親殺し:フレデリック視点
「アンタ、話が違うじゃないの……! どうするのよ!?」
「喧しい。黙れ! 今、考えているところだ」
普段は従順でおとなしいヴィクトワールが荒れている。
原因は明らかだ。
捻じ伏せるはずの義妹に圧倒され、俺が尻尾を巻いたからだ。
他者を従える男は、常に勝者であらねばならない。
さもなくば、逆らう者が現れるからだ。
これは俺の失策だろう。
あの忌々しい義妹を嘗めて掛かったツケだ。
ノエルと言う名を聞いた瞬間から、あの役立たずな弟の怯えた態度を思い出し、高を括っていた。
どうせ精霊使いを名乗るだけの、へっぽこだろうと……。
しかも相手は小娘だ。
それに……。
母上が勝手に引き取った、ノエルと言う養女。
実際に会ってみれば、想像以上に覇気を感じさせない儚げで臆病そうな娘だった。
むしろ花街で名を成しそうな外見に、『こんな娘を愛人として飼えたら、嘸かし楽しかろう』と、淫らな妄想を刺激された。
だから高圧的に、呑んで掛かることにした。
強火で炙り、軽く捻じ伏せて、恐怖で隷属させようと目論んだ。
それが、この有様だ。
あの娘は格が違った。
従える精霊は、精強な軍団だ。
どこで集めたのか知らんが、どれも災害級の怪物に思えた。
退けば臆病者と陰口を叩かれるが、戦えば敗者となり、ノバック伯爵家当主の座を危うくしかねない。
手合わせ中の不幸な事故を装い、殺される惧れさえあった。
俺には、戦わずに勝つ手段が必要なのだ。
「やむを得ん」
「どうするのさ?」
「あの教団から購入した毒を使おう」
隠居した親父が、ノバック伯爵領の運営に口出しをする。
目ざわりなので排除しようと用意した毒薬だが、母上に使おう。
母上の個人資産は諦めるしかなくなるが、ユストゥス教団に口利きをしてやれば、莫大な見返りを期待できる。
「父上を殺すのも、母上を殺すのも、変わらんな」
母上が素直に領地の運営資金を援助してくれたなら、こんな真似をしなくても良かった。
悪いのは身近に用心棒を配置すべく、ノエルを養女に迎えた母上だ。
俺に対する敵対行為は看過できん。
俺は傷つき失望した。
対価は命で支払ってもらおう。
「お義母さまがノバック伯爵夫人を名乗っていることに、苦情を申し立て、賠償金を要求するはずではなかったの……? 毒って、どうするつもりよ!?」
俺の弱気に付け込んで、ヴィクトワールが居丈高だ。
その尖った口調が、なおさら俺を苛立たせる。
「ちっ……! 母上たちは、明日の朝に出立すると言っていた。急いで用意しなければならん」
「用意?」
「母上が好きだった店に、ランチボックスを注文する」
「毒殺するのは、あの白髪娘じゃないの……?」
「オマエは馬鹿か? 母上に受け取らせなければ、意味がなかろう」
俺は執事のヨナスを呼びつけた。
「グランメゾン・ピエールでございますか……? もう営業時間は終わっておりますが」
「なんとかしろ! 代金には色を付ける。逆らうなら脅せ」
「畏まりました」
どいつもこいつも使えんヤツばかりだ。
嫁のヴィクトワールも、気色の悪い娘を生んだだけで、その後は子を宿す気配すらない。
無意味な贅沢ばかりしたがり、俺に向けるべき敬意が足りん。
俺が愛したのは、こんな女だっただろうか……?
「役立たずどもが……」
ノバック伯爵家を食い荒らす、寄生虫どもめ……。
どいつもこいつも殺してやりたい。
「ご主人さま、奥さま。大変です」
娯楽室で酒を飲みながら、執事ヨナスの報告を待っていると、警備隊長のロイクが報告に来た。
「ドレスルームを荒らされたと言うが、犯人は母上の同行者か?」
「それが、オルタンスさまが使用された客室は、屋敷のどん詰まりにありまして……」
「うむっ」
「袋小路になった廊下の手前に、警備の者が立哨しております。その兵が申しますには、誰も廊下を通らなかったと……」
「なるほど……」
ドレスルームの扉を開くと、隠しようもない異臭が鼻を突いた。
「なに、この臭い……。鼻が曲がりそうだわ」
「馬糞だな」
「ああっ、酷い。あたしのドレスが……。イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!!」
ヴィクトワールが絶叫し、泣き崩れた。
「当番の者が、施錠を忘れたのか?」
「いいえ。異臭に気づいた見回りの報告を受け、侍女長の立会いのもと、私がカギを外しました」
「なにか証拠となるものは……?」
「何もありませんでした」
やられた。
あのノエルとか言う精霊使い。
虫も殺さぬような顔をして、とんでもないケンカ屋だ。
明白な悪意を突きつけられて、俺の自尊心が踏みにじられた。
「くっ、嘗めやがって……!」
しかし、目撃者も居なければ、物証もない。
これでは罪を追求することもできん。
もし仮に、やったやらぬの水掛け論を続けたなら、その先には決闘が待っている。
そんな挑発に乗れば悲惨な結末を招くのは、火を見るより明らかだろう。
こうした理不尽な嫌がらせは、強者による型はめなのだ。
何をされても逆らえない。
そんな既成事実を積み上げて、弱者を隷属化するための手法だ。
「ぶち殺してやる」
俺は愛用のステッキをへし折り、床に投げつけた。
まあいい。
あの娘が得意になっていられるのは、今宵だけ。
明日になれば貴族が用いる伝統的な搦手を味わい、臍を噛むことになるのだ。
ノエルよ。
毒入りランチを喰って、死にさらせ!




