国家的な事案に関与する:ノエル視点
今回の迷宮探索は、初っ端からアクシデントに見舞われたけれど、母上から依頼されていた迷宮遺物まで手に入り、非常に満足できる結果となった。
途中、クレアがエルダーリッチから金の杖と銀の杖を手に入れ、最終局面へ向けての条件的な魔法具かも知れないと推察。
そこが二十九階層の転移ゲート前と言うこともあり、嫌な予感に従い三十階層へのチャレンジは中止。
そそくさと引き上げることにした。
迂闊に攻略を進めて、冥界を統べる神とかの手先にされるのは、真っ平御免だ。
それこそ、お友だちができなくなってしまう。
金の杖と銀の杖は、パルマンティエ王家への献上品にしよう。
大屍教から奪った杖も、関係各所(主に教会)へ寄贈する品として冒険者ギルドに預ける。
すっかりあく抜きされてしまった聖女フェリシアさまをフローレンス聖女教会に送り届けたら、任務完了である。
「この度はウチの見習い聖女がご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません」
フェリシアをフローレンス聖女教会まで連れて行ったら、なんとリシャール・サナス神官長が現れて、メッチャ謝られた。
「こらっ。フェリシア! 貴女も謝りなさい」
「ゴメンナサイ」
それだけでなく、サナス神官長の横に立つ年嵩の聖女も、オレに向かって深々と頭を下げる。
フェリシアの頭を押さえつけながら……。
「わたくし、才能ある尼僧の聖女教育を任されているパトリシアと申します。わたくしが教育者としても見張り役としても至らぬばかりに、大変ご迷惑をおかけしました」
話によれば、教導官であるパトリシアが、フェリシアの見張り役として付いていたそうだ。
パトリシアはフェリシアがズラタノフ商会に入り、杖を購入した時点で、実地学習の終了を宣告するつもりでいた。
聖女への昇格試験は失敗。
再教育だ。
「しかしフェリシアは、支度金を使い果たしたのに冒険者ギルドへと向かいました。わたくしも、どうするつもりなのかと興味が湧き、こっそりと後をつけて、様子を窺うことにしたのです」
「はあ……」
だがパトリシアは、フェリシアがクレアの逸脱行為を見咎め、オレを脅迫し始めたので名乗り出られなくなったらしい。
「当教会の僧衣を泥棒市で購入するのは、関心いたしません。また祭祀服を身につけ、癒しの祈りを披露するなど以ての外……。クレアさまは、リネール王国の法律に従えば有罪確定です。それでも我々は、【レイブンビーク】の皆さま方を犯罪者扱いなどしたくありませんでした」
「そうなんですね」
「教導官のわたくしが顔を出せば、フェリシアをいたずらに興奮させてしまい図に乗らせるのではないかと危ぶみ、止めに入れなかった次第であります」
「うん、なんて言うか……。お気遣い、ありがとうございました」
見張り役の神官に全部見られていた。
でも、クレアを身分査証で訴えるつもりはなさそうだ。
「この子は感情的になりやすく、大声で喚き散らす悪癖があるのです」
「うんうん……。確かに、そういう欠点はありますね」
さすがは教導官。
教え子の気が荒い性格は熟知しているようで、冒険者ギルドでの騒動を大きくせぬよう、身を隠し続けたようだ。
「むっ!? フェリシア、その杖はどうしたのですか? まさか、それがズラタノフ商会で購入した杖ですか?」
「違います。サナス神官長さま。これはクレアさんに頂いたのです」
「こちらに寄こしなさい」
「……はい」
「くっ……。これは……」
魔道具に造詣の深い目利き。
もしくは、鑑定眼の異能力を授かっているのだろう。
サナス神官長はフェリシアから取り上げた杖を手にして、グヌヌヌヌッ! と唸った。
「神官長さま。それはフェリシアが頑張ったご褒美として、譲渡された杖です。召し上げるのはご遠慮ください」
「しかし、ノエル殿。これは……。見習いが持つような杖ではございません」
「フェリシアのスキル熟練度はもう、見習い聖女のレベルにありません。お調べになれば判ると思いますが、聖女でもトップクラスに等しいでしょう。その杖が相応しいと思われます。それに、その杖でしたら各教会に寄贈する分を冒険者ギルドに託しました。後ほど連絡があるはずです」
「各教会に、寄贈……?」
「はい」
サナス神官長が渋々と言った様子で、杖をフェリシアに返した。
「では、わたくしが想像していた以上に、フェリシアは成長を遂げたのですね」
「はい」
「ああっ、女神フローレンスさまに感謝を……。あのとき馬車に乗り込むフェリシアを止めずにいてよかった。あっ、勿論【レイブンビーク】の皆さま方には、相応の謝礼を支払わせて頂きます」
「パトリシア教導官さま。お喜びのところ申し訳ありませんが……。フェリシアさんの成長は、聖女としての技能に限られます。躾けや性格矯正は、わたくし共の手に余ります。他にも一般教養としての礼儀作法など、教会にお任せするしかありません」
「承知しております。必ずやわたくしが、フェリシアを立派な聖女に育て上げると、お約束します」
サナス神官長とパトリシア教導官は、平身低頭だ。
間に挟まれたフェリシアも、一緒に頭を下げさせられる。
「フェリシアは世間知らずなだけで、根は素直な頑張り屋です。ド田舎から王都ロワイヤルに出てきたばかりだし、そこは酌んであげてくださませ」
オレはフェリシアのためを思い、フォローの言葉を付け加えた。
「……くっ!」
フェリシアが忌々しげな顔になり、声を出さず、口だけを動かした。
〈のえるー。私を拾った野良犬みたいに言いくさって……。アンタのことだけは、もう絶対に許さんからね!〉
うおぉーっ!
町のチンピラみたいな顔で凄んでいる。
何故だぁー?
どうしてオレの善意が蹴り返される?
「フェリシアさん。それは八つ当たりじゃないのか?」
女になった今も、女心は少しも分からん。
◇◇
因果を見通す目。
母上に依頼された呪物を作るために、欠かすことができない素材だ。
二十九階層の研究室らしき汚らしい部屋で、書き物机の抽斗から発見された。
『暗殺の実行犯を飛び越えて、大本の犯人に神罰を加えたいの』
そう言われたとき、『そんな都合のよい呪物なんてあるか!』 と思ったのだが、エルダーリッチの呪術辞典に記載されていた。
その呪物を作成するのに必要となるのが、【因果を見通す目】だった。
【因果を見通す目】自体が、宝珠系の高度な魔道具である。
母上が予見した期日からすると、ギリギリってところだ。
ギリギリでも間に合ってしまうのが、腹立たしい。
予見者め!
オレもいい歳をしたオッサンである。
どれほど清楚な乙女の形をしていようと、その中身はオッサンなのだ。
いつまでも母上に振り回されていたら、オッサンは惨めな気持ちになるものさ。
「昔から変わらん。母上に口出しされると、何もかもが色褪せてしまう」
オレの関心事は、オレ自身のものにしておきたい。
それなのに母上があーだのこーだの言い始めると、夢中になって取り組んでいた仕事から熱が失せる。
「これが最後だ」
オレはティエリー・ド・ドラローシュ侯爵から与えられた自室の作業台に、必要な素材と道具を並べた。
新しい呪物を作成する。
オレの部屋には、首なし騎士の城塞から戻るたびに、不気味な品が増えていた。
精霊たちも当然の如く居座っているので、悪い魔女の隠れ家みたいだ。
オレの所持品は、ティエリー卿監視のもと魔法博士たちによる厳しい検査を受け、問題なしのお墨付きを貰っている。
厄付きの危険物は異空間収納に放り込んであるから、見咎められる心配はなかった。
義弟となったジュリアンやニコラは大喜びだが、義母のエレーヌや侍女たちには顔を顰められる。
髑髏の菓子入れとか、盗人の手を切り落として加工した指輪置きとか。
悪趣味かつグロテスクな代物が多い。
だがこれらは、単に不気味な装飾品ではない。
呪物の作成には欠かせない、厄災除けのお守りなのだ。
オレの美的センスが病んでいると思われるのは、非常に不本意である。
「まったく……!」
母上の望みは、ジェラール国王陛下をお救いすること。
母上への義理立ては、これでお終い。
「魔物が相手なら、殴って殺して剥ぎ取る。至って単純な作業がメインになるけれど、人間の相手は複雑で面倒臭い」
白と黒やお守り君を使えば、騙されてジェラール国王陛下に毒を盛り続けるクリスティーナ王妃や、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵に精神支配されたカントネン宰相まで殺してしまう。
愛する妃や信頼する宰相の犠牲により窮地から脱しても、ジェラール国王陛下は喜ぶまい。
王としての気概を失い、二度と立ち直れない危険性さえある。
第一、首謀者のファビアン・ド・ヴァロワ公爵は直接自分の手を汚していないので、何の罰も受けずに終わってしまう。
母上は、そんな未来を望んでいなかった。
「まあ……。ファビアンを殺すだけなら、簡単だけどな」
ファビアン・ド・ヴァロワ公爵は、ジェラール国王陛下を復活させる呪術の贄だ。
その時まで、大切に生かしておく必要があった。
そもそもジェラール国王陛下に使われている毒薬が特殊だった。
肉体だけでなく、時間を掛けて霊体まで傷つける。
回復師の奇跡は使用できない。
忌々しい毒素が神気に反応して、生体へ悪影響を及ぼすからだ。
気力、体力を削り取り、患者の死期を早めてしまう。
不調に気づいた時にはもう手遅れと言う、ターゲットを心底苦しめるために調合された非情な毒薬(悪意の結晶)。
母上の過去視によれば、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵がユストゥス教団との接触を経て入手した、王位簒奪を叶えるための秘策。
とても闇深い暗殺手段だ。
「だけど闇深さで競うなら、エルダーリッチに適わないね」
局所に於ける因果律操作は、ペイバックと高等死霊術師の十八番。
母上の長射程な予見とは異なるが、因果律操作も負け込んだ盤面を強引にひっくり返す、ゲームバランス度外視の裏ワザなのだ。
戦争になれば使いどころが難しい曲芸じみた手法だけれど、卑劣な陰謀を巡らす相手には効果覿面である。
それに現実は盤上ゲームと違うので、歴史の闇に封印された死霊術であろうと使わせてもらう。
「クソが、クソが、クソが……。ユストゥス教団もファビアン・ド・ヴァロワも、オレに手間を掛けさせるんじゃないヨ」
王国の権力争いなんて、危険すぎる。
巻き込まれたら、それこそ死ぬまで殺されそうだ。
だから絶対に関わりたくないと避けていたのに、いつの間にやら沼ってやがる。
こうなってしまえば、さっさと役目を果たして離脱するだけだ。
冷静さを失って足掻けば、沼に沈む。
すでに世界から忘れ去られ、実在するものと思われなくなった死霊術だけが、オレの武器である。
絶望的な毒に侵されたジェラール国王陛下を死の淵から復活させるために、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵を生贄に捧げる。
それは母上が、未来への分岐点を詳細に検討して得た、最上の解決方法だった。
「殺意による被害は、全て殺意を放ったものへ! か……」
オレの迷宮探索は、母上のためにしていた訳じゃない。
そう信じたいのだけれど、こうなると、どうしても全てが母上に仕組まれた出来事に思えてしまう。
「そもそも母上は、オレを盤上ゲームのコマと履き違えている」
自分がしたくないゲームのコマにされて、強制参加とか。
未来が見える故に、苦情をぶつけられても、まったく聞く耳を持たない母上。
オレがどのように感じようと、結果として自分の不安が取り除かれたなら、それで満足なのだ。
そしてオレの意思は、無視される。
きっと多分、オレにも予見者の異能力があれば、母上のように振舞うのかも知れない。
でも現実は違うので、只々ウンザリとさせられてばかりだ。
「母上に産んでもらった恩は、これでチャラだ」
勝手にそうさせて貰う。
永遠の下僕なんて、やってられないからな。
呪物が完成したなら、後は野となれ山となれデス。
「後事は、母上に託す」
オレは母上から依頼された呪物の作成に、全神経を集中させた。
新しい呪物の名前は、そう。
カルマ君にしよう。




