ファビアン・ド・ヴァロワ公爵の野望:ファビアン視点
その商人と初めて言葉を交わしたのは、まだ儂が若く、王都ロワイヤルの繁華街で遊び歩いていた頃のことだ。
商人は遊郭で美女を侍らせ、酒と料理を楽しむ儂に、不思議な術を幾つも披露してくれた。
儂が誉めそやすと、商人は『他愛のない精霊魔法です』と照れ臭そうに答えた。
そして『同様の宴会芸であれば、閣下にも簡単にできます』と言い、奇妙な呪物を譲ってくれた。
それは使役精霊を閉じ込めてある、美麗な装飾品だった。
金の小さな鳥かごに、輝くクリスタルが封じられた、耳飾りほどのアクセサリーだ。
その呪物は、儂に魔法のような力を授けてくれた。
いつしか儂は、その呪物に魅入られ、手放せなくなっていた。
商人が秘密教団の一員であると知ったのは、随分と歳月が過ぎてからだ。
秘密教団が秘密なのは、国家にとって有害な組織だからである。
商人の名はソレル。
見た目は若いが、ユストゥス教団の導師だった。
なぁに、構わない。
知ったことか!
儂とて王弟の身分に、思うところがあった。
リネール王国の公爵であろうと、実の兄を王と崇めるのは癪だ。
ジェラール国王の足を引っ張ってやりたいと言う衝動は、儂の原動力とも言えるだろう。
光り輝く王冠を頭に載せ、玉座に収まる。
居並ぶ諸侯を床にひれ伏させて、己の権力に酔いしれる。
『それこそが、王族として生まれついた男の夢だろう』
だからこそ、公爵の身分では不満だった。
なぜ儂が、兄に頭を下げねばならん。
あの兄さえ居なければ……。
儂が王だった。
かくして儂は、ユストゥス教団と名乗る異国の邪教徒どもを懐に入れた。
問題が起これば便宜を図り、頼まれごとをすれば応じてやった。
見返りは、より強力な精霊を封じた呪物だ。
呪物は良い。
逆らう者を捻じ伏せてくれる。
裁判も、貴族議会の承認も必要としない。
儂が願えば、まだるっこしい手続きなどしなくとも、気に食わない相手を葬り去れる。
だが、それでもまだ、玉座は遠かった。
儂が王になるには、リネール王国の貴族たちを掌握しなければならん。
少なくとも半数以上は味方につけないと、玉座など夢のまた夢。
「あやつらは邪悪で賢い」
ユストゥス教団は、王都ロワイヤルのあちらこちらに拠点を作った。
民の心を蝕み、こっそりと信徒を増やし、貴族の子弟まで毒牙にかけていった。
徐々に、だが確実に計画は進められる。
リネール王国が邪教徒どもの手に落ちるのは、もはや時間の問題でしかなかった。
年老いた貴族は親から子へと爵位を譲り、代替わりしていく。
貴族院を構成する顔ぶれも、やがては入れ替わる。
焦らずに待てば、公爵である儂の意見に逆らう石頭どもは消え失せ、殆どがユストゥス教団の信徒になるだろう。
毒で弱り切ったジェラールは、直に死ぬ。
死なぬまでも、既に政を為す体力がなかろう。
「そのときこそ、儂が王だ」
儂は王の地位を得るまで、隠居するつもりなどない。
腰抜けな息子や、統治者たる者の気概を持たぬ孫などに、儂の夢を託すことはできぬ。
そのために好きな酒もやめた。
いつまでも活力を保つため、暴飲暴食を避け、日々の運動も欠かさない。
全ては王になるためだ。
もう直ぐ。
もう暫く待てば……。
そう信じていたのに。
その夜。
ソレルが煤に汚れた顔で、儂の寝室に現れた。
無論、見張りの兵や家人に知られぬよう、コッソリとだ。
こやつが夜分遅くに、儂の寝室を訪れるのは余程のことである。
嫌な予感が、背筋を這い上る。
「公爵さま。我々は王都ロワイヤルから撤収します」
「何故だ!?」
「無念なことに、組織の中核をなす信徒たちが、悉く討ち取られました」
一大事だ。
とんでもない事件ではないか。
「ソレル司祭、何が起きたのだ? 詳しく聞かせよ」
「我らの拠点が、他の教会勢力による同時襲撃を受けたのです」
「たかが教会の騎士団だろ。精霊魔法で、追い散らせばよいではないか!!」
「襲撃者たちは、尋常ではない数の精霊に守られていたのです。追い散らすどころか、逃げる暇すら与えて貰えませんでした」
「なっ、なんと……」
「特に秘薬の製造工場は、徹底的にやられました。焼き討ちです。それなのに王都の治安部隊は見て見ぬ振りを決め、動こうとしませんでした。おそらくは王都守備隊のドレフュス卿が、敵方に回ったのでしょう」
「治安部隊が、囲壁内での放火を許したのか……?」
「それにしても……。どうやって、拠点の場所を知ったのやら……?」
ソレル司祭の疑うような視線が、儂に向けられた。
冗談ではない。
情報が漏れているとすれば、立場が危ういのは、こちらも同じ。
「グヌヌヌヌッ……。儂は知らん。襲撃の話など、誰からも聞かされておらんぞ!!」
信じられない話だ。
ユストゥス教団は秘密組織である。
堂々と看板を掲げた一般の宗教組織とは違う。
王都に作られた拠点だって、目立たぬよう、巧妙に隠されていた。
「なんにせよ、邪竜ニーズヘッグを身に宿した、フェルナンドさまの受け入れがあります。フェルナンドさまは、密かにナバロ神聖皇国を御発ちになったはず。我らは王都ロワイヤルを捨て、ノバック伯爵領に本拠を移します」
リネール王国乗っ取り計画は、後退を余儀なくされた。
儂の玉座も遠ざかった。
誰の仕業か知らぬが、許してはおけん。
「此度の件、絵図を描いた者に心当たりは?」
「それは勿論、我々なりに目星をつけております」
「誰だ?」
「第二王子殿下……」
「アルベールか?」
儂の言葉を遮り、ソレル司祭が首を横に振った。
「……の婚約者であらせられる、ノエル嬢」
「こっ、婚約者? あの泣きべそをかいたような小娘かぁー!!」
「我らの許し難き敵でございます」
俄かには信じられなかった。
それでも、一時期であろうとノエルがオルタンスの養女であったなら、あり得る話だ。
ソレル司祭は伝えるべきことを伝えると、寝室のバルコニーから立ち去った。
オルタンス……。
あの魔女なら、ユストゥス教団の拠点を知ることさえ可能かも知れない。
もしオルタンスが関与しているなら、用心せねばならん。
「あの妖女めが……。馬車にでも轢かれて死ね。予見者とか、冗談ではない!!」
実のところ、オルタンスの存在は不気味だ。
予知夢や占いを信じる訳ではないが、オルタンスの予言は当たる。
気のせいで済ませることが難しいほど、当たる。
であればこそ、早急に何らかの手を打ち、生の情報を得たい。
噂などではなく、鮮度の良い生の情報が欲しかった。
何ならノエルを殺してしまえば、あと腐れもない。
「ぐふふ……。アルベールの奴、不憫な男だ」
なにしろ二度も叔父の放った刺客に、許嫁を殺されるのだからな。
フィリップの娘で失敗したことを反省し、今回は暗殺者ギルドの腕利きを雇おう。
「ふっ……」
愉快だ。
面白くて堪らん。
「アルベールには黒が似合う。オマエなんか、一生喪服を着て暮らせばよいのだ!」
悔しいがフィリップとアルベールは、儂の息子と比べて立派だ。
王子に相応しい華やかさと資質を兼ね備えている。
それがまた儂を苛立たせる。
気に食わん。
何としても、地獄に突き落としてやりたい。




