届かぬ思い:レイモン視点
「はぁ……」
俺は女神像の足元に腰を下ろし、固く目を閉じた。
シルフの視覚を借りるには、自分の目を閉じた方がよい。
そうしないと二つの景色が重なって、不愉快な頭痛に襲われる。
「シルフ……。焦る必要はないぞ。デュラハンが守備する石橋まで、残念ながら適切な襲撃ポイントはない。確実を期すなら、第九層だ。第九層までは気づかれないように追跡しろ」
こうしておけば、義妹たちと離れてしまっても、何をしているのかを知ることができる。
排除すべき相手を観察するのは、騎士として身に付いた習慣だ。
これをせずに突っ込むと、思わぬ反撃を食らい、手こずる。
「戦う前に、勝利までの道筋はつけておくものさ」
水筒に口をつけ、乾いた喉を潤す。
携帯している食料や水に余裕はないけれど、遠慮せずに飲む。
それでも義妹たちが第九層に到着するまでは、手持ちで間に合わせる必要があった。
「こんな場所に長居する気など、ないからな」
少しばかり計算違いがあって、一気に手下を失った。
だが、どうせ事が済めば始末するつもりだった、町のゴロツキである。
役に立たない連中は、さっさと消してしまった方がよい。
「小娘二人に珍妙な護衛たち……。連中を嘗めたツケが、この体たらくだ」
戦闘のド素人と侮ったのが拙かった。
大勢で囲んで脅せば言うなりになるだろうと、高を括っていたのだ。
だけど治癒師の娘。
あの浄化は、おかしいだろ。
どうしてゾンビが膨張するんだ?
「おっ。悪霊も膨らむのかよ!?」
尾行するシルフの前で治癒師の娘クレアが、又もや浄化の奇跡を使った。
実体を持たないはずの悪霊が丸く膨らみ、パン! と破裂した。
これには、さすがの俺も驚かされた。
「あり得ぬ」
どう考えても、俺の知る浄化とクレアが使う浄化は、別ものに見えた。
だがしかし、間違えてはならない。
俺が注意を払うべきは、精霊使いの娘だった。
「ノエルか……。もう、その名前からして気に食わん」
俺には同じ名を持つ弟が居た。
あいつはノバック家で最上位の才能とされる、憑依体質を授かって生まれた。
末っ子なこともあり、あろうことか母上の下で大切に育てられた。
「それなのに、弟のヤツ……。使い道のない『死返し』の精霊を身に宿しやがった。フハハハハハ……」
あれは傑作だった。
弟が母上の離宮から蹴りだされたときは、『ざまを見ろ!』と思った。
『母上、そいつは外れです。俺を見てください。俺こそが、母上の傍に置くべき子供です』
俺は母上に愛されたかった。
なので母上の関心を引きたくて随分と頑張ったのだが、何一つとして上手く行かなかった。
その苛立ちもあり、腹いせに弟を痛めつけた。
その頃から弟に対する殺意はあったけれど、『死返し』の精霊が怖かった。
だから殺さずに苛め抜き、ことある毎に恥をかかせ、罪を着せた。
子供同士なら、それで充分だった。
「くくくっ……。そうしたらアイツは、家出したんだ」
俺が騎士訓練学校の寄宿舎から戻ると、弟の姿は消えていた。
清々した。
「近衛騎士団でトップの座を争う騎士となり、フィリップ王太子さまにも懇意にして頂いている。それでも母上は俺を見ようとしない」
俺は母上に頼られたくて、兄のフレデリックと結託した。
年老いた父上が引退を決めると直ぐに、ノバック家に於ける母上の権利を根こそぎ奪い取り、兄に託した。
法的な難しい手続きは、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵にお願いした。
法外な手数料を取られたが、兄はノバック伯爵家の当主として不足のない権利を手中に収めた。
世代交代が完了して間もなく、ノバック伯爵家に君臨する兄夫妻との口論に疲れ果てた母上は、住み慣れた離宮を離れ、領地を捨てた。
今では、王都ロワイヤルに用意されたタウンハウスで暮らしている。
「追い詰まれば、俺を頼ってくれると思っていた……」
それなのに今度は養女だ。
しかもノエルと名乗る娘には、巷で第二王子との婚約の噂まで立っている。
ノエルが第二王子妃になれば、暗殺は一段と難しくなるだろう。
それだけでなく、パルマンティエ王家と母上が縁戚関係になるのは非常に拙い。
これまでの苦労が、全て水の泡だ。
「ノエルが第二王子妃となれば、まず間違いなく母上はそちらを頼る。そうなれば、俺の出番が消えてなくなる」
許せるはずがなかった。
治癒師のクレアならまだしも、ノエルだけは消し去らなければならない。
少なくともアルベール殿下との婚姻は、断固として阻止すべきだ。
「精霊魔法で、顔を醜く傷つける。ゴロツキどもに襲わせて、傷物にする。騙して奴隷商人に売りつける。等々……。随分と緩いことを考えていたが、己の間違いを認めよう」
精霊使いの娘が使役するヌイグルミの精霊たちは、真に危険だ。
あの霊波による全方位攻撃は、心胆寒からしめる。
力では勝てない。
こうなれば奥の手を使い、要らぬ遺恨を残さぬように殺してしまうしか手はあるまい。
「己の力を誇示して回るのが、冒険者の流儀と聞く。魔獣相手であれば、それもよかろう。だが、俺は対人戦の専門家なのでな。そちらの手の内を拝見させてもらい、感謝する」
義理の妹よ。
近衛騎士のような対人戦の強者は、殺すと決めた相手にしか手の内を見せない。
オマエもノバック伯爵家の一員となったのなら、よく覚えておくとよい。
「まあ、経験を生かす機会は、もう訪れないと思うがな」
◇◇
義妹たちは驚異的な速度で、迷宮内を進んだ。
貴族を案内する上級冒険者たちが、普通なら何日も掛けて到達する第九層までの道のりをたった半日足らずで踏破した。
途中、迷いなく最短ルートを選択して進み。
何も拾わず。
何も調べず。
只ひたすらに次の転移門を目指す。
可能とあらば城の壁を破壊して、強引にショートカットを作り。
怒涛の火力で障害を排除しながら、狭く入り組んだ使用人居住区画と地下牢区画を駆け抜けた。
あり得ない速さで……。
覗き見をしているこちらは、堪らない。
余りにも目まぐるしくて、思考が追い付かない。
何より、シルフとの接続を立ち、一息つくことができなかった。
「何者なんだ、こいつら……!?」
母上に拾われたのだから、それなりに優秀なのだろうと思っていたが、単なる冒険者や探索者とは桁が違う。
これはもう、常識外れの迷宮破壊者だった。
真の異能力者である。
それでも俺のすることは変わらない。
ノエルの排除だ。
デュラハンが守る石橋に近づいたノエルは、新しく設えられた門扉の脇に立つ守備兵に捕まっていた。
懐から何やらカードを取り出して抗議するのだが、取り合ってもらえない。
皮肉にも、ここに来て漸く、障害らしい障害が立ちはだかった訳だ。
「冒険者ギルドのメンバーカードか……。到達階層が表示されるカードだな。だが見てもらえないのでは、役に立たんだろ」
リネール王国の兵には、女子供を軽視する傾向がある。
まあそれは、どこの国であろうと大同小異で、違いなんてないだろう。
我が義妹たちのような頼りない外見では、どれだけ声を荒げようと取り合って貰えない。
「女子供でも魔法使いは居るからな……。通り一辺倒の対応では、要らぬトラブルを招く」
柄にもなく俺の口から、守備兵を教育する練兵官のような台詞が零れた。
ここでノエルが足止めを食らうと、俺も困るからだ。
するとノエルの横から黒ずくめの剣士が姿を現した。
ここで義妹たちと護衛は合流するようだ。
黒ずくめの剣士が兵に話しかけると、何事もなく門扉が開かれた。
「必要最低限の労力で、目的を達成させたな」
義妹たちだけでなく、黒ずくめの剣士たちも優秀なようだ。
首なし騎士と骸骨馬が、対岸を睨んで戦闘態勢に入った。
ノエルを背後に庇い、黒ずくめの剣士たちが石橋の上に躍り出る。
見物人たちから、悲鳴とも歓声とも取れる叫び声が上がった。
ガイド役の冒険者たちが、雇い主に『危険だから避難して欲しい!』と訴えるが、聞き入れる者は居ない。
血の気が多い貴族の若者たちは、ここにスリルを味わいに来たのだ。
避難する道理がなかった。
そうこうする内にも、デュラハンと黒ずくめの剣士はぶつかり合い、薄暗い空間に視界を焼き尽くすような閃光が生じた。
革の留め具が弾け飛び、デュラハンの拉げた甲冑が石橋に散乱した。
骸骨馬はロープを掛けられ、石橋から身を投げた黒ずくめの剣士たちに引きずられて、落下して行った。
黒ずくめの剣士たちは、骸骨馬に絡んでいたロープを切り、石橋の淵から這い上がってくる。
「今だ!」
屋内闘技場の天井近くで旋回していたシルフが、ノエルに狙いを定めて加速する。
神速に至るための直線距離は、余裕で確保されていた。
「死ね!!」
急速にノエルの姿が近づく。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!
シルフの必殺技、神速穿孔がノエルの胸を貫いた。
「くたばれぇー!」
俺は両腕を突き上げて叫んだ。
が……。
それと同時に、言い知れぬ違和感に襲われた。
自分自身の視界がクリアなのだ。
「ああっ。シルフとの接続が切れた?」
それだけではなかった。
胸のあたりがスカスカとして、虚ろだ。
契約してから数十年の間、常に一緒だった半身の存在が感じられない。
「シルフ……」
俺の契約精霊が消えてしまった。
「シルフゥー!?」
オマエが消えてしまったら、俺はどうやってここから降りればいいんだ。
女神像の足元には、何とか人が一人座れる程度のスペースしかない。
慎重に身を乗り出して、地下共同墓地の円形広場を見下ろすと、地面は遥かに遠い。
円形広場までは、垂直にそそり立つ絶壁だ。
壁には棺を納めるための横穴が、無数に掘られている。
だが、ロープなどの登攀道具がなければ、無事に降りられそうもなかった。
「畜生めぇー!」
俺は近衛騎士だ。
登山を得意とする鉱山技師や山の民ではない。
当然ながら剣の扱いには熟達しているが、ロープやピッケルなんて装備していなかった。
「こいつは母上を誑かした下層階級のドブネズミどもに、身の程を教えてやるつもりだった。ピクニックと迷宮探索の違いも分からぬ小娘どもを始末して終わる、退屈極まりないお遊びに過ぎなかった。それなのに……!」
ちくしょう、畜生、チクショー!
どこで何を間違えた?
どうしてこの俺が安穏とした日常から切り離され、こんな場所に取り残されてしまったんだ。
「戻って来てくれ、シルフ!」
オマエが居ないと、俺には何もできない。
自力で地下共同墓地の壁を降りることができず、他人の助けを待つなんて、何たる屈辱。
「だれかぁー。だれか助けてくれぇー!」
だが背に腹は代えられず、俺は力の限り叫んだ。




