オレのターンが来た:ノエル視点
屋内闘技場に設置された石橋の通行を認めようとせず、頑固に門扉を守るリネール王国の兵士たちは腹立たしいけれど、オレの弱っちい外見からすれば、それもやむを得ない話だった。
フィリップ王太子殿下に頂いたパルマンティエ王家専属冒険者のカードも、薄闇の中で突っぱねられてしまえば意味をなさない。
ここで兵士たちが相手にするのは、荒っぽい冒険者の集団なのだ。
王都ロワイヤルの門番とは違う。
常に緊張を強いられ苛立っているのだから、多少の粗暴さは看過せざるを得ないだろう。
「結局モノを言うのはカネかよ!」
思考が硬直した兵士の注意を引きたければ、関心を示しそうなもので釣るしかない。
虎落笛は、それをやって見せたのだ。
「デュラハンは、拙者たちが排除するでござるよ」
力みもなく宣言した虎落笛が、門扉を越えて石橋を走る。
「ああっ!?」
止める暇もありはしない。
「世慣れていると言うか、優秀な従者と言うか……」
「兄たちは、あんなですけれど、腕は立ちます」
「強いのは知ってる」
俺は颯香の台詞に頷いて見せた。
虎落笛が見せたデュラハンへの対応は、実に鮮やかだった。
恐れる様子もなく、あの大迫力で迫る屍馬の鼻面に一太刀浴びせ、よどみなく右側面へと回り込む。
馬首が虎落笛に向けられると、駆け寄った風巻がデュラハンの左半身を足掛かりに使って跳躍。
頭部のないデュラハンの甲冑に、焙烙玉を突き入れる。
闇烏の説明によれば、風巻が使用した焙烙玉は神威を授かった爆裂弾らしい。
闇烏が祀る武神さまに奉納して三年間の祈りを捧げた後、下げ渡された小道具だと言う。
虎落笛たちの腰に帯びたカタナとやらも、焙烙玉と同じものだろう。
さもなくば、実体なき死霊を斬れるはずがない。
「うわっ!」
デュラハンの甲冑が青白い閃光を放ち、ドゴン! と鈍い音を響かせた。
空洞になった甲冑の中で、焙烙玉が炸裂したのだ。
甲冑を繋いでいた革のベルトが千切れ、槍を持ったデュラハンの腕が落ちた。
胴鎧も歪に変形してしまい、今にも剥がれ落ちてしまいそうだ。
「なぁ……。アンデッドの癖に、戸惑っていないか?」
「動揺しているんですよ。クレアさんの変態じみた浄化とまでは行かなくても、悪霊特攻の爆裂弾ですから……。ダメージ大なはず」
「ヘンタイ言わないで」
クレアが不満そうに唇を尖らせた。
「一瞬で倒します。見ていてください」
「おぅ……」
颯香の言う通り、この機会を逃すような闇烏ではなかった。
残る三人が勢いよくデュラハンの左側面から跳躍し、動きの鈍った屍馬に鍵縄を放つ。
そして石橋から闘技場へと身を躍らせた。
虎落笛と風巻も馬足に縄を搦めてから、仲間たちに続く。
「ブヒヒヒヒィーン!」
足の自由を奪われ、踏ん張りが利かなくなった屍馬は、成人男性五人分の体重に引きずられ、石橋の端から墜落した。
排除完了である。
狙う相手が骨なので、幾ら足掻こうと屍馬に搦んだ鍵縄は外れなかった。
明らかに、前以て対処方法を用意していたのだろう。
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!?」」」」
見物人たちから歓声が上がった。
視界は良好、障害物もなし。
オレの出番だ。
「さあ来い、シルフ。決着をつけようぜ、レイモン兄さん」
オレは石橋の上に躍り出て、上空に居るであろうシルフを挑発した。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!
想像を超える衝撃がオレを襲い、一拍おいて轟音が鳴り響いた。
これはもう、矢の一撃とかではなかった。
バリスタから放たれた、太い鉄槍を喰らったような衝撃だ。
当たった瞬間、オレの身体はバラバラに千切れたのかも知れない。
だが、オレのペイバックもスクスクと成長している。
とくにリッチの魔核を取り入れてからは、格段のパワーアップを遂げた。
レイモン兄貴の精霊など、敵ではない。
シルフはペイバックに死を返されて、消滅した。
シルフであった枠組みを無くすと、共有していた自我による凝集力が失われる。
すると、シルフを構成していた小さな風の精霊たちが、一気に溢れだした。
その小さな精霊たちに風花が食らいつく。
ああ……。
食らいつくと言うと、表現が悪いか。
風花は小さな同胞たちを己の内に取り込み、同化させているのだ。
精霊使いとの契約時に精霊が与えられた名は、強固な自我の枠組みとなる。
名を授けられた精霊は、自らの記憶を保持し、成長可能な存在に変わる。
更に、精霊たちを強化するのが、実体を持つ器物、憑代である。
経験上、オレはそのように捉えていた。
シルフを構成していた風の精霊たちは、放置すれば消えてしまうほど脆弱なので、風花が保護を与えているのだ。
苛めではないし、同族食いでもない。
何も問題のない行為だ。
「はてさて……」
今頃、レイモン兄貴殿は、どんな顔をしているのやら。
見に行けないのが残念で堪らない。
オレはズタボロになった外套とシャツを脱ぎ捨て、新しい衣装に着替えた。
本日、二度目の着替えだった。
お気に入りの探索用装備を台無しにされてしまったが、気分は上々だ。
これまでに感じたことがないくらい、晴れやかな気持ちである。
「いやー。生きていて良かった」
「どうしたんですか!? いったい何が起きたんです?」
オレに駆け寄った颯香が、警戒するように周囲を見回した。
「人間、生きてさえいれば、良いこともあるんだなって」
「いやいや……。今、何があったんですか……? 何かに襲われましたよね?」
「ちょっと強めの風が吹いただけさ」
オレは手をひらひらさせて、何も問題ないと伝えた。
もう危険は去ったのだ。
「よぉーし。ここからは、十六層までノンストップで行くぞ」
「いよいよ宝探しですね」
「クレアの出番だよ」
「おぉー。腕が鳴ります」
オレたち八名は破壊力重視の陣形になり、十六層を目指した。
◇◇
十六層までは、既に攻略した道のりである。
転移門の位置は把握している。
敵は主にワイトなので、闇烏たちが有無を言わさずに斬り伏せた。
「サクサクと進むでござるよ」
「そこの角は右。右だよ。間違えないでね」
「その先で、壁に穴を開けよう」
「近道でござるな」
「うん」
前回作成した地図を睨み、最短の順路を選びだし、更に壁破壊でショートカットを図る。
そして程なく、絢爛豪華な十六層に到着した。
勿論、リッチの息の根は、真っ先に止めた。
「フェニックスの尾羽を発見しましたぁー」
「おぉーっ!」
「賢者の石でぇーす」
「おぉーっ!」
「カントロヴィチ博士の毒物図鑑とか、欲しいヒト居る?」
「そっ、それは拙者に……」
もう、こうなるとクレアの独壇場だ。
ライティングデスクの抽斗をガチャガチャと掻き回し、片端からチェストの中を覗き込み、壁に隠された秘密の収納庫を迷いなく開け放つ。
あちらこちらから値段もつけられないような宝物が転げだし、クレアについて歩く闇烏たちを呆然とさせた。
「グヌヌヌヌッ……。ノエル嬢。クレア殿は、どうなっているのでござるか?」
「百発百中の、お宝発見率。その秘密を拙者どもに教えてくだされ」
「うーん。クレアは、宝探しの専門家なんだ」
「そんなスキル、聞いたことがござらんよ」
闇烏たちが、ジト目でオレを睨んだ。
まあ、宝探しの専門家とか言われて、納得するヤツは居ないだろう。
知りたければ、自分で勝手に調べてくれ。
オレは喋りません。
『神さまの加護に関しては、内緒ですよ』と、クレアに釘を刺されているからな。
今回の探索は、十八層の転移門を前にして終了となった。
フィナーレはエルダーリッチとの闘いだった。
前衛に屈強なワイトが十二体。
後衛にリッチが五体。
ひときわ高く宙に浮いたエルダーリッチが、ボス。
十二体のワイトは、赤猫と風花の部隊が一瞬で燃やし尽くした。
玄仙坊が悪霊たちの呪詛に、遅延を生じさせた。
オレは焦ることなく、一発ずつ喰らって回った。
だけど、ここで六回死んだら、さすがに嫌気がさした。
以前より死の苦痛は軽減されたけれど、猛烈にぞっとする体験なのだ。
死が生理的に不愉快であることに、変わりはなかった。
命は無事でも、心が持たん。
「エルダーリッチを倒して、新しい異能力を手に入れたか」
〈カタシロ……。有用ナリ〉
カタシロは【形代】だった。
人に降りかかった災厄を身代わりとなって引き受けてくれる呪物だ。
その制作能力である。
それにしても不細工な人形だ。
オレの中で、ペイバックの気配が小さく揺れた。
どうやら笑っているようだ。
帰路。
レイモン兄貴が隠れている場所を通過した。
助けを求めて来るかと思ったのだが、隠形を使い、じっと隠れている。
レイモン兄貴にも、命を懸けるに足る自尊心があったのかと、感心してしまった。
「あそこに隠れていたら、自力では降りられないだろ」
「で、ござるな」
地下共同墓地の絶壁に彫られた女神像。
その足元に潜むレイモン兄貴は、もうシルフの助力を望めない。
放置すれば、衰弱して死んでしまう危険性があった。
それでは詰まらない。
「オレは兄貴のいる場所を冒険者ギルドに報告するよ」
「救助隊を要請するでござるか? それは、面白いことになりそうでござるな」
「うん」
救助隊には、多額の報酬を払わないといけない。
地下共同墓地の壁を上る必要など、どう考えても思いつかん。
そんな場所に上って降りられなくなったとなれば、それはもう上ったヤツが悪いのだ。
情状酌量の余地なく、レイモン兄貴に非があるのは明らかなので、救出されたなら大事件になるだろう。
リネール王国の迷宮監視局や騎士団と、冒険者ギルドの仲が悪いのも好都合だ。
冒険者ギルドにレイモン兄貴が救助されたなら、近衛騎士団の団長は嘸かし渋い顔になるだろう。
自分の部下に面子をつぶされたら、腹を立てるに決まっている。
実に素晴らしい。
「ノエル嬢は冒険者ギルドが苦手でござろう。拙者が報告しますぞ」
「いや。オレが行くよ。曲がりなりにも、遭難しているのはオレの兄貴だからな」
こんな楽しい仕事は、他人に任せられん。
オレが行くに決まっている。




