調停役の気苦労:ドラローシュ侯爵視点
「いや……。以前であろうとフレデリック卿は、義理の兄に過ぎないし。今となっては、戸籍上の繋がりも切れていますよね」
「うんうん。でしたら喪中の件は兎も角としまして……。わたくしと母上はノバック伯爵家から追放され、平民落ちしたのです。なので余計、王子さまとの婚約なんてあり得ないと思うのです」
そう言ってノエル嬢は、アルベール殿下から贈られた品々を颯香に運ばせた。
ノエル嬢がデビュタントで身に着けた、ユーディトさまの遺品だ。
アルベール殿下に突き返すつもりだろう。
もとが男だから、こうしたこともあり得ると予想はしていた。
しかし予想していたからと言って、はいそうですかと看過する訳にはいかない。
これはロイヤルな結婚話なのだ。
逃がすことはできん。
「闇烏の報告書には、追放されたのではなく厄介ごとから身を躱すために、ノバック伯爵家を捨てたと書かれていました」
「大した違いではございません。結果として身分は平民です」
「確かに……。アルベール殿下と結婚なさるのに、平民では拙い。新たな養子縁組が必要となるでしょう」
「やめてください!」
「いやいや……。何を言おうと耳を貸しませんよ。アルベール殿下が、婚約者に逃げられたとか……。我が派閥として、外聞が悪すぎます」
「えーっ、逃げたのではないし……」
「そんな喪服まで着て、逃げる気満々ですよね!? そうでしょ!」
「…………」
よく似合う黒の喪服を纏ったノエルは、私の追及に答えようともせず、ついっと視線を逸らした。
頼りなさげに伏せられた顔が、単にそう見えるだけであることは、もう承知している。
素で悲しそうな風情の顔立ちなのだ。
泣き真似くらい容易かろう。
「切なそうな芝居をしても騙されません」
「ちっ……」
小さく舌打ちする音が聞こえた。
平民が侯爵である私に向かって舌打ちをする。
どれだけ図太いのか。
華奢で弱々しい乙女だとか、とんでもない話だ。
「アナタは子供のころ兄たちに虐められ、恨んでいたはずですよね。調べさせたので、隠す必要などありませんよ。むしろフレデリック卿が居なくなって、清々したでしょ」
「酷い。わたくしを兄殺しみたいに言うなんて……。フレデリック義兄さまとヴィクトワール義姉さまは、不幸な事故で亡くなられたんです。シクシク」
「……くっ」
下手くそな小芝居を挟みよって……。
それにしてもだ。
いけ好かん兄たちを二人も返り討ちにした、手際の良さ。
長いこと、魔法研究者として精霊使いを数段下に見てきたのだが、全く以て侮れん。
これからは魔法だけでなく、精霊についても研究すべきだろう。
「何はともあれ、事情が変わってしまったことをアルベール殿下にお知らせしないといけません」
「…………」
「ノエル嬢も、アルベール殿下に手紙を差し上げてください」
「もう、お手紙はアルベール殿下の領地に送りました」
「ええっ!? どんな内容ですか?」
「この度、ノバック伯爵家の当主が火事で亡くなり、わたくしと母オルタンスは平民落ちしました。これまでアルベール殿下のご厚意に甘えながら心苦しい限りですが、ご縁がなかったものと考え、婚約につきましては辞退させて頂きたく存じます。追記:アルベール殿下にお譲り頂いた大切な品々は、ティエリー・ド・ドラローシュ侯爵さまに託します……。と」
「それは、いつ頃?」
「十日ほど前でしょうか……」
「………!?」
手遅れだ。
今頃、アルベール殿下は、全速力で馬を走らせているはず。
明日か明後日には、王都ロワイヤルに到着するだろう。
「今日は、我が家に泊まって頂けますよね」
「えぇーっ。わたくしは平民ですから、侯爵さまのお屋敷に泊まるなんて」
「何でしたら、ノエル嬢にはドラローシュ侯爵家の養女になってもらいます。それで問題はありませんよね」
「ほえっ!?」
最初から、ノエル嬢とアルベール殿下を結婚させるには、無理があると分かっていた。
だがしかし、事態は私の思惑を外れ、制御不能なまま勝手に転がり続け、もう後戻りできないところまで来てしまった。
「逆らうなら捕縛して監禁します。そこまでしても逃げるようなら、もう武力行使しかありませんね」
「そんなぁー」
「ドラローシュ侯爵家の威信を懸けて、戦争です」
今更、嫌も応もあるか。
私だって頭が痛くて、夜も満足に眠れないのだ。
「わたくしは、敵国じゃありません」
「喧しいわ!」
私はノエル嬢を怒鳴りつけた。
ノエル嬢もいい歳をした大人の男なら、取るべき道は一つしかないことが分かるだろ。
アルベール殿下を誘惑した責任を取りたまえ。
結婚だよ。結婚。
「せっせせ、戦争とか、あり得ないんですけど……」
「だから言ったじゃありませんか。ドラローシュ侯爵さまに、小細工なんて通じないと……」
そうだ颯香、言ってやれ。
「うぇー」
「ここは、おとなしく従ってください。ノエルさまが逆らったりすれば、わたくしの立場が危ういですよ」
「颯香……。見逃してくれないの……?」
「ウソ泣きをしても駄目です」
颯香はぐずるノエル嬢の手を引き、応接室から出て行った。
我が家の執事が、客室まで二人を案内するだろう。
養子縁組の書類が完成するまでは、軟禁だ。
「フゥー。まったく、王族の結婚を何だと思っているのやら?」
ノエル嬢には、とっとと男らしく諦めて貰いたいものだ。
こうなれば、妻のエレーヌにもノエル嬢の説得を手伝ってもらおう。
◇◇
「ノエル嬢はどこだ!? 何がどうして、こうなった?」
案の定、翌日の夕刻に到着したアルベール殿下は、挨拶もそこそこに、私を捕まえて怒鳴り散らした。
護衛の部下たちをどこかに置き去りにしたのか、前触れもなく唐突な訪問である。
急いでいたとは言え、マナー違反を叱りたい。
だが、ここはぐっと我慢だ。
「まあまあ、落ち着いてください殿下」
「これが落ち着いていられるか! 卿が付いていながら、何たる有様だ。ノバック伯爵家の不幸な事故については、ここに来る途中で耳に挟んだ。丁度、オルタンス夫人がノエル嬢たちを連れて、当主への挨拶に向かったところだと言うではないか。ノエル嬢は無事なのか!?」
「ノバック伯爵家が焼け落ちたのは、オルタンス夫人の一行が立ち去った後です。ノエル嬢に関しましては、ただいま当家でお預かりしております」
「そうか……。それを聞いて、少しだけ安心した」
どかりとソファーに腰を下ろしたアルベール殿下の姿は、疲れ切り、砂ぼこりで汚れていた。
ノエル嬢の手紙を読んでから、気が気ではなかったのだろう。
寝不足のせいか、目が充血している。
「どうやらオルタンス夫人とノバック伯爵家前当主であったローラン卿の間は冷めきっていたようで、葬儀の後にお二人は離縁されました」
「前伯爵は、婿養子だろう。どうしてオルタンス夫人が貴族籍から外れた」
「ここからは、ここだけの話になります。他言無用にて、お願いします」
私はアルベール殿下に釘を刺した。
「わかった。聞かせろ」
「ノバック伯爵領に、ユストゥス教団が入り込んでいます」
「なんと……。一大事ではないか!!」
アルベール殿下が驚き、ソファーの背もたれから身体を起こした。
「前当主であるローランが隠居生活を送る屋敷にも、教団関係者がどうどうと出入りしている様子です。おそらく次代のノバック伯爵は、邪竜を崇める信者になるでしょう。ナバロ神聖皇国から逃げ出した難民も、こっそりと領地に受け入れています」
「我がリネール王国の乗っ取りだな」
「オルタンス夫人は、巻き込まれることを嫌ったのでしょう」
「ウーム。貴族の義務は、どこへ行った?」
それは口にしても詮無いこと。
オルタンス夫人には、未来の動向が読めるのだ。
ノバック伯爵領に残り、ローランの親族と対立しても、良い結果は得られないのだろう。
「そんなものは、パルマンティエ王家から爵位を賜った貴族に問うべきことでしょう」
「オルタンス夫人に貴族の義務はないと……?」
ここで怒りを向けるべき相手は、愚劣にもリネール王国を裏切り、ユストゥス教団と手を組んだローランの親族たちだ。
オルタンス夫人ではない。
「私は、責任を追及すべきではないと考えます」
「フムッ!」
故フレデリック伯爵が、母親であるオルタンス夫人やノエルたちに、ユストゥス教団から入手した毒を使った件は黙っておこう。
怒りで理性を失ったアルベール殿下の相手は面倒だ。
「あの方はパルマンティエ王家に頼まれて、ノバック伯爵領に腰掛けていただけです。ご自分で稼いでいるし、リネール王国への納税義務も欠かしたことがありません。高圧的に命令すれば、他国へ移住してしまうでしょう」
「厄介な!」
アルベール殿下が顔を顰めた。
オルタンス夫人がリネール王国を立ち去れば、ノエル嬢もついていくものと考えているのだろう。
惚れた男の弱みである。
「少しばかり、自由すぎやしないか?」
「それが【予見者】と言うものです」
「それが【予見者】かぁー。卿も学んだのだな」
「はい。可能な範囲で、過去の資料や文献にあたりました」
だが悔しいことに、どこを探しても【予見者】の倒し方は発見できなかった。
私の推論スキルは、早々に答えを弾きだした。
【予見者】には関わるな。
もし【予見者】との関りを避けられないなら、敵に回すな。
実に残念な結果と言えよう。
無念である。
それでも私は、自分のスキルを信じ、その警告に従って生きようと思う。
「ノエル嬢にお会いしますか?」
「当然だ。部屋まで案内してくれ」
アルベール殿下は疲れた体に鞭を打ち、ソファーから立ち上がった。
膝が笑っている。
どれだけ無茶をして馬を走らせたのやら。




