オレの周りで人が死ぬ:ノエル視点
最近、クレアや颯香の視線が生暖かい。
アルベール殿下に対するオレの態度が、急変したからだろう。
励ますような、同情するような目つきで、オレを見る。
だが、心配しないで欲しい。
オレだって長いとは言えぬ人生経験で、色々と学んできた。
守りは攻めより難しい。
それが避けられない事なら、背を向けるより立ち向かうべきなのだ。
アルベール殿下の求愛行動など、些事である。
事故とは言え、一晩添い寝を強要されて『些事である』との結論に至った。
男女の同衾って行為が、あの程度であれば耐えられる。
オレも男だから、これまで独り身を貫いてきたアルベール殿下に、同情しないでもない。
気持ちが分かると言えばよいか……。
「冒険者になりたての頃は、やけに女の子が眩しかったもんな」
無理強いされたと思うから我慢ならないのであって、王子さまの好きにさせて上げたと思えば、小さな子供をあやすのと何も変わらん。
暗殺者に襲われても死ぬことがない娘は、オレしか居ないのだ。
アルベール殿下に幸せをもたらすのは、きっと面白かろう。
そう頭で割り切ることにした。
それで……。
見過ごしにできない目下の大問題と言えば、ユストゥス教団の件である。
どうやら母上に連れられてノバック伯爵家を訪れたことにより、ばっちり目を付けられたようだ。
水禍のやらかし。セリーヌ姫の事件。フレデリック兄上の焼死。
そこに絡んでいる共通の人物が、オレってことだな。
なんなら冒険者新聞の一面を飾ってしまったことも、加えてよい。
ウーン。水禍の殺しは、指示していないんだけどね。
保護者の責任つーかな。
まあ、邪教徒どもは、オレの仕業だと確信しているだろう。
「リネール王国に優秀な精霊使いが何人も居れば、スルーしてもらえたものを」
木の葉を隠すなら森の中。
そう昔の偉い人が語ったそうな。
で、オレは……と言うと、パンに突き刺さった釘みたいなもんです。
精霊使いが皆無のリネール王国で、見つからん方が奇跡だわ。
虫も殺さぬ気弱そうな乙女の姿をしていても、ユストゥス教団に見逃すつもりはないようだ。
これだから権威を振りかざす狂信的な連中は嫌いなんだ。
面子なんか気にしないで、スルーしろよ。
そんな訳で、ドラローシュ侯爵のタウンハウスも、そろそろ安全な場所とは言えなくなってきた。
オレのせいでドラローシュ侯爵家に迷惑が掛かるのは、とても心苦しい。
とは言え、半ば監禁されている立場では、自由に動けない。
「キャー!?リンナ。どうしたのぉー!!」
仮縫いをしていたお針子が、作業中に倒れた。
オレに毒針を指し、死返しされての即死。
「あっ、レース編みのスキルをゲット」
夜会のドレスを新調するのでさえ、このとおり命懸け。
有名どころの仕立て屋にまで、ユストゥス教団の毒は浸透している。
「あの疲れが吹き飛ぶって噂される薬。あれが問題だよな」
労働時間に制限がない仕立て屋のお針子などは、ついつい邪教徒どもの甘言に惑わされて、やばい薬を使ってしまうのだろう。
社交シーズン前から繁忙期に入り、その直前ともなれば猶更だ。
お針子に、休む時間などありはしない。
働きづめでも疲れない薬があると聞けば、飲みたくもなる。
だけど、一度使ってしまえば効果が切れた時の疲労感に耐えられず、薬を手放せない。
あとは精神奴隷への一本道。
「申し訳ございません。助手のリンナが倒れてしまい。呼吸をしておりません」
「まあ、大変。お医者さまを呼ばなければ」
エレーヌお義母さまことドラローシュ侯爵夫人を交えての大騒ぎとなり、仮縫いは中断された。
「お義母さま。あのお針子が手にした針には、猛毒が塗られています。誤って触れたりしないよう、注意してくださいませ」
「……っ。分かりました。この件は、ティエリーさまに委ねます。現場の保存は……?」
「必要ございません。可哀想なお針子は、心臓発作による急死です。医師の診断書では、そのように記載をお願いします。お針子の遺体と道具だけ、厳重注意の上で調査してください」
「ノエルさんは大事ない?」
「以前にも申しましたが、わたくしに暗殺は無意味です。利用された娘が、不憫ですわ」
文字通りの使い捨てだ。
「……そう。悪人に利用されてしまったのね」
エレーヌお義母さまには、事前に幾らかの情報を伝えてある。
お針子を見るエレーヌお義母さまの目つきは、やるせなさそうだった。
もう連中も気づいた頃だ。
オレを直接狙っても殺せぬとなれば、搦手から来る。
オレと親しい人物を襲い、脅しに使う。
ドラローシュ侯爵家の人々を毒牙にかけ、オレの心を疲弊させる。
親しい友人が犯罪者の汚名を着せられて獄に繋がれたり、山ほど呪いの人形が送られてきたりする。
今のところ、その一歩手前と言ったところか。
アマンダやモーリスから話を聞いて、連中の手口は予習済み。
「あとは、どちらが早いかだ」
これは互いの存亡を掛けた殲滅戦である。
戦いが終わったとき、王都ロワイヤルに立っているのはオレか? それともユストゥス教団か?
既にマナドゥの町から、数え切れないほどの精霊たちを呼び寄せてある。
無償で憑代を与えた精霊たちだ。
その精霊たちを使い、王都ロワイヤルを北から南へと精査した。
結果として、王家の影や闇烏たちでさえ見落としていた隠れ家が、次々と発見された。
襲撃すべきユストゥス教団の拠点は、小規模なものを除いてニ十ヶ所近い。
内、薬物調合施設が三ヶ所だ。
その後アマンダに再調査を依頼して、確証も得た。
場所や規模に間違いはなかった。
後は一気に潰すだけなのに、問題があった。
ユストゥス教団の拠点が広域に渡っていたことと、その数の多さだ。
当然、オレは動けない。
魔法研究ばかりしているドラローシュ侯爵にも、荷が重い。
更に付け加えるなら、証拠が残ってしまうだろう実際の襲撃に、精霊たちを参加させたくはなかった。
敵のターゲットとなるのがオレ一人では、分が悪い。
そこでユストゥス教団を蛇蝎の如く嫌う各教会に、協力を仰いだ。
まずは武神オージェさまの神使シャムエルに頼み、マンフレート・ボアルネ神官に親書を届けて貰った。
想像していた通り、マンフレート・ボアルネ神官はユストゥス教団の拠点が細かく記された地図に狂喜乱舞し、返事の書面で繰り返し礼を述べていた。
教会勢の中心となるのは、オージェ正教会に決定した。
フレンケル神殿の武闘派連中である。
聖女統括役のロキサーヌさまも邪教徒討伐と聞き、鼻息を荒くしているらしい。
真面目に武芸を磨いたところで、普段は披露する機会もないからな。
悪者を懲らしめるとなれば、気持ちが昂るだろう。
フローレンス聖女教会、オルドニェス精霊教会、サレルノ教会がオージェ正教会に続いて名乗りを上げ、ここに異例の教団連合が結成された。
秘密裏に進めている殲滅作戦だが、アルベール殿下を通して、フィリップ王太子殿下にも概要を伝えておいた。
愛するセリーヌの命を奪われそうになったフィリップ王太子殿下は、陰からの援助を約束してくださった。
これは大きい。
国家権力の協力があれば、多少の不始末は無罪で済まされる。
武装した教会騎士団が町中を移動しても、衛兵たちは見咎めたりしない。
無許可の調薬施設が焼け落ちても、襲撃や放火ではなく事故として処理されるだろう。
リネール王国の国家権力と各教会が足並みを揃えた、大掃除である。
これならユストゥス教団も、一網打尽。
彼の邪教集団が、猛烈な奇襲を受けて王都ロワイヤルから一掃される。
貴族社会にまで入り込んだ毒虫を駆除するには、皆で一斉にやらなければ意味がない。
一ヶ所ずつとか悠長な真似をしていたら、逃げられてしまうからな。
まあ、この猛攻を受けた邪教徒どもは、地下に潜伏して厄介さを増すのだろうけれど……。
それはそれ。
仕方のないことである。
「今、洗浄しておかないと、リネール王国の存続が危うい」
特に、精霊の異能力を与えてくれる怪しげな呪符と、あの人間を駄目にする薬が不味い。
そう言うことだ。
「ウフフ……。オルタンス夫人のお仕込みですね」
オレの根回しを横で見ていた颯香が、訳の分からぬことを言う。
「どこが……?」
「自分は動かないで、お手紙で済ますとか……? 他人を焚きつけておいて、しっかりと恩を売るところでしょうか?」
「…………」
嫌なことを言うな。
オレは母上と似てなんかいない。
助けてくださいと皆さまに頭を下げて、お願いしただけだ。
アマンダとカルロスだって、他人事ではないと力を貸してくれた。
まったくもー。
ぷんぷん。
毒針で刺された脇腹が痒いぞ。
◇◇
アルベール殿下は貴族のマナーを弁えず、宿屋に暮らす隣部屋のオッサンの如く、前触れもなしにドラローシュ侯爵のタウンハウスを訪れる。
それも、ほぼ毎日のように……。
「これを私に……!?」
「殿下には、いつも頂いてばかりですから」
オレは用意しておいた貢物をアルベール殿下に渡した。
モーリスに頼んで作ってもらった、異空間収納の機能付きショルダーバックだ。
王子さまが所持するには、少しばかり安っぽい外観。
使い易さだけを追求した結果、冒険者が身に着けるようなデザインになってしまった。
「これは洒落たカバンだね。しかし、どうやって開ければいいんだ?」
「蓋を開けるには、所有者登録が必要になります。そこのロックにマナを通して……。そうそう、そうすると頭に表示が現れるはずです」
「おおっ!? これは魔道具なのか……。なるほど、ここの枠に名前を記載するんだな」
「理解が早いですね」
「ウーム。これでも魔法研究を趣味にしているからね。腕は良くないが、こうしたギミックはたくさん見てきた。知識だけはあるんだ」
「普通なら、頭の中に魔法の図表が現れた時点で、理解できずに戸惑うんですけどね」
「大丈夫……。これは知っている」
さすがは王家の一員。
高度な魔道具にも慣れているようだ。
「すでに何か収納されている。この表示は剣だな」
「それもプレゼントです」
「いや、しかし……。大剣なんて、このカバンには入らないだろう。ははは……?」
「…………」
アルベール殿下はオレに視線を向け、笑うのを止めた。
「もしかして、これは……。容量拡張型のマジックバッグか?」
「そうです」
「うおっ! 大剣が出てきた」
アルベール殿下は、ワイトプリンスが落とした怨嗟の焔を宿すツーハンドソードをショルダーバッグから引きずり出した。
だがしかし、重いし長いし、お茶の席では持て余すしで、目を白黒させた。
しかもマナを通せば、刀身が灼熱の炎を上げる。
「うおっ! あぶない!!」
「それは練武場などで、お試しください。ここでは危険です。仕舞っておきましょう」
屋内で魔剣を使ってはならない。
力加減を間違えたなら、屋敷が燃え落ちる。
「申し訳ない。つい興奮してしまった」
「いえいえ……。間違いは誰にでもあることです」
「…………」
オレは優雅に焼き菓子を齧りながら、にんまりと微笑んで見せた。
「少し見ただけでも分かるほどの業物だ。それに強力な魔法付与も施されている。ノエル嬢は、この剣をどこの鍛冶屋に打たせたんだ?」
「それは迷宮産の遺物です。デュラハンの城塞で手に入れた魔剣に、光沢が戻るまで研ぎを入れました。拵えも、作り直しています」
「あそこのアンデッドは、何も遺物を残さないと噂されている」
「落としますよ。ただアプローチの仕方が不味いと、何も持ち帰れません」
「なるほど。冒険者の知恵か……」
すべてはクレアのお陰である。
だが、そこまでアルベール殿下に教えるつもりはない。
「それにマジックバッグ。これは私も実物を目にしたことがない、国宝級の逸品だ」
「でしたら、内緒にしておいてくださいね。何個も欲しがられると困るので」
「どうやって手に入れたんだ?」
「素材はシャドーウルフの魔核です。それを精霊鍛冶師に加工してもらい、マジックバッグが完成しました」
「必要素材は、シャドーウルフの魔核かぁー。この近辺に、シャドーウルフは生息していないな」
「ノバック伯爵家を訪れたさい、闇森の迷宮に立ち寄って狩りました」
「闇森の迷宮は遠い。確かに、幾つも欲しがられたら面倒だ」
アルベール殿下が渋い顔になり、頷いた。
オレにマジックバッグ屋をやらせたい訳ではなかろう。
許嫁を傍に置いておきたいなら、マジックバッグの件は秘密にするはず。
「どなたかに差し上げたら、歯止めが利かなくなると思いますので」
基本的に、貴族連中は厚かましい。
今でこそオレはドラローシュ侯爵の養女で、アルベール殿下の許嫁だが、それでも遊民の出自となれば安心できない。
悲しいかな、嘗めくさった貴族どもに無理強いされる未来が、まるで現実のように想像できる。
特に血筋を尊ぶ女どもがやばい。
危険なのは既に亡くなったフレデリック兄上の嫁、ヴィクトワール義姉さまのような貴族女性だろう。
「まあ、間違いなくそうなる。だったら、私が黙っていればよいのだな」
「はい」
「ノエル嬢。素晴らしい贈り物をありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「あっ……。まだあるんです」
オレは本命の身代わり君弐号改を取り出し、アルベール殿下に押し付けた。
「これは、何だい?」
「わたくしが作ったお人形?」
「いや。この悍ましい人形、ノエル嬢が作ったの……」
身代わり君弐号改は、紛れもない本物の呪物だ。
そこそこに姿形も禍々しい。
「そのお人形は、身代わり君と申しまして」
「みがわりくん?」
「殿下の髪の毛などを食べさせ、身近に置いておきますと」
「……うん」
「殿下の身に降りかかる不幸を三回くらいは肩代わりしてくれます。毒殺、刺殺、魔法の炎による焼死など、死因の選り好みはいたしません。すべて引き受けてくれます。普段から、肌身離さず持ち歩いてくださいね」
「はぁ!?」
「お人形が壊れてしまったら、新しい身代わり君と交換してください。たくさん用意しておきました」
オレは足元に置いてあった布袋を開き、中にぎっしりと詰まった身代わり君弐号改を見せた。
布袋の周辺に、どんよりとした瘴気が溢れだす。
素材に凶悪な邪霊を使っているので、封印を解けばそうなる。
仕様だから、仕方がないのだ。
「首から下げられるように、特製の革紐も用意しました」
「…………」
とうとうアルベール殿下が黙り込んでしまった。
驚きが重なりすぎたのかも知れない。
婚姻前に大層な贈り物を受け取ってしまったから、オレはオレなりに誠意を尽くすべく、結納品を用意した。
喜んでもらえたら嬉しいのだけれど、アルベール殿下は身代わり君弐号改を睨み、ダンマリだ。
何か間違えたのだろうか?
まあ、あれだ。
身代わり君二号改は、可愛くない。
オレにはペイバッグが居るので、身代わり君弐号改を必要としない。
正直に言うと、身近に置いておくのは嫌だ。




