ノエルさんが心配です:クレア視点
かつてノエルさんは、鍛え上げられた筋肉を誇りとする屈強な剣士だった。
しかし今思い起こしてみれば、その頃から男臭さが板についていないと言うか、少し怪しげなところはあった。
距離感やら、立ち居振る舞いや仕草、ちょっとした時に見せる気づかいなんかが、わたしの知る男たちと、どことなく違っていた。
当人が無自覚だから、モーリスさんのように洗練されていなかったので、あれやこれやが微妙に気持ち悪い。
原因が分かってみれば、『あーそうなのか……』である。
オルタンス夫人との会話で知れた、ノエルさんの生い立ち。
『あの子は、女の子として育てたのよ!』
オルタンス夫人も、随分と乱暴なことをしたものである。
顔よし、稼ぎよし、性格よしなのに、いつまでも独り身だったのは、時折見せるノエルさんの女性的な仕草がキショかったから。
わたしの友人たちも、『あれさえなければねぇー』と苦笑いをしていた。
屈強な男性がナチュラルに女性的な仕草を見せると、とっても気持ち悪い。
きっとラクロットさんに刺された理由も、そこら辺にあるのではなかろうか?
主因とまで言わなくとも、生理的な嫌悪感は攻撃衝動を後押しする。
ラクロットさんは強いノエルさんに逆らえず、いつも連れ歩かれていた。
多分、すごく嫌だったんだと思う。
そのノエルさんが美しい乙女に変身してしまい、男たちの視線を集めている。
当人はうんざりと言った様子だけれど、アルベール殿下にだけは優しい。
ノエルさんはノバック伯爵家から離籍したことをドラローシュ侯爵家まで報告しに行った。
そのときにアルベール殿下と出会い、一晩中、ベッドに組み敷かれて逃げられなかったそうだ。
添い寝だけどね。
「で、諦めたそうです」
「ナニを……? 何を諦めたのですか?」
颯香さんは、わたしの髪形を整えながら、いつものように主人であるノエルさんの私生活をぶっちゃける。
ノエルさんにプライバシーなんてものは存在しない。
「寝言でネチネチと愛を囁かれ」
「ええっ!?」
「愛の告白と申しますか、キミが居ないと生きていけないとか……。情けない台詞をエンドレスで耳元に……。泣きながら」
「うわぁー」
ノエルさんは、お願いごとに弱いタイプだ。
わたしも充分に利用させてもらった口なので、間違っていないはず。
「はぁー。ノエルさまは、ヘタレがお好みなようです」
「それはー。違うと思うよ。なんか、困っている相手を見ると、放っておけない性格と言うか。義理堅いと言うか。何くれとなく、甲斐甲斐しい」
「フーム。そうなるとアルベール殿下への態度は、精霊たちのお世話と同じなのでしょうか?」
「信頼できる仲間も居なくて、ずっと寂しそうだったもん。付き合ってみたら、満更でもなかったのでは?」
「中身は、男同士ですよ」
そうなんだよねー。
困ったことに、友情ではなく結婚話(恋愛)なんだよ。
それもロイヤルな。
アルベール殿下は、完全にノエルさんを年頃の女性だと決めつけているしぃー。
火傷したくなければ、近づかずに見守っているしかない。
だって。
どれだけ不安でも、この件に巻き込まれるのは避けたいもん。
ことはリネール王国の威信を懸けた行事だからね。
ひとつ選択を間違えただけで、お尋ね者になりかねません。
「フムフム、であるなら……。ノエルさんは、うら若き乙女と言うことで……。わたしはドラローシュ侯爵の方針に、準拠したく思います」
「なるほど……。寄らば大樹の陰ですね。クレアさまは、ドラローシュ侯爵の背後に隠れると……。なかなかに、よき判断であると申せましょう」
「他人の恋愛に口を挟むのは、野暮と言うもの」
「わたくしも、それを口実にいたします」
颯香さんが、ニヨニヨ笑いながら頷いた。
どこまで本気なのか読めない。
「何事も起きぬよう、神に祈りましょう」
ウーン。
多分、大丈夫。
ラクロットさんに刺殺された件を考えるなら、愛し合う恋人同士のアレコレなんて蚊に刺されたくらいのもの。
何しろノエルさんは、イービルセンチピードを生で食べられる人だもん。
些細な生理的嫌悪なんて、気合で吹き飛ばすはず。
きっと、大したことないよ。
「それでノエルさんは、何を諦めたのですか?」
「お訊ねしていないので、分かりません」
ノエルさんが何を諦めたのかは非常にセンシティブな問題なので、颯香さんも確認していないようだ。
ただノエルさんの行動を見る限り、それはアルベール殿下への対応に関係する何かだと思う。
「あの二人、距離が近くなったよね」
「デスネ……」
アルベール殿下は、以前と変わらない。
ノエルさんが逃げなくなったのだ。
「はい。終わりましたよ」
「タイミングよく颯香さんが来てくれてよかったわ」
今日はオルタンス夫人が、大商人のお嬢さま方を招いてのお茶会だ。
平民区画に住居を移してから、初めてのお茶会。
オルタンス夫人は張り切っている。
ノエルさんはドラローシュ侯爵家に軟禁されているので、わたしが頑張るしかない。
「わたくしは、これで失礼します」
「慌ただしいのね」
「ノエルさまに、お使いを頼まれていますから」
そう。
颯香さんは、モーリスさんのところへ品物を取りに来たのだ。
何でも、ノエルさんがアルベール殿下に贈る魔道具をモーリスさんに依頼していたそうだ。
わたしも首なし騎士の城塞で手に入れた遺物を何点か、ノエルさんに買い取ってもらった。
アルベール殿下が身に着けていてもおかしくなさそうな、武具や装飾品だ。
工房に制作依頼をすれば、そこそこ値の張る品だと思う。
わたしとノエルさんの値段交渉を横で見ていたモーリスさんが、ぼそりと言った。
『吃驚するような、オトモダチ価格ね』
多分、安すぎたのだ。
でもそんなことは、マジックバックを貰っているのだから気にしない。
買い叩かれた訳ではなく、わたしもノエルさんも王族が使用する品の相場を知らないだけ。
そもそも関心が薄いのだ。
◇◇
お茶会は、参加したお嬢さま方に好評だった。
概ね、成功と言えるだろう。
お嬢さま方の背景に居る保護者が、誰も彼もオルタンス夫人と誼を結びたいのだから当然である。
わたしの努力は、あまり関係なかった。
「クレアさん」
「はい」
「社交シーズンが終わったら、また引っ越しです」
「えっ!?」
「アルベール殿下が、ご領地にお招きくださったの」
「ウォルムス平原にですか?」
「そう。あちらに新居を建てて下さったそうです」
「…………」
アルベール殿下の本気度には、呆れ返る。
ノエルさんを囲うために、外堀を埋めまくるつもりだ。
まあ、入れ知恵しているのは、間違いなくドラローシュ侯爵だろう。
王都ロワイヤルに住居を持ちながら、ノエルさんに便乗しようとするオルタンス夫人にも驚かされた。
お義母さまは、少し子離れすべきだと思う。
「もう、クレアさんたら。そんな顔をして……。わたくしだって、ちょっと構い過ぎかなと思っています。でも予見に逆らうと、碌なことにならないから……」
「予見なんですか?」
「大いなる意思の導きね」
オルタンス夫人が口にすると、言い訳に聞こえる。
でも、大いなる意思や予見を軽んじることなどできない。
現にノエルさんはマナドゥの町で最強の名を得た筋肉オジサンから、今や可愛らしい乙女だ。
いったい誰がこのような事態を予想できただろうか……?
これを見通し、三人の息子の内、ノエルさんだけを娘として育てたオルタンス夫人の慧眼を決して軽んじてはなるまい。
偶然とかで片づけられないそれは、もう明らかに予知能力だから。
「諦めるかぁー」
ノエルさんの気持ちが少しだけ分かる。
何をしても逃げられない絶望感に打ちひしがれるより、これはそう言うものだと割り切ってしまった方が楽だ。
男が男でしかなく、女が女でしかないように、ノエルさんは男から女になってしまった何かなのだ。
それを受け入れてしまえば、運命に抗って生きるより何倍も可能性が広がる。
執着も善し悪しだ。
何度も絶望に打ちひしがれるくらいなら、心を病まない内に捨てた方が良い。
どうにもならないことに拘泥すると、人生の大半を無駄にしてしまう。
我が身に降りかかった理不尽な運勢を恨み、神さまが与えて下さった生きる喜びを損なうなんて、もったいないよね。
要らぬ重荷は、捨てるに限るよ。
「予見者を親に持つって、息苦しいことなのかなぁー」
わたしは、お義母さまを横目で窺いながら、そう呟いた。
そして予見者こそ、脱出不可能な閉塞感に苦しんでいるだろう事実に気づく。
ああしたいこうしたいではなく、予知能力に振り回される自我。
心から楽しめるのは、たまに開くお茶会だけ。
それは憂鬱にもなるって。
他人から見ればアドバンテージもりもりな異能力者も、その能力に縛られて不能感を抱え込む。
予見者の人生とは、実に皮肉なものである。
望む結果を得るために、予定された行動をスケジュール通りに熟す日々。
その体験は、嘸かし無味乾燥で、新鮮さに欠けたものとなるだろう。
オルタンス夫人と比べたら、わたしは何と自由なことか……。
未来が見えないって、期待に胸が弾むよね。
失敗しても自己責任だけど。
賭けを許されない人生は、わくわくが少なくて息苦しいんだな。
今度会ったら、ノエルさんにも教えてあげよう。
人生はゲームみたいだ。
大いなる意思のことなど気にかけず、心底楽しまなければ損だって……。




