浮かれ気分で兄を売る:ノエル視点
東西南北の門から、王都ロワイヤルの各所を繋ぐ辻馬車。
オレが降車したのはアドルニ広場だ。
ここいらには設備の整った宿屋が多く、隊商相手の商売をしている。
当然、隊商に護衛を貸し出す冒険者ギルド本部も、アドルニ広場にあった。
王都ロワイヤルの冒険者は、大きく四種類に分けることが可能だ。
一つ。貴族のぼんくらどもを守り、首なし騎士の城塞を案内する者たち。
二つ。王都ロワイヤルに集まる商人たちの護衛を務める者たち。
三つ。下水施設に湧いた小型の魔獣などを駆除したり、近隣の草原などで狩猟や採取をする何でも屋。
そして、この三種類に属さないカスども。
冒険者の名を名乗るだけの、落ちこぼれどもである。
オレとしては冒険者と認めたくないのだが、ギルドのメンバーカードを所持しているので仕方がない。
昼間から冒険者ギルドで意味もなくデカイ顔をしているような連中は、まず間違いなくプライドばかりが肥大化した屑どもだ。
腕っぷしに自信はあるけれど人品が追い付かず、貴族や商人から相手にしてもらえない。
それなのに何でも屋はしたくないと言う、勘違い野郎どもである。
オレもマナドゥの町で仕事をしていた頃は、朱に交わり赤く染まっていた。
だがしかし、再び貴族に戻って、かつての冒険者仲間たちを思い起こしてみると、殆どが残念なゴミ人間だった。
約束を守らない。借りた金を返さない。平気で噓を吐く。弱者に絡んで、貧相な優越感を満足させる。真っ当な意味での向上心に欠け、酒を飲んでは過去の自慢ばかりしている。
さもなければ現実味のない夢を情熱的に語り、周囲を巻き添えにして大損害をもたらすバカ。
王都ロワイヤルの冒険者ギルドにも、その手のロクデナシどもが屯していた。
使命依頼を受けられず、商人たちの信用を得られず、でも俺は強いんだと息巻く、良い年をしたオッサンたち。
恥ずかしいから消えて欲しい。
勿論、オレは貴族が立派な人間だと思っていない。
身分や職業とは関係なく、関わり合いになるべきでない連中の話だ。
オレが受付に向かうと、ピューピュー指笛を鳴らす禿が居た。
「勘弁しろよ」
我慢しろオレ。
目を合わせたらダメだ。
ラクロットの野郎を思い出して、腹がシクシクと痛むけれど、関わり合いになるべきではない。
「いらっしゃいませ。ライセンスカードを拝見させてください」
「はい。どうぞ……」
オレのメンバーカードを見て、受付嬢の目が見開かれた。
それはそうだろう。
パルマンティエ王家専属冒険者のカードで、ランク表示はない。
迷宮探索の到達記録は、十八層だ。
「【レイブンビーク】のノエルさまですね。本日は、どのようなご用件で……?」
「ちょっと訳アリの遭難者を見つけました。なのでギルドマスターか、サブマスに取り次いで欲しいのです」
「承知いたしました。お呼びしますので、暫くお待ちを」
ふむふむ。
【レイブンビーク】がタイトルフォルダーなので、こうした我儘も通るわけだ。
闇森の迷宮を彷徨っていた頃には、ギルドマスターに話があるなんて口にしたら、問答無用で笑いものにされたことだろう。
なかなかに良い気分だ。
「おい。聞こえねぇのかよ!?そこのちび。男だか女だか分からねぇ名前のちび!!」
さっきのハゲだろう。
受付嬢がギルドマスターを呼びに行ったら、オレの近くに来て喚きだした。
「オマエのことだぞ、ノエル!」
冒険者ギルドを訪れたオレの格好は、着古した印象がある外套と七分丈のパンツだ。
翼の付いた戦乙女の兜は被っていないし、露出が多くて派手な銀色の装備も身に着けていない。
冒険者ニュース王都ロワイヤル版の一面を飾った姿からはかけ離れているので、気の弱そうな新参者に見えたのだろう。
間違いなくカツアゲが狙いだ。
「嘗めてんのかゴラァ!こっちを向けや、ノエル。この俺さまが、男か女か調べてやるぜ」
はぁ……?
男の姿では女みたいだと嘲笑され、女の姿になれば男みたいだと絡まれる。
いったい、オレにどうしろと言うのか?
「おごっ!」
って、無意識に殴っちゃった。
ハゲが顔面を抑えて前屈みになった。
ハゲの足元に、ぼたぼたと赤い血が滴った。
「おやぁー」
オレの手には、受付嬢が使っていたインク・ブロッターが握られていた。
いつの間に……。
ほら。
ブロッターってのは余分なインクを吸い取らせる、大きなスタンプみたいなやつだ。
硬くて、でかくて、多分、鼻とかだと当たれば骨が折れるな。
「コノヤロー。いきなり卑怯だろうが……」
「虫も殺せないような顔をして、えげつないことをしやがる」
「大丈夫ですかい、兄貴?」
「イテェ。鼻血が、とまらん」
ゆで卵みたいなハゲが、血塗れになっておる。
絵面がコエーよ。
「こんのガキが、ただで済むと思うなよ!」
おぅ。
一人だけかと思ったのに、ワラワラと四人に増えたやがった。
しかしこいつら、どいつもこいつも対人専門かぁー。
ちびた武器を腰に下げやがって。
そんな道具じゃ、闇狼にさえ傷を負わせられないぞ。
「囲め。囲んで、たたんじまえ!」
「おう!」
オレは仕方なく身構えた。
裏庭で自主練した、躁糸の異能力でも試してみるか……。
そう考えているところに、受付嬢が戻ってきた。
「そこまでだ!」
野太い声が、受付嬢の背後から放たれた。
「……へっ!?」
「ぎるます……?」
野盗のような風体の男たちが、いっせいに凍り付いた。
「こっ、こいつが先に、俺を殴ったんだ。見てくれよ、このありさまを」
「黙れ……。どうせオマエが、殴られるような真似をしたんだろ」
「そんな……。おかしいじゃないか。ギルド内での暴力沙汰は、先に手を出したもんが罰せられるはず」
「そりゃ、ザコ同士の揉め事ならな……。オマエ等とノエルでは格が違うんだよ。格が違えば、そいつは飽くまでも教育的指導だ」
「なんだとぉー!」
ハゲ頭が派手に鼻血をまき散らしながら、ギルドマスターに嚙みついた。
これはもう、狂犬だよ。
早急に駆除して頂きたい。
「ディック……、被害は鼻血で済んだんだ。そうやって吠え掛からずに、感謝して欲しいぜ」
「どうしてだよ?」
「やれやれ、オマエたちは【レイブンビーク】を知らんのかぁー?デュラハンの城塞を十六層まで攻略した探索者に、ケンカを売ったんだ。俺が止めなきゃ、どうなっていたことやら」
「……っ!?」
「命が無事でよかったな。これからは、冒険者ニュースに目を通しておけよ」
「ふざけんな!絶対、殺ぉーす!!決闘だ!!!」
ディックは屈辱感に顔を歪め、血の混じった唾を吐きながら叫んだ。
「うーん。そうだな……。どうしてもやりたけりゃ、オマエたちも十六層まで行ってこい。そうしたら俺が、決闘の立会人になってやるぞ」
ギルドマスターはニヤニヤと嘲りの笑みを浮かべ、ディックに追加口撃を浴びせた。
ギルドマスターなのに、ギルドメンバー間の争いを仲裁しないようだ。
「おう、嘗めんなよ。デュラハンの城塞くらい、ちょろいぜ!なあ、オマエら。そうだよな?」
オレとディックたちのやり取りを見物していた連中も、気まずそうに視線をそらして知らぬ振り。
ちょっとした娯楽では済まなくなったので、巻き込まれたくないのだろう。
「くっ……!」
振り向いたディックが、凶悪な顔つきでオレを睨んだ。
仲間たちの見ている前で無様を曝し、このままでは示しがつかない。
どうにかして、この恥を雪ぐがねばならぬ。
その思いだけで、頭が一杯の様子。
おとなしく引き下がっていればよいものをこいつ殺るつもりだ。
面倒臭いよ。
「おう、ディック。子猫ちゃんを揶揄って噛みつかれた癖に、随分と威勢が良いじゃないか。口だけで終わらねぇことを期待しているぜ。せいぜい精進するんだな。ガハハハッ……」
ギルドマスターは、オレの気持ちなど委細構わず、言いたい放題だ。
「ちっ……」
ディックを宥めるどころか、煽る煽る。
まったく、とんでもない男だよ。
「ヴァスールさま。ノエルさんの到達記録は更新されています」
それまで黙っていた受付嬢が、ギルドマスターに小声で話しかけた。
「おいおい何層だ?」
「十八です」
「…………!」
ギルドマスターがオレを見て、顔を顰めた。
「ノエルさんは、外見と中身のギャップが大きすぎて、何だか冗談みたいな方ですね。ウフフ……」
「おい……。いつまで凶器を握っているんだよ」
「……あっ」
確かに、ギルドマスターの言う通りだ。
もう、こいつに用はない。
「これ……。勝手に使っちゃった。ごめんなさい」
オレは取っ手が曲がってしまったインク・ブロッターを受付デスクに戻した。
ハゲ頭の鼻血が付着していて、なんか申し訳ない。
「ギルドの備品くらい、気にしないでください。替えは幾らでもあります。それに……。あの人たちには、良い薬です」
受付嬢はハゲたちをチラ見してから、機嫌よさげにウインクをした。
カワイイ。
男だった頃なら一発で舞い上がったに違いない、チャーミングな仕草だった。
取っ手が曲がったインク・ブロッターは、交換が利くらしい。
だが骨折したディックの鼻はそうも行かない。
「おい、ディック。わたしが先に手を出したことを詫びる。済まなかった。こいつを使え」
オレは意味がないと知りながら、クレアが拾った治療薬の瓶をディックのテーブルに置いた。
仲直りをする気などないが、自分の負い目は減らしておきたい。
「何だこれは……?」
「傷を癒すポーションだ。鼻骨が折れたくらいなら、一瞬で治る」
どちらが先に手を出したかは、ヤツの怪我さえ治してしまえばチャラになる。
強弁するなら、オレの攻撃も躱せないディックに問題があったのだ。
オレが、そう決めた。
「けっ!タイトルフォルダーさまの施しかよ。高価な薬、貰っといてやるぜ」
「…………」
どうやら、要らぬ悪因縁を結んでしまったようだ。
帰りは、背中に気をつけよう。
◇◇
「さて、遭難者とやらの話を聞かせて貰おう」
ギルドマスターは接客ルームの豪華なソファーにオレを座らせると、おもむろに切り出した。
「第四層は地下墓地。地下共同墓地に女神像がありますよね」
「うん。あるなぁー」
「女神像の足元に、男が一人」
「なんで、あんな場所に……?」
ギルドマスターが首を傾げた。
それもそのはずで、首なし騎士の城塞を訪れる探索者たちには用のない場所だ。
「実を申しますと、世間に公表したくない裏事情があります」
「フムッ。ここだけの話として、聞かせてもらえるかな?」
勿論、そのつもりである。
遭難者が兄であり、しかも敵対していると理解してもらわなければ、この先に進めない。
なのでオレは、ノバック家に養女として迎えられたオレとクレアが、レイモン兄貴から疎まれていたことを説明した。
冒険者ギルドのゴロツキどもを金で雇い、迷宮内で襲撃を掛けてくるほど、嫌われていたのだ。
そこは理解しておいて欲しい。
「つまり遭難者は、親衛隊騎士のレイモンなんだな」
「はい」
「で、オマエたちを襲うつもりが、失敗したと……」
「兄は使役していた風の精霊を失い、高所から降りられなくなりました」
「そのまま放置が、オマエたちとしては正解だよな。冒険者ギルドに報告しても、ノエルには得があるまい」
「あえて殺す必要などありません。精霊を失った精霊使いに、何ができると言うのでしょう」
「まあ、その通りだが、慈悲深いのか……?それとも名ばかりとは言え、兄は殺せない甘さか……?」
「そうですね。何と申しますか……。わたくしは、兄さまのトホホ顔を拝見したいのです。社会的に抹殺された、兄さまのトホホ顔を」
オレは正直に打ち明けた。
兄の惨めな姿を眺め、指さして笑ってやりたいと。
「レイモンが雇った連中は、どうなった?」
「兄は足手纏いになった手下たちを切り刻んで燃やしました」
「ウーム。燃やされても構わん屑どもではあったが、親衛隊騎士に殺されたと聞けば腹が立つ。オマエの兄は、とんでもない悪党だな。だが、その確証は……?」
「迷宮の受付に残された記録くらいでしょう。わたくしのパーティーメンバーが、そのときの状況と死体を確認しています。ですが、証拠は持ち帰っていません」
「まあ、そうだな。事情は、何となく分かる。あとは、その話が真実かどうかだ」
「はい。それだけは、きちんと証拠を揃えてあります」
モーリスが持たせてくれた、超高性能写像器だ。
途方に暮れる兄の姿は、記録クリスタルにバッチリ収めてある。
「これを……」
「おぅ……。こんな高品質の記録クリスタルを使っているのかよ」
「とても距離があったので、安物ではピンボケした写像しか撮れません」
「そうだけどな」
「人物特定には、クリアな画像の方がよいと考えました」
「ああっ。助かる。でだ……。冒険者ギルドが動けばレイモンの立場は無くなるが、本当に良いんだな?ノバック伯爵家に知れたら、拙くないか?」
「ですから、冒険者ギルドに顔を出したのです。騎士団に知らせたら、わたくしの素性がバレてしまうでしょ」
「かぁー。情報提供者の名は、伏せろと言うことか……。だけど冒険者ギルドにしたら、実に美味い話だ。迷宮管理局と騎士団をへこませる、良い材料になる」
オレはギルドマスターに頷いて見せた。
そもそもオレ自身が、迷宮管理局に所属していることは秘密だ。
「手すきの冒険者を可能な限り集めて、大騒ぎしながら救助活動をしてください」
「ひでぇ義妹だな。兄が兄なら、妹も妹だぁー。貴族のお家騒動は、おっかねぇ!」
「冒険者ギルドのゴロツキだって、大概ですよ」
「違いない」
ギルドマスターは、処置なしと言うように手のひらを上に向けた。
「急いでくださいね。兄が遭難してから、もう四日は過ぎています。もたもたしていたら、飢えて死んでしまいますからね」
「おっ、おう。確認を終えたら、最速で救助隊を向かわせる。ノエルは、そこで菓子でも食ってろ。茶を飲め。上客に用意した高級品だ」
「そうなんですね」
「もう用はない。帰りたくなったら、いつでも帰って構わんぞ。ディックに気を付けてな」
ギルドマスターは記録クリスタルを手にして、接客ルームから出ていった。
記録クリスタルのままでは、写像を確認できない。
写像技師を探しに行ったのだ。




