姪っ子:ノエル視点
良い思い出などない故郷とは言うものの、多感な時期を過ごした場所でもある。
当時と変わらぬ屋敷内を歩けば、それ相応の懐かしさを感じた。
と同時に、どす黒い破壊衝動が沸き起こる。
威圧感ばかりを感じさせる、冷たくていけ好かない空間だ。
オレが出奔してから変わった点と言えば、壁に飾られた大仰な武器のコレクションか。
フレデリック兄貴は、武器を集めるのが趣味のようだ。
集めて飾ると言う点では、ブタの写真をベタベタ張りまくるカルロスと変わらんのだが、武器は値が張る。
「これはぁー。量が半端ないな。模造品にしても、金が掛かりそうだ」
「その古い魔剣は、偽物よ。お買い得だと商人に騙されて、二百万クローザを支払ったはず。当人は値打ち物だと信じているけどね」
「あらら……。伝説の魔剣ディムロスが二百万クローザですか……? それはお買い得ですね」
「本物ならね」
母上は素っ気ない。
もう兄上の更生を諦めているのだろう。
そんな齢ではないしな。
「悲しいなぁ……。偽物ばかりで」
「うわぁー。どれもこれも、二束三文の屑鉄ばかりですね」
「領主がアホだと、税を払った領民が泣きます」
「うん」
クレアと颯香の突っ込みが容赦ない。
家族の恥を見られてしまったオレとしても、返事のしようがなかった。
只、客間に移動するだけで、ノバック伯爵家の資産がどこに消えたのかは分かった。
ノバック伯爵家では、手に入る金より使う金が多いってこと。
ヴィクトワールの装飾品やドレスに、フレデリック兄貴のコレクション。
どれも品のないパチモンだけど、成り上がりものを狙って巧妙に作られた模倣品だ。
要は詐欺である。
詐欺師にかっぱがれている。
「あの子は見栄っ張りで知ったかぶるから、悪い商人に狙われるのよ」
「ああー。でも見栄っ張りなのに、兄上が王都ロワイヤルに来ないのは何故……?」
「フレデリックは、貴族の仕来りが面倒なのよ。ちゃんとしたマナーを身に着けるのがね」
「はぁー」
「それと、自分が一番でなければ嫌なの……。だから騎士団に居ても、面白くなかったみたいだわ」
「うんうん……。分かった気がする」
威張りくさって命令したいけれど、努力はしない。
厳しい現実と向き合うより、自分の妄想を大事にしたいタイプだな。
オレが知るフレデリック兄貴は、もう少しまともだった。
口煩い親父殿が引退して、本性を隠さなくなったってところか……。
であるなら、こちらにとっても好都合だ。
もう、オレたちに絡んでくることはないだろう。
弱そうな小娘相手に、芋を引いたのだ。
もう二度と関わりたくないはず。
オレもフレデリック兄貴には、妄想を大事にしてもらいたい。
オレたちや世間に迷惑をかけるような努力は、してもらいたくない。
「ご当主さまは、野盗退治だけしていればいいのです」
「ほんと、それ……」
母上がウンウンと頷いた。
旅の汚れを落として晩餐会に臨んだものの、少しも会話が弾まなかった。
フレデリック兄貴と嫁のヴィクトワールが、オレを警戒しているのだ。
ホストとして客を楽しませる会話術ぐらい、学んでおいて欲しい。
領主失格だな。
ときおりオレに向けられる、ヴィクトワールの目つきが露骨すぎて怖い。
ヴィクトワールは、母上がノバック伯爵夫人を名乗っていることに不満があると聞いた。
まあ、それはそうでしょう。
現ノバック伯爵夫人は、間違いなくヴィクトワールだからな。
母上は仕事上の屋号みたいなノリで、周囲からノバック伯爵夫人と呼ばれていた。
貴族夫人らしく、『淑女が仕事をするのは恥だ!』と考えるヴィクトワールには、想像もつかない理由だった。
商売関係者の間で定着した屋号は、そう簡単に変更されない。
それが気に食わないヴィクトワールは、母上を呼び付けたら食いついてやろうと牙を磨いていたのだろう。
それなのに、それなのに……。
どこの馬の骨とも分からぬオレのせいで、フレデリック兄貴に楽しみを取り上げられた。
なので、『死ね! このメス猫がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!』と、胸の内で猛り狂っている。
多分、そんなところではなかろうか……。
ご愁傷さまです。
しょうもないので。
さっさと食べ終えて、『おやすみなさい』を言う。
「資金援助の話。とうとう出ませんでしたね」
「わたしが守られていると、分かったからでしょう。ノエルが傍に居たら、イフリートの精霊力で脅すこともできません!」
「まあ、わたくしの精霊軍団は無敵ですし」
鍛えておいてよかった、精霊軍団。
フレデリック兄貴のしょっぱい顔を堪能できて、オレは気分が良い。
客間に戻ったオレたちは、晩餐会の口直しだ。
シャドーウルフの異空間に隠し持っていたお菓子や軽食をテーブルに並べると、颯香がお茶の用意をした。
仲間内での茶会は無礼講。
それがオルタンス夫人の流儀だ。
貴族からしたら文化の破壊者に見えるだろうが、知ったことではない。
ウチでは颯香やモーリスも、主人と同じテーブルに着く。
逆にオレとクレアも、虎落笛たちの食卓を襲撃する。
「うーん。食べたぁー」
「お腹が一杯になったら、眠くなってきました」
「うんうん。今日も疲れたからねー」
「夜更かしせずに寝ましょう」
母上や、クレアと颯香は、寛いで満足したようだ。
朝になれば、馬車に乗って出発だ。
「明日もありますからねー」
「それでは、お開きにしましょうか」
オレたちは、居心地の悪いノバック伯爵家に、長逗留するつもりなどない。
この旅の目的は、現ノバック伯爵家当主であるフレデリック兄貴と隠居した親父殿に挨拶をすることだ。
フレデリック兄貴も、自分が口実として掲げた目的を出立の理由にされたら、黙って行かせるしかあるまい。
「みんな、もう寝るんだね」
「ノエルさんは、寝ないんですか?」
「ちょっとね」
母上とクレアは、颯香の手を借りて夜着に着替えた。
だがオレには、就寝前の予定があった。
だって、オレはまだ、姪っ子のサンドリーヌちゃんに会っていない。
おばさんは、姪っ子ちゃんに会いたい。
と言う訳で、探索の時間だ。
「わたしも行きたいな」
「あたしも、お供したいです」
「駄目です。ついてこないでください。秘密のミッションですから」
オレはクレアと颯香に待機命令を出し、インヴィジブルアラクネーの隠密を使用した。
夜間活動に関しては、母上から許可を取ってある。
『存分にやれ!』と……。
◇◇
音を立てずに客室の扉を閉め、廊下の暗闇に同化する。
インヴィジブルアラクネーの隠密スキルは知覚を歪めるので、実のところ音を気にする必要などない。
それでもオレは、乱暴に振舞えなかった。
根がビビりなのだ。
「ゴザル……」
「ここに……。下調べは済ませてござる」
隠形術を使用したまま、虎落笛が天井付近から応えた。
「オレの姪っ子は……?」
「可哀想に、地下の食料保存庫でござる」
「……ッ! 大丈夫なのか……?」
「まあ、暫くは……。とはいえ、なるはやで助けるべきでござろう。長く日の光を浴びずにおれば、病気になり申す」
よい状況ではない。
詳細は分からないけれど、あの夫婦。
自分の娘を地下倉庫に監禁しているようだ。
「許せんな」
「どうやら娘御は、オルタンス夫人と同質の異能力を所持してござる」
「ん? だったら監禁などせず、自分たちの都合で役立てるんじゃないか?」
「くっ……。それが、そうも行かぬでござるよ」
「なんで……?」
「百聞は一見に如かずと申す故、先ずは見てくだされ」
食料保存庫のカギを外すと、虎落笛が何を言いたかったのか分かった。
魔法の灯りが舞う食料保存庫で、目をぎょろりとさせた幼女が床に蹲っていた。
一心不乱に絵を描いている。
「スキルでござる」
「…………」
手には何も所持していない。
それなのに鮮やかな色合いの線が、床に描かれていく。
「初めまして、サンドリーヌちゃん。わたくしは、アナタの叔母さんです。ノエル叔母さんと呼んでください」
「………」
サンドリーヌはビクッとしてオレを見たが、何も言わなかった。
「何を描いているのかな?」
「パパとママ……」
「うーん」
「パパとママが死ぬところ」
食料保存庫の床と壁は、凄惨な絵で埋まっていた。
どうやら、どれもこれもフレデリック兄貴夫婦が死ぬ場面だ。
「あの二人は、ゴウヨクでフセイジツでゴウマンだから、バチが当たって死ぬの」
「そうなんだ……。いま、描いている絵は?」
「あの二人が、焼けているところ。火事になって死ぬ」
「フーン」
ヤバい。
なんか分からんけど、非常に拙い。
子供が虐げられている場面は、胸に突き刺さって痛い。
「この屋敷が、火事になるのね」
「うん……」
やせ細った小さな画伯は、母親譲りの赤毛を振り乱し、創作活動に戻ってしまった。
「監禁されている理由が、分かり申したか?」
「母上の素直でカワイイが、ちっとも理解できん」
「そんなことは、このさい関係なかろうモン」
虎落笛の言う通りだ。
そもそも妹思いの虎落笛には、この状況が我慢ならないようだ。
小さな頃の颯香をサンドリーヌに重ねているのかも知れない。
だが落ち着いて欲しい。
「困ったぞ。助けたいけれど、連れ去るわけにもいかない」
「やはり、攫うのは拙いでござるか?」
「言ってしまえば、他人の家庭だからなぁー。オレには干渉する権利がない」
それでも放置はできなかった。
火事が起きると言っているのだから、ここは水禍の出番だろう。
「水禍……。この子を守って欲しい」
〈承知!〉
水害を起こし、人々に祀られていた精霊だけあり、水禍は色々と飲み込みが早い。
風花や玄仙坊と比べるなら、それだけ人の事情に詳しいのだ。
「サンドリーヌちゃん。ノエル叔母さんが迎えに来るから、待っていてね」
「うん……」
素直でカワイイな、おい。
そっと食糧倉庫のカギを戻し、歯ぎしりしながら引き上げる。
この悔しさと怒りを如何にせん。
「腹いせだ」
「復讐でござるな」
「フレデリック兄貴とヴィクトワールの衣装を台無しにしてやる」
「合点承知!」
オレは旅の間ずっと、馬車馬のお尻から落ちるアレを集めていた。
勿論、フレデリック兄貴のポケットに、こっそりと仕込んでおくためだ。
オレと虎落笛は衣装部屋に忍び込み、高級なスーツやドレスにアレを塗りたくった。
「むっ!?」
「どうしたでござるか……?」
「わたくし、アクセサリーの棚で、やっべーもんを見つけてしまいました」
それは飾り紐が付いたメダリオンだった。
問題は、小振りなメダルに象嵌された文様である。
「うはぁー。これは……。ユストゥス教団の邪竜でござるな」
「セリーヌ姫の事件がありましたからね。ウチから、こんなもんが発見されたら、只では済みませんよ」
ユストゥス教団の信徒たちが肌身離さず所持している、信仰の証だ。
オレは厄物のメダリオンを闇狼の収納に投げ入れた。
フレデリック兄貴の巻き添えで斬首とか、絶対にお断りしたい。
申し訳ないが、証拠隠滅させてもらう。




