マリッジブルーではない!:ノエル視点
ファビアン・ド・ヴァロワ公爵の葬儀がしめやかに行われた。
大公閣下の死因は、『酒に酔って足を縺れさせ、階段から転落したもの……』と、公的に発表された。
葬儀の列を見送る王都ロワイヤルの民衆に、疑念を抱くものは一人もいなかっただろう。
この世は隠し事と権力者に都合の良い嘘で、塗り固められている。
かく言うオレも、婚約者に言えずにいる秘密があった。
いや、以前にハッキリと伝えた覚えがあるけれど、真面目に取り合って貰えなかったのだ。
もう今更なので、くどくどと説明を繰り返す気も起きない。
パルマンティエ王家にだって諜報を得意とする機関がある。
そこではアルベール殿下に選ばれたノエル嬢が、もとはノバック伯爵家の三男だったと、大方の調べを付けているはず。
それなのにアルベール殿下は、真相を教えて貰えずにいた。
となればだ。
どこかの誰かが、憑依体質持ちの精霊使いをパルマンティエ王家に取り込みたくて、情報に制約をかけているのだろう。
そいつは、リネール王国の暗部を統括している責任者だ。
アルベール殿下だって、オレの中身が男だと知れば考え直しそうなものだ。
嫁として迎えてしまえば、後継ぎ問題が生じるからな。
ロイヤルな子作りだ。
初夜の寝室で、中身が男な嫁を抱きたくはあるまい。
オレなら絶対に嫌だ。
なので、オレの特殊な血を王家に混ぜたいと考えるヤツは、アルベール殿下に真実を伝えられない。
余計な真似をして、アルベール殿下がオレを避けるようになってしまったら、憑依体質の獲得に失敗してしまうからだ。
あの殿下、オレが何を言っても信じないからな。
男らしさに憧れる困った令嬢だとでも、思っていらっしゃるのか。
あれだけ迷宮で暴れて見せても、オレへの愛が少しも変わらないのですよ。
だから、アンタは騙されてますと、パルマンティエ王家に仕える家臣から伝えて欲しいのだが……。
待てど暮らせど、そのような事態は訪れなかった。
これはもう、誰かが情報を止めている。
そうとしか考えられませんね。
宰相……?
いいや、違うな。
カントネン宰相は、王弟ファビアンに呪術で操られていた。
もしカントネン宰相がパルマンティエ王家の暗部を統括していたなら、オレへの攻撃はもっと苛烈だったはず。
間違っても、あんなへっぽこ暗殺者は使わない。
オレはジト目で義父さまを見た。
「お義父さま。その後、ノバック伯爵領の調査は、順調でしょうか……? お手伝いが必要であれば、何でも遠慮なさらずに仰ってくださいね」
「ああっ、王都から逃げ出した邪教徒どものことかい? キミたちから報告を受けた通りだった。確かにノバック伯爵領が、連中の受け皿になっているようだ」
「よく足取りを追えましたね」
「王都で邪教徒狩りがあったとき、こっちは追跡に人員を割いていたのさ。リネール王国が誇る、優秀な猟犬たちだよ」
さすがはリネール王国の頭脳派。
こいつだよ。こいつ……。
いやー、灯台下暗しだわ。
崩壊寸前のリネール王国を持ちこたえさせていたのは、この魔法バカを装った天才軍師殿だ。
「お義父さまは、わたくしが男だと知っているのに、どうしてアルベール殿下に教えて差し上げないのでしょう? もしかして、憑依体質持ちの血を王家に取り込みたいのでしょうか?」
「それは少し違うな……。単に私は、アルベール殿下を不憫に思ったので黙っていた。無理をして陽気に振舞っていても、アルベール殿下は寂しい人だ。伴侶が慰めになるなら、それがもとは男だと騒ぎ立てる必要などない。そうだろ?」
「でしたら、もう当面の危険は取り除かれたのですし、普通のご令嬢を薦めて差し上げるべきでは……。わたくしのためにも……」
「それも考えはしたのだが、もう不可能だ」
オレの義父さまであるティエリー・ド・ドラローシュ侯爵は、深くため息を吐いた。
「どうしてでしょう?」
「陛下が持ち直され、パルマンティエ王家は正常化された。当然、王家の目と耳は、ジェラール陛下にキミのことをご報告した。微に入り細を穿ち……。何と言おうが、キミはアルベール殿下の婚約者だからね。陛下に隠しておくことなどできない」
「おおーっ!?」
要するにこれって、情報を扱う上での決定権が、義父さまからジェラール国王陛下に返還されたってことか……。
やべぇじゃん。
もしかして、オレ詰んだ?
「先日、陛下は私に命じられた。『万難を排し、二人を添い遂げさせよ!』と……。陛下はキミを王家に取り込むおつもりだ。特殊な精霊使いとしての体質も、ひっくるめてね」
「……はぁ」
母上が消えても、オレのあずかり知らぬところで運命は決められていく。
「もう、仕切り直しはナシ?」
「無しだ。こっそり逃げたりすれば、大変な事態になる」
「そうなんですね」
なんだか切ない。
「以前と何が違うのか、分かっているのかい?」
「リネール王国にいる限り、わたくしは追いかけまわされるってことですよね」
「ぜんぜん違う! 王命の重さを全く理解していないな。キミが姿を晦ましたら、ドラローシュ侯爵家が責任を問われ、監獄に送られるって話だ!!」
珍しく、義父さまが声を荒らげた。
「……ッ。それはまた、お気の毒なことで」
オレは弁解の余地もなく、下げた頭を起こせない。
合わせる顔がないとは、このことだ。
恩ある方たちを人質に取られた。
復活した王さまの容赦ない仕打ちに、涙が滲む。
オレが助けてやったのに、これはちょっと酷くないか……?
まあ、仕方がないのだろう。
地位や権力は、責任と切り離せないからな。
貴族たちの特権は、パルマンティエ王家への忠誠心を絶対条件としたものである。
それに……。
全ては、オレが逃げなければ済む話なのだ。
◇◇
未だ人々が王弟ファビアンの喪に服するなか、ジェラール国王陛下の快気祝いが催された。
ドゥレビール王城に招待された諸侯は、ある程度の事情を耳にしている。
曰く、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵は悪しき邪教集団と結託し、国王陛下の呪殺を企んだのだが、愚かにも失敗して黒焦げの死体となった。
小耳にはさんだ程度の怪しい噂が、喪も開けぬうちから開催された祝い事により、ぐんと信憑性を帯びた。
慣例に背くロイヤルファミリーの行動は、常に何がしかの意図を含む。
これは諸侯に向けた脅しであり、強いメッセージだった。
ユストゥス教団と手を組んだ者は、例外なく処す。
そう釘を刺したに等しい。
その上で王家の目と耳が、パーティー会場で挙動不審になる貴族どもをリストアップしている。
気持ちの良い話ではないけれど、屋台骨がぐらつくリネール王国を締め付けるには、どうしても必要な処置であった。
今は疑心暗鬼なくらいで、丁度よい。
ジェラール国王陛下は玉座に腰を下ろし、ご満悦だ。
横に侍るクリスティーナ王妃も、愁いの晴れた顔をしていらっしゃる。
そして、我が婚約者殿は……? と言えば、オレの傍に張り付いて動こうとしない。
うざったい。
「殿下……?どなたかと踊ってらしたら如何ですか」
「私はノエル嬢としか踊らない。その……。ノエル嬢は、私が相手では退屈かい?」
「そんなことはございません」
オレは扇を口元に当て、コテンと首を傾けた。
王子さまから私が不満かと問われたなら、笑って誤魔化すしかあるまい。
「口を尖らせて、浮かぬ顔をしているから……」
「これは仕様です。この顔は、もとからです。それに、パーティーは慣れません。どうも場違いな気がして、落ち着かなくなります。無性に舌打ちしたくなるんです」
「そうか……」
アルベール殿下は安心したのか、小さく笑った。
アルベール殿下はさー。
ちょっと執着が強いんですよ。
オレは男だから、男にベタベタされても嬉しくありません。
ただでさえ望まぬパーティーに、きっついドレスを着て参加したのだ。
このうえ近くでプレッシャーをかけるのは、止めて頂きたい。
その目つき。
オレに何を望んでいるわけ?
ほっぺに軽いチューか?
「……ッ!? いきなり、どうした?」
「恋人同士の、ご挨拶です」
「そそそっ、そうか」
「気に障りましたか?」
「いや、そんなことはない。とても嬉しかった」
アルベール殿下はチューされたほっぺに手を当て、蕩けそうな表情になった。
こういう反応は実に面白いのだが、サジ加減が難しい。
オレにとっては、文字通りの火遊びである。
やがて訪れる未来を想像したら、とてもではないが楽しめない自虐的な行為と言えよう。
だけどオレも、婚約者とのスキンシップには少しずつ慣れておかないと拙い。
いきなり同衾とか、まず間違いなく発狂するからな。
その夜が来たら、どのような手順で事を済ませるかが問題なのだ。
より恥ずかしくないくて、より精神的に負担の軽い方法はないものだろうか?
最近は、そのことばかり考えて、夜更けを迎えると激しく懊悩する。
アルベール殿下との婚礼が避けられぬ事態となってから、呑気なクレアが羨ましくて仕方ない。
これは決して、マリッジブルーなんかじゃない。
そしてアルベール殿下が、永遠に優しい紳士であればと願う。
白い結婚、大歓迎だ。
「ノエル嬢、お久しぶりです」
談笑する人混みを避けるようにして、オレに近づいて来たのは、ダンボワーズ侯爵令嬢ベアトリスさまだった。
「ご機嫌麗しゅう、ベアトリスさま」
「ウフフ……。それが残念なことに、ちっとも麗しくないのですわ」
「どうされたのですか?」
「実は……」
ベアトリスさまが仰るには、自領の離宮にて静養中のこと、家人に手引きされた暴漢の襲撃を受けたそうだ。
事前に差し上げた天狗風の活躍により、最悪の事態は免れたようだが。
可愛がっていた天狗風は大破。
「わたくしを守って、テンちゃんが死んでしまったのです。あの子は、とても勇敢でした」
「大変でしたね。でもベアトリスさまがご無事で、安心しました」
「せっかくノエル嬢に紹介して頂いた精霊さんを死なせてしまい、わたくし申し訳なくって……。本当に、ゴメンナサイ」
ベアトリスさまは深く頭を下げ、オレに謝罪した。
だが……。
「んっ? んんっ……」
天狗風は無傷で、ベアトリスさまを守っていた。
ベアトリスさまの足元をくるくると走り回り、すっかり懐いている様子。
見たところ、器のヌイグルミが暴漢に壊されただけである。
でも物質としての身体がないので、ベアトリスさまには天狗風が見えないようだ。
「天狗風は無事ですね」
「えっ!?」
「今もベアトリスさまの足元で、寛いでいます」
「本当なの……?」
「急ぎ、新しい人形を用意しましょう」
「何てことでしょう。テンちゃんが生きていたなんて、わたくし嬉しい」
ベアトリスさまは安堵したのか、シクシクと泣き始めた。
「あのー。泣かないで……」
パーティー会場で、そういうのは止めてください。
オレが泣かしたみたいで、気まずいのです。
ほら、皆の視線がこっちに集まるよ。
オレはアルベール殿下の背後に隠れ、ぐいぐいと背中を押した。
ベアトリスさまの方に。
こいつ重たくて動かねぇ。
動けよオラッ!
「おい、ノエル嬢。どうしたんだ?」
「ハンカチ。ベアトリスさまの涙をハンカチで吸い取って差し上げましょう。放っておいたら、お化粧が崩れてしまいますわ」
「……ッ。私にベアトリス嬢を押し付けるつもりか……?」
「絵本の王子さまなら、喜んで引き受ける場面です」
「絵本……!? 私は現実の王子なので、絵本の王子ほど修羅場を踏んでいないんだ」
「男の子が泣いていたら、わたくしが引き受けましょう。女の子の担当は殿下です」
ご令嬢の涙なんて、オレには重すぎるんだよ。
「くっ……! 道理が通っているように聞こえて、只々ノエル嬢に都合の良い話じゃないか」
「あらあら、細かいことをブチブチと……。王子さまの癖して、男らしくございませんわ」
「ノエル嬢、少しだけ口を閉じたまえ。黙って私の話を聞いてくれ」
「…………」
オレは殿下に言われて口を閉ざした。
「そもそもだ。普通に考えるなら、泣くのは女子と相場が決まっているだろう。だとするなら、ノエル嬢が主張する役割分担は、随分と不公平じゃないか……?」
「平等より、慰める姿が絵になるかどうかですわ。殿下」
「なるほどな。そう返してきたかー。私の許嫁は、実に口が達者だ。先が思いやられる」
アルベール殿下は文句を言いながらも、ハンカチを取り出した。
「ウフフッ……。お二人とも。夫婦喧嘩は、犬も食わぬと申しますわ」
オレとアルベール殿下の押し問答を聞いて、ベアトリスさまが我慢しきれなくなり、笑った。
しかし言わせて欲しい。
オレたちはまだ、結婚していない。




