ノエルさんは、恋愛より迷宮探索が大事:クレア視点
ノエルさんが生き生きとしている。
迷宮に行くと決めたときから徐々に輝きを増し、お兄さんの顔を見た途端、一気に神掛かった。
牙鬼王討伐の現場に居合わせたアルベール殿下が、ノエルさんに惚れたのも道理だ。
だって、女のあたしが見ても、戦うノエルさんは魅力的だと思うもの……。
生き死にを問われる迷宮での、揺らぐことがない覇気。
これって命の輝きかぁー?
淑女として着飾ったノエルさんも美しい。
その眼差しは憂いを含み、媚のない仕草にも清潔感があり、文句なしにチャーミングだった。
でも、それは何処か所在なさげで、迷子の子供みたいに弱々しく、今にも消えてしまいそうな儚い可愛らしさだ。
その外見には庇護を求める弱者のイメージがあって、どうしても狡いと思ってしまう。
労せずして男たちの視線を集めるノエルさん。
狡い。
カワイイと言われても、当人が喜んでいないことは知っているけどね。
だがしかし、今あたしの前に立つノエルさんに、強者の庇護を求める弱者の気配は微塵もなかった。
お気に入りのオモチャを手にした子供みたいに、内側から湧き出す生命力で輝いている。
おそらく精霊部隊が、ノエルさんの求めていた基準に合致したのだろう。
お兄さんとの対決が待ち遠しいのかも知れない。
「クレア、ぼーっとしてないでゴーストの処理をお願い」
「はぁーい」
廊下にひしめくスケルトンソルジャーは、ノエルさんの精霊部隊に蹴散らされる。
だけど壁を抜けて現れる浮遊霊は、あたしの分担だ。
だって、背後にも出没するから、精霊部隊に任せると危ないでしょ。
「ターンアンデッド……」
ふわふわと宙を漂う悪霊は、あたしたちに地獄の叫びを放とうとしたけれど果たせず、ターンアンデッドを喰らって膨れ上がる。
「ねぇ、クレア。それって本当に浄化なの……?」
「うーん。浄化だと思うけど、ちゃんと教会で教わってないから分かんないよ」
「霊体まで膨らんで破裂するとか、怪しすぎるんですけど……」
「砂の国で発掘された古文書を参考にしたから」
あたしはコトノハの神にも加護を授かっている。
遠い異国の言葉だろうが、既に死に絶えた民族の学術書だろうが、何の苦もなく読める。
そうやって独学で会得した魔法や治癒の奇跡には、世間にも知られていない古代の秘術が含まれていたりする。
だから、あたしが使う浄化は、もしかすると浄化ではないのかも知れない。
でも、アンデッド特効なので問題はないはずだよね。
「クレアはサレルノ教会に居た短い間に、治癒の奇跡を身に着けた天才かと思ってた」
「違うよぉー。教会では、お祈りしか教えてくれなかったもん。あと、町の偉い人が亡くなられたら、ご遺体を綺麗にして着替えさせるとか……。ずっと見習いだったから、そんなお勤めばかりだったなぁー。さっき通過した地下共同墓地の木乃伊を見たら、懐かしくなったもん」
慣れてしまえば、大きなお人形さんの着せ替えだ。
たまに針と糸を使って、ご遺体の大きな傷を縫い合わせたり、肌色の粘土で欠けてしまった部位を修復したけれど。
治癒の奇跡や死霊の浄化は、サレルノ教会の修練女たちから教わった覚えがない。
「ああっ、冠婚葬祭は教会のお仕事かぁー」
「そうそう……」
ドッカン! ガッシャン! と、派手な破砕音が響く中、あたしとノエルさんは大きな声で呑気に話す。
盾と剣を構えたスケルトンソルジャーは、通路に姿を見せると精霊部隊が放つ衝撃波で、何もさせてもらえずに粉砕される。
「すげぇーな、衝撃波!?」
「…………」
嬉しそうにはしゃぐノエルさんを見ていると、あたしまで高揚してくる。
死地にて一段と輝きを増す戦乙女に、恋愛は似合わない。
月の女神イーリアさまも、そんなノエルさんだからこそ加護を授けたのだ。
あたしは、そう思う。
オルタンスお義母さまは、どうなさるおつもりなのだろう。
あたしにはアルベール殿下に恋するノエルさんの姿が、どうしても想像できない。
向かい来るスケルトンソルジャーを吹き飛ばし、壁に叩きつけて粉砕する。
そんな作業みたいな戦闘が続き、第四層を危なげなく踏破。
ここまで、レイモンさまの介入はない。
姿の見えない敵は、不気味で怖い。
レイモンさまがオルタンスお義母さまに恋情を抱いているとするなら、ノエルさんだけでなくあたしも邪魔者だ。
ノエルさんと協力して、レイモンさまに立ち向かうしかない。
第五層も六層も、その後も、問題なく突破し、デュラハン見物の貴族たちで賑わう第九層へ。
「レイモン兄貴が仕掛けてくるとすれば、ここ」
「そうなの……?」
「風花が、そう教えてくれた」
風の精霊シルフが、どのような攻撃を得意としているのか、同族の風花には分かるらしい。
「開けた場所で直線加速できないと、その必殺技が使えないんだってさ」
「それで石橋の上?」
「そそ……。ここまでは、加速に使える充分な空間がなかったからね。長い直線の通路がなかったでしょ」
「うん」
「この石橋を越えると、また入り組んだ狭い廊下が続くから……。オレを襲うとしたら、あの石橋しかない」
「なるほどー」
何度も殺されまくって感覚が麻痺してしまったのか、ノエルさんの顔に悲痛な色はない。
長年に亘って燻ぶらせてきたお兄さまへの憎悪が死をも恐れぬ闘志となって、薄暮の瞳を輝かせていた。
この世のものとは思えぬほど綺麗だ。
「ノエルさん、瞳孔が開いてる」
「んっ。わたくしは今、興奮しております!」
「はぁー」
「レイモン兄貴とシルフには、ガキの頃に随分と虐められたからな。いつかは仕返しをしたいと思っていたんだ!」
ノエルさんが吐き捨てるように言った。
可愛いのに。
外見は可愛いのに、口調がヤクザだ。
「なるほど……」
アンタは子供かぁー!?
外見と言動のギャップが酷すぎて脱力する。
だけど、それがまたノエルさんらしくて、好感が持てた。
「では、行って参る!」
「ご武運を……」
石橋へ向かうノエルさんの背中が、遠ざかって行く。
新調したグレーの外套を靡かせながら。
◇◇
「クレアさん。待機ですか?」
「わっ! 驚いた。颯香さん、どこから現れたんですか?」
「隠形の術を使用しているので、普通にあっちから歩いてきたところです」
「お兄さんたちは?」
「一緒ですよ」
颯香さんの言葉に合わせて、護衛の闇烏たちが姿を見せた。
「レイモンさまは……?」
「くっ……。我らの力が足りず、見失いました」
「と言うのは、颯香の冗談でござるよ。ノエル殿の兄上なら、未だ地下共同墓地に隠れておる」
「精霊だけを放ち、ノエル殿を殺める計画かと考えまする」
野風さんと風巻さんが、状況を説明してくれた。
どうやら事態は、ノエルさんが予想していた通りに運んでいるようだ。
「颯香。遊びではない故、報告は正確にせよ。ふざけるなど、以ての外でござる」
「はいはい」
「はいは、一度でござろう!」
虎落笛さんが颯香さんを叱りつけた。
「はぁーい」
叱られても、颯香さんに反省の色はない。
虎落笛さんは、可愛い妹に嘗められているようだ。
「ノエルさんが言うには、あの石橋でお兄さまの精霊が攻撃してくるはずだと」
あたしはノエルさんの言葉を闇烏たちに伝えた。
「ふむっ。襲われるとすれば、デュラハンを倒した直後でござるか」
「これだけ広ければ、頭上からの攻撃も可能であろう」
「風の精霊から守れと命じられたら、どうにも厄介な場所でござるな」
「ノエル殿は兄上の攻撃を喰らうつもりでござるから、我らの役目はフォローアップになり申す」
「レイモンとやらがペイバックの存在に気づいたとき、どのような顔になるのやら、見たいでござるよ」
レイモンさまはノエルさんが自分の弟であることに、まったく気づいていない。
そこが重要な点だと、ノエルさんは楽しそうに笑っていた。
それはそうだろう。
ノエルさんは、『死返し』の精霊を身に宿している。
気づいていたなら、安易な暗殺など企てない。
もっと、搦手から攻めて来るだろう。
レイモンさまは、社会的地位も信用もある実力者なのだ。
レイモンさまがノエルさんの正体に気づいていない今だからこそ、勝機がある。
「だからー。ご迷惑は掛けませんから、石橋を渡らせてくださいよぉー」
「駄目だ。いかん。その柵から先へ進むことは許さんぞ」
「えーっ!? わたくしは、この迷宮のタイトルホルダーですよ。ほらほら、冒険者ギルドのカードを見てください」
「しつこいぞ。あっちへ行け」
「この娘の保護者はどこだ!? 今すぐに名乗り出ないと、罰金を取るぞ」
だがしかし、石橋の手前でノエルさんと衛兵隊が揉めている。
まるで頭のおかしな小娘扱いだ。
ノエルさんの行く手を遮る障害は、危険な死霊ではなく、この迷宮の管理者たちだった。
「あーっ。ノエル殿は、世間知らずでござるな」
「拙者が行ってこようか?」
「うむっ。埒が明かんようであるから、山背が知恵を貸すでござる」
「どういうことですかぁー?」
あたしは何が何だか分からないので、虎落笛さんに訊ねた。
「こうした場合、古今東西、昔から伝わる洗練された解決方法があるのでござる」
「はぁ?」
「袖の下と申して、あの兵隊たちに金貨を握らせるでござるよ」
「…………」
詰まり、賄賂だった。




