どんでん返し:複合視点
【アニー:サイド】
〈遠い昔より、折にふし想像してきた〉
幽鬼のような、だけど魂を魅了する美貌の男が、ファビアン大公に語りかけた。
〈呪詛返しに慌てふためく、覚悟なき術者の最後を……〉
男が何処からどのようにして現れたのか、わたしには分からない。
〈フッ……。それは失笑を禁じ得ない、陳腐な喜劇であろうと……〉
ふと気づけば、そこに居たのだ。
男は魔法ランプに煌々と照らされた室内に立ち、豪華な料理が並べられたテーブルに歩み寄る。
それからデカンターを手にし、ファビアン大公が大事にしていた美酒を磨き上げられたグラスに注ぎ入れた。
その間、悪魔にでも魅入られたかのように、ファビアン大公は声もだせずにいた。
男を睨みつけ、ただ小刻みに震えている。
〈よい色合いだ〉
男はグラスに注いだ液体を眺めながら、声なき声で呟いた。
精霊の声と呼ばれる、直接頭に語り掛けてくる声。
多分、それだ。
〈香りも文句なし〉
男の衣装は見たことがない異国風のデザインだった。
どこかの神官が纏う僧衣だと言われたなら、勘単に納得してしまうほど格調の高さを感じさせる。
だが黒なのだ。
全身、真っ黒である。
〈うむっ。深みのある芳醇な味だ。咎人に用意される最後の晩餐にしては、随分と豪勢じゃないか……。まさか、祝杯でも挙げるつもりでいたのか? コソ泥の癖に……〉
黒は闇の色。罪や穢れを意味する色だから、好んで僧衣に用いる神殿はない。
信徒の罪を問う審問官が、ごくまれに黒い僧衣を身に着けるのみ。
「くっ、くせ者め……!? 我が足元にひれ伏すがよい!!」
ファビアン大公は自慢の指輪を男に突きつけ、強い口調で命じた。
〈おや? その指輪は、私が手慰みに拵えたものではないか。まだ、壊れずに存在したのか……〉
どれほど優れた大魔導師であろうと、また如何に修業を積んだ穢れなき聖者であろうと、意思の力を捻じ伏せて屈服させる魂縛りの指輪。
そうファビアン大公が豪語していた忌まわしいリングを突きつけられ、男は一瞬だけ驚きの表情を浮かべた。
でもそこから、恐怖や苦悩する様子は窺えない。
「何故だ? なぜ、跪かぬ!?」
ファビアン大公の狼狽えぶりは見ものだった。
あられもない姿で立つ自分のことを忘れてしまうほど、滑稽に見えた。
わたしたちを辱めて悦に入るファビアン大公が、今度は優越者への恐怖を味わう側に立たされていた。
一層、よい気味である。
ざまを見ろ! と言ってやりたい。
死の間際に、良いものを見物できて満足だ。
〈おおっ、淑女たちよ。夜分遅くに失礼する〉
男が古風な挨拶をして見せた。
その仕草は見事であり、実に美しかった。
ファビアン大公の粗末な礼儀作法とは比較にならない、見惚れるような完成度だった。
男の視線に裸で佇む私たちを蔑むような気配はなく、色欲さえ完璧に隠されていた。
身分の貴賤に関係なく、美に仕える者は存在する。
親に売られた貴族令嬢、小娘、奴隷女と、ファビアン大公に身分を理由にして蔑まれたわたしだ。
そして今、わたしたちは衣装を剥ぎ取られ、給仕をさせられている。
女をオモチャ扱いする、ゲスの遊びだ。
正直、ファビアン大公は醜悪である。
高級な衣装を纏い、豪華に着飾っていても醜い。
魂が腐っている。
ファビアン大公と謎の男を比較して、美の女神がどちらを愛でているのか……? を考えるのは、最後に許されたわたしの自由だと思う。
美貌の男は、おそらくヴァロワ公爵家に侵入した暗殺者であろう。
そうでなければ、許しを得ずに忍び込んだ賊である。
わたしたちも口封じで、殺されるだろう。
同じ死ぬのなら、美しい死神の手で殺されたい。
〈急ぎ、刈り取らねばならぬ命があるのでな〉
美貌の男が、わたしたち奴隷を見回し、口元に笑みを浮かべた。
理性の働きを感じさせる、品のよい笑みだ。
〈少しばかり、野蛮な行為をお見せするかも知れないが、騒ぎ立てぬようお願いする。私の用事が済めば、貴女たちも解放しよう〉
侵入者が顔を曝していると言うことは、そう言うことだ。
目撃者は、一人も残さずに殺す。
正直なところ、怖いし、悲しいし、悔しい。
だけどファビアン大公の処刑を見物させてもらえるなら、わたしの命なんて安いのかも。
だって、わたしたち全員の命を費やしたところで、ファビアン大公を殺すのは絶対に不可能だから。
「ヒィッ!」
メイベルが短く悲鳴を上げた。
マーガレット嬢もカタカタと震えている。
〈シィッ……。静かに……。私は貴女たちの悲鳴を聞きたくない。私は私に断りもなく、私の技術を貶めた愚劣な男に、懇願の悲鳴を上げさせたいのだ。私の復活を寿ぐ、至上の楽曲を邪魔されず静かに楽しみたい。貴女たちなら理解してくれるだろう? さて、先ずは指輪を返してもらおうか〉
男はそう言って、テーブルに並んでいたカトラリーを手にした。
デザートを切り分けるために使用する、切れ味の鈍そうなナイフだった。
「ウギャー! やめろ! やめないかぁー!!」
テーブルから生えた骨の腕に両手を拘束されたファビアン大公が叫ぶ。
だがしかし、男は落ち着いた様子でカトラリーを押し付けた。
ファビアン大公の指に……。
〈オマエの指は太くて、指輪が抜けない。大切な指輪を壊さずに外したいので、指は切断するしかあるまい。なぁーに、心配は要らない。どうせオマエは死ぬのだ。指がなくても不自由はせんよ〉
カトラリーを振りかぶり、勢いよく振り下ろす。
ガツン! と音がして、ファビアン大公の指が跳んだ。
真っ赤な血が溢れだし、白いテーブルクロスを染めていく。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!! ウギャァァァァーッ!!! やめてください……」
十本あったファビアン大公の指は、すべて切り離された。
そして十個のリングが、男の手に移る。
「「「………………」」」
メイベルとマーガレットは顔を引き攣らせ、蝋人形のように固まっていた。
多分、私の状況も似たり寄ったりだろう。
目の前で繰り広げられる残酷なショーに怯えながら、目を離すことができなかった。
クソ野郎が処刑される様子に、どうしても胸のワクワクが止まらないのだ。
至上の楽曲。
確かにそうなのかも知れない。
憎むべき男が上げる悲鳴は、鼓膜を震わせる悍ましい騒音でありながら、信じていた親に売られ、嬲り者にされるところだった私の心を慰めてくれる、甘い調べだった。
〈軟弱者が……。これは前奏曲に過ぎんぞ。ここからが本番だ。オマエが放った呪詛を受け取るがいい。さあ歌え。死の歌を……〉
わたしは意図せず、ファビアン大公の喘ぎ声に耳を澄ませた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁーっ! ヒッヒッ、ヒィィィィィィーッ!! 儂の身体が萎んでいくぅー! 何故だ? 何故、完璧だったはずの呪いが、儂のもとへ帰ってくる!? キサマは、何者だぁー!? 誰に雇われた?」
怯え切った顔のファビアン大公が、強弱と抑揚のある声で、男の行為を詰った。
〈フザケタことを……。何も分かっていないと言うつもりか……? オマエの使った呪術は、私が丹精込めて作り上げたものだ。私の許可なく使うことは許さん。そのような図々しい連中は、根絶やしにしてくれる〉
男は苦しむファビアン大公を見下ろしながら告げた。
この期に及び、二人は強者と弱者でしかなく、その正体を知ろうとして何になるのか。
ファビアン大公の企ては、水泡に帰す。
夢は破れた。
それでよい。
こんな男が王になれば、国は亡ぶ。
国政など欠片も学んでいないわたしにも、分かることだ。
「オマエが、この呪術を作っただと……? オマエが……?」
ファビアン大公が呆けた顔になった。
〈そうだ。私の名は、死霊術師ケルノノス。冥界の王である。この名を冥途の土産に、しっかりと覚えておくがよい!〉
ケルノノスと名乗った男の身体から、数え切れないほどの毒虫が溢れ、ファビアン大公に襲い掛かった。
「ウヒヒヒヒヒヒーッ!! ウヒョホォー!!!」
ファビアン大公が死の歌を奏で始めた。
聞くに堪えない奇妙な悲鳴が、わたしの鼓膜を震わせた。
この世から、わたしの嫌うものが消し去られる、心地よい音色だった。
【ジェラール:サイド】
私は己の最後を確信した。
だから潔く覚悟を決めて、遺言書を認めた。
書き終えた後、暫くたってから、無意味な泣き言を羅列したことに思い至った。
死を恐怖するあまり、感傷的になっていたのだ。
こうしたことは、一旦気になりだすと歯止めが利かない。
もう起き上がることも、言葉を発することもできず、そんな状況下にありながらも遺言書が気になって仕方ない。
あの書類を破棄したい。
誰か破り捨ててくれないものか。
誰か暖炉にくべて、灰になるまで燃やし尽くしてくれ。
意識がもうろうとする中、唐突にオルタンスの見舞いを受けた。
遺書を破棄して欲しいと伝えたかった。
だがオルタンスは勝手なことだけ喋くりまくり、勝手に立ち去ってしまった。
泣くほど悔しかった。
悔しくて死にきれないと思った。
だが既に苦痛も薄れ、死は目前まで迫っていた。
為す術はない。
我が一生は、情けない泣き言で終わるのだ。
そう思っていた。
だからベッドで意識を取り戻したとき、まず自分の視界がはっきりしていることに驚愕した。
頭からは靄が消え去り、思考も明瞭だ。
「これはどうしたことか……?」
身体が自由に動く。
それどころか腹が減ってならん。
「誰か……。誰か居らぬか!?」
ベッドに身体を起こし、声を張り上げる。
「陛下、陛下……。目を覚まされたのですね!?」
部屋の扉が乱暴に開かれ、フィリップとアルベールが飛び込んで来た。
「ッ……。お前たちも死んだのか?」
「ご冗談を……。我らは生きております」
フィリップが安堵の様子を見せ、へにゃりと笑った。
そういうところだぞ! と思う。
偉そうに髭を生やしても、だらしなく笑うと軽薄な若造にしか見えん。
嘆かわしいことに、結婚して娘が生まれたと言うのに、バカ息子はバカ息子のままだった。
「陛下に掛けられていた呪いが、解かれたのです。つい先ほどのことですが……。オルタンス夫人が、王家の相談役として約束を果たしに見えました」
「くっ……。本当に約束通り、ギリギリに来おったのか。ユーディトの件をまだ根に持っているのだな。執念深い女だ。怒りは充分に理解できるが、愛するユーディトを失った私への同情はない……、か」
オルタンスの目つきを思い起こせば、自分への情なんて、とっくの昔に消え失せていると判る。
「オルタンス夫人は、そのままリネール王国を離れました。王家の相談役は、お辞めになるそうです」
「相談役を辞めるだと……」
私もフィリップのことを責められなかった。
予見者の忠告を無視し、見限られていた事実を再確認して、愕然とする。
余りの衝撃に、ベッドの天蓋を仰ぎ見てしまった。
私も一国の王として、まだまだのようだ。
「私を治療していた医師団は……? 連中は、どこに……?」
「オルタンス夫人が侵入する際に、眠り薬を使用されました。クリスティーナ王妃を筆頭に、皆眠りこけています」
「香の煙が薄れたところで、部屋から運び出し、別室にて休ませています。心配は要りません」
「王弟は、ファビアン公爵は居るか?」
「叔父上は、姿をお見せになりませんでした」
「あやつめ……」
私は数年前から、弟ファビアンの謀反を疑うようになっていた。
遅きに失したと責められるなら、その通りである。
弟には信用に値するものが、何もなかった。
私が肉親だからと甘えていたのだ。
「何にせよ、ノエルが用意してくれた呪詛返しにより、陛下を呪った者は死んでいるでしょう!」
アルベールが冷たく言い捨てた。
「これで叔父上が亡くなっているなら、陛下を呪った主犯であると考えられます」
「しかし呪詛返しを受けた犯人が死んでしまえば、ヴァロワ公爵家への追及もできません」
フィリップとアルベールが、目下の状況を説明した。
「それはやむを得んことだ。私は呪いが解けた事実を感謝しよう」
「王家の目と耳が、秘密裏に調査をしています」
「ユストゥス教団と叔父上には、かなり以前から接触がありました。物証がなくとも、邪教徒どもの関与は疑いありません」
「陛下の守護精霊が戻れば、もう少し詳しいことも知れるでしょう」
「私の守護精霊……?」
「枕元に転がっている人形です。それはノエルが作った呪物で、中に精霊を宿しています」
「これがか……?」
「今は呪詛返しのために、出かけていると思われます」
「フーム。この姿形、もう少し何とかならんものか?」
アルベールが気まずそうに俯いた。
「そのノエルとやら、何者であるか?」
「もしや、お忘れなのですか?」
「ベッドで苦しんでいた間の記憶が、所々欠落しているのだ」
「お労しい」
アルベールは申し訳なさそうな顔で、私に頭を下げた。
「ノエルはセリーヌの命を救ってくれたお嬢さんで、オルタンス夫人の娘に当たります。付け加えるなら弟アルベールの許嫁で、首なし騎士の迷宮を攻略中のタイトル持ち冒険者でもあります」
「なるほどなぁー」
私は不気味で不細工な人形にピン留めされていた、メモ用紙を開いた。
オルタンスから、別れを告げる手紙だった。
「フムッ。そのノエルとやらが、次期、王家の相談役となるらしい。アルベールよ。絶対に逃がすんじゃないぞ! 結婚は嫌だとか、もう聞く気はないからな」
「言われるまでもありません! 私の嫁は、彼女しか居ない」
アルベールが、久しぶりに本気の顔を見せた。
精悍な男らしい顔つきだ。
あれほど令嬢たちを嫌って遠ざけていたのに、どうしたことか。
「何があったのだ?」
「ノエル嬢は強いんですよ」
「はぁ……?」
「精霊たちを集めて、小さな軍隊を組織しています。彼女自身、武神オージェさまから【聖女の証】を賜っています」
フィリップはノエルの特殊性について語った。
聞くだに、普通の令嬢ではあり得ない、変わり者のようだ。
「それだけでなく、ノエルは殺されても死なないんです。私がノエルを選んだ理由は、その一点です」
「はぁー!? それは比喩表現か何かか?」
「文字通りの不死身です。可憐な戦乙女と申せます」
アルベールが、フィリップの説明を補足するように、とんでもないことを付け加えた。
私はあんぐりと口を開けた。
驚くべき話を聞かされたせいで、空腹で目覚めたことさえ忘れてしまった。
【ノエル:サイド】
リネール王国から母上が消え失せた。
大好きなサンドリーヌちゃんも、一緒に居なくなった。
どうやらオレは、サンドリーヌちゃんの方が可愛いので、母上に捨てられたようだ。
「でもだよ。黙って出て行くって、どうなのさ!?」
「だからさぁー。あの女は、そう言う女だって、何度も説明してやったろ」
愚痴を零すオレに、アマンダは冷たい。
露骨にシッシと追い払う。
「オルタンス夫人は、ノエルに黙って出て行ったのぉー? それは酷いわ。血の繋がった親子なのに……。邪魔になったのなら、ちゃんとアンタは嫌いって伝えるべきよ」
「だろー。だろー。分かってくれるのは、モーリスだけだよ」
何も母上が恋しい訳じゃない。
母上に好かれたいとも思っていない。
むしろ居なくなって清々する。
どちらかと言えば、その存在自体が煩わしいし、嫌いだ。
だけど……。
あれだけオレをこき使い、用がなくなった途端、挨拶もなく消え失せる。
その身勝手さが気に食わん。
何やら胸の辺りがモヤモヤする。
何でオレが、母上に嫌われているかも? とか、思わされにゃいかんのですか……。
つらつらと考えるに、嫌いだ! と言う権利があるのは、オレの方だろが……。
がぁー。がぁー。がぁー!!
オレはカルロスに愚痴を並べ立て、食事中の虎落笛たちに当たり散らし、事情を察したクレアに速攻で逃げられ、仕方なくドラローシュ侯爵邸に戻った。
ここでのオレは、借りてきた猫である。
お行儀よくチェンバロに向かって、怒りの感情をぶつける。
捨てる側と、捨てられる側。
どうせならオレは、捨てる側でいたかった。
捨てられる側は、何やら騙されたようで気に食わん。
「おお、ノエル。戻ったか。丁度いい」
「えっ!? 何でしょうか?」
「王城からの遣いが、書状を持ってきた」
「えええっ? 厄介ごとですか?」
「何でも、国王陛下のお召だそうだ」
「もしかして、命を助けて上げたお礼でもくれるのかなぁー」
オレは義父になったファビアン卿から書状を受け取り、蝋封を剥した。
「なになに……」
書状の内容を読み進めるに従って、オレの眉間に縦ジワが寄る。
「守護精霊の人形は、デザインが不適切なので、作り直せだと……。偉そうに……。何様。何様なのか……? はっ!? 王さまかぁー」
どうでもいいだろ。
そんなこと。
オレは母上に捨てられて、モヤモヤしているんだぞ。
おい、母上。
毒親の癖して……。
調子に乗るんじゃねぇぞぉー!
オレは傷ついてなんか、いないからなぁー!!




