脳筋は精霊パワーで捻じ伏せろ!:ノエル視点
ノバック伯爵領はリネール王国の辺境に位置するので、領地の人口密度が低い。
治める領地に対して、領民の数が少ないのだ。
主な産業は牧畜である。
だからと言う訳でもないが、ノバック伯爵家の敷地は広い。
無駄に庭が広い。
馬車で敷地内の道を進むと、デカイ屋敷が見えてくる。
その手前には、忌々しいブロンズ像が飾られている。
親父殿が聖なる泉の中央に造らせた、武神オージェさまの立像だ。
立像の顔は、若かりし頃の親父殿をモデルにしたらしい。
そっくりと言うほどではないが、面影がある。
かなり美化されているのは、彫刻家のおべっかだろう。
聖なる泉にも、武神オージェさまにも、失礼極まりないと思う。
親父殿は何かとオレに当たり散らし、罵詈雑言としか思えない説教を聞かせた後で、ブロンズ像を磨くように命じた。
そんな日は、夕飯も抜きだった。
このブロンズ像。
オレにとっては嫌な思い出であり、せっかく生家に戻ったのだから、このさい過去との決別をしておきたい。
「やっぱり許せんよな」
親父殿の像は、ぶち壊す。
「母上……」
「どうしたのノエル?」
「あの像。へし折っていい?」
「そうね……」
母上はニコリと笑って頷いた。
「よく来た。キミらが、ノエルとクレアか……?」
屋敷に到着すると、フレデリック兄貴が玄関先に立ち、箱馬車から降りたオレたちを迎えた。
「初めましてご当主さま。ノエルと申します。よろしくお願いいたします」
「クレアと申します。どうか、よしなに」
オレとクレアは微笑みながら、カーテシーをした。
フレデリック兄貴の横で、嫁のヴィクトワールがオレたちに嫌悪の視線を向けていた。
氏素性も定かでないオレとクレアをノバック伯爵家に迎え入れるのは、屈辱だと決めつけているのだろう。
頭の弱い貴族によく見られる、軽率な態度だ。
ご当主夫妻の背後には、随分とくたびれた様子の執事ヨナスを筆頭に、見覚えのある使用人たちが並んでいる。
オレがノバック伯爵家で暮らしていた頃から仕えている、いけ好かない連中だ。
要するに親父殿の顔色を窺って、オレを虐げた使用人たちである。
どいつもこいつも、インヴィジブルアラクネーの糸でグルグル巻きにして、屋根からぶら下げてやりたくなる。
こいつらは、人生から何も学んでいない。
親父殿が引退したら、次はヴィクトワールの顔色を窺い、オレとクレアに蔑むような視線を注ぐ。
差別が悪いとは言わん。
オレだって、ラクロットを差別している。
それはラクロットのようになりたくないと言う、信念から生じた差別だ。
結局のところ、差別は自分の身に戻る。
だから差別をするのなら、向上心に繋がるような対象を選ぶべきなのだ。
例えば、怠け者とか、他人を不快にする行儀の悪いヤツとか、金に汚くてだらしないヤツとか、信頼関係を踏みにじる裏切り者とか……。
そして、自分が差別したものと同じ真似は、決してしないことが大事だと思う。
詰まらない作業でも、仕事の手抜きはしない。気に食わない集まりでも、参加すると決めたなら相手を軽視しない。公的な資金を扱うときに、自分の小遣いと履き違えない。信頼関係は互いに築き上げたものだから、自分勝手な都合で放り出さない。
とっさに思いつく例としては、こんなところだろう。
もし身分差別をしたいなら、オレとクレアがノバック家の戸籍に書き入れられる前でないと拙いのだ。
だって家に引き取られた養女を差別するとか、伯爵家の嫁として格好が付かんだろ。
他家に知れたら、家名が泣くって話だ。
自分が貴族であることを下層民差別の口実とするなら、ノバック伯爵家の名を傷つけてはならない。
露骨な差別的態度でオレやクレアに接するなんて、以ての外である。
要するに、貴族らしい深謀遠慮がないのだ。
まあ、どうでもいい。
使用人たちに関しても同様だ。
もし立派な貴族に仕えたいなら、まず主人の間違った行動を諫めるべきなのだ。
主人と一緒になって、家名を汚すような真似をしていたのでは、そもそも身分差別をする資格がない。
ヴィクトワールはフレデリック兄貴が選んだ嫁である。
フレデリック兄貴共々、オレの差別対象だ。
どうせ親しく付き合う気などない。
「フッ……。お似合いの夫婦じゃないか」
人間関係は敵味方に分けて、ほぉーらスッキリ。
「あのねノエル。フレデリックには、素直で可愛らしい娘が居るの……。ビックリでしょ!」
「…………えっ!?」
「アナタたちの姪っ子になるわ。義理の姪ね。サンドリーヌちゃんよ」
「そいつは困った」
どうやらオレが望むほど単純に割り切れないのが、世間と言うものらしい。
いけ好かん両親と一緒に、サンドリーヌちゃんを差別枠へ放り込んでよいものか……?
「グヌヌヌヌッ……」
どうにも、スッキリしない。
本当に悩ましい。
「確か、クレアくんは治癒師だったな?」
「はい」
フレデリック兄貴の問いかけに、クレアが小さく頷いた。
いつもと違って表情が硬く、打ち解けない様子だ。
勘が鋭いクレアのこと。
きっと、フレデリック兄貴の粗暴さに気づき、警戒しているのだろう。
「それではノエル君が精霊使いだね」
「はい……。ですが精霊使いと名乗るも烏滸がましい、単なる駆け出しにすぎません。仕える師もございませんでしたから、見よう見まねの我流と思って頂ければ宜しいかと」
「なるほどな。手の内は明かしたくないと……。だが、それでは困るのだよ。ノバック家の一員となったからには、当主に秘密はなしだ」
「はい?」
「キミの力量を知るために、手合わせをしてみたい」
フレデリック兄貴は、オレを嘗め切っていた。
遊民の冒険者風情に、精霊と契約できる術者など居ない。
おそらくは、そう考えているはず。
まあ、精霊と契約すれば霊力が強化されるし、主人と精霊の間に精神的なパスが通じることで、得られる利点も大きい。
フレデリック兄貴が間違っているとは言わない。
だけど、精霊との親和性が高いのは、契約より融合なのだ。
自分の事だから余り認めたくないけれど、多分オレと母上は半分ほど人間を止めている。
幾つになっても老けないとか、殺されても生き返るとか……。
そうなればもう、普通の人間とは言えないだろう。
「手合わせは危険です」
「もちろん、怪我をさせないように手加減はするさ。心配ない」
いや、そうではない。
そう言うことではないんだよ、兄貴。
過去の色々を思い出すと、ついうっかり兄貴を殺してしまいそうになるんで、辞退したいだけさ。
やり始めたら頭に血が上って、止まらんような気がする。
「わたくしは探索者でした。わたくしが迷宮で相手にするのは、常に魔獣です。騎士さまのように、高度な対人戦闘の訓練は受けておりません」
「ふむっ……。それで、何が言いたいのかね?」
「迷宮内で遭遇した魔獣は、殺します。いつ如何なる時であれ、確実に命を奪います。なので、わたくしは手加減が下手なのです」
「ブハハハッ……。キミが手加減……? 馬鹿を言っちゃいけない。手加減をするのは、私の方だよ」
ドレス姿の義妹に、手合わせを強要するフレデリック兄貴。
もうその時点で紳士失格だ。
無礼で、しつこい。
いい加減に面倒臭いので、オレも相応の態度を取らせてもらおう。
「兄上さまはエルダーリッチより、お強いのでしょうか?」
「はぁ……?」
「わたくしは、エルダーリッチを倒しています」
フレデリック兄貴の態度から、穏やかそうな素振りが消えた。
王都ロワイヤルで親衛隊に所属していたのだから、首なし騎士の城塞には詳しいはずだ。
かつて王命を受け、特級冒険者と騎士団精鋭の混合部隊で、首なし騎士の城塞に挑んだことがあったはず。
リネール王国を挙げての一大イベントだった。
攻略階層の記録は、二十。
オレより深い。
ただし、帰還した部隊は、ボロボロになっていたと言う。
大した宝も手に入らず、何人もの優秀な冒険者や騎士を失った。
しかもリッチ系の魔物には為す術がなく、仲間を犠牲にして逃げたと、当時の記録にある。
「ホラを吹くのも大概にしろ。オマエが、エルダーリッチを倒しただと……!?」
おおっ、脳筋精霊使いが吠えた。
フレデリック兄貴は、強さ自慢になると引き際を弁えられないバカだ。
上から目線で威圧するように怒鳴りつける仕草も、懐かしいほど昔のままである。
だが、オレは昔のままじゃない。
いつもいつも理不尽な暴力に曝され、フレデリック兄貴やレイモン兄貴に歯向かうこともできず、只々怯えていたオレではないのだ。
フッ……。
キメラと対峙する緊張感に比べたら、フレデリック兄貴の威圧なんて屁でもない。
そよ風だよ。そよ風。
今から、その分不相応な自信をへし折ってやる。
覚悟するんだな。
オレは風花にインヴィジブルアラクネーの糸を託し、どうして欲しいかを詳細に伝えた。
〈キャハハ!〉
〈イタズラ、イタズラ〉
〈どーん〉
〈ドドーン!〉
オレの立てた計画を知り、不可視の精霊たちがはしゃいでいる。
それに気づかない時点で、フレデリック兄貴の敗北は決まったようなもの。
オレにはフレデリック兄貴のイフリートが、はっきりと見えていた。
イフリートはフレデリック兄貴から名を授かっただけで、物理的な霊器を持たない。
故に自我の発達が遅々として進まず、こうした場面で出遅れる。
精霊に隷属を強要する、魔法契約の弊害とも言えよう。
主人から命じられなければ、何もできないのだ。
「お疑いでしたら、それでも構いません。役立たずと罵られることには、慣れております」
「なっ……?」
「それに手の内でしたら、手合わせをせずともお見せできます。危険もございません。まずは、そちらをご覧になってから、手合わせの件を再考してくださいませ」
「なら……。さっそく手の内を見せてもらおう! 迷宮で鍛え上げた、オマエの実力とやらを!!」
フレデリック兄貴は、鼻息も荒く言い放った。
オレは今気づいたような振りで、泉水の中央に立つブロンズ像を見上げた。
「あの像……。キメラのように大きくて、丁度良い具合です。強度も魔獣と比較して申し分ないでしょう」
「ほう? 青銅の塊だからな。強度はある」
「わたくしが倒すのは、あの像でよろしいでしょうか?」
「あれを敵に見立てるのか?」
「斬ります」
「ふんっ! 面白い。斬れるものなら、斬って見せるがよい」
はい。
許可を頂きました。
『きん!』
オレが軽く手を振ると、ブロンズ像の足が切断された。
精霊たちの助けを借りた、単純なトリックである。
オレは前以て風花に指示を与え、霊気で硬化させたインヴィジブルアラクネーの糸をブロンズ像の足に巻き付けてもらった。
オレの合図を待ち、二手に別れた精霊たちが糸の両端を引っ張ったのだ。
ペイバックを開放してから、魔獣との戦いに限らず色々と悩みは尽きない。
だけど首なし騎士の城塞にて、オレに天啓が下りた。
オレの自己顕示欲が、精霊たちの足を引っ張っている。
オレ自身の戦闘力なんて、誤差みたいなもの。
詰まるところ、勝つも負けるも精霊次第。
であるなら。
基本は他力本願……。
精霊を信じて、我が身を委ねる。
オレは道を示すのみ。
それこそが、精霊使いの正しき姿と言えよう。
何もかもを精霊任せにして、我ながら情けないと思うけれど……。
精霊たちは、それで喜んでいるのだから良しとしよう。
あとは日ごろからの話し合いだ。
相互理解が一番大事。
頑張ろう。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!」
「キャァーッ!」
台座から切り離されてバランスを崩したブロンズ像は、左手に構えた大盾から湧水を湛えた池に倒れ込み、盛大に水飛沫を上げた。
フレデリック兄貴とヴィクトワールは、飛び散った水を浴びてずぶ濡れになった。
ヴィクトワールの顔には、水草が張り付いていた。
綺麗に結い上げた赤髪が、台無しだ。
絶妙に手加減された辱めを喰らい、ヴィクトワールの澄まし顔が怒りで歪む。
それは恨みに囚われたワイトを思わせる醜い顔で、『正体見たり!』と言ったところか。
水禍のファインプレイである。
横をチラ見すると呆然とした顔のクレアに隠れて、母上が笑いを堪えている。
どうやらフレデリック兄貴夫婦に、思うところがあったようだ。
親子の情など、欠片も残っていないのだろう。
母上が止めに入らないのなら、ここは追い打ちの一手だ。
フレデリック兄貴が二度と干渉してこないように、きっちり威圧しておこう。
ノバック伯爵家では、精霊使いとしての優劣がものを言う。
オレに勝てる自信を失えば、フレデリック兄貴も態度を改めざるを得ない。
脳筋を黙らせるには、力でねじ伏せるに限る。
「みんな、姿を見せて……」
オレの周囲に、次々と精霊たちが姿を現す。
百に近い、ヒャッハーな部隊だ。
「わたくしの手の内はお見せしました。これでも手合わせをなさいますか?」
オレは殺意を隠さず、フレデリック兄貴を睨みつけた。
と言っても、脅しの利かない顔なので、効果のほどは期待できない。
日々、暇さえあれば鏡を相手に練習しているのだが、どう凄んでみても無駄だった。
眉間にしわを寄せても、気弱そうな娘に見えてしまうのだ。
だが、精霊たちは違う。
小振りなヌイグルミの集団だけれど、異形が百体も並ぶと剣呑な気配を生じさせる。
「いや……。やめておこう」
フレデリック兄貴の声は震えていた。
顔から血の気が引いている。
使用人たちの見ている前で、まさかの敗北宣言であった。
ノバック伯爵家当主としての面目が、丸つぶれだ。
だがしかし、オレは勘違いなんてしない。
フレデリック兄貴が怯えているのは、オレが率いる血気盛んな精霊軍団に恐れをなしたからだ。
オレの顰めっ面は関係ない。




