王家の影:ノエル視点
『王家に籍を置くことが決まったなら、怪しい真似は控えな!』
アマンダからの有難い忠告である。
淑女らしからぬ異能力を披露して、大いに目立つのは結構だが。
危険視される行動は、するな! と言う訳だ。
【隠密】のスキルとか……。
不法侵入や暗殺に使えそうな異能力は、身の回りにスキャンダルが起きたとき、オレの足を引っ張るってことだね。
アルベール殿下やオレを陥れたい政敵は、自分で都合の良い事件を起こすかも知れない。
そして『あいつがやった!』と、オレを糾弾する。
言われてみれば、もっともな話だよ。
腹黒い因業貴族から、言われのない窃盗や殺人の罪を着せられるのは、まっぴら御免である。
そう思うなら、王家の影(諜報機関)がオレの身辺を執拗に嗅ぎまわる昨今、身を慎んで行動すべきなのだ。
「王都ロワイヤルの大掃除が終わっても、危険は残るかぁー」
素性を隠した敵が、王家の影に潜んでいる可能性も否定できない。
アマンダには、感謝しかなかった。
うちの実母とは、えらい違いだ。
母上と言えば。
孫娘のサンドリーヌに夢中だった。
王都ロワイヤルの商業区画に画廊を開き、サンドリーヌが描いた絵を所狭しと店内に並べていた。
その抽象的で陰惨な雰囲気の絵に、買い手など付かないだろうと侮っていたのだが、予想外に売れている。
幼女の描いた末世的な絵が、百万クローザで売れる不思議。
金持ちどもの価値観は、どこか狂っていると思う。
そんな中、【レイブンビーク】は二十日に一度ほどのペースで、首なし騎士の城塞に潜る。
オレとクレア、颯香、闇烏の五人は、迷宮内での小遣い稼ぎに嵌っていた。
迷宮探索が二十日に一度なのは、十五日から二十日の間にデュラハンが復活するので、それに合わせた結果だ。
闇森の迷宮と違い首なし騎士の城塞には、覇道の剣みたいな目的とすべき迷宮内遺物が存在しなかった。
強いて上げるなら、エルダーリッチの呪術書や死王のリングとかになるが、それはもう手に入れた。
最深部到達パーティーの地位を守る気もなかった。
なので迷宮探索は、丸一日だ。
行き帰りの移動と休息を合わせて、およそ五日間の遠征となる。
こうした自由を満喫できるのは、オレがアルベール殿下との婚約を受け入れたからだ。
ユストゥス教団の排除に貢献して、各教会の信用を得たことも大きい。
パルマンティエ王家はオレことノエルに、普通の妃であれと望まなくなった。
余りにも規格外なので、妃教育さえ諦めた。
アルベール殿下に『嫌だ!』と駄々を捏ねたら通ってしまったので、こっちが吃驚だ。
殿下……。
どんだけ、オレに逃げられたくないの……?
詰まるところ、パルマンティエ王家がオレに期待しているのは、類稀なる精霊使いの血だけ。
要するに、アルベール殿下とオレの子を欲しいって話だ。
アルベール殿下にはアルベール殿下で、望むところがあるのだろうけど……。
公的に求められるオレの義務は、子孫を残すことだけ。
もと男であるオレからしたら難しい要求だが、他人事として子を産めばよいと考えるなら悪くない。
何しろ出産の困難は、専門の魔法使いが最新の技術で軽減してくれる。
三食昼寝付きで、乳母も居て、住環境は完璧に近い。
子育ても問題ない。
「考えてみたら、楽勝だな」
全ては感情の問題だ。
成否はオレが幼い頃に母上から仕込まれたお姫さまモードで、アルベール殿下と付き合えるかどうかにある。
アルベール殿下をカワイイと思えるようになれば、多分おそらく乗り切れる。
で、そのアルベール殿下は……? と問うなら。
もの凄い精神力で己を律しているが、内面はぐずぐずの甘えん坊さんと見た。
公的な場面でオレを連れ歩き、内外に婚約者を自慢する素振りはない。
どちらかと言えば、プライベートでイチャコラしたいタイプだ。
なのにチャンスを与えても、度胸が足りずにスルーしてしまう。
剣術の試合では勇気溢れる男なのに、好きな娘にはからっきしのようだ。
しかも他の男にオレを取られるんじゃないかと、要らぬ心配をしているらしい。
世間では、そういう心配事を『取り越し苦労』と言う。
オレが浮気とかあり得ない。
だから心配性のアルベール殿下は、オレの迷宮探索に、こっそりと変装してついて来る。
冒険者ルドヴィークがアルベール殿下であることは、もう【レイブンビーク】のメンバーにバレバレである。
気づいていない振りをするのも、面白いけれど。
そろそろ限界かな。
クレアが何とかしろと煩いし。
クレアは颯香と違い、平常を装うのが苦手なようだ。
「殿下……。色々と余計なことを考えすぎて、身動きが取れんようになったか……。不憫な子」
ちょっとカワイイ。
晩熟な弟分で王子さまとか、ポイント高めだ。
「それにしてもメンタル弱すぎ……。と決めつけるのは、可哀想か?」
オレが何かの折に『噓つきは嫌いです!』と口にしたせいで、アルベール殿下は正直に打ち明けられなくなった様子。
まあ自分の正体を隠して、こっそりと婚約者の後を付け回すとか、充分に気持ち悪いよね。
今更言い出せない気持ちは、よぉーく理解できるぞ。
面白すぎる。
ここは揶揄って、何としても自分から白状させたいところ。
「婚約者の浮気かぁー」
疑われているオレとしては、怒らせてみるのも楽しそうだなと、ついつい考えてしまう。
だけどアルベール殿下の精神面を考慮するなら、余り煽らない方が良いだろう。
心に傷が残るようなイタズラは、よろしくない。
「アハハ……。ルドヴィークに好きですと言ったら、どんな反応をするんだろう?」
この悪意ある好奇心が、非常に危険なのだ。
アルベール殿下を獲物のように、冷酷な罠で捕らえてビビらせるのは無し。
恋愛に臆病なアルベール殿下が、自分の殻に引きこもってしまう。
オレがアルベール殿下の立場なら、何もかもを捨て去り、逃亡する。
傷心を癒すため、自分探しの旅にでる。
オッサンの恋は、事程左様にナイーブなのだ。
◇◇
オレたちの迷宮探索は、予定表を作ってティエリー卿の許可を貰うところから始まる。
勝手に出かけようとしても、許しては貰えない。
きちんと許可を取ったら、まずは冒険者ギルドに集合だ。
【レイブンビーク】の遠征期間中は、オレが侯爵令嬢の公的な役割から解放される休暇みたいなものだ。
ティエリー卿はオレとアルベール殿下の婚姻をごり押しする側なので、定期的に息抜きをさせて、オレの不満を宥めようとしている。
『思うに任せぬ苛立ちは、休暇中に好き勝手をして発散させなさい!』と言う話だ。
迷宮での大暴れだけが発散ではないので、各自、王都ロワイヤルの繁華街を散策してから冒険者ギルドに集合する。
「ふんふん……。商業エリアを見物するなら、武器屋は外せない」
もう物理で戦える身体ではないのだが、棚に飾られた武器を見るだけで充分に楽しめる。
名の売れた鍛冶師が打った武器や防具を眺め、その出来栄えを目利きする。
「フムッ。こいつは見てくれだけ。装飾過多な、実用性に欠けるなまくらですね。重心もズレていて、実戦では扱いづらいはず」
ついつい声に出してしまうので、店員は苦り顔だ。
近くにいた冒険者らしい男も、オレの講釈に耳を傾け、ウンウンと頷く。
「おや。こちらの工房は。良心的な仕事をしています。この剣なら、腕さえよければキメラの頭をカチ割れますね」
付与魔法が適切だ。
大剣には、不壊とインパクト。
オレの経験からして、そこは譲れない。
「魔法による身体強化を過信した剣士が、ときどき分不相応な重い剣を背負っているけれど。大抵、切れ味の魔法付与がされています。あれは駄目ですね」
「へぇー。どう駄目なんだ?」
「大剣の利点は、間合いの長さと一撃の重さです。切れ味ではありません」
オレは得意気に説明してあげた。
十年以上、大剣を使い続けた経験者の言葉だ。
その重みを感じて欲しい。
「間合いと重さなら、身体強化を使ってぶん回せばよかろ。切れ味の魔法付与があれば、言うこと無しじゃないか!」
「身体強化に長けていても、武器の重量に重心を持って行かれるので、剣士の動きが制限されてしまいます。大剣の斬撃は、剣士にとって軽く、倒すべき敵にとって重いが理想となります。だから、インパクトを付与すべきです」
「ほぉー」
男が気のない声を漏らし、目を細めた。
何だか、疑われているような……。
説明が足りなかった?
「命中時のベクトル乗算。衝撃の重さ×2とか、×3とか。破壊力マシマシです。それでいながら、持ち主は武器の重さを気にせずに済みます」
「なるほどなー。で、どの大剣に、そのインパクトやらが付与されているんだい?」
「これです」
オレは声を掛けてきた男に、陳列棚の隅に置かれた地味な大剣を示した。
お値段はお手頃価格、百万クローザ。
おおっ、シャレオツな装飾過多の大剣が二百万クローザなので、半額じゃないか。
鍛冶師の仕事は完璧で、重量バランスよく、使用者への負担が抑えられている。
不壊の付与魔法が施されているので、目測を誤って岩を叩いても折れ曲がる心配はない。
だけど、見てくれがしょぼい。
それでも闇森の迷宮を探索していた頃のオレが見つけたなら、絶対に購入したであろう理想の大剣だった。
如何せんマナドゥの町は、ド辺境の田舎町。
王都ロワイヤルのような品揃えは、期待できなかった。
付与魔法が施された魔法武器なんて、まず手に入らない環境だ。
だからオレのバスタードソードは、魔法付与を施されていない鋼の塊である。
そいつを文字通り、筋力にもの言わせ、ぶん回していたのだ。
インパクト、欲しかった。
「ところでお嬢ちゃん。美味しい飯屋を知っているんだが、一緒にどうだい? 俺の驕りだ」
「ありがとうございます。でも、お断りします」
「フンッ! なんだオマエ、お高く留まりやがって……」
男は不愉快そうに鼻を鳴らすと、大剣を購入せずに歩き去った。
よくあるナンパだった。
今のオレは、普段のドレスを着ていない。
新人冒険者が愛用するようなコートを着て、サイズの合わない大きなリュックを背負い、頭には翼の付いた戦乙女のヘルメットを被っている。
これでは冒険者に憧れた荷物持ちだ。
嘗められても仕方なかった。
で、頻繁にナンパされる。
「いいよ、いいよ。一目置かれたい訳じゃなし」
オレは会計カウンターに向かい、処分品として量り売りされていたクズ魔石を全部買い取った。
クズ魔石は小さなシャベルでリュックに……。
「お買い上げ、ありがとうございました」
クズ魔石とは言え、大きなリュックをパンパンにすれば重い。
「よっこらせっと」
そのリュックを担いだオレに、店員が驚愕の表情を向ける。
このリュックは偽装だ。
クズ魔石はリュックの底から、闇狼の異空間に収納される。
後は重そうな芝居をして、異能力の存在を隠すだけ。
王都ロワイヤルの商業地区に並ぶ店を好奇心に任せて覗いて歩き、オレに付きまとう王家の影を確認する。
「一ユニット四名で、三ユニットか」
追跡者は計十二名。
内、ユストゥス教団の潜入工作員が二名。
オレを見守る十名は許すが、邪教徒どもめ、キサマたちは駄目だ。
「おまえら、ばれてるんだよ」
隠しても隠しても、特定されてしまう。
それが精霊調査隊の真に恐ろしいところだ。
最初は半信半疑だったけれど、精霊たちが齎した情報をアマンダに裏どりして貰い、その優秀さは王都ロワイヤルの大掃除で証明された。
「邪教徒の手下どもは、ホント面倒臭い」
もともとは王都の影に所属する精鋭が、薬物と魔法による洗脳を受けて、ユストゥス教団に取り込まれた。
こいつらは諜報活動の専門家なので、なかなか物的証拠を残さない。
故に表立って排除することができなかった。
だが、オレだって無策のまま、殺られるまで待つのは嫌だ。
なので、陰湿な攻撃手段を用意しておいた。
迷宮詣では、遊びじゃないのだ。
オレの呪術を喰らいやがれ。
「ぷちデス!」
黒い邪霊が二体、手のひらに載せたネズミの頭骨から生まれ、空に飛び立つ。
【ぷちデス】は死霊術の【デス】を簡易化した呪術で、ターゲットの運気と生命力を吸い取る。
殺しはしないが、バレないように少しずつ運気と生命力を削る。
ターゲットが廃人になるまで……。
「フフフ……。まるで蛭や寄生虫のように、陰湿な呪術ではありませんか」
エルダーリッチを討伐する度、オレの死霊術に磨きが掛かる。
今では呪術式の書き換えも、お手のものさ。
さあ、そろそろ時間だ。
冒険者ギルドに向かうとするか。




