カルロス、オルタンス夫人に分からせられる:カルロス視点
「カルロス・サボイア。お召しに与り、参上いたしました」
「畏まらずとも構いません。無理を強いて、あなたを呼びつけたのはわたしです」
「はぁ……」
オルタンス夫人は見事な細工の扇で口元を隠し、目つきだけで上品に微笑んで見せた。
今のところ敵意や悪意は感じられないが、少しも安心できない。
呼びつけられた理由からして、分からないのだ。
『ノエルが世話になった礼をしたい』と、手紙に書いてあったが、そんなものは単なる口実だ。
いったい、何を要求されるのやら。
「さあ……。そんなところに跪いていないで、椅子に腰を下ろしてくださいな」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
オルタンス夫人の待つ小振りのテーブルには、椅子が一脚だけ用意されていた。
俺は仕方なく、オルタンス夫人と間近で向き合い、椅子に腰を下ろす。
「くっ……!?」
いやー、これは高位貴族と平民の距離じゃない。
近すぎるわ!
やべぇ、緊張で胃がシクシクしやがる。
「カルロスは流行とかに敏感かしら?」
「いえ。お恥ずかしい話ですが、世間のはやりには疎い方だと自覚しております」
「あら、まだお若いのに、それは感心できませんね」
「…………」
見方によってはノエル嬢と然して変わらぬ年頃に見えるオルタンス夫人だが、賢者アルマンドに言わせればバケモノだ。
あの婆さまが、『あたしより年上なのだけは確かさ!』と、遠い目になってぼやいていた。
であるからして、孫がいる俺を若造扱いするのは、おかしくないのかも知れない。
「貴方にノエルを助けて頂いたでしょ。とても感謝しているのだけれど、何をお礼に差し上げたらよいか迷ってしまって……。そんな時に、これを見つけたの」
オルタンス夫人は黒いビロードの袋から、カードケースを取り出した。
ゲームで使用する手に収まりやすいカードより、かなりサイズが大きい。
「カードですな。しかし一般の品より、些か大きいのでは」
「そう……。これは占いに使うカードなの……。最近、若い淑女たちが夢中になっているようよ。で、このカードは、わたしの懇意にしている商会が売り出した、人気商品です」
「ほう、美しいデザインですな」
「図案だけでなく、印刷の発色も見事でしょ?貴方は男性だから、背が黒い無地のカードを選びました。だって派手なピンクの花柄とかは、似合いそうにないもの」
「はぁ」
これが謝礼?
なんの冗談だ。
「少しだけ、遊び方を説明しましょう」
「はい」
オルタンス夫人の美しい指が、カードの山をテーブルに崩した。
図案がある面を下に向けて混ぜ、又一つの山に重ね、サッと横に滑らせた。
「おおっ!?」
驚きのカード捌きだ。
黒い背を見せたカードは、等間隔でテーブルに広げられた。
俺の目の前に、黒い帯が生まれた。
「どれでも好きなカードを一枚だけ引いて」
「それでは……」
俺が引いたカードには、獅子の図案が描かれていた。
「それは、貴方を示すカード。誇り高いケモノ。力強く、意志が固い。風格のある王者」
「……ッ」
今度は褒め殺しかぁー?
「もう一枚。好きなカードを引いて」
「……」
次のカードは、剣と杖を持つ少年だった。
「ソードとワンド。分かれ道。分岐点。現在を示すカードは、不可逆な運命の選択を意味しています」
「どちらかを選ぶ……? そのような機会は、身に覚えがないですな」
「では、もう一枚を引いてください」
「……」
次のカードは、燃えていた。
明らかに、不安を掻き立てる図案だ。
こんなもの、不吉なカードに決まっている。
「燃える古木。財宝の消失。今ある地位からの失脚。家族を失う。など……。破滅を意味するカードです。逆位置だと、『過去の負債を清算する!』と言った意味も持ちます。でも、今回の流れからすれば、獅子が重大な選択を誤り、破滅に至ることを明確に示唆しています」
「こっ……。これは単なる遊びですよね?」
「わたしは最初に言いました。貴方にお礼をしたいと……」
「グヌヌヌヌッ……!」
予見者の占いだ。
そこらの占い好きな婦女子が、手慰みでカードをいじるのとは訳が違う。
その結果が破滅とか、勘弁して欲しい。
「本来であれば、ここまで……。ですが、もう一枚。それを貴方への謝礼とします」
「くっ!」
新しく裏返したカードには、聡明そうな若い娘が描かれていた。
「女賢者……!?」
オルタンス夫人の目が、一瞬だけ丸く見開かれた。
「このカードの意味は……? 俺は破滅を免れるのでしょうか?」
「フゥーッ。正直、驚きました。カルダノフ天文博士が作成したという占いのカードと、貴方の強運に」
「カードの意味を教えてください」
「そのカードが意味するのは、正しい助言です。貴方を間違った道から連れ戻す、強力なカード。遊びは、お終いです」
「……」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「エルヴィーラ」
「はい。奥さま」
「お茶の支度をお願いするわ」
「畏まりました」
部屋の入り口に控えていた侍女が、ワゴンを押してテーブルの横に立った。
手際よく、茶器がテーブルに並べられる。
「カルダノフ天文博士の占術カードは、貴方に差し上げます」
「ありがとうございます」
「では……。女賢者のカードを引いた強運に免じて、ここからは予見者としての助言を与えましょう」
「お願いいたします」
「これは特別に許された、運命への干渉です。努々、おろそかに扱わぬよう気をつけなさい。要らぬ場面で、要らぬ発言をするだけで、強烈な反発力を発生させ、何もかもを台無しにしてしまう危険性があります」
「サボイアの家名に懸けて、ここで耳にしたことは決して口にせぬと誓います」
「よろしい」
オルタンス夫人は、お茶を少しだけ口に含むと、おもむろに話し始めた。
「まず最初に、貴方が陥るであろう間違いを避けるために、してはならない事についてお話しましょう」
「はっ……。よろしくお願いします」
「貴方はラクロットの居所を掴みましたね。今はエーリッヒと名を変えて、冒険者活動をしていることも……。とても優秀な細作をお持ちですこと」
「……ッ!?」
俺はオルタンス夫人の台詞に、激しく動揺した。
平静を装うべく、肩の力を抜いてみたが無駄だった。
「貴方なりに我が子ノエルの身を案じ、真心から動いてくださったものと信じております。本来であれば、名誉を重んじる貴族家の母親として喜ぶべきことでしょう。ですが、ノエルへの義理を重んじて、その情報を伝えたなら、貴方は最悪の運命を引き寄せることになります」
「だが俺は、ノエル嬢と約束をしました。敵討ちの手伝いをすると……」
「フフフッ……。勇敢で曲がったことを嫌い、誇り高く頑固。まさに獅子のカードが示す人柄と言えますね。いいでしょう。貴方には表面的に禁止事項だけを伝えても、納得されない様子。仕方がないので、もう少し踏み込んだ説明をして差し上げます。勿論、他言無用です。真偽を確認したければ、賢者アルマンドに訊ねるとよいでしょう。それ以外の人物に情報を漏らせば、貴方の破滅が確定しますよ。可愛らしいお孫さんもいらっしゃるのですから、無謀な冒険をするのはおやめなさい」
「…………!?」
孫娘のエリカを持ち出されたなら、黙り込むしかない。
エリカを危険に曝すなど、決して容認できぬことだった。
「俺がノエル嬢と交わした約束を反故にするだけの、ちゃんとした理由を聞かせて頂きたい」
「分かりました」
それからオルタンス夫人が語り出した内容は、実に驚くべきものであった。
◇◇
「カルロスは幸運です。今日のわたしは、とても機嫌がよい」
「何か特別なことでもありましたか?」
「はい。長いこと悩まされてきた問題が、もうすぐ解決されるのですよ」
「それは目出度い」
サンルームの窓から表を眺めていたオルタンス夫人が、俺に向き直った。
「ノエルは母親思いのヨイ子です。必ずや首なし騎士の城塞で、あの屑を処してくれることでしょう」
「…………」
不穏な発言である。
こうした場面では関わり合いにならぬよう、固く口を閉ざしておくのが肝要である。
どれだけ親しげに振舞われようと、俺のような平民はお貴族さまと立場が違う。
そこを忘れてはならないのだ。
「そんな事情もあって、カルロスには大盤振る舞いです」
「よろしくお願いします」
「では、この国のトップも知らない、とっておきの秘密をお聞かせしましょう」
そう前置きしてから、オルタンス夫人はぶちかました。
「リネール王国の乗っ取り!?」
「そう。ユストゥス教団の目的は、邪竜と呼ばれる存在を自分たちの神と仰ぎ、新たな国を興すこと……。かつて度を過ぎた傲慢さから神々に見捨てられた種族が、恥知らずにも何一つ自分たちの過ちを認めようとせず、世界制覇を目論んでいるのです」
「しかし、一介の宗教団体が、国盗りなどと言う大それた真似を……」
「自分たちに不可能などないと信じ込むほど、傲慢な連中なのです。でも今頃彼らは、頭を抱えていることでしょう。既にユストゥス教団が企てた幾つかの計画は、潰されています。ノエルとラクロットによって……」
「……フムッ。もしかして潰された計画の一つは、セリーヌ姫の件ですか?」
俺はドラローシュ侯爵さまから聞かされた話を思い出した。
「セリーヌ姫の件もしかり……。ユストゥス教団の実働部隊が、十数名の死者を出した事件も含まれます」
「くっ……。その話は、ノエル嬢から相談されました」
相談されても手の下しようがない案件なので、頭を抱えていた。
闇烏に命じて、捜査を攪乱すべく偽情報を流布させるのが精一杯だった。
「はぁー。あの子は、わたしに話したら叱られると思ったのか、だんまり。母親として寂しい限りです」
「ファビアン・ド・ヴァロワ公爵と共謀しての王位簒奪。背景にユストゥス教団が暗躍しているのは、理解しました。しかし、それとラクロットに如何なる関係があるのか?」
「大いなる意思のお計らいにより、この世に邪竜が生まれる時、覇道の剣もまた齎されます。邪竜は、普通に討伐を試みても殺すことができません。あれは襲撃者に死を返します。まさに闇落ちしたノエルと申せましょう。邪竜を葬れるのは、覇道の剣を所持する勇者のみ」
「ノエル嬢がラクロットに奪われた剣ですな」
「違います。あの剣は、そもそもラクロットに与えられたものです」
「はぁ!?」
「大いなる意思は、ラクロットに邪竜退治を託したのです」
「…………」
想像と違っていた。
ノエルの背中を刺し、宝剣を奪い去った男が勇者だと……?
「覇道の剣は邪竜を滅ぼすために、所有者の行動を操ります。それでラクロットは、ナバロ神聖皇国に向かいました」
「そのような力が剣にそなわっているのですか?」
「ユストゥス教団も自分たちの神を滅すべく、恐ろしい剣が近づいていることに気付いたことでしょう。そう遠からず、邪竜はナバロ神聖皇国から運び出されます。ラクロットは、よくやりました。ラクロットがナバロ神聖皇国に足を踏み入れなければ、ユストゥス教団はかの国の軍務卿を唆し、リネール王国に攻め入らせていたことでしょう」
「そうなのか……。ラクロットが戦争回避に役立っていたのか……。んっ。邪竜を移動させる? どこへ……?」
「あらあら。そんなの、この国に決まっているじゃないですか」
「そうか!?」
邪竜がリネール王国に運び込まれたなら、俺の苦労を嘲笑うかの如く、ラクロットはリネール王国に舞い戻ってくる。
覇道の剣に導かれて……。
くそったれが。
全部、無駄じゃないか。
キサマの捜索に、いったいどれだけの資金を投じたと思っている。
「放置しておいても、大いなる意思の定めるところ、ノエルとラクロットは必ず再会します」
「なるほど……」
俺としては心底がっかりだ。
全身脱力である。
「カルロス、気を抜いている暇などありませんよ。時間は押しているのです。ノエルがラクロットと再会するまでに、あの益体もない復讐心を薄れさせるよう、冒険者として身に着けてしまった価値観を書き換えないといけません」
「えっ?」
「ラクロットがノエルに殺されたなら、誰が邪竜を滅ぼすのですか……? とても危険な、命を賭した使命ですよ。ノエルに、やらせるのですか? それとも、この国の王子たちに押し付けますか? わたしとしては己の都合で剣を奪った男にやらせるのが、一番だと思うのですが……」
「くっ……。俺も微力ながら協力させて頂きます」
口に含んだ茶が、妙に苦く感じられた。
不本意である。
実に不本意ではあるが、仕方ないんじゃないか!?
何もノエルが生贄に捧げられる訳ではない。
復讐を諦めるだけだ。
それでユストゥス教団の謀略を挫けるのなら……。
「アルベール王子にも、もっと本腰を入れて頂かないと……」
「むっ……。そのお話ですが、本当にノエル嬢をアルベール殿下と娶せるおつもりですか?」
俺はどうしても気になったので、その点をオルタンス夫人に確かめた。
「当然です。あの子には、小さい頃から女としての生き方を躾けてあります。あの子も、追々それを思い出すことでしょう」
「………………」
とんでもない母親である。
ノエルが性的自己認識が定まらずにフラフラとして見えるのは、すべてオルタンス夫人の仕込みだった。
ノエルよ。
オマエには心から同情するが、俺に出来るのは優しく接することくらいだ。
どうか、俺の裏切りを許して欲しい。




