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薄暮の乙女は復讐を求めるが、聖女と勘違いされています  作者: 夜塊織夢


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対処の難しい案件:ノエル視点

 


 モコモコに着ぶくれし、首なし騎士デュラハンの迷宮に到着したオレは、そこで不愉快な連中を目撃することになった。

 レイモン兄貴と部下たちだ。


 兄のレイモン・ド・ノバックは、昔と変わらない人好きのする優しそうな顔をしていた。

 近衛騎士でありながら威圧感を感じさせず、虫も殺さなそうな優男に見えた。


 レイモン兄貴は傍にいた部下と談笑しながら、オレたちに手を振った。

 実に友好的で気安げな挨拶だった。


 だが、それは上っ面だ。


 ノバック伯爵家の男どもは、最低な差別主義者である。

 より強力な精霊との契約を絶対価値と決めつけ、自分を特権者だと信じて疑わない。


 レイモン兄貴も例外ではなく、人当たりがよさそうな態度を装い、平気で他人を(おとしい)れる。

 何度も嫌がらせを受けたオレが言うのだから、間違いない。


 オレはボア付きのフードを目深に下ろし、ハーフマスクを装着した。

 そこはかとなく母上に似ている顔を見せない方が、この場をやり過ごすのに都合がよいと考えたからだ。

 レイモン兄貴が母上を病的に愛していて、幼少期を母上と離宮で過ごしたオレに、明白な敵意を持っていたことは忘れていない。


 性根の腐った、クソ野郎め!

 あのニヤニヤ顔を見ると、胃の腑が冷たく固まる。


『ああオレは、兄貴に殺意を覚えるほど憎んでいたのか!?』


 以前は絶対に勝てないと思い込んでいたから、自分の気持ちを押し殺してしまったのだろう。

 だけど、今はもう違う。

 昔ほどレイモン兄貴からの圧を感じなくなっていた。

 その結果が、凶暴なほどの殺意だ。


 でもでも、幾ら憎かろうと家族を殺したら拙い。

 相手はパルマンティエ王家の信頼も厚い、魔法騎士さまである。

 何なら親衛隊の副隊長さまでもあった。


「それにしても面倒な。どうしてここに……?」


 冒険者ギルドに、迷宮探索の予定を申告したからな。

 それで待ち伏せされたか……。

 どうやって休暇を獲得したのか知らんけど、相も変わらず嫌がらせには労を惜しまない男だ。


 おそらくレイモン兄貴は、母上に拾われたオレとクレアを自分の目で確認しに来たのだろう。

 そのうえで上下関係を叩き込もうとか、胸の内で考えているのかも知れない。

 なんにしても油断は禁物だ。


「まあ再会に備えて、こちらも準備は万端だ」


 こうした事態は(いず)れ近いうちに起こり得ると、オレだって覚悟していた。

 毎日毎日、飽きることなく手芸に打ち込んだのも、ラクロットへの復讐心からだけはでなく、レイモン兄貴の干渉を実力で退(しりぞ)けるためだ。

 憑代となるヌイグルミには幾度となく手直しを加え、より精霊たちが好むものへとレベルアップさせてある。

 精霊部隊は充分に強化された。

 レイモン兄貴と契約している風の精霊(シルフ)だって、一蹴できるはず。


 ここで力の差を思い知らせておかないと、後々(わずら)わしい嫌がらせが続くことになる。

 圧倒的な力の差を見せつければ、詰まらない干渉も少しは減るだろう。


「問題ごとですか?」


 オレの様子を見た颯香(ふうか)が、こそっと声を掛けてきた。


闇烏(ヤミガラス)には、あの連中に注意して欲しい。リーダーの男は、現ノバック家当主の弟だ。パルマンティエ王家の親衛隊に所属する騎士だから、こちらから攻撃はできない。風の精霊魔法を使う、とても面倒臭い危険因子なので、しっかり心得ておいてくれ」

「承知!」


 颯香(ふうか)は多くの説明を求めることなく頷き、兄たちへ伝えに行った。


 首なし騎士デュラハンの迷宮は、王都ロワイヤルの冒険者ギルドが管理を任されていた。

 馬車や馬橇は、冒険者ギルドが運営する宿泊施設に預けられる。


 冒険者はパーティーごとに部屋を借り、探索に必要な物資を預けたり、着替えをしたりする。


 オレとクレアも、宿泊施設で着替えをしなければならない。

 屋外と比べて迷宮内は暖かいのだ。


「察するに、あれが意地悪なお兄ちゃんですか?」

「そそ……。クレアも気を付けてね」

「うん、分かった」


 さっそくクレアは【神理の眼】を使って、レイモン兄貴の正体を確認した。


「うわぁー。優しそうな顔をして、とんでもない性格破綻者ですよ。契約させられた精霊まで、闇落ちしてるー」

「むむっ!?」


 長いこと会っていなかったが、その間にレイモン兄貴も順当にグレードアップしたようだ。

 精霊が闇落ちとか、どれだけ無実の相手を殺したんだ?

 これは心して掛からねば。


「取り合えず、向こうから接触してこない限り、他人で通す。これまで正式に紹介されていないから、問題にはならん」

「向こうから声を掛けてきたら?」

「そうなれば、もう仕方なかろう。兄として名乗りを受けたときは、キチンと挨拶をしよう」


 極々(わず)かだが、偶然の可能性もある。

 そこに賭ける気なんてサラサラないけれど、こちらからはアクションを起こしたくない。

 兄貴の吐いた空気を吸っていると思うだけで、覿面(てきめん)に気分が悪くなる。


「ううう……。あれが義理の兄とか、あり得ないですー」

「スマナイ」


 いやー。

 本当にゴメンよ。

 でも、あれがオレの兄貴なんだ。

 これからは、クレアの兄でもあるからね。

 一緒に力を合わせて頑張ろう。



「と言う訳で、迷宮探索の作戦会議だぁー」


 オレは着替えを終わらせ、宿舎の一室にパーティーメンバーを集めた。


「作戦と申されてもなぁー。相手がノエル殿の兄上では、やりようがないでござるよ」

「何をしても角が立つ未来しか、思い浮かばないでござる」

「そこそこ……。何をしても角が立つので、レイモン兄貴たちを邪魔してはいけません。まず何が起きようと、ゴザルたちには手出しをしないで欲しい。リネール王国からの指示で、迷宮の調査をしているのかも知れないし」

「そうは申されても、拙者らはノエル殿やクレア殿の護衛でござるからなー」

「御身に危険あらば、拙者らの命に代えても守る所存でござる」

「あーっ、もう。キミたちはー、死んじゃうと死んじゃうでしょ。それっきりでしょ。そうそう簡単に命を捨てちゃダメです」


 こいつらに死なれたら、夢見が悪い。

 オレの身代わりとか、本当に勘弁して欲しい。


「そうは申されてもですな。拙者らにも、闇烏としての意地があり申す」

野風(のかぜ)風巻(しまき)山背(やませ)青嵐(せいらん)……。其の方らは、とんでもない考え違いをしとる」

「いやいやいや、考え違いなどしておらん。それなら虎落笛(もがりぶえ)は、ノエル殿を襲撃者の好きにさせろと申すのか?」

「わたくしたちはオルタンス夫人に雇われて、ノエルさまにお仕えしています。でも、真の(あるじ)はノエルさまのみ。ノエルさまが黙って見ていろと仰るなら、それに従うべきでは?」


 颯香(ふうか)が涼し気な口調で言い切った。


「ウーム。そんなことを申して、もし仮にノエル殿が命を奪われてしまったら、どうなさるつもりでござるか?」

「心配無用にござる。ノエル殿は、殺されても復活なさるのじゃ」

「はぁ!?」

「前回、リッチとの闘いに勝利したのは、ノエル殿に宿る精霊が死を返したからでござる。リッチの恐ろしい呪いも、ノエル殿に掛かれば羽虫が飛ぶ音の如し」

「意味が分からん!!」


 危険なリッチの部屋には、オレが単独で入った。

 だから虎落笛(もがりぶえ)を除く闇烏たちは、そこで何が起きたかを知らない。


「実際に目撃すれば、其の方らも腑に落ちよう。ここは黙って、ノエル殿に任せるでござるよ」


 虎落笛(もがりぶえ)は、いきり立つ同胞たちを(いさ)めた。


「内輪の相談は終わったか?」

「終わり申した」


 虎落笛(もがりぶえ)が、すっきりとした顔で頷いた。


「それじゃ本題に戻るぞ……。レイモン兄貴は、まずオレたちの力量を知りたいはず。そこで露払いを精霊部隊に任せる。ど派手にアンデッドどもを駆逐し、レイモン兄貴のヘイトをオレに向けさせたい」

「考えがあるでござるか?」

「勿論さ。兄貴の性格はよく知っている。あの人が精霊使いとして、自分と契約した風の精霊(シルフ)に絶対の自信を持っていることも……。その鼻っ柱を折られたら、オレと張り合わずにおれないはず。正面からでは勝てぬと踏めば、必ず汚い手を使って来る。そこが狙いだ」

「なるほど……。兄上は精霊使いでござるから、精霊魔法による不意打ちが予想されると……?」

「そう。その攻撃を避けずに食らい、レイモン兄貴から精霊を奪う」

「さすれば、兄上は無傷で戦闘力を失うでござるな」


 レイモン兄貴は、いつだって不可視のシルフに指示を与え、オレを(なぶ)っていた。

 同じことを今も続けているのだろう。


 シルフが邪精霊に闇落ちしたのは、レイモン兄貴に命じられて罪のない人たちを暗殺したからに相違ない。

 だがそんな悪事も、これでお仕舞いだ。


颯香(ふうか)……。オレの顔を母上に似せてくれ。実子に見えるよう」

「お任せあれ」

「不義の子でも演じるつもりなの?」

「そうさ」

「なんで……?」

「レイモン兄貴を動揺させ、可能な限り怒らせたい」

「ふーん?」


 クレアは理解できなさそうな顔になり、首を傾げた。


「あの人は母上が大好きなんだ。で……。多分、母上に近づく男が、憎くて堪らない。そんな妄想ばかりしているなら、母上が自分に似た娘を引き取ったと知れば激怒するだろ」

「オルタンス夫人のこと……? いい年齢なのに結婚もしないで、お母さまに惚れた男を目の敵にするなんて……。おこちゃまなのかしら?」

「違うよクレア。レイモン兄貴は、異性として母上を慕っているのさ」

「…………!?」


 クレアが口を半開きにしたまま、固まった。


「そんなだから、タウンハウスへの出入りは母上に禁じられている」

「そうなんだぁー」


 レイモン兄貴は、風の精霊(シルフ)に命じて母上の愛用品を盗んだ容疑者とされていた。

 外聞が悪いので秘密にされているが、母上はレイモン兄貴を遠ざけた。

 予見者を相手に、ばれないとでも思ったのだろうか?

 オレは非常に残念だよ。


 レイモン兄貴の優れた剣術や強力無比な魔法の数々は、精霊による助力があってのもの。

 精霊を奪われた精霊使いなんて、矢を使い切った弓兵にも劣る。


 自分が見下してきた只人の立場に落とされたら、あの傲慢な差別主義者は何を思うのだろう。

 今から楽しみではある。






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