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薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


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生意気な聖女:ノエル視点



「よおっ!」

「あら、ルドヴィークさん。お久しぶりです」

「これから迷宮探索か……?縁があるな、私も潜ろうとしていたところだ。これも運命の巡り会わせってやつだ。どうかね一緒に?」

「そうですね。旅は道連れと申します。【レイブンビーク】のメンバーが揃いましたら、一緒に出掛けましょう」

「メンバー待ちか。まあ、ここに来て座れよ。飲み物を奢るぜ」


 冒険者ギルドに着くなり、ルドヴィークに扮(ふん)したアルベール殿下が声を掛けてきた。

 一階フロアの打ち合わせスペースで優雅に茶を飲みながら、オレを二人用の小さなテーブルに招く。

 冒険者パーティーが使用する打ち合わせ用のテーブルではなく、仕事の依頼者とパーティー・リーダーが話し合う商談用テーブルだ。

 利用される機会が少ないので、たいていは暇を持て余したソロ冒険者がだらしなく座っている。


「うん。本当に不思議だ。ノエル嬢とは偶然が重なる」

「偶然ねぇー」

「おや、ノエル嬢は運命を信じないタイプか?」

「…………」


 オレは勧められたドリンクのカップに、口をつけた。


 なにが運命の巡り会わせだ。

 毎回毎回、ティエリー卿から情報を貰っているのは知っているぞ。


「新しい装備ですね」

「おう、気づいてくれたか。どうだ、カッコイイだろ?」


 今日のルドヴィークは、赤と黒のストライプが入ったシャツを着ていた。

 上衣はこげ茶色をした革のベスト。

 売り出し中の若い冒険者が好みそうな、派手目の装いだ。


 アルベール殿下は黒髪で黒い瞳なのに、色彩を変えている。

 煌めくような明るい金髪に、アイスブルーの瞳。

 声質も、元と比べて低く太い。


 すべて魔法による偽装だ。


 目を引く鮮やかな色に騙されて、最初はアルベール殿下の変装だと気づかなかった。

 黒衣の王子が黒一色で印象的なこともあり、顔形に意識が向かない。


 いや、もう下手な言い訳はすまい。

 そもそもオレは、男の顔になんて興味がないのだ。

 それにイケメンの造作ときたら、どいつもこいつも似たようなもんじゃないか。


 最近、命を狙われるようになって、ようやくオレも挙動不審な男どもをガン見するようになった。

 敵の姿形は、しっかりと記憶に焼き付けておきたいからな。


 で、オレがアルベール殿下とルドヴィークの相似点に気づき、得意満面で虎落笛(もがりぶえ)に指摘したら、頭をポンポンされた。

 闇烏(ヤミガラス)たちは、最初から気づいていたようだ。

 それでもってオレの鈍さに感銘を受け、いつ気づくか賭けをしていたらしい。


 バカにしやがって……。

 ちょっとばかり観察眼が鋭いからって、そんなに自慢したいかぁー?


 強者はなぁー。

 いちいち小者の素性を探ろうとしたりしないんだよ。

 強いから、警戒する必要がないんです。

 騙し打ちにされても、蹴散らすし。


「ケーキも食うか?」

「頂きます」


 オレの好きなカスタードのフルーツタルトが、テーブルに並ぶ。

 ルドヴィークはアルベール殿下なので、オレの好みを完璧に把握している。

 便利だぁー。


 冒険者ギルドの打ち合わせスペースは、大衆食堂(ビストロ)になっている。

 大盛定食と軽い酒類を用意しているけれど、スイーツはない。


 なので、このフルーツタルトは近所の店に立ち寄り、ルドヴィークが購入したものだ。

 愛する婚約者のために……。


 偶然の出会いに、前以て用意されたオレの好物。

 余りにもアホだけれど、それを指摘するほどオレは意地悪になれない。

 それに余計な突っ込みを入れたりしたら、ケーキを買ってきて貰えなくなるだろ。


 ああっ……。

 フルーツタルトが美味しいし。


「ちょっと貴女(アナタ)。そこの貴女(アナタ)。そう。貴女(アナタ)よ。貴女(アナタ)」

「ほぇ!?」


 オレが大好きなフルーツタルトを楽しんでいると言うのに。

 あなた、あなたと、うるせぇ女が現れた。


「羽根つき兜の、弱そうな娘。貴女(アナタ)が【レイブンビーク】のノエルでしょ?」


 むっ……。

 その言い方、腹が立つなぁ。


「はい。わたくしがノエルですけど……」

「貴女(アナタ)に栄誉を与えましょう」

「えいよ……」


 なんて上からなもの言いだ。

 場違いな修道服を纏いやがって、どこの教団に所属する尼僧(シスター)だよ。


「首なし騎士(デュラハン)の城塞をガイドしなさい」

「はぁー?」

「私はフローレンス聖女教会の聖女です。貴女(アナタ)には特別に、フェリシアさまと呼ぶことを許しましょう。王都ロワイヤルには、死霊浄化の祈りを強化するために参りましたの……。その手伝いを【レイブンビーク】に依頼して差し上げますから、感謝しなさい」


 これって、オレ以外の冒険者なら喜ぶような依頼なのか……?


 正式に冒険者ギルドを通して、指名依頼にしてください。

 そうしたら正式に断るからさぁー。


「女神フローレンスさまの聖女ぉー? うーん、聖女さま? 聖女さまだと言われてもねぇー。俄(にわ)かには信じがたし」


 オレはフルーツタルトの残りに意識を戻し、もちゃもちゃと食べながらフェリシアを観察した。

 うーん。身に纏う神気の流れからすると、回復師としても半人前ってところだな。

 こいつが聖女なら……、フローレンス聖女教会の判定基準を疑う。


 オレの評価としては、ギリギリで見習い回復師だ。

 少なくとも、聖女とか祓魔師は名乗らせない。


「無礼な……。でも、貴女(アナタ)の言い分にも一理あります。後ほど、女神フローレンスさまから授かった聖なる刻印をお見せしましょう」

「後ほどなの……?」


 女神フローレンスの聖痕があるから、聖女と言いたいのか。

 それはそれは、さぞかし立派な聖痕なんですね。


「聖女の証は、僧衣を脱がねばお見せできませんので……。ここではちょっと」


 なるほどぉー。

 服を脱がないと見せられない場所か。

 もう、どうでもいいや。


 そんなことより。


「依頼料は……?」

「女神フローレンスさまのお役に立てるのです。それだけで充分でしょう」

「……ッ! お話になりませんね」


 オレは吃驚して、フェリシアの顔を見つめた。

 箱入り聖女さまとは言え、世間知らずにも程がある。

 こんな純粋培養の尼僧(シスター)を一人で世間に出したらいかんでしょ。


 あれ?

 もしかして、それがもう聖女さまの修行ですか……?

 世間の常識を学ぶ旅とか。


「聖女さん。迷宮案内なら、一般的な依頼料は百万クローザ。護衛を兼ねた特殊ケースだと、二百万クローザを超える」


 見かねたルドヴィークが、横合いから口を挟んだ。


「私が居れば、強い死霊でも労せずに倒せます。回復や解呪の奇跡も使えるのですよ。むしろ聖女である私の同行に感謝し、【レイブンビーク】が謝礼を払うべきでしょう。それに女神フローレンスさまのお役に立てる機会を蔑(ないがし)ろにすべきではありません。不信心者に、明るい未来は訪れませんよ」

「なんだそりゃ? 聖職者の癖して、一般市民を脅すのか!? そんな戯言は、フローレンス聖女教会の信徒に言うとよい」

「そうだ、そうだ!」


 オレはルドヴィークの尻馬に乗り、フェリシアを口撃した。


「くっ……」


 高ピーなフェリシアが、悔しそうに黙り込んだ。


 そこにウチの女子組が、のこのこと姿を見せた。

 王都ロワイヤルの商業エリアにてショッピングを満喫したであろう、クレアと颯香(ふうか)だ。


「おっはー」

「クレアさん、もうお昼です。おはようございますの時刻は、とっくに過ぎました。挨拶をするなら、こんにちはです」

「いいじゃない、細かいことは……。仲間内での挨拶なんて、気分よ。き・ぶ・ん……。皆の者、おっはー」


 相も変わらず賑やかな連中である。


「はっ。二人とも元気だな」


 ルドヴィークは言葉を選んで『元気』と表現したが、正しくは『騒々しい』だ。

 だが、問題はそこじゃない。

 クレアの衣装に縫い取りされた、フローレンス聖女教会の紋章だ。


「あわわわわ……!? クッ、クレア……」

「あら、貴女(アナタ)の衣装」


 クレアを目にしたフェリシアが、瀕死の状態から奇跡の復活を遂げた。


「クレア……。おーい、クレア!(小声)」


 オレはクレアに目顔と手振りで訴えたが、まるで気づいてもらえない。


「えへへ。これですか? フローレンス聖女教会の祭祀服なんです。素敵でしょー」

「ホント素敵ね」

「ですよねぇー。その格好良さに憧れて、泥棒市で買っちゃいました。本物だと思うし、ほぼほぼ新品なんですよ」

「フムフム、なるほど……」


 フェリシアは嫌らしい笑みを口元に張り付け、オレに視線を向けた。


「おぉー、女神フローレンスよ。我に癒しの力を授けたまえ」


 クレアが調子に乗り、フローレンス聖女教会の神事で行われる舞を披露した。


 馬鹿が……。

 本当にオマエは、おバカさんだよ。


「それは祭祀司が執り行う、癒しの祈りですね」

「ねねっ、本物みたいでしょ」

「よぉーく、分かりました。では、貴女(アナタ)に大切な仕事を依頼しましょう」

「ほぇ!?」


 まったく。

 クレアのやつ、どうしてくれよう。

 なんで今日に限り、その僧衣を着てくる?


「ルドヴィークさん、ごめんなさい。面倒臭いことになってしまいました」

「うーん。盗まれた僧衣をそれと分かっていながら購入すれば、罪に問われる。しかも当人が、フローレンス聖女教会の祭祀司に成り切っているし……。盗品を使用しての身分査証だ」

「ごまかせない? ごまかせないかぁー」

「披露した相手が、フローレンス聖女教会の尼僧(シスター)だからなぁー。これはもう、諦めるしかなかろう」


 本物に似せたパチものであればセーフだけれど、教会から盗まれた僧衣はアウト。

 治癒師に優しいリネール王国の国法も、そこの線引きはきちんとしている。


 つまりフェリシアが王都守備隊の詰め所に訴え出たなら、クレアは犯罪者だ。

 下手をすれば、犯罪奴隷として鉱山送りになる。


「んーっ。仕方ありませんね」


 オレの口から、諦めの言葉が漏れた。

 クレアを犯罪者にはできない。


 こうしてオレたちは、聖女フェリシアの案内役(ガイド)を引き受けることになった。




◇◇




 冒険者ギルドに予約を入れておくと、迷宮行きの直通馬車を用意してくれる。

 何しろ【レイブンビーク】は、首なし騎士(デュラハン)の城塞で最深部探索の記録持ちパーティーである。

 そうなると待遇もがらりと変わり、マナドゥの冒険者ギルドで冷や飯を食わされていた頃とは雲泥の差だ。


『あの当時は、相棒がラクロット一人だったしな……』


 田舎なので、迷宮探索深度に評価なんてつかなかった。

 そうでなくても闇森の迷宮はマイナーなのだ。


 森で採取可能な素材は、浅層に群生する草やキノコだ。

 敢えて付け加えるなら、インヴィジブルアラクネーの糸に買い手が付くけれど、こちらは危なっかしくて持ち帰れない。

 インヴィジブルアラクネーが生息するエリアは、松明が燃え尽きるまでに駆け抜けるしかなかった。


 これでは冒険者ギルドでの評価も、推して知るべし。


 【レイブンビーク】に用意された大きな馬車は、普段なら王都ロワイヤルと首なし騎士(デュラハン)の城塞を繋ぐ乗合馬車だ。

 何も特別なところなどなく、乗り心地も快適とは言えない。

 何なら、移動の途中で車軸が折れたことさえある。


 それでも……。

 それでも自分たち専用と思えば、感慨深い。

 随分と偉くなったもんだ。


 オレはリュックに戦乙女のヘルメットを仕舞い、馬車の屋根に放り投げた。

 馬車の屋根では、ルドヴィークことアルベール殿下と虎落笛(もがりぶえ)が頑丈なネットを使い、手際よく荷物を固定している。


「……っ!?」


 フェリシアがオレの顔を見て、表情を硬くした。

 ここまで、ずっと目深に被った戦乙女のヘルメットで目元が隠れていたから、これが初顔合わせみたいなものか。

 そして、その感想は、フェリシアの想像していたものと違ったようだ。


 知ってるよ。

 顔を隠していると、よく不細工だって思われるんだ。

 ふん、美人で残念だったな!


「フェリシアさん。その長細い袋も車内で邪魔になるから、屋根に載せてしまった方が良いです」


 オレはフェリシアへの苛立ちを隠し、助言した。


「嫌です。お断りします」

「えっ。なんで?」

「これは大事な杖です。馬車の屋根になど置けません。無くしてしまったら大変じゃありませんか」


 そう言いながら、細長い革のロッドケースから、杖の先っぽを覗かせて見せた。

 でっかい宝玉がギラリと光を放つ。


 よく見れば、ロッドケースには見慣れた商店のロゴマークが、金糸で縫い取られていた。

 ズラタノフ商会の屋号だ。


「あらら……」

「ああ、ねぇー」


 オレとクレアは、全てを察したように頷きあった。


 フェリシアが大切そうに抱えている杖は、見てくれだけのインチキ商品だった。

 王都ロワイヤルで暮らす冒険者なら知らぬ者が居ないほど有名な詐欺商店、ズラタノフ商会の品だ。

 地方から王都ロワイヤルを訪れた治癒師などが、店員の巧みな話術に騙されて、高価なゴミを購入する。

 で、田舎者めと笑いものにされる。


 フェリシアのように、教会所属の回復師が騙されるのは、非常に珍しい。

 修行中の聖職者は行動を制限されるし、神気を増幅する触媒なら無料で支給される。

 地味ではあるけれど、それなりの機能が保証された高品質な杖(ロッド)だ。

 だから、ズラタノフ商会で杖を買ったりしない。


 つまり……。

 フローレンス聖女教会は冒険者に支払う資金を渡していたけれど、フェリシアが勝手な判断で使ってしまった。

 オレが推察するに、事実はそんなところだろう。


「ズラタノフ商会は、お客さんの財布が空になるまで値段を吊り上げますからね」


 クレアは腕を組み、瞼を閉じて呟く。


 ズラタノフ商会で購入した派手な品を持ち歩けば、ただ単に自分のアホウをひけらしているようなものである。

 しかも自慢気に見せて歩いているその杖は、新たな詐欺師を呼び寄せる呪われたアイテムだ。


「まあ、商品棚に並んでいる品は、どれも高級そうだし……。値引きすると言われたら、心が揺らぐのかも」

「そうそう……。今だけ価格で、割引してあげますとか囁かれて、ころっと騙されたんだと思います」

「地方の教会で、聖女さま、聖女さまと、甘やかされて育ったフェリシアには、良い薬でしょう」


 それはオレの、悪意ある想像に過ぎない。

 でも、フェリシアが偉そうにするから、いけないんだよ。


 オレは薄く笑い、馬車のステップを片足で踏んだ。


「あの杖、神気を集める触媒としては、教会から授かる見習い用の杖にも劣ります」


 クレアが言うのなら、そうなのだろう。

 馬鹿な子ほど可愛いと言うが、インチキな杖を大事そうに抱えるフェリシアに、慈愛の眼差しを向ける。

 掘り出し物だと信じて買った杖はゴミで、その上フローレンス聖女教会に戻れば耳に痛い説教を聞かされる。


「まさに、踏んだり蹴ったりだな」


 そんなフェリシアを哀れみ、オレはフェリシアの技能を一日で限界まで上げてやろうと考えた。


 オレたちの能力は、迷宮の深層でこそ爆発的な成長を示す。

 浅層でちまちまやっていたら、いつまで経っても熟練度は上がらない。


 大丈夫、フェリシアのガードには玄仙坊(とおせんぼ)をつける。

 予期せぬ事故で死亡する確率は、極微。

 ただ、死ぬほど怖いだけ。


 うん。

 同情からの行為と言うより、個人的な意趣返しだよ。

 単なる仕返し(ペイバック)。


 そんでもって、ただ働きの対価は、フローレンス聖女教会にキッチリと請求する。


「アハハハハ……。ただでは働かんよ。ただでは……」


 王都ロワイヤルの大掃除からこちら、各教会のオレに対する評価は高い。

 フェリシアが自信の源とする聖女の証、色々な神さまから謝礼として頂きました。

 もうオレの身体は紋章官が大切に保管する書物、【紋章一覧】のように、神さまが捺した聖痕(スタンプ)だらけだ。


 これ、誰かどうにかしてくれ!

 オレはスタンプ帳じゃないんだよ。






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