ポーションの主成分が酒だった:ノエル視点
マナドゥの町に滞在する間は、オレだけ個人行動だ。
ここでの休憩は四日ほどを予定していたけれど、ゆっくりとはしていられない。
闇森の迷宮探索であれば、オレ一人の方が効率よく進められるから、虎落笛たちは待機だ。
「はぁーっ。拙者らは、ノエル殿の護衛でござるよ!」
「何と言われようと……。駄目です。ゴザルたちの隠密は、魔獣に意味をなさないと思うので連れて行けません」
「えーっ!? しょんぼりでござる」
多分おそらく、人の身で修得した隠密は、闇森の迷宮で通用しない。
確定ではないけれど、その場で効果がないと分かっても遅い。
対人戦闘に慣れた闇烏は、魔獣の対処に手間取るだろう。
オレはインヴィジブルアラクネーの隠密を使い、一気に用事を済ませるつもりなのだ。
それなのに用もない魔獣の相手をしていたのでは、タイムロスが生じてしまう。
「時間に余裕さえあれば、喜んで案内するんだけどね。今回はギリギリなので、パス。どうしても闇森の迷宮を見たいなら、帰りに寄りましょう」
「ムゥーッ。もしやノエル殿は、護衛の意味をよく理解されていらっしゃらぬのでは……? 拙者たちの提案に従う気が、欠片もござらん」
「正直に言うと、あなたたちの面子を潰したくありません。だから護衛を守らなければならない状況は、極力避けたいんです。どうせカルロスから受けた仕事は、わたくしの監視でしょ」
「…………」
そこは否定しないんだ。
嘘を吐かないだけ、好感が持てるけどね。
「ちゃんと帰って来ますから、心配しないでください」
そう告げてから、オレは姿を消した。
「おおっ!?」
「また、消えたでござるよ」
闇烏たちがオレの異能力を見るのは、何度目だろうか?
いきなり姿が消えるオレの隠密は、インヴィジブルアラクネーから奪った特殊スキルである。
百回見ても、見破れるものではなかろう。
「われらの隠形術とは別物でござるな」
「ノエル殿。どこでござるか?」
「これは困った。このような能力を頻繁に使われては、拙者どものお役目が果たせぬ。役立たずでござる」
闇烏たちはギャーギャー煩いが、もうそこにオレは居ない。
◇◇
オレは馬車を乗り継ぎ、ハーキムの森へと向かった。
隠密を使い、馬車の屋根に寝ころぶ無賃乗車だ。
乗車チケットの購入をケチったのではなく、姿を見られたくなかったからだ。
オレの風体は町の浮浪者と変わらない。
身に纏う古着はボロボロで、見るからに汚らしかった。
と言うのも、闇狼に食い殺されることを前提にしているからだ。
どうせ台無しにされる衣装に、金を払いたくはない。
まだらに付着した布地の染みは、そこらに生えていた雑草の汁だ。
鼻が利く魔獣を考慮しての、臭い消しである。
モーリスが用意してくれた頑強な装備もあるけれど、そんなものを着込んだら闇狼の牙が通らなくなってしまう。
「素早く死ぬには、オレが弱くないとダメなんだよ」
幾ら鍛錬しても身体に筋肉がつかないのは、ペイバックにとって脆弱な肉体こそベストな状態だからであろう。
緊急時に必要となるパワーは、オレに付き従う精霊たちやペイバックがフォローしてくれる。
それはきっと、筋力ではなく霊力による補佐なのだ。
駅馬車が終点に到着し、オレはハーキムの森に足を踏み入れた。
屋根と柱だけの簡素な掘立小屋は、言うなれば冒険者専用の駅である。
この路線は冒険者ギルドの支払う援助金によって、運営されている。
乗車チケットだけで賄うには、利用客が足りなかったのだ。
利用客が居ようと居まいと、定刻になれば駅馬車が来る。
駅馬車とは、そうしたものである。
オレと同じ駅馬車を利用していた冒険者たちが、踏み固められた道を進んで行く。
新入りなのか、オレの知らない顔ぶれである。
冒険者は入れ替わりが激しいので、よそから移ってきたパーティーかも知れない。
「食料と水が重い」
「仕方ねぇーよ。三日分だろ」
「エニウス草は金になるけど、季節ものだからな。旬に採りまくるしかない」
「泊りがけのオコモリも、稼ぎを思えばどうってことないさ」
「違いない」
季節感のない迷宮で、薬草に旬がある。
不思議な話に聞こえるけれど、実は道理に適っていた。
彼らの採取する薬草だが、迷宮に自生したものではなかった。
こちらか持ち込み、迷宮で栽培した品種なのだ。
植えた場所が浅層だからか、迷宮内でも冬になると枯れる。
晩春から初夏にかけてが、エニウス草の旬である。
「迷宮内で栽培すると薬効成分が多くなるとか、誰が発見したのか知らんけど……」
心から尊敬する。
よくもまあ、夜しかない闇森の迷宮に薬草を植えてみたものだ。
オレなら、絶対に試そうとしないね。
お天道さまがなけりゃ、植物は育たないと思うだろ。
それが世間の常識じゃないか……?
彼らは荷物が多く、足取りも重い。
なので遠慮せず、追い抜かすことにした。
間近をすり抜けたのに、誰一人として隠密を使うオレに気づくものは居なかった。
ここから迷宮の入り口となる最初の転移門まで、およそ四半刻(三十分)ほど。
ハーキムの森に危険はないので、少し急ごう。
「あった。目印の石碑だ」
あれから一年しか経っていないのに、何故か懐かしい。
「さて、それでは闇狼を狩るとしようか」
乱獲のスタートだ。
◇◇
途中で遭遇した魔獣をすべて無視して進み、闇森の迷宮、四層前半部に到着。
ここが闇狼の縄張りだ。
「うし。準備するぜ!」
オレは隠密のスキルを解除し、アマンダから購入した痛み止めの瓶を取り出す。
「適量は、薬瓶の半分とか言ってたな」
だが、そんなものは知らん。
痛いのは嫌なのだ。
だから全部飲む。
「鼻を摘んで一気飲みだ」
薬瓶を口につけると、とろりとした液体が喉を焼いた。
「んっ!?」
やばい。
かなり強い酒精の気配がする。
「これは薬酒か!」
薬酒とは、各種生薬の薬効成分を酒精に溶かしたものである。
「おぅ。視界がぼやける。いっ、意識が……」
オレは足をふらつかせ、地面に腰を下ろそうとして、何故か反対方向に傾いた。
重心をコントロールできなかった。
急激に地面が迫ってくる。
「あっ!」
オレが棒立ちの状態で倒れた先には、丸くて大きな岩があった。
『ゴチーン!』
目から火花が散り、脳震盪を起こし、意識を失った。
その直前、『こんなことならアマンダに痛み止めなど注文せず、安酒を買って済ませればよかった』と、強く後悔した。
オレが目覚めると、近くに闇狼の死骸が転がっていた。
死肉あさりに喰い散らかされた残骸だ。
「……ッ」
頭上に飛ばした魔道具の灯りが、周囲の惨状を照らしだす。
数えてみると十七頭。
「たっ、大量じゃん!?」
とは言え、喜んでばかりはいられない。
死骸の数が十七頭なら、オレは意識を失っている間に十七回殺された計算になる。
嫌な汗が背中を伝う。
もう、着ていた衣服など、どこかへ消え失せていた。
頭を打ち付けた岩も、見つからない。
闇狼がオレを咥え、この空き地に運んだのだ。
身体が血と泥に塗れて、ベタベタする。
「取り敢えず、服を着よう」
闇森の迷宮で全裸は、トラブルの元だ。
新しい魔物と間違えられて、冒険者の攻撃に曝されるかも知れない。
影の収納に待機させていた精霊たちを呼び、水禍に汚れた身体を洗ってもらう。
風花と赤猫に程よい温風で水気を飛ばしてもらい、何とか人心地つく。
人は余裕ができると、要らぬことを考える。
「駄目だ。考えるな」
奴等は意識を無くした獲物に齧りつき、取り合ったのだろう。
さもなくば、この状況はあり得ない。
「余計なことを想像してはいけない……。ウップ……。吐き気がする」
肌着やブーツ、髪を纏めていた革紐までが消え失せてしまった。
これは要するに、闇狼の群れと遭遇した不幸な犠牲者は、頭まで齧られるってことだ。
布袋に入れた着替え一式を影の収納から取り出し、地面に並べる。
「くっそぉー。手が震える」
新しい服を着たいのに身体の自由が利かず、思いのほか手間取った。
短時間に十七回も殺されたので、予期せぬ障害が生じたようだ。
こんな時は、周囲に絶対防御壁を張り巡らせてくれる玄仙坊の存在が、滅茶クチャ頼もしい。
「皆、ありがとな!」
おそらく、精神の消耗が激しすぎたのだ。
身体を食われすぎた可能性もある。
衣装も着たのだから、気絶している間に何が起きたのか考えるのは終わりだ。
戦利品を回収しなければ……。
「しめしめ、魔核は残っているな」
不思議なことに、死肉あさりは魔石や魔核を食べなかった。
そこが精霊族と魔族の違いかも知れない。
「十七頭か……。解体する手間が省けて、ありがたいぜ」
せいぜい十個も魔核が手に入れば御の字だと考えていたので、破格の狩獲量だ。
闇狼の大きな群れに襲われ、壊滅させたのだろうか?
爆睡していたので、詳しいことは分からん。
何にせよ、月の女神イーリスさまに感謝しよう。
「しかし、短時間で死に過ぎだ」
身体はギクシャクするし、魔核を拾うために屈むのでさえ億劫だ。
肉体の回復が追い付かず、かなり拙い状況にある。
一年ほど前、迷宮の深層から這いずるように脱出した時の恐怖が、脳裏に蘇った。
あんな惨めで辛い経験は、二度としたくなかった。
「まだ大丈夫は、もうヤバい!」
冒険者の、特に探索者が、最初に教えられる心得だ。
この心得は、ペイバックや精霊たちの助力があろうとも、厳守せねばならない。
オレはクレアから貰った魔道具で、日付と時間を確認した。
「はぁー。まだ、一日しか経っていない」
時間には余裕がある。
だが、目的は果たしたのだ。
生命力と迷宮での時間経過に、因果関係などない。
欲を張らず、今すぐに引き返すべきだった。
「余計なことを考えず、さっさと帰ろう」
こんな場所で携帯食料を齧るより、マナドゥの町に戻って、まともな食事を取りたい。
「腹一杯、美味い物を食べたら……。ベッドに寝転がって、ゆっくり休もう」
オレは邪魔くさい死肉あさりを乱暴に蹴り飛ばし、全ての魔核を回収した。
もう危険な迷宮に留まる理由はなかった。
撤退あるのみだ。
◇◇
駅馬車を待ち、へとへとになってマナドゥの町に帰り着いたオレは、運悪く冒険者ギルドの近くで馬鹿トリオと遭遇してしまった。
デニスとルカとジョルジョの三馬鹿だ。
クレアに言い寄っていた、性獣どもである。
「ピューピュー!」
「そこの彼女ぉー。可愛いね」
「俺たちと食事でもしないか? 御馳走するよ」
底辺冒険者の癖して、女のケツばかり追いかけているんじゃねぇよ。
こいつらは、しつこくて面倒臭い。
「どうしたのさぁー。泣きそうな顔をして……。俺たちが相談に乗っちゃうよ。力だって貸しちゃうよ」
「黙っていないで話してごらん。そうすれば解決するかも知れないぜ」
「何にせよ、ここは天下の往来だ。あっちの酒場に移動して、ゆっくりと悩み事を聞いて上げよう。なぁーに、支払いは俺たちに任せな」
あっ、思い出した。
ルカの野郎は、オレから借りた金を返していない。
通りすがりの女に使う金があるなら、オレに返しやがれ。
カッとなってルカを睨みつけたら、他のことまで思い出した。
そう言えば……。
こいつら三人組は、酒場でオレの不幸(死)を笑っていやがった。
オレは我が身に降りかかる様々な理不尽を喜劇でも鑑賞するように笑い飛ばそうと思っていたが。
無理だ。
こうしてオレをゴミ屑のように扱った連中を目の前にすれば、抑えようのない憤怒が沸き起こる。
きつく閉ざした瞼の裏に、オレの背中を刺し、笑いながら立ち去るラクロットの姿がちらつく。
ギルティー。
限りなくギルティ!
オレは、こんな時のために作っておいた、特別性の折檻道具を取り出した。
柔らかく鞣した革で円筒状の袋を作り、中に砂を詰めたこん棒。
外傷を残さずに、内部を破壊するクリーンな非殺傷武器だ。
一生使わずに済むかと思っていた陰湿な武器に、さっそくの出番である。
「オマエら、うざいんだよ!」
遺恨を込めた、すれ違いざまの殴打が、男たちの腰に炸裂する。
当分の間、血の小便を垂れ流して泣き叫ぶがよい。
「おごっ!?」
「げふっ!」
「ギャァー!!」
三人は地面に跪き、ゲロゲロと胃の内容物を吐いた。
血を流さないクリーンな武器なのに、ゲロを撒き散らしやがった。
オレの製作意図を台無しにするとは許せん。
「町の人々が使用する道を吐瀉物で汚すとは、冒険者にあるまじき行為……。更なるお仕置きが欲しいようですね」
オレは再び革製のこん棒を振りかぶり、容赦なく三人を打擲した。
「このゴロツキどもめ。思い知れ!」
マナドゥの町で活動する冒険者のほぼ七割が、酒場でオレの死を祝ってくれた。
返礼せねば、冒険者としての面子が立たん。
それだけでなく、オレから金を借りて踏み倒した連中も大勢いる。
ルカだけではないのだ。
「ふぅーっ」
だが、今すぐには無理だ。
怒りに任せ、三馬鹿に思い知らせただけで、オレの身体は悲鳴を上げていた。
明白な危険信号である。
現状、闇狼に食われて足りなくなった質量をペイバックが霊素で膨らましているのだ。
放置して暴れ続ければ、やがて霊素も枯渇して、オレの身体は縮んで行くだろう。
自己管理を怠れば、忽ち女児の仲間入りだ。
「ただでさえ小娘感に溢れた外見のせいで嘗めまくられているのに、これ以上のリスクは取れません」
悪夢のような話だが、もし赤ん坊になってしまったらどうする……?
ばぶばぶだぁー! とか、想像しただけで気が狂うわ。
お礼参りは、ノバック家での用事を済ませてからにしよう。
楽しみにして待つがよい。




