迷宮ってナニ?:ノエル視点
「いと尊き、慈愛の女神フローレンスよ。この邪なる怨念に囚われし哀れな霊を苦しみより解き放ち賜え!」
フェリシアの祈りに応えて杖がポウッと光り、悍ましい屍人の輪郭を照らした。
だが、それだけだ。
首なし騎士の城塞、第一階層。
夕暮れの城郭。
動きが鈍い、脳ミソまで腐っている、どこもかしこも柔らかい。
そんな最弱のフロアエネミーと称される屍人を相手に、時間の掛け過ぎだ。
これなら棍棒で殴った方が早い。
「そろそろ理解しましたか?」
「……っ。どうしてよ! どうして浄化の奇跡が利かないの!?」
もう十回は試したのだから、そろそろ聞き分けても良いはず。
オマエの杖は、役立たずのガラクタなんだよ。
「だからぁー。ズラタノフ商会で売られている商品は、見せかけだけの玩具なんです。その杖。神気を増幅する触媒としては、モノの役に立ちません」
「うそぁー。嘘よぉー! 二百八十万クローザもしたのよぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!」
フェリシアが震えながら屍人を睨みつけ、声を荒らげた。
杖を握る手に力が入りすぎ、白く変色している。
アンデッドへの恐怖より、まずは怒りだ。
「うんうん、その気持ちは分かります。二百八十万クローザもするのに、インチキはしないだろうと……。でもね。そこがぁー、ズラタノフ商会の狙いなんです」
オレはフェリシアの肩をポンポンと叩いた。
フェリシアと屍人は顔を突き合わせ、動きを止めている。
玄仙坊が両者の位置関係を固定しているので、戦闘は膠着状態だ。
命の危険はないけれど、嘸かし臭くて不快だろう。
「そんなぁー」
「ズラタノフ商会は、ファビアン二世の御代から続く老舗なんです。あのインチキ商売は、パルマンティエ王家のお墨付き。ファビアン二世はですね。『諸君らは、真贋を見極める目を鍛えよ!』と仰せになり、腕の良い職人たちに、高価な武具とそっくりな偽物を大量に作らせました。そんな見せかけだけのガラクタを希少な業物と並べて売っているのが、ズラタノフ商会なのです」
「そんなの知らないもん」
「玉石混淆と、店の門扉に刻まれていたはずです。もちろん、返品は受け付けていません」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!!」
叫んでも後の祭りである。
「ノエル、納得してもらえたか?」
「はい、ルドヴィークさん。只今、きっちり、ハッキリと分からせました!」
立場からするとオレの方が実力者なので、冒険者の流儀では敬称を省かないのが正しい。
でも見た目の年齢でルドヴィークの方が上だし、常に奢ってもらう立場だから、呼び捨てにして貰っている。
ルドヴィークに扮したアルベール殿下としても、平民の家族みたいな距離の近さを感じるらしく、ノエル、ノエルと呼びたがる。
世間では、愛想の欠片もないとされる黒衣の王子だけれど。
オレには甲斐甲斐しく、偶然の出会いにフルーツタルトを用意しておいてくれるような、愛いヤツでもある。
「聖女さまが理解されたのなら、そのゾンビを片付けちゃいますね」
「あい。時間も押しているし、やっちゃってください」
オレはクレアに許可を出し、素早く安全地帯まで退避する。
「浄化!」
クレアがいつものアレを屍人に放った。
フェリシアは睨み合っていた屍人の異変に気づき、顔色を失った。
「あっ。えぇっ? あぅーっ!? ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!!!」
屍人は釣り上げられたフグのように丸く膨らみ、フェリシアの間近でバフン! と破裂した。
「ひぃぃぃぃぃぃぃーっ!」
頭から腐汁を被ったフェリシアは、石畳の上を転げまわった。
うん。
じっとしていられないくらい臭いよね。
すげぇ気持ち悪いし。
分かるー。
グッジョブ、玄仙坊!
「聖女さま。私の杖でよろしければ、差し上げます」
ムッ。
クレアの杖。
おいおい、良いのかよ。
「なによ。その汚らしい杖!」
水禍に丸洗いされたフェリシアが、クレアの杖に蔑むような視線を向けた。
まったく、モノの値打ちの分からん聖女さまだ。
「馬鹿が、もらっておけ! そいつは国宝級の触媒だ」
「えっ!?」
ルドヴィークに怒鳴りつけられて、フェリシアが目を丸くした。
「市場には出回らない品です。もしオークションに掛けられたら、落札価格は青天井でしょう」
颯香が淡々と告げる。
「おっ、お幾ら万クローザ?」
「億だよ。億。下手すれば数千億クローザ。いや、それ以上かも知れん。もうそこまでくると、オークションには出品されない。王家に献上されるか、教会の研究機関に寄贈される。金銭で購える品とは別だ。希少な迷宮遺物の値打は市場価格から切り離され、国家への貢献度や名誉の問題とされるだろう」
ルドヴィークは頭を掻きながら、フェリシアに説明した。
そこらで売られている魔法素材や魔道具とは、格が違うのだと……。
ルドヴィークのテンションが少しばかり高めなのは、【レイブンビーク】が迷宮遺物に関して違法行為を行っているからだろう。
首なし騎士の城塞は、パルマンティエ王家が所有する迷宮だ。
冒険者ギルドの職員たちは首なし騎士の城塞に立ち入った人物を調査し、持ち帰った迷宮遺物があれば報告書に記載。
定められた期間ごとに、カントネン宰相へ報告書を提出する。
でも、オレには闇の異空間収納があるので、冒険者ギルドの所持品調査なんて無意味だ。
ルドヴィークに扮するアルベール殿下としては、パルマンティエ王家の宝を目の前で着服されているに等しい。
でも、自分の正体を明かせないので、オレを止めることができない。
『悪事はいつかばれる!』なんて、したり顔で言うからさぁー。
『迷宮遺物の着服をカントネン宰相に咎められたら、国外に逃亡しようか』と仄めかしたら、真剣な顔で動揺していた。
第二王子殿下の公私混同が、ヘタレすぎて笑える。
でもまあ、面白いからと言って、余り虐め過ぎないように気を付けよう。
「億? 数千億って、どんなですかぁー」
「王都ロワイヤルの一等地に豪邸を建て、死ぬまで贅沢に遊んで暮らしても、使い切ることはないだろう」
「フーン。凄いですね」
クレアが表情を変えずに頷いた。
「バババババ、バッカじゃないの……!! 私にそんなお金はありません。クレアさん、もっと普通の杖はないんですか?」
フェリシアは目を丸くしたまま、クレアに訴えた。
「嫌だなぁー。聖女さまから代金なんて、頂きません。ただですよぉー。だって、この迷宮で拾った遺物だもん」
クレアは拾ったものだからタダだと、真顔で言い放った。
この娘、小銀貨より高額になると、いきなり興味をなくしてしまう。
金銭感覚が、屋台レベルで止まっているのか?
「それに、同じものを何本も持っているから……。これは貰ってください」
そうなのだ。
クレアは国宝級の杖を何本も、この迷宮で拾った。
どの杖も、エルダーリッチが率いる大屍教の部隊から、運の強さで剥ぎ取った戦利品だ。
「もうクレアは……。お金持ちなのか貧乏人なのか、わたくしには分かりません」
オレの口から、呆れたような声が漏れる。
さすがは、お人好しのクレア。
気前が良い。
◇◇
「きさんら、邪魔じゃー。ドタマ、ぼこすどぉー!」
国宝級の杖を手にしたフェリシアは、聖女さまらしからぬお国言葉丸出しで、目を血走らせ、ズンズンと突進する。
前衛の闇烏たちに肉薄し、襲い来る骸骨戦士を次から次へと滅していく。
「ええ、杖じゃ。わっしは、ご機嫌じゃ! ガハハハッ……!!」
高ピーな性格は変わらないけれど、オレは聖女のメッキが剥げたフェリシアに付き合い易さを感じた。
元がこの性格だと、フローレンス聖女教会では随分と鬱憤を溜めていたのだろう。
一日中、お行儀を気にして暮らすのは、息が詰まるからな。
フェリシアは、オレやクレアの同類だ。
ネコ被り族である。
あらやだ、この娘。
目を輝かせちゃって……。
全くよぉー。
アンデッドを恐れるどころか、キレッキレじゃないか。
気の強い娘だ。
「これなら深層に連れて行けますね」
「まあ、そうだな」
ルドヴィークも鼻で笑い、頷いた。
ここで骸骨戦士を五十体倒すより、深層のワイトを一体倒す方が、よい経験になる。
格上の敵に少しでもダメージを与えれば、ジョブスキルの熟練度も驚異的な伸びを示す。
迷宮では深層に向かうほど霊気が濃くなり、その中で行動する探究者を尋常ならざる速度で成長させる、と信じられていた。
それは単なる経験則に過ぎず、魔法研究者たちの机上論ではなかった。
従って学術的な証明は、一切為されていない。
だけど、であるが故に信憑性を持つ。
冒険者の経験談は尊い。
何しろ、命が懸かっているからな。
オレは戦乙女のヘルメットを被り直した。
モーリスが拵えてくれた銀の装具も、チェックする。
露出が多い衣装には、もう慣れた。
頭から爪先まで、問題なし。
よし。
それでは行こうか。
「精霊部隊よ、道を作れ!」
オレは赤猫たちに命じた。
〈キャァー!〉
〈ガッテン〉
〈蹴散らすにゃー。道を作るにゃー! 焼き尽くすにゃー!!〉
火炎部隊が本気を見せた。
大きな火球が連続で放たれ、第四層の地下墓地に巣くう木乃伊どもを飲み込む。
木乃伊どもの乾燥した身体は劫火に焼かれ、消し炭へと変わった。
火炎部隊の前に、道ができた。
「行くよぉー!」
「ひやぁー。何をするんですか?」
精霊たちに担ぎあげられたフェリシアが、抗議の声を上げた。
「ほら、のんびりしていると日が暮れちゃうから。わたくしたちの迷宮探索は、日帰りだから……」
「エェーッ!?」
「ザコは打ち捨てて、先に進みまぁーす」
そんな訳で、オレたちは荒ぶるフェリシアを精霊たちに託し、首なし騎士が待ち構える十六層へと直行した。
強引に最短ルートを突き進み、転移ゲートを潜る。
デュラハンが守る石橋の袂には、大勢の見物人が集結していた。
【レイブンビーク】待ちの貴族たちと、貴族たちに雇われた冒険者のパーティーだ。
「うおぉー。待ちかねたぞ!」
「ノエルちゃーん」
「ほぼ二十日ぶり!」
「クレアちゃんも、お久ぁー」
オレたちは天幕の間を縫うように歩き、奇特な見物人たちに手を振った。
「なに!? どういうことなの……?」
「劇場で人気の役者が顔を見せると、観客が群がったりするじゃないですか。あれと同じです」
「エェーッ。バカみたい。信じらんない」
フェリシアは颯香の説明を聞いて、見物人たちに嫌悪の視線を向けた。
自分がチヤホヤしてもらえないので、とても不満そうだ。
「こいつら……。ノエルなんかに、どうして群がるのよ!? 憧れるなら聖女でしょ!」
「そりゃー、オマエ。強くて格好いいからに決まっている。ノエルほど強い精霊術師は、私が知る限り存在しないからな」
「……っ」
ルドヴィークに真正面から褒められて、頬が熱くなる。
照れるぜ。
いやいや、ルドヴィークの身内びいきにも、困ったものです。
程々にして欲しいな。
「フムッ」
石橋の向こうを見やれば、骸骨馬に騎乗した頭部のない騎士。
二十日ほど前にぶちのめした筈だけど、しっかりと復活。
「迷宮って、本当に不思議だぁー。これって何だろうね?」
「あれれ……。ノエルさんは知らないんだ」
「そう得意そうに言うのだから、クレアさんは知っているのですね」
「うへへ。わたしはほら、言の葉のスキル持ちだから。古文書だって、スラスラと読めるでしょ。だから迷宮の仮説も知ってるよ」
「クレアさま、ご教授ください」
オレは勉強家のノエルに頭を下げた。
「えーとねぇ。以前に古代の神さま辞典を見せたでしょ」
「ああ。あの消えてしまった民族に祀られていた、古神たち」
「一説によりますと、大切な民を失ってしまった神々の無念……。人々に忘れ去られた神さまの嘆きが大地に降り積もり、迷宮になると言われています」
「おおっ、それって何か分かる気がする」
誰からも祀られなくなった神さまの、孤独と失意。
迷宮は、どこか寂しくて悲しい。
切ない話だ。
「でもって、迷宮の深層には神さまと繋がる何かがあって、そこまでたどり着いた者だけが、神子として認められるようです。具体的には、神さまとの間に縁が結ばれるんですね」
クレアがエヘンと胸を張った。
「縁ねぇ?」
「例えばぁー。闇森の迷宮です」
そう言って、クレアがオレの背中を軽く叩いた。
「えっ!?」
「あそこって、月の女神イーリアさまの迷宮だと思う」
「……マジか?」
妙に腑に落ちる話だ。
そうなってくると首なし騎士の城塞は、死と闇の神さまだろうか……?
ここはさぁー。なんだか仄暗い復讐の臭いがするんだよね。
黄泉の神さま?
「いやぁー。この迷宮には、あんまり深入りしたくないな」
「デスよねぇー」
クレアはオレの反応を見て、小さく頷いた。
首なし騎士の城塞は、迷宮に詰め込まれた怪異が嫌すぎる。
ラクロットへの復讐を人生の目標とするなら、ここで深層を目指すのもありだと思う。
だけど、もし仮にアルベール殿下と子供を作るなら、お母さんが復讐の神を崇めているとか絶対に駄目だろ。
生まれた子供が可哀想すぎる。
予見者の母親だって嫌なのに、復讐はなぁー。
ラクロットは許さないけどな。
「ハァー。ともだち無くしそう」
「デスよねぇー」
クレアがウンウンと頷いた。




