意図せぬ添い寝:アルベール視点
事件が起きるであろうことは、薄々覚悟していた。
何かやらかすだろうとは、思っていた。
だがしかし、貴族籍を失うとは、どうしたことなのか!?
ノバック伯爵の屋敷が焼け落ちるとか、ノエル嬢の手紙を何度読んでも釈然としない。
現ノバック伯爵であるフレデリック卿とヴィクトワール夫人は、焼け落ちる屋敷の下敷きとなり、つまり帰らぬ人となった。
なんと痛ましい話なのか……。
初対面の挨拶を交わしたばかりで、義兄夫婦が焼死。
義理の兄姉と挨拶を済ませたばかりで、葬儀に参列させられるなんて……。
天涯孤独のノエル嬢にすれば、絶望してもおかしくない悲劇だろう。
運命は理不尽だ。
私にできるのは一刻でも早くノエル嬢のもとに駆け付け、この手で抱きしめ、慰めることだけ。
「急げ黒雷!」
生憎、王都ロワイヤルと我が領地であるウォルムス平原は、往来が少ない。
なので街道は充分に整備されず、満足な駅舎も設置されていない。
用意された替え馬はなく、愛馬の頑強さだけが頼りだ。
ウォルムス平原の如き貧しい領地を治める私には、黒雷のような良馬を部下たちに与える経済力がなかった。
よって黒雷の疾走に追いつけず、護衛や部下たちの姿は後方に消えてしまった。
よくないと理性では分かっていながら、気が急いてしまい黒雷を駆る。
この分であれば、明日には王都ロワイヤルに到着する。
「ようこそ御出で下さいました。殿下」
「ああっ」
「護衛の方々は……?」
「少しばかり馬を急がせ過ぎた」
「…………」
単騎でドラローシュ侯爵家のタウンハウスを訪れた私に、ティエリー卿は批難の眼差しを向けた。
前触れも出さない重大なマナー違反であることは、言われるまでもなく承知している。
「殿下が護衛を置き去りに……? いったい何のための護衛ですか!?」
「よろしい、説教は後ほど受けよう。だがそれは、『何がどうして、こうなったのか?』を詳しく聞かせて貰ってからだ」
「恋は盲目と申しますが、ご自身の立場を弁えてください」
「後で聞くと言っている」
「はぁー。致し方ございません」
その呆れ顔はやめてくれないか。
馬鹿にされているみたいで、無性にイラっとする。
応接間でティエリー卿の説明を聞き、オルタンス夫人が貴族籍を捨てた理由は理解した。
「ユストゥス教団か……。一領地の領主風情では、相手が悪すぎる。連中の教会を打ち壊しても、信者は消えん。むしろ領地から姿を消し、破壊活動は巧妙になるだろう」
「彼の邪教集団は甘い言葉と薬物を使い、徐々に人々の心を蝕みます。いつの間にやら寝床に忍び込む毒虫と同じ。しかも邪精霊を使役します。決して油断はできません」
「厄介だな。こうなるとリネール王国を脅かす勢力として、認めるしかないか」
「御意。充分な予算を確保し、邪教徒どもの撲滅に取り組むのが正解でしょう」
「邪教徒の侵入を許さない、徹底して洗浄された構成員による、専門の部署が必要になる。兄上に相談だ」
貧しい領地の立て直しに忙殺されて暫く目を離した隙に、もうキミは国家的難事の渦中にいる。
大いなる意思に見出されたキミの行く末には、何が待ち構えているのだろう。
恐ろしい邪竜との対決か……?
いや。
何があろうと、キミを手放しはしないさ。
それにしてもだ。
闇烏の能力には舌を巻く。
ノバック伯爵領は、既にユストゥス教団の支配下にあると考えてよいだろう。
ここは王家の影たちにも、奮起してもらいたい。
ティエリー卿と今後の対策についてはなしながら廊下を進み、ノエル嬢が滞在している部屋の前に到着した。
「ティエリーです。アルベール殿下をお連れしました。よろしいでしょうか?」
「どうぞ……」
ドアをノックしたティエリー卿に、聞き覚えのある侍女の声が応えた。
新年祝賀パーティーの帰り道、馬車の中で紳士にあるまじき行為を私に唆した、あの侍女に違いない。
「ああ、殿下……。ようこそ、いらっしゃいませ」
立ち上がって私を迎えたノエル嬢は、驚きに目を見開き、肩を小さく震わせた。
薄暮の瞳は涙で潤んでいた。
「大変な時に一緒に居てやれず、済まなかった」
「いいえ、そのようなこと……」
「義兄上一家の不幸、本当に残念であった。お悔やみを申し上げる」
「お心遣い、ありがとう存じます」
ノエル嬢はスカートを摘んで、膝を折り、頭を垂れた。
「喪服を着ているようだが、ノエル嬢はオルタンス夫人と共に貴族籍から外れたのだろう?」
「一時とは申しましても家族になりましたから、喪に服しております。もしかすると、貴族の礼法に外れる行為でしょうか?」
「いいや。身分など関係あるまい。縁が切れようと、喪に服するかどうかは個人の気持ちだ」
許嫁のレオミュール伯爵令嬢を亡くしてから黒衣の王子と呼ばれるようになった私が、ノエル嬢の喪服を咎めるはずもない。
もし許されるなら、その悲しみに寄り添い、ノエル嬢を慰めたいと願うだけだ。
「安心いたしました」
ノエル嬢が顔を上げ、薄っすらと笑みを浮かべて寄こした。
切なげで力ない笑みだ。
他人の心を読み取る私の特殊能力が、ノエル嬢の深い悲しみを伝えてきた。
胸中に押し込められた嘆きと失意、そして秋の宵を思わせるような、静かで寄る辺ない哀しみと不安。
愛する乙女にこんな顔をされて、何もせずに立っていることなどできない。
「ノエル嬢。私が、ここに居る」
「ヘッ……?」
「悲しいなら、辛いなら、いつでも私の胸を貸そう。あなたを守らせてくれ」
「ハァ?」
私はノエル嬢を胸に抱きしめた。
本当のところ。
やるせない気持ちに耐えられないのは、ノエル嬢なのだろうか、それとも私なのか?
ノエル嬢を腕に抱き、安心した途端。
限界が訪れた。
意識が解け、瑞々しい花の芳香に包まれる。
これは安らぎか……?
「ちょ、ちょ……!? 殿下、大丈夫ですか?」
あろうことか、私は守るべきノエル嬢を抱きしめたまま、ソファーに倒れ込んでいた。
守らせてくれと頼み込んだ舌の根も乾かぬ内から、何たる体たらくか。
情けない。
だが、この心安らぐ香りと、柔らかな感触。
今だけは、大目に見て欲しい。
◇◇
窓から差し込む朝日に照らされ、目を擦りながら身を起こすと、腹に心地よい重みを感じた。
「おぅ……!?」
白いサラサラヘアーの乙女が、私の身体に張り付いていた。
黒い喪服にはらりと落ちた白髪が、朝日を受けてキラキラと輝く。
「お目覚めですか殿下?」
ノエル嬢の侍女が私に気づき、口を開いた。
「ああ。済まない。これは、どういう状況なのだ?」
「昨日、殿下はお嬢さまを抱きしめたまま、ソファーで寝てしまわれました」
「そうか……」
何たる失策。
酒も飲んでいないのに、疲れすぎて意識が飛んでいる。
「わたくしなりに頑張って、お嬢さまを引き剝がそうとしたのですが、びくともしませんでした。そのうち、お嬢さまも観念なさり、『このままでいい』と申されました」
「ぐぅーっ。本当に申し訳ない」
ノエル嬢を一晩ほど腕に抱きながら、殆ど記憶がない。
瑞々しい花の香りと、柔らかな感触に眠りを誘われ、夢も見ずに熟睡してしまった。
無念だ。
「あっ。お嬢さまは、先ほど寝付かれたばかりなので、そっとしておいてあげて下さいませ」
「承知した」
「それと、お食事の前に身支度を……。失礼ですが、殿下は埃っぽくて汗臭いです。わたくしの大切なお嬢さまが、穢されてしまいました」
「……っ!」
颯香と言ったか。
何とも口の悪い侍女だ。
わたしは、そっとノエル嬢をソファーに横たえ、客室を後にした。
「黒雷を走らせている間、身だしなみに気を掛ける余裕などなかったからな。せめてノエル嬢と会う前に風呂を借り、身を清めておくべきだった」
颯香の提案が気になったので、シャツの胸元を摘み上げ、臭いを嗅いでみる。
ノエル嬢の爽やかで甘い香りに交じり、自分自身の体臭が鼻を衝いた。
「ウッ。これは……!?」
自分の臭いで目が痛い。
「スマナイ、ノエル嬢」
いつでも胸を貸すだと……?
穴があったら入りたいとは、正にこのことだ。
こんな臭い男の胸を借りたがる乙女が、どこに居ると言うのか。




