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薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


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平民落ち:ノエル視点



 全身を綺麗に洗い、ぼさぼさの髪を優しく丁寧に櫛削って整え、スモックを着せてベレー帽を被せたサンドリーヌは、小さな画伯になった。

 幼児サイズの画板と大量の画用紙が入ったカバンも、プレゼントだ。


 宿泊中の宿屋や馬車に落書きをしてはいけないと、ダメもとで注意しておく。


「これ……?」

「うん。クレパスですね。それで絵を描くんですよ」

「これ……?」

「絵具と絵筆です。使い方が分かるかな?」


 サンドリーヌは、フルフルと首を横に振った。


「あとで教えてあげます。道具を使わないで、スキルで絵を描くと、おっかない人に狙われてしまうかも知れないから、なるべく隠しておいた方が良いんです」

「フーム?」


 食糧倉庫に閉じ込められていただけあり、微妙ながらコミュニケーションに難ありだ。


 しかし、そんな欠点も母上には意味をなさなかった。

 大嫌いな息子夫婦の子でも、なにも問題なさそうに見える。


 サンドリーヌの方も、愛情と保護に飢えていたようで、母上から離れようとしない。

 クレアと颯香(ふうか)は、その様子を微笑ましく思っているようだ。

 これって大団円じゃないか?


「かっ、カワイイ!」


 もう母上は、サンドリーヌを膝に抱き、手放さない勢いだ。

 ようやっとオレも、母上の視界から罪悪感を持たずに消え失せることが(フェードアウト)できる。


 素晴らしい。


 母上、オメデトウございます。

 血の繋がった女の子をゲットだね。


 オレは、どのような姿になろうと、やっぱり男だからな。

 母上の期待に応えるのは、やっぱり本物の女の子でなければね。


 正直に白状するなら、付き合わされるオレが辛すぎるんだよ。

 だって、理不尽が過ぎるだろ。


 こうした訳で、オレはサンドリーヌが新しい家族として迎え入れられることに、大賛成なのだが。


「母上……。親父殿は、どうするつもりですか?」

「あの人は、好きにすればいいと思うの……」


 斬り捨て(パージ)かよ。

 ノバック伯爵家は、もう要らないってことか?

 母上は豪商たちから引く手あまただし、貴族の爵位なんてどうでもいいんだよな。


 そこでオレは、ハタと思い至った。


「でしたら、わたくしの婚約話も白紙ですね」

「それは、わたしが関与するところではないわ」

「えっ……!?」

予見者(わたし)の小細工で、大いなる意思の導きを変更できるはずがないでしょ」

「エェーッ!!」


 母上の説明によると、予見者の異能力ではオレのやらかしを見通せないらしい。

 どうやら『死返し(ペイバック)』の異能力には因果律の操作が関与しているので、時の精霊もお手上げと言うことだ。


 ラクロットに刺されてペイバックの封印を解除したことにより、オレの行動は母上の先見から消えた。

 それでも何らかの未来が見えたのは、それが大いなる意思の望むところだったからで。

 アルベール王子との結婚は、避けがたい確実な未来だと言う。


「それが確定的であれば、問題なく見えるのよ。だからアナタが苦しまないで済むように、知恵を授けることならできるわ。勿論、大いなる意思に逆らわない限りでよ」

「そんなぁー。それじゃ意味がないです」


 詰まりオレは、母上から逃れても大いなる意思から逃れられないって話。


 クソッタレが。

 まったく、ヤレヤレである。


「今回の件は、先見したんですか?」

「いいえ。時の精霊は、何も見せてくれなかったわ」

「そうなんだ」


 オレは愕然とした。

 ノバック伯爵家の屋敷が燃え落ち、当主夫婦も死亡した。

 こんな大惨事を先見していないなんて……。

 ちょっとポンコツ過ぎやしないか?


「わたしだって、フレデリックの自滅には吃驚よ。あの子が毒を使うなんて、少しも想像していなかったわ。まあ、アナタに呪物(ヌイグルミ)を貰ったとき、『レイモンが死ぬかなー』とは思ったけど」

「レイモン兄上は、母上が大好きだったんですよね。でしたら、母上を殺害するなんてあり得ません」

「あの子は、どうしようもなく不快だったから、わたしの願望です。愛執の果てに馬鹿をして、死んでくれないかしら……。と言う」

「…………」


 母上の本音が、怖い。

 オレの心に陰湿な怨念が粘ついて、悪夢に見そうだ。

 オレは根が小心者なんだよ。


「では、フレデリック兄上とユストゥス教団の結びつきについて、気づいていましたか?」

「何それ……?」

「ユストゥス教団がノバック伯爵領に入り込んでいるのです。多分おそらく、あの毒物はフレデリック兄上がユストゥス教団に用意させたものでしょう」

「エェーッ!! それって、もしかして……。パルマンティエ王家にばれたら、拙いヤツ……」

「もしかしなくても、そうです」


 いやもう、母上にはがっかりだ。

 賢さを売りにしてるクセに、足元がお留守じゃないか。


 ノバック伯爵家の切り捨ては、ユストゥス教団との密着を考慮してのことかと思ってた。

 それが単なる自分の好き嫌いでしかないとは……。

 ホント、ちゃんとしてよね。


「ローランとは離婚し、ノバック伯爵家と正式に縁を切ります。わたしが育てた領地だけど、爵位共々、手切れ金としてローランにくれてやる」

「そんな乱暴なこと、できるんですか?」

「できるかではなく、やるのよ。強力なコマを揃えて、法的な手続きに訴えましょう。ノバック伯爵家を捨てたなら平民になるけれど、アナタたちはどうしたい?」

「わたくしは構いません。既に一度は捨てた家名です」

「わたしも」


 オレとクレアは即答した。

 颯香(ふうか)だけが、少し不服そうだ。

 オレが平民の娘になってしまえば、お人形さんの格が下がるからな。


「まあ、仕方ありませんね。ユストゥス教団との繋がりを暴かれ、断罪されるよりマシです」


 それでも損得計算はできるようで、渋々ながら頭を縦に振った。


 貴族の地位を失うのは痛いが、ユストゥス教団との関与は看過できぬ穢れだ。

 それにオレには、パルマンティエ王家専属冒険者の証明書がある。

 平民落ちしたところで、以前ほど行動の制約は受けない。


 母上は王都ロワイヤルに戻るなり、急いでオルドニェス精霊教会の高位神官と法律の専門家を雇った。

 金惜しみをする気はないようだ。


 フムッ。

 母上の本気度が(うかが)える。

 女性は男性より、本能的に穢れを嫌うからな。




◇◇




 当主一家の死亡により、親父殿が一族を挙げての葬儀を執り行うので、母上はゆっくりとすることもできずに、ノバック伯爵領へとんぼ返りだ。

 フレデリック兄上一家の死因は、事故死として処理された。

 火の不始末による焼死だ。


 使用人も、その殆どが火に巻かれて死亡している。

 本当に恐ろしい事故だ。

 痛ましい。


 まあ、フレデリック兄上の契約精霊が、主人の突然死に驚いて錯乱した! とは言えないよな。

 一番身分の低い下僕にまで鼻で笑われてきたオレが、同情する(いわ)れなどない。

 ざまぁ見さらせ! と思う


 本来であれば、ノバック伯爵家に養女として迎えられたオレとクレアも、喪服を着て参列すべきなのだが……。

 母上は葬儀が終わったら間を置かず離婚するつもりなので、いちいち顔を出すのも角が立つ。

 だからオレとクレアは、サンディ(サンドリーヌ)を連れて王都見物に繰り出した。


 母上が、もの凄く悔しそうな顔をしていた。


 その後、神官さまと法律事務所が立会人となり、母上は正式に親父殿との離婚を成立させた。

 ノバック伯爵家の全てを譲ることになったが、母上の個人資産は守られた。

 書類上、サンドリーヌは両親と共に焼死。

 晴れて自由の身だ。


 言い方は悪いが、ノバック伯爵領とサンドリーヌをトレードした形か。


 うん。

 オレでもノバック伯爵領より、サンドリーヌを選ぶ。


 新しい領主には、取り敢えず親父殿の弟が選ばれるようだ。

 レイモン兄貴が借金を返し切るまでの、間に合わせだとか言う話だけれど……。

 レイモン兄貴は、ボナール子爵家に婿入りしている。

 既にイヴォンヌ夫人のペットだ。


 イヴォンヌ夫人からレイモン兄貴を取り上げるのは、無理筋だと思うね。

 まあ、もうオレたちには関係ないことだけど。


 さて、引っ越しだ。

 ノバック伯爵家のタウンハウスは、親父殿の一族に接収される。

 もう、オレたちに住む権利はないのだ。


 豪商と昵懇(じっこん)の間柄である母上は、こうした場面で強い。

 家屋敷はすぐさま用意され、オレたちは閑静な貴族区画から、資産家たちが済む区画へと移動した。

 勿論、モーリスが工房を構え、闇烏(ヤミガラス)たちに立派な宿舎を与えても、まだ敷地面積に余裕のある大きな屋敷だった。


 たった数日で条件に合う屋敷を用意してくれたのは、母上と古くから付き合いのある海運会社だった。

 その対価は、向こう十年間に(わた)る運航スケジュールと航路への助言だ。

 まったく予見者ってものは、汗水たらす苦労を知らん。


 で、オレはと言うと。

 真っ黒な喪服を着ている。

 実の兄を亡くしたのだから、喪服を着る権利はあると思うのだ。


 これはつまり、アルベール殿下を牽制するための策だ。

 喪中なので、婚約とかあり得ませんと……。






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