冒険者で侯爵令嬢:ベアトリス視点
王家主催の新年を寿ぐパーティーで非常識なベールを着け、悪目立ちをしていたノバック伯爵令嬢。
平民どころか遊民の出自。しかもアルベール殿下との婚約が噂され、わたくしの友人たちはハンカチを噛み、嫉妬で身悶えしていた。
でも、黒衣の王子と呼ばれるアルベール殿下は、不幸な事件で許嫁を亡くした訳あり王子さまだ。
アルベール殿下の婚約者に名乗り出るご令嬢が絶え、もうどれくらいになるだろう。
アルベール殿下が自ら伴侶を望まず、ずっと亡くなられた婚約者の喪に服していらっしゃるのだから、派閥の貴族たちも強引な真似はできない。
だから、わたくしの友人たちも、アルベール殿下の愁いを帯びたお姿を遠くから鑑賞して、ため息を吐く日々に甘んじていた。
そこに突如として現れたダークホースだ。
ご令嬢方が不満に思う気持ちも、分からないではない。
でもでも彼女たちは、ノバック伯爵令嬢の特殊な能力を知ろうともしない。
もっとも、わたくしが教えたところで信じはすまい。
わたくしのお兄さまから得た情報によれば、ノバック伯爵令嬢は才気溢れる精霊使いで、王都ロワイヤルの近くにある迷宮のタイトルフォルダーだと言うことだ。
お兄さまは武張った剣士に憧れていて、暇があると首なし騎士の城塞を攻略しに出掛けていた。
と言っても、デュラハンが守護する橋のたもとでキャンプを張り、仲間たちと記念写真を撮って帰るだけ。
とても理性的で、己の分を弁え、決して他人の迷惑になるような真似はしない。
それが、わたくしのお兄さまだ。
そんなお兄さまは、ある日、首なし騎士の城塞で見てしまったのだ。
銀色の女騎士。
精霊たちを従え、単独でデュラハンの討伐を成し遂げた戦乙女の姿を……。
『猛々しく、可憐だった!!』
殿方と比べるなら、どうしても力で劣る女性を軽んじるところがあるお兄さま。
そのお兄さまが、柄にもなくノバック伯爵令嬢に夢中だ。
そうなればわたくしも、どんな女性なのか関心が湧く。
だからノバック伯爵令嬢を貶める、友人たちの好ましからぬ態度を窘め、夜会中に声を掛けようと決意した。
出自が遊民だとの噂を耳にして、デビュタントでしくじるかも知れないと不安に思ったけれど、アルベール殿下とのダンスは圧巻だった。
他のペアとぶつかることもなく、難しいステップを卒なくこなし、混み合ったダンスホールを優雅に移動して見せた。
これには採点の厳しいご婦人方でさえ、『ほうっ!』とため息を吐いていた。
その姿勢がもう、文句をつけられないほど美しかった。
ノエル嬢とクレア嬢は、コルセットにも慣れていない様子。夜会での立ち回りに難儀していたので、アドバイスを口実にすれば、簡単に接触できた。
互いに自己紹介を済ませたなら、御の字である。
後日、ダンボワーズ侯爵家のお茶会に、ノエル嬢とクレア嬢をお招きした。
その席でノエル嬢の素顔を拝見し、『まるでビスクドールのようね』と感心させられた。
この気弱そうな雰囲気を纏うご令嬢が、単独でデュラハンを倒した。
うん……。
とてもではないが信じられない。
社交シーズンが終わるまで、何度もお茶会にお招きしたりお招きされたりしたけれど、ノエル嬢の強さを窺えるようなエピソードはなく、領地に戻る日を迎えた。
わたくしがノバック伯爵家の悲報を知ったのは、領地でのことだ。
オルタンス夫人は前ノバック伯爵と離婚し、平民になった。
ノエル嬢とクレア嬢も同じだ。
アルベール殿下との婚約話は、白紙に戻ったも同然。
そう、わたくしは考えていた。
それなのにそれなのに……。
今年の社交シーズンが始まると、ノバック伯爵令嬢はドラローシュ侯爵令嬢になっていた。
アルベール殿下との婚約も本決まりだ。
所属する派閥が違うけれど、身分だけは同じになった。
夜会に姿をお見せになったアルベール殿下は、ノエル嬢を守るようにと言うか、まるで逃げられるのを恐れて囲うように、腰を抱いて放そうとしなかった。
熱愛に見えなくもないけれど、ノエル嬢の表情は以前に増して憂鬱そうだ。
これはお茶会にお招きして、事情を問いただすしかない。
◇◇
「わたくしと殿下の関係ですか……? それはもう、良くして頂いています」
ノエル嬢が小さく浮かべた笑みは皮肉のようで、その言葉も素直に受け取れない。
「そうですか。それでしたら、何も申し上げることはございません。夜会で、とても悲しそうな表情をなさってらしたから、余計な心配をいたしました」
「わたくしの顔は、いつでもしょんぼりしているのです」
「あれだけ殿下に思われながら、しょんぼりは良くありませんね。笑顔です。ノエル嬢。淑女は笑顔を絶やさずに……」
「笑顔ですね。分かります」
こくこくと頷いて見せるのだけれど、扇で口元を隠し、実践には及ばない。
ノエル嬢が微笑んでも、望んだ効果は得られなかった。
少しも楽しんでいるように見えないからだ。
ある意味で、内心を覚らせない貴族らしさとも取れた。
「それにしても殿下の溺愛っぷりには、驚かされました」
「あぁー。アルベール殿下も、普段はあれほどくっついたりしません。ただ公的な場に出ると、どうしても心配の虫が疼くようです」
「あらあら、もう浮気を警戒されているの……?」
「いいえ。殿下は以前に許嫁を亡くされて、ちょっと心配症になっていらっしゃるのです。大丈夫だと何度も説明しているのに、納得して頂けません」
「……それは。どのようなお話でしょうか?」
わたくしは首を傾げた。
わたくしが知らない、アルベール殿下の一面だ。
「晩夏に開催された狩猟の会。わたくしはもと冒険者と言うことで、アルベール殿下の派閥から参加を求められました。もちろん、馬に乗って狩など致しません。殿下の応援です」
「まあ、それは大変でしたね」
「殿下は参加を断るべきだと仰いましたが、そもそも問題だらけの婚約者です。余り我儘も申せません」
「それでも、いやならいやと伝えるべきですわ」
「その狩猟の会で、あらぬ方角から矢が飛んできまして……」
「……えっ!?」
「大騒ぎになりました」
「矢が飛んでくるって、ノエル嬢に?」
「ですね」
それは大事だ。
当人は澄ました顔でお茶を飲んでいるけれど、それって大事件でしょ。
心配するアルベール殿下の方が正しい。
「寝室のベッドに、毒虫が隠されていたこともありました」
「ええーっ!?」
「頭上から、金槌が落ちてきたことも……」
「信じられない。犯人は……?」
「そんな事件が二度三度と続いたあと夜会に出席したので、アルベール殿下も少しばかり気が立っていたのでしょう」
普通のご令嬢なら、恐怖に震えて発狂しそうな話である。
いや、儚くなってしまえば、発狂する余裕などないか。
「暗殺……?」
「それは禁句です。貴きお方の意図が、絡んでいると思われますので……。パルマンティエ王家は、このような不始末を戯れで済ませてしまいたいはず。すべては事故です」
「いやいやいや……。それで済むはずが」
「わたくしは実害を被っておりません。被害者が居ないのですから、事故で済ませるべきです」
貴族に、こうした話はツキモノだ。
そして身分が高くなるほど、陰惨な内容になる。
誰が家名を継ぐべきなのかで揉めると、死因の疑わしい遺体が増産される。
恐ろしい話である。
「最近、よろしくない勢力がリネール王国に入り込んでいます。狙われるのがわたくしだけならよいのですが、そうも行かないでしょう」
「殿下も危険だと仰るのですか?」
「殿下だけでなく、ベアトリスさまも身辺に気を付けるべきですわ」
「わたくしも……?」
「…………」
ノエル嬢が頷いて見せた。
その黄昏色をした瞳が、昏い。
「暗躍する邪悪な勢力は、この国の乗っ取りを企んでいます。既にノバック伯爵領は食い荒らされました。平常を装っていますが、あそこは敵勢力の拠点です」
「まさか……」
「かの勢力が得意とするのは、懐柔と脅迫です。大掛かりな呪術や薬物による意識操作も、考慮に入れなければなりません」
「本気ですか?」
「心から信じていた者が、死神に置き換えられてしまうのです。用心しておいて間違いはありません」
なんて恐ろしい話をするのか。
口にしたのが他のご令嬢であるなら、一笑に付するところだ。
でもノエル嬢は、わたくしと違う世界を生きて来たヒトだ。
面白半分の作り話ではなく、確かな根拠があっての忠告なのだろう。
「わたくしは親しくなった友人を失いたくありません。そこで提案があります」
「何でしょうか?」
「ベアトリスさまに護衛を付けさせてください」
「護衛……」
「信用のおける精霊です」
「セイレイ……」
ノエル嬢の足元に子犬が現れた。
「天狗風と呼んでください」
「てんぐ?」
「天翔ける犬です。風の精霊なので、天狗風」
「ワンワンワン」
「可愛い」
わたくしは初めて精霊を目にした。
護衛と言われ、大きく屈強な騎士を想像したのだけれど、これなら悪くない。
家族も受け入れ易いだろうし、どこにだって連れていけそうだ。
でも、こんなに小さくて、役に立つのだろうか?
「この子。天狗風さんは、わたくしを守れるほど強いのかしら?」
「わん!」
突風が吹き上げ、わたくしの身体は座っていた椅子ごと空に舞った。
「ヒッ!?」
そしてふわりと着地する。
「スゴイ。凄いわ、テングカゼさん」
「ワンワンワン」
白い雲みたいな子犬が、わたくしの足元でクルクルと走り回った。
「気に入ってもらえたようで、嬉しいです」
ノエル嬢は焼き菓子を口にして、ゆっくりとお茶を飲んだ。
自分の力を故意にひけらす様子もなく、自然体だ。
「素晴らしいわ。もと冒険者の実力ね」
「現役です」
この人は只の令嬢と違う。
極めて優れた冒険者で、類稀なる精霊使いなのだ。
わたくしは漸く、アルベール殿下が伴侶として選んだ方の実力を目の当たりにした。
これは多分、ノエル嬢を亡き者にせんと企む連中は、かなり必死なのだろう。
だってノエル嬢には、わたくしを気遣うほどの余裕がある。
ちょっとやそっとでは、殺されまい。




