事実確認を兼ねた報告会だと、事前にアルベール殿下から聞かされていた。
事実、快適な椅子に座るよう促されたし、オレの前にはお茶と茶菓子が用意された。
尚、陛下からは、寛げ! との、お言葉を頂戴している。
だったらさー。
その炯炯と光る目で、オレを睨むのは止めて。
ノエルちゃんには、陛下と話すことなんてないです。
早くオウチに返らせて下さい。
そのように願っても、オレが置かれた状況は変わらない。
「そこで彼らが見たものは、黒焦げになった遺体でした」
「ほう。あいつは炭化するほどの劫火で、炙られたのか……? その状態で、よく遺体の身元が判明したものだ」
「家人はファビアン卿が、その部屋を使用中であると知っておりましたし。また、その部屋に同衾させられていた娘が、三名ほどおりまして……。既に娘たちから、事件の証言を得ております。遺体の主は、ファビアン卿、本人であると」
ジェラール国王陛下が、この席で事件の報告を始めて聞くとは思えない。
なので、この問答は陛下と宰相閣下の茶番劇である。
オレに聞かせるのが目的だ。
話の風向きによっては、オレが罪を負わされる。
王族殺しの大罪だ。
こうした事情があって、生きた心地がしないので、美味しそうなケーキにフォークをぶっ刺せない。
オレは陛下と宰相閣下の茶番劇に、ドキドキさせられっぱなしだ。
「王都守備隊のドレフュス卿が言うには、『暗殺の可能性は、限りなく皆無である!』と……」
「それはまた、どういうことか……?」
「まず、ファビアン卿を暗殺するのに、黒焦げになるほどの火力は必要ないとのことです」
「まあ確かに……。短剣で胸を刺すなり、首を斬るなりすれば済む話だ」
陛下がわざとらしく、頷いて見せた。
まだ完全回復には程遠い状態だが。
やせ細った顔に、愉快そうな笑みを浮かべる。
そしてオレに視線を向け、軽くウインクをして見せた。
もしかして。
よくやったとでも言いたいのだろうか?
「ですが現場に残されていた遺体は、完全に炭化しておりました。しかも、料理が並んだテーブルに向かい、椅子に座って……。ここからが、更に不思議なのです。ファビアン卿が座っていた椅子には、高温で炙られた痕跡がございません。それどころか黒焦げになった遺体は、真新しい衣装を纏っていたのです。傷一つない衣装をです」
「なんとまあ、奇妙な話もあったものだ。カントネン宰相。そのような真似ができる魔法使いや呪術師に心当たりはあるか……?」
「いえ、寡聞にして存じあげません」
「であらば、神罰かな?」
陛下が窓辺を見やった。
そこには姿を隠したカルマ君が鎮座していた。
無数にある目を全て閉ざして。
陛下の守護精霊さまは、日向ぼっこか……?
それとも瞑想中?
「リネール王国を守護なさる神々が、ファビアン卿に罰を下したと……?」
「諸侯には、それとなく、そのような噂を流せ。我が王国を私物化せんと欲する者には、神々の罰が下されると」
「ははっ。承知、仕りました」
「表向きは、事故死で押し通せ。階段で足を滑らせたとか、適当にな」
「因みに、葬儀は……?」
「国葬に決まっておる。兄として、弟の死を盛大に弔ってやらんとな」
おう。
どうやら陛下に満足して頂けたようだ。
てことは、王弟をカリカリになるまで焼いた件は、チャラでいいのかな……。
「で、ノエル嬢。ここからは未来の話だが……。我がパルマンティエ王家は身内の死を悼み、一年ほど喪に服することとなる」
「はい」
「アルベールとの婚儀が遅れてしまうので、申し訳なく思う」
「とんでもございません」
どうやら陛下が復活されても、オレとアルベール殿下の婚約は破棄されないようだ。
国王の不在と言う危機的状況から脱したのだから、これ以降は王子の許嫁が暗殺されるような不幸も起きないだろう。
それならば、アルベール殿下には理想の令嬢を迎えて欲しいと切に願うのだが。
「どうして、そのように悲しそうなのだ?」
「いえ、これは。もとから、こういう顔なのです」
「……宰相?」
陛下がカントネン宰相に、目顔で問いかけた。
「はい、陛下。もとよりノエル嬢は、そのような顔つきでございます。ご当人が陛下に申しあげた通りで、相違ありません」
「いやいや……。この顔で、迷宮の怪物どもを討伐するのか……? それはそれで、途方もなく関心をそそられるな」
オレは、まじまじと陛下に見つめられ、顔を伏せた。
「ノエル嬢は、難攻不落と言われたデュラハンの討伐で名を上げまして……。このところ首なし騎士の城塞は、ノエル嬢の活躍を見たがる若者たちで賑わっております」
「この顔で、この華奢な身体で……!? アンデットの騎士を倒したとな。俄かには信じがたい」
「それがまた、若者たちの妄想を掻き立てるようでして……。実際に討伐の現場を目撃した者は、例外なくノエル嬢に心酔しております。ノエル嬢が古の都で祀られていた月の女神を信仰すると知れてからは、あちらこちらに女神イーリアを祀る祠が建立される始末」
「ふむふむ……。そのような状況であるなら、いっその事、リネール王国で神殿を建てたらどうかね?」
陛下が、すごい計画を提案した。
「ありがたいお話です。ぜひ是非、お願いいたします」
オレは女神イーリアさまの神殿と聞いて、深々と頭を下げた。
女神さまには常々お世話になっているので、いつの日にか神殿くらい差し上げたいものだ、と思っていた。
だけど神殿を建てるなんて勝手にできないし、費用が幾らかかるかも分からない。
所詮オレは、へっぽこ冒険者に過ぎない。
『いつの日にか』なんて日は、永遠に訪れないと相場が決まっている。
なので渡りに船であった。
「ノエル嬢は、以前にも貴重な迷宮遺物をパルマンティエ王家に献上してもらった」
「はい。あれらの杖は、リネール王国の国宝でございます」
カントネン宰相が、静かに頷いた。
「それに此度は、私の命まで救ってもらった。それは取りも直さず、パルマンティエ王家の命運を救ってもらったに等しく、延いてはリネール王国の存亡にも関わる大事を成し遂げたと言えよう。我が息子たちには、まだまだ安心して国を託せぬ。私から見ると経験と思慮が足りず、どうにも危うく映るのだ」
「陛下。ユストゥス教団を王都ロワイヤルから駆逐した件も、ノエル嬢の助力があってのことですぞ!」
「そうであったな。それだけでなく、アルベールまで暗殺者の襲撃から助けてもらったようだ。自分の婚約者に助けてもらうとは、不甲斐ない話よ。それでだ……。この貢献に、なんとして報いるべきか……? 私は事情を知ってから、ずっと頭を悩ませておった。ノエル嬢は権勢欲も持たず、金銀財宝なら自分の腕で好きなだけ稼げよう。だが信仰対象である女神イーリアの神殿なら、喜んでもらえるのではないかと考えた。もちろん神官の教育や神殿の管理は、こちらで引き受けよう」
「陛下のご厚意に、心から感謝いたします」
オレは感謝の意を伝えるべく、再度、頭を下げた。
オレの本心を打ち明けるなら、お願いしたいことはあった。
憎きラクロットへの復讐に、残る人生を使わせて欲しい!
だが、それを口にすれば身辺の監視が強化されるだけで、何も良いことなどあるまい。
それに月の女神イーリアさまも、オレが復讐の旅に出ることを許さなかった。
何度、タロットで占っても、この地で待てと表示される。
ウィジャ盤を使ったところで、結果は同じだ。
困難な旅路の果てに、間抜けな死が待つ……!
酷くないか?
こんな占いの結果を突きつけられたら、誰だって酷いと思うよな。
何回やり直しても、結果は同じだ。
オマエは死んでも大丈夫だろ? って……。
ところがどっこい、ペイバックも事故死からの復活までは、保障してくれない。
雨に濡れて風邪を引いたら死んだとか、旅先では普通に起こり得る話だ。
オレは母上の影響を色濃く受けているので、占いや未来予測に関するあれこれを否定できない。
だったら未来なんて知りたがらなければ良いのだろうが、それもまた難しい。
だって未来が分からなのは、スゲェー不安じゃないか。
冒険者には、験を担ぐ者が多いんだよ。
運が悪ければ、あっという間に死ぬ職業だからな。
そもそもオレが占っていなければ、何も知らずに旅に出て、今頃、どこかの川で溺れ死んでいたかもしれないんだぞ。
崖から転げ落ちるときに後悔したって、もう間に合わないじゃないか。
オレは予見者じゃないけれど、何回も同じ結果が出るってことはさぁー。
要するに、これって守護神さまからの掲示だろ。
相談したら、アマンダとクレアにも忠告されたよ。
そこまで同じ目が出るのなら、もう虫の知らせなんて生っちょろい代物ではなく、月の女神イーリアさまに駄目だしされてるぞ! って。
だから運命の邂逅を待つことにした。
ラクロットは、覇道の剣を手にしている。
どうせアイツも、大いなる意思が動かすコマの一つだ。
オレが物語の中心に居るなら、そのうちアイツから接近してくる筈。
焦る必要など、何処にもないのだと信じよう。
「うおほんっ。ところで話は変わるが……。依頼した件について、了承してもらえるかどうかの返事を聞きたい。もし引き受けてくれるなら、謝礼についても決めておかねばならんだろ」
「えっ!? 陛下からの依頼なので、命令だと解釈しました。既に品物は完成させて、ここにあります」
「おぉーっ。頼んで、丸一日しか経っておらぬぞ!」
オレは木箱に入れてきたカルマ君の新しい器を取り出して見せた。
「以前の物より、随分と大きいですな。私の腰ほども背丈がある」
「黒いネコか……。衣装も着ているのだな」
「わたくしも些か反省いたしました。王城で見咎められても問題のない品格となれば、衣装くらい纏わせなければならないでしょう」
「以前と比べたら、顔にもグンと品がある。これなら悪い妖怪と間違われることもあるまい!」
現金なもので、新しい器を見るなり、カルマ君は目玉だらけの身体を脱ぎ捨て、飛んできた。
オマエ、寝てたんじゃないんか!?
「カルマ君。気に入りましたか?」
オレは生意気な精霊に、新しい身体の感想を訊いた。
〈うむっ。とても満足だ〉
そう言ってカルマ君は、テーブルの上に二本の足で立った。
金ボタンをあしらったブルーのサーコートが、きりっとした顔つきの黒猫に似合う。
その見た目は、小さな従者のようである。
〈ついでに伝えておくが、私をカルマ君などと呼ぶのは止めてもらいたい。我が名は、ケルノノス。偉大なる死霊術師だ!〉
おまけに付けて上げた錫杖が気に入ったのか、右手に掲げて名乗りを上げる。
なかなかに凛々しい姿ではあるけれど、オレには通用しない。
「はいはい。分かりましたカルマ君」
王命と勘違いして夜なべさせられたオレは、少しばかり意地悪になっていた。
こいつの頼みだけは、素直に聞いてやりたくない。
〈わざとだな姫。私を貶めようとして……。グヌヌヌヌッ……。小癪な色なし姫め!〉
王の威を借る悪霊め。
迷宮から解放してもらった恩も忘れやがって。
オマエなんか、そうして悔しがっていればいいんだ。




