表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/52

予見者の悪夢:オルタンス視点



「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーっ!!」


 わたしは自分の悲鳴で目を覚ました。


 ベッドの上に起き上がると、汗で濡れた夜着が肌に張り付き、気持ち悪かった。

 未だ胸がドキドキして、深く息を吸えない。

 指先が凍り付くように冷たい。


「オルタンスさま。大丈夫ですか……?」

「ええっ。もう大丈夫よ。ミリアム。申し訳ないけれど、湯あみの用意をして頂戴」

「畏まりました」


 待機していた小間使いは慣れたもので、そそくさと寝室から出て行った。


 深夜である。

 わたし付きの小間使いは三交代制で、昼夜を通し、控えの間に待機している。

 こうして夜中でも、わたしが悪夢にうなされ、飛び起きるからだ。


「次男が片付いたかと思えば、次は長男ですか……」


 先見だ。

 時渡の精霊は、夢を使って宿主に命の危険を知らせる。

 船旅の安全を占うのとは訳が違い、この悪夢は問題が解決するまで幾度となく繰り返される。


 わたしは夢の中で、息子のフレデリックに焼き殺された。

 わたしの夢には匂いも味も音も存在しないのだが、死の恐怖と苦痛だけは紛れもなく本物だ。

 だからわたしは人の何倍も生きたと言うのに、自分自身の死が恐ろしくてならない。

 これはもう、心の病気だろう。


「わたしを殺しても、わたしの個人財産を奪うことなどできないのに……」


 長男のフレデリックは、馬鹿自慢の大会に出場させれば金メダル間違いなしの馬鹿タレだ。

 そして嫁に貰ったヴィクトワールは、恥知らずの強欲女だった。

 最狂の夫婦(タッグ)と言えよう。


 まず間違いなく、息子の代でノバック伯爵家は滅びるだろう。

 わたしが丹精込めて育てた領地だけれど、そんなことは構わない。

 ただ、わたしに迷惑をかけるのだけは、やめて欲しい。


 可愛いノエルが良い仕事をしてくれたので、次男レイモンの件は片付いた。

 あの頭がおかしな息子に辱められた挙句、無残に殺される未来は消え失せた。

 もうレイモンのせいで、悪夢にうなされることはないだろう。


 衰弱した姿で救出されたレイモンは、リネール王国親衛隊の取り調べで身の潔白を証明できず、問答無用で解雇され、冒険者ギルドから多額の請求書を突き付けられた。

 ノバック伯爵家としては家名を守るために、嫌でもレイモンの借金を肩代わりせねばならず、当主の嫁であるヴィクトワールを激怒させた。

 結果、フレデリックとレイモンの関係は、修復不可能なまでに壊れた。


 フレデリックは負債の一部だけでも回収しようと、レイモンをボナール子爵家に売った。

 夫を亡くしたボナール子爵夫人が、見目好い後夫(こうふ)を探していたので、これ幸いと話を持ち掛けたのだ。

 勿論、すべてはヴィクトワールのお膳立てである。


 イヴォンヌ・ド・ボナール子爵夫人、四十二歳は、見目のよい優男を飼うのが夢だと(うそぶ)いている。

 これまで資産家のご老体を夫と呼び、従順にかしずいてきた反動なのか、『そこだけは外せない条件だ!』と公言して(はばか)らない。

 気構えだけでなく、健康で腕っぷしも強い女丈夫である。

 だから実年齢は兎も角として、外見が若く、容姿の整ったレイモンを婿に迎えたら、鎖で繋ぎ手放さないだろう。

 レイモンの希望は別にして、たっぷりと可愛がって貰えるはず。


「話を聞かされた時には、清々したわ」


 それなのに今度は、長男のフレデリックだ。

 強欲な嫁に(たぶら)かされて、わたしの個人資産に目を付けたようだ。


 レイモンの件で、フレデリックとヴィクトワールは夫婦喧嘩を始め……。『次男坊の借金など母親が払うべきだ!』と、ヴィクトワールが騒ぎ立て……。『そう言えば、母上は金持ちだった』と、漸くフレデリックが思い出し、わたしに不愉快極まりない手紙を寄こした。 

 『借金の返済を請け負え!』と、家長権限で命令してきたのだ。

 勿論、即座に断りの手紙を送り返した。


 そして手紙の返事を出した途端の、悪夢である。

 因果関係を疑う余地はない。


「ノバック家を追い出されたわたしが、何故に息子どもの世話を焼かなければいけないのかしら……? 冗談じゃないわ」


 本心を明かすなら『貴方たちは幾つなの……?』と、罵りたい。

 あの傲慢さには、ほとほと愛想が尽きた。

 もう、うんざりだ。


 この屋敷を出て、新たな住居に移動した方がよいかも知れない。

 長らく纏ってきた隠れ蓑であるノバック伯爵の名も、そろそろ捨てたい。

 フレデリックとヴィクトワールから姿を(くら)ませたなら、あの子たちが悪夢に登場することも無くなるだろう。


「夢だと分かっていても、嫌なものは嫌なの……」


 運命の流れを変えるまでは、何度でも繰り返される死の場面。

 それはやがて訪れる結末であり、単なる夢ではない。

 我慢なんて、できる訳がなかった。


 ノエルがアルベール殿下を捕まえたので、もう伯爵の身分は不要になった。

 資金と伝手さえあれば、社会的な地位は周囲が勝手に用意してくれる。

 爵位なんて、高価なアクセサリーを納める化粧箱みたいなものだ。


「折よく、ノエルがエルダーリッチを倒してくれたから、王都ロワイヤルに腰を据える理由もなくなったのよね」


 それこそが重要である。

 ペイバックの強化は、わたしたちにとって欠かすことのできない課題だ。


 バスタブに張られた湯に浸かりながら、ホォとため息を漏らす。


 わたしはもう、我が身を守れない無力な予見者ではなかった。

 ノエルと言う無敵の武器を手にしているのだ。


「腹を痛めて生んだ息子たちと言えど……。わたしの命を脅かすなら、容赦なく排除させてもらいます」


 魔法ランプに照らされた浴室で、わたしは薄く笑った。

 わたしの宝は、末子のノエルだけだった。




◇◇




「母上。おはようございます」

「おはよう、ノエル。どうしたの……? 何か後ろに隠しているでしょう」

「うへへ……。実はプレゼントがあるのです」

「あら嬉しいわ。何かしら……」

「ジャジャーン!」


 ノエルが手にしていたのは、とても不細工な人形だった。

 これまでに作っていたヌイグルミも、かなり癖の強い物だったけれど、比較にならないほど醜悪だ。

 それが二体。

 白と黒だ。


「…………」

「いや。分かっています。可愛くないですよね」


 わたしはノエルに頷いて見せた。

 これをプレゼントすると言われたら、どうすればよいか分からない。


「もうちょっと、どうにかならないのかしら? これだと部屋に飾るのも考えものよ」

「そうなんですよね。何といえばよいのか……」

「床に叩きつけて、ガシガシと踏みにじりたくなるわ」

「そそっ。虐めたくなるんです」

「虐めたくなるって、アナタが作ったのよね。可愛くすることもできたでしょ」

「あーっ。駄目ダメ……。そんなことをしたら、この子たちが台無しになってしまいます」


 ノエルが人差し指を立て、左右に振った。


「どう言うことかしら」

「これはエルダーリッチの異能力を使って作成した、呪物なんです」

「呪物……」


 言われてみれば、拷問道具などに共通する暗い雰囲気を漂わせている。

 どことなく禍々(まがまが)しいのだ。

 目に刺さった釘のようなものとか……。

 悲鳴を上げるように、ぱっくり開かれた口とか……。


「形代と言う異能力で、この子たちが形代です。不細工だけれど、それが正しい形なんです」

「で、何に使う呪物なのかしら?」

「災厄避けですね。この白い人形に所有者の髪とか爪を入れてもらうと、持ち主の身代わりになって災厄を引き受けてくれるんです」


 災厄避けと説明されて、俄然興味が湧いた。

 どれほどの力を持つのだろう。


「もし仮に……。わたしが殺されたら……」

「この子が、母上の代わりに引き受けます。死因となる諸々。毒物による中毒。墜落による衝撃。刃物で切られた傷。呪い……。ぜぇーんぶ、引き受けてくれます」

「おどろいた……。色違いのこの子は?」


 わたしは黒い方の人形を指さした。


「それはまだ、わたくしの修行が足りないので、完ぺきではありません。でも、その子は身代わりじゃなくて、報復担当です。襲ってきた暗殺者のみならず、暗殺の依頼主を探し出して、ぶっ殺します」

「まるで、ペイバックみたいね」

「そうなんですよ」


 ノエルが得意そうに胸を張った。


 話を聞いて、なるほどと思う。

 人の悪意や呪いを研究する死霊術師ならではの、高度な技能(スキル)だ。

 (まさ)にエルダーリッチの異能力として相応しい。


 そして、わたしにすれば喉から手が出るほど欲していた、お守り(アミュレット)でもある。


「ありがとう。ノエルちゃん」

「うぶっ!」


 わたしはノエルをぎゅっと抱きしめた。


「それで母上。メッチャ凄い呪物を差し上げたのですから、わたくしのお願いも聞いて頂けませんか?」

「ノエルちゃんのお願いは、なぁーに?」

「アルベール殿下との婚約ですけれど、白紙に戻しては貰えないでしょうか?」

「それはダーメ。その代わりに、ものすごーく立派なチェンバロを買って上げるわ」

「…………!?」


 わたしの子なのに、相変わらず交渉ごとが下手くそだ。

 沢山ゲームで遊んであげたけれど、ちっとも上達しなかった様子。


 (タネ)が同じだけあって、ノエルも兄たちと変わらず、少しばかり知恵が足りない。

 わたしに形代を渡せば、王族との婚約を白紙に戻せるなんて、どうやって思いついたのやら。

 ちょっと問い詰めたい気もするけれど、諦めさせるには放置が一番。


「ちぇっ……。駄目かぁー」


 ノエルは悲しそうに肩を落とし、サンルームから立ち去った。

 やって来た時の浮かれようと、ギャップが凄い。

 露骨すぎて笑ってしまう。


 うん。

 その泣きそうな顔は、狡いよね。

 ついうっかり手を差し伸べて、助けてしまいそうになる。


 だから、どうして最初から泣き落としで攻めようとしないのか……?

 アナタは贈り物なんかより、相手の庇護欲に訴えるべきでしょ。

 そうした方が成功率は高いと、なぜ気づかない。


 そこが甘ちゃんなんだと、早く認めよう。

 持てる武器は、すべて使いなさい。


「まあ、あの子には無理か……」


 そう……。

 わたしのノエルは、かわゆらしいお馬鹿さんなのだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ