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薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


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一矢報いる:ノエル視点



 探索の支度を済ませたオレたちが宿舎から出ると、レイモン兄貴は消えていた。

 一層、不気味である。


 この手の危険は、目に見えていた方が対処し安い。

 だがしかし、毒虫より不愉快なレイモン兄貴と親しい家族を演じるのは苦痛だ。

『どちらがマシなのか?』と問われたなら、非常に悩む。


「先回りしての、待ち伏せか監視だな」

「周囲の警戒は、拙者らに任せてほしいでござる」

「よし。浅層の魔物は数が少なく、危険度も低い。三層まではクレアに任せよう」

「オーッ! 任された」


 聖職者の僧衣に着替えたクレアが、右手に握った錫杖を突き上げた。

 なんとも、元気で(ほが)らかな娘さんである。

 お宝探しが大好きだもんな。


「四層からは地下墓地だ。アンデッドの数も一気に増える。そこからは精霊部隊を先頭に、力押しで進む。お宝探しは下層に着いてから……。デュラハンの橋を越えるまでは、速度重視だ。ゴザルたちは不審者の警戒に専念してくれ」

「得意任務でござる!」


 虎落笛(もがりぶえ)は力強く返答し、颯香(ふうか)を含めた闇烏(ヤミガラス)たちが、了承の意を示した。


「魔物が落とした素材は、拾わない……?」

「ゾンビの魔石は小さいぞ。見つけて拾うのは大変だ」

「魔石以外にも、素材が手に入るのでは……?」

「呪術の素材となる黒化した腐肉や、木乃伊(ミイラ)の心臓とか、クレアさんは欲しいですか?」

「………………」


 クレアがブンブンと頭を横に振った。

 女の子が欲しがるのは、呪物や魔法薬のキモイ素材より、キラキラとした宝飾品だろ。


 オレは迷宮の受付でサインを済ませ、その折に記入用紙をチェックして、レイモン兄貴の名前を確認した。


「兄貴たちは先に入っている」

「承知」


 虎落笛(もがりぶえ)が小さく頷き、仲間たちに指示を出した。

 闇烏(ヤミガラス)たちは、オレとクレアを監視するレイモン兄貴たちの監視役だ。

 専門家の腕を見せてもらおう。


「残念だが、前回同様、ここからデュラハンが待つ石橋までは、別行動になる。臨機応変な行動を求められるけれど、状況がどうあれ十六層の手前では合流したい」

「リッチでござるな」

「あれは駄目だ。ヤミガラスだけでは死人が出る」


 オレは首を横に振り、戦乙女の(ヘルム)を被った。


 太ももが(あらわ)になる、銀色の精霊防具にも慣れた。

 オレさえしゃんとしていれば、この装備は格好良いのだ。


「オレとクレアが先に入る。颯香(ふうか)とゴザルたちは、間をおいてから隠密で追跡してくれ」

(だく)!」

「畏まった」


 こうしておけば何か不慮の事態が起きても、レイモン兄貴たちを挟撃できる。

 あれこれと先に手を打っておくのが、迷宮で生き延びる秘訣だ。

 それをやらんのは、単なるアホでしかない。



「輪廻転生の理を歪めし、不浄なる悪霊よ。疾く、常闇の冥界へと戻るがよい。浄化!」


 これまでに試される機会こそなかったが、クレアの実力は超聖女級と目される。

 忘れ去られし神々をつまみ食いして手に入れた、膨大な加護とスキル。

 そして汚れなき乙女の祈りから生じた、死霊特効ターンアンデッド。


「ぶごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」

「うぉー。ゾンビが膨らんでいく」


 まん丸に膨れ上がったゾンビが、ボテボテと地面を転がった。

 怖いけれど面白い。

 

 オレは膨張した腹が邪魔で起き上がれなくなったゾンビをそっと魔杖(ロッド)で突いてみた。


 パーン!!


 ゾンビは破裂して飛び散った。

 オレの周囲に、薄い灰色の霧が立ち込めた。

 霧の正体は、細かい粒子となったゾンビの身体だった。


「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!」


 四散した肉片と腐汁を全身に浴び、オレは絶叫した。


「ヒィーッ! 臭い、臭い、きちゃない! クレア、助けて!!」

「ダメ、ダメ、ダメー! ノエルさん。こっちに来ないでー!」


 好奇心はネコを殺す。

 大惨事である。


 様々な攻撃を退(しりぞ)けてくれる精霊防具だが、汚物には全くの無力だった。


 オレは水禍(すいか)に丸洗いしてもらい、そそくさと予備の衣服に着替えた。

 闇狼(シャドーウルフ)から奪った異空間収納がなければ、悲惨なことになっていた。


 もう二度と、ゾンビには近寄るまい。


「迷宮内で裸になってシャワーを浴びるのは、ノエルさんだけだと思う」

「もういいから言わんで……。オレが悪かった。迂闊だった。このことは、二人だけの秘密な」

「無理だと思うけど……」


 クレアが周囲を見回しながら、口ごもった。


「えっ? どうしてさ」

「だってー。色々な人に監視されているかもデショ」

「くっ……!」


 オレは周囲に視線を飛ばし、見えない何者かを威嚇した。

 オレのしくじりを酒の肴にするような不届き者は、例外なく処す。


「ターンアンデッド」


 クレアが楽しそうに叫ぶ。


 ぽーん!

 パーン!

 パパーン!


 クレアに錫杖を向けられたゾンビが、次々と膨れ上がって破裂する。


「なんか、思っていたのと違うけど……」

「オレもだ。浄化って言うからさ。こう静かに崩れて行って、塵に戻ると決めつけてたよ。それなのに……。そこら中、汚汁だらけにしやがって」


 ターンアンデッドを食らったゾンビは、派手に破裂するものと学んだ。

 ゾンビが四散して生じた悪臭の処理は、風花(かざはな)のお仕事だ。

 風で散らして、すっきりさっぱり。


「うん。これはこれで、愉快かも」

「すごいなオマエ」


 オレの口から本音が漏れた。


 冒険者だから心を殺して顔に出さないけれど、デュラハンの迷宮は最低だからな。

 あっちもこっちも死の臭いばかりで、凄惨なことこの上ない。

 怖くて不愉快で、正直なところゲロを吐きそうだ。


 前回はインヴィジブルアラクネーの隠密を使ったから、動く死体(アンデッド)なんて少しも怖くなかった。

 戦わないし、手が届くような距離までゾンビに近寄らないからな。


 むしろ、闇烏(ヤミガラス)と合流してからの方がきつかった。

 精神的に……。


 間近で見ると、生々しくてヤベーんだよ。

 動く死体(アンデッド)……。


「やあ、聖職者をしていたから、ご遺体とかで慣れてるし……。こう言うのって慣れてしまえば、どーってことないよ」

「…………」


 クレアは死者を冒涜するような情景に、『どーってことないよ』と言い放った。

 (おぞ)ましいゾンビの姿にも、まったく動じることがない。

 (けが)れなき乙女が、それでいいのか?


 オレとしては、少しくらい(おび)えて欲しい。

 さもないと、オレの立場がないから。




◇◇




 転移門を使い、三階層まで進んだが、今のところレイモン兄貴からの干渉はない。

 オレが戦いに参加せず、ただ見ているだけなので、未だ手を出すのは時期尚早と考えているのだろうか?

 それにしても、まったく気配を感じさせないのはさすがと言える。


 リネール王国の近衛兵、隠れるのが上手ですな。

 隠密のスキルか、なにがしかの魔道具を装備しているのかぁー?

 インヴィジブルアラクネーの隠形喝破は、人が身に着けた隠密スキルに弱い!?


「これまで、意識して隠形喝破の異能力を使った覚えがないし……。熟練度の問題かも、知れないな」


 虎落笛(もがりぶえ)たちは、大丈夫だろうか?

 いや、冒険者のオレが、闇烏(ヤミガラス)たちを心配するのは失礼だな。

 専門分野にド素人が口を挟んでも、格好の悪い思いをするだけさ。


「あたし、ノエルさんのお兄さまに、嘗められちゃってます?ホントは、強いんですよ」


 普段、温厚で他人と争うことのないクレアが、目をぎらつかせている。

 おそらくきっと、暴力をぶつけるターゲットがなくて、ストレスを溜めていたのだろう。

 それがゾンビを駆逐することで、解放されちゃったんだな。


 大好きな宝物探しもさせていないから、集中力が破壊衝動へ棒振りされている。

 まあ、それでクレアの憂さ晴らしになるなら、良いことではあるのだが。

 それでも聖魔法以外の力を見せるのは、控えて頂きたい。


「いやいや……。あいつらに、クレアさんの強いところは見せなくていいから。いざと言うときのために、とっておこう」

「あーっ、なるほど……。嘗められて、馬鹿にされて、そんでもって勝つんですね。ギャフンですよー」

「そうそう」


 聖なる祈りは、人間同士の戦闘で脅威にならんからな。

 どれだけ派手にゾンビを蹴散らそうと、浄化は飽くまでもアンデッド特効だ。

 クレアもまた、対人戦闘で使えるような魔法は見せていない。


「奥の手は、隠しておくものですよね」

「その通りだ」


 レイモン兄貴の関心は、オレに引き付けなければならん。

 クレアに目立たれては困るのだ。


「この大食堂に、四階層への転移門があるんですね?」

「そそ……。ちょっと気が進まないけれど、やっちゃって……」

「そうですね。向こうの壁際に居る大きいのが、不安です」

「だろー。こっちまで、飛び散ってくるかな?」

「うーん。考えても無駄だから、やばそうなら部屋の外に避難しましょう」


 オレとクレアは、大食堂の入り口から内部を覗き、どう戦うべきかを相談した。


 大食堂(仮称)は広い。

 天井も高く、頑丈そうな石の壁で囲まれている。

 その大食堂を守護しているのが、ブッチャーと呼ばれている巨漢のゾンビだ。

 もはや、人間のサイズではなかった。


 手にした肉切り包丁は、振り下ろせば牛の頭を両断できそうなほどでかい。

 一目見ただけで、『うわー!』と声なき悲鳴を上げて退散したくなるほど、恐ろしげな姿をしている。


 だが、オレとクレアが気にしているのは、大きなゾンビがターンアンデッドを食らって膨張破裂したとき、どのくらいの距離まで中身が飛び散るのか? である。


 先ず確実に、オレの手は汚物でデロデロになる。

 なんとなれば、転移門はブッチャーが踏みつけている床の上蓋(あげぶた)を外すと現れるからだ。


「オレは考えたんだけどさ」

「なんですか?」

「あれを転移門から遠ざけて、ターンアンデッドするのはどう?」

「攻撃されるリスクを拾うんですか? あの包丁は、当たると痛そうですよ」

「ちょっとだけ精霊に協力してもらうから、ダメージを貰うリスクはない。ターンアンデッドをしたら、即座に転移門を潜ろう。なにもブッチャーが爆発するまで、待つことはないだろ」

「うん。でしたら、その作戦で行きましょう」


 クレアが明るい顔で頷いた。


 下手をすれば、幾つもの燭台が下がる梁から、ぼたぼたと垂れ落ちてきたゾンビ汁を浴びないとも限らん。

 それだけでなく、木の床は腐汁や脂肪、臓物で滑りやすくなり、うっかり転げでもしたら大惨事だ。

 ここまでに倒してきたゾンビより、ブッチャーは臭そうだしな。


 オレは既に学んだ。

 同じ失敗はしたくない。


「頼んだぞ、玄仙坊とおせんぼ!」

(ガウ)……〉


 オレとクレアは大食堂に突入し、ブッチャーを転移門から引きはがすべく大声で騒ぎ立て、手ごろな食器などを拾って投げつけ、盛大に煽りまくった。


「ぶごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!」


 怒号を響かせて迫りくるブッチャーは大迫力だ。

 振り回される肉切り包丁が空を裂き、オレたちの傍で軌道を反らされる。


「いい仕事ぶりだ!」


 オレは玄仙坊とおせんぼを誉めそやした。


 オレとクレアは、ブッチャーの足元を転がるようにして背後へ抜け。

 間髪入れずに転移門へ向かって走る。


「ターンアンデッド!」


 クレアが強烈な浄化をぶっ放した。


 そのとき大食堂の入り口に、ちらりと虎落笛(もがりぶえ)の姿が見えた。

 虎落笛(もがりぶえ)はニヤリと笑みを浮かべながら、入り口の扉を静かに閉めた。


 床の上蓋あげぶたを外したオレは、クレアとブッチャー以外の気配を拾った。

 姿を隠した何者かが、激しく動揺する気配だ。


「よくやった、虎落笛(もがりぶえ)!」


 クレアを大食堂の床下に放り込んだオレの口から、思わず賞賛の言葉が漏れた。

 ターンアンデッドを食らってブクブクと膨張したブッチャーは、オレとクレアを捕らえようとして屈み、転移門への通路を塞いでしまった。


 ざまあみろ。

 笑いが止まらん。


「どうしたの……? 何があったのノエルさん?」

「それは後で聞かせてあげる。クレアと虎落笛(もがりぶえ)のお手柄だよ。でも今は、四層への転移が先だ。もう破裂するぞ」

「おっ、おぅ……」


 オレとクレアは、手を取り合って第四層へ転移した。






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