規格外の娘たち:レイモン視点
少しばかり嘗めていた。
母上に拾われた娘たちだが、その力量を評価してのことではなかろうと決めつけていた。
むしろ注意すべきは、ノエルと名乗った娘が引き連れている黒ずくめの剣士たちだと考えていたのだ。
何故なら、あの不気味な剣士たちは、俺にもはっきりと理解できる【達人級】の身ごなしを会得していたからだ。
それなのに……。
眼中になかったクレアと言う娘。
とんでもない規格外れの聖職者だった。
あんな【浄化】は、これまでに見たことがない。
普通であれば、聖職者に浄化されたゾンビは静かに乾いて朽ちる。
祝福の聖句を唱えてから、死霊たちが滅するまでにはそれ相応の時間が必要だ。
浄化の力が弱ければ、何度も聖句を唱える必要があるし、その都度、聖職者は持てる力を消費していく。
「あんなに、ポンポンと使える力ではないはず……」
そうは思うのだが、現にクレアがゾンビを平らげている。
通路に群れる危険なゾンビどもを恐れるでもなく、へらへらと笑いながら一掃してしまった。
相手が聖職者であるから、死人特効の攻撃力と判断して特に警戒もしていないのだが、とんでもないことに変わりはなかった。
だが、所詮は毛色の変わった異能力者に過ぎない。
精霊使いではないのだ。
母上の寵愛を受けるには足らん。
やはり、ノエルと名乗る娘が問題だ。
ノエル……。
口にするのも、忌々しい名だ。
偶然の一致だか、母上の拘りか知らんが、不愉快である。
母上に酷似した顔がまた、無性に俺をむかつかせる。
「ノエルと名乗る娘も、クレアのように規格外れの異能力者なのだろうか……?」
何にせよ、母上に愛されるべきなのは俺だ。
人の好い母上を誑かし、俺の願望成就を邪魔するのであれば、誰であろうと容赦はしない。
「しかし……。ノエルとやら、迷宮に入ってからクレアに任せっきりではないか。精霊の気配も感じられん。もしや、詐欺師か!?」
そしてクレアの華麗なるゾンビ退治に魅入られた隙に、黒ずくめの男たちが動いた。
虚を突かれたのだ。
俺たちの隠密は見抜かれていた。
俺と手下どもは、屍人食堂に閉じ込められてしまった。
クレアの浄化でブッチャーが破裂すると、薄汚い食堂はパニックに陥った。
奴らは、ただ扉を閉めただけである。
たったそれだけのことで、俺が金で集めた兵隊は総崩れとなった。
「ぐわぁぁぁぁぁーっ!」
「くっせぇー」
「目がイテェ! 目に入った。オレの目が腐っちまう」
「喧しい。黙れ!」
このド素人どもめ。
せっかく隠密の魔法具を貸してやったのに、これでは意味がない。
俺はシルフの風魔法で飛び散る腐汁から身を守ったが、こいつらは駄目だ。
もう身体に浴びた汚物の臭いだけで、居場所がバレる。
「この役立たずどもめ……」
計算違いだが、斬り捨てるしかなかろう。
まあ、金で雇った破落戸だ。
迷宮で消えてしまっても、騒ぎにはなるまい。
「うぎゃー!」
「レイモンさん……。な、なにをするんですか!?」
「後始末だよ。魔法工廠から失敬してきた極秘の魔法術式を奪われると、俺の立場が危うくなるのでな。証拠隠滅をさせてもらう」
手下どもの身体には、国家機密扱いの魔法紋を刻んであった。
魔法研究所が開発した、最新式の隠密魔法である。
「だから死ね」
「ヒィッ!!」
ノエルとクレアは、一足先に転移門を潜ったようだ。
「あの剣士たちに、どれだけ効果があるか分からんが、死んだ振りでもしておくか」
俺は食堂の床に発火材を巻いて着火し、風の力を借りてゴウゴウと燃え上がらせた。
遺体を焼いてしまわなければ、背中に彫った魔法術式が見つかってしまう。
死体は迷宮に食われて消えるが、念には念を入れよである。
「たぶん……。一石二鳥とは行かんだろうな」
見たところ相手は、腕の立つ間諜だ。
姑息な工作など、一瞬で見抜くに違いない。
それでも俺は、黒づくめの剣士たちを炎で足止めすると同時に、一切の気配を消すことにした。
ノエルたちと黒ずくめの剣士に挟まれているのでは、ポジションが悪い。
一度、黒ずくめの剣士たちを先行させる。
俺だけなら、奴らも簡単には見つけられまい。
◇◇
迷宮の第四層は地下墓地だ。
石灰岩を掘り抜いた通路が延々と続き、巨大な地下空洞に繋がる。
この空洞は共同墓地になっていて、壁に無数の墓穴が穿たれていた。
その上方に、都合よく大きな女神像を刻んだ窪みがある。
「シルフ、頼む」
俺はシルフに指示を出し、宙を舞った。
強風に乗って空を飛ぶのは、俺の奥の手だった。
途中、ノエルとクレアを追い抜き、女神像の足元に隠れる。
ターゲットとの距離は離れてしまうけれど、地下墓地には明かりがあった。
壁に等間隔で配置されたオイルランプが周囲を照らし、下方の様子を見て取ることができる。
俺は遠眼鏡を使い、ノエルとクレアの姿を捕らえた。
「何の工夫もなく、共同墓地に踏み込んだか……。馬鹿な娘たちだ」
俺は呆れ果て、ため息を漏らした。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ」
「ふしゅーっ! ふしゅーっ!」
「カカカカカカカカカッ……。カカカカッ……」
「あぅぅぅぅぅぅぅぅーっ」
ノエルとクレアの侵入に気づき、共同墓地に屍人が溢れた。
腐汁を零すゾンビではなく、かび臭い木乃伊どもだ。
屍人食堂の火を消すのに手間取っているのか、黒ずくめの剣士たちは未だ姿を見せなかった。
巨大な空洞の中央付近で、ノエルとクレアは足を止めた。
その周囲は、木乃伊どもに囲まれている。
「クククッ……。さすがにこの数では、聖職者さまでも処理しきれまい」
俺は薄笑いを浮かべ、女神像の足元に腰を下ろした。
風魔法を使えば木乃伊どもを蹴散らすこともできるだろうが、二人の窮地を楽しみたい。
文字通り、高みの見物だ。
「さあ、心地よい悲鳴を聞かせてくれ」
養女に迎えたばかりの娘たちが死ねば、母上も嘸かし悲しまれるだろう。
それをお慰めするのが、俺の役どころだと思う。
「ぬっ!? なんだあれは……」
ノエルの周囲に、数え切れないほどの何かが現れた。
よくよく目を凝らしてみると、それは小さな動物のようだった。
だが、どことなく歪である。
「人形? 否、依り代に捕らえた精霊か!?」
その小さな人形が、ノエルとクレアを守るように布陣した。
少々ぎこちなく見えるが、騎士隊のように統率の取れた動きだ。
「んぐっ……!?」
俺は驚き、生唾を飲んだ。
あれほどの数の精霊を操れる術師など、存在するはずがない。
そもそも普通に考えるなら、強力な精霊を一体従えるだけで精一杯なのに……。
「では皆さん、日ごろの訓練の成果を見せてください」
ノエルがよく通る声で告げた。
「薙ぎ払え!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!!!
次の瞬間、物凄い衝撃が来た。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!?」
脆くなった石灰岩の壁が、音を立てて崩れ落ちる。
猛烈な霊波による全方位攻撃だ。
空間を歪ませ、地面を波打たせて、何もかもを粉砕する。
充分な厚みを持った木乃伊どもの包囲網が、一瞬にして消え失せた。
木乃伊もスケルトンも粉微塵だ。
「あわわわわわわっ……」
言葉が出ない。
あれは危険な存在だ。
早急に排除しなければならん。
「よろしい。壁を崩してしまったので、そこはマイナスです。でも、及第点と言えましょう。その調子で、ガンガン行きますよ」
「おぉーっ!ノエルさんは、採点が厳しいですね」
「クレアだって、落石に潰されたくないでしょ」
「あーっ。崩落かぁー。確かに、力加減は必要ですね」
ノエルの横で、クレアが頷いている。
普通なら聞こえるはずがない話の内容も、シルフが風に載せて運んでくれた。
あれだけ圧倒的な数のアンデッドに囲まれながら、何も不安を感じていない二人の様子に胸がざわつく。
「あの二人は何者なんだ?」
俺の疑問に答えてくれる相手は居なかった。
〈ぴぃー。ぴぃー〉
〈ぐもぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!〉
〈マンテン。マンテン〉
〈モット、ウマクヤル〉
〈満点、トルゥー!〉
ノエルとクレアを囲む精霊たちも、ぴょんぴょんと跳ねてピクニック気分に見える。
そのだらけた雰囲気からして、まだまだ全力ではないと考える必要があった。
「なんてことだ。あの攻撃が限界ではないのか?」
身の毛がよだつような恐ろしい火力だった。
それなのに、更に上があると言うのか。
「くっ……。俺より優れているだと……。許せん」
俺の心が、黒い殺意で塗り潰された。
母上に養女として拾われた、二人の異能力者に対する嫉妬だ。
あいつらが母上を喜ばせたなら、俺はどうすればよい?
俺の居場所は……?
「それじゃ、行きますよ。右向け右! 駆け足、前進!」
「おぉーっ!」
〈ミギ、ヒダリ。ミギ、ヒダリ〉
〈オイチ、ニ。オイチ、ニ〉
「あっ、敵だ」
チュドォォォォォォォォォォォォーン!
バリバリ……!
やばい連中が衝撃波を放ちながら、迷宮の奥へと進んで行く。
やつらは、この危険な迷宮内で遊び半分だ。
どれだけ余裕があるのか?
「グヌヌヌヌッ……。冗談ではない」
正気を取り戻した俺は額に滲んだ脂汗を拭い、黒ずくめの剣士たちが通り過ぎるのを待った。
あれを倒すには、遠距離からシルフを特攻させるしかない。
矢よりも早く飛べるシルフの体当たりで、ノエルの胸に風穴を開けてやるのだ。
シルフが得意とする必殺技、神速穿孔だ。
「シルフ、殺れるか?」
〈ピッ!〉
ターゲットは記憶させた。
「先ずはノエルだ。ノエルを殺すんだぞ。クレアは後回しだ」
〈ピピッ!〉
シルフはやれると言っている。
あの二人には、充分に恐怖と苦痛を与えてから殺してやりたかったが、もうそれどころではない。
一瞬で決めなければ、俺が危ない。
「世間の噂通り、あの娘は単独でデュラハンを倒したのだろう。正面からでは勝てん!」
しかも、横には回復を得意とするクレアがついている。
黒ずくめの剣士たちも、忘れてはならない。
もし倒せるとすれば不意打ちのみ。
「精霊の数に頼った力押しが、戦闘スタイルの基本と見た。それで負けなしだから、図に乗っているのだろう。そんな小娘に、俺さまが精霊使いの戦い方を教えてやろうじゃないか!」
俺は薄く笑った。
そう、シルフさえ居てくれるなら、俺に敗北はない。
これまでもこれからも、必殺の不意打ちで邪魔者には消えてもらう。
「行け!」
〈ピーッ!〉
俺は首なし騎士の迷宮に、シルフを放った。
あの目障りな娘に引導を渡すため。




