母上を敬うノエル:ノエル視点
フィリップ王太子殿下はセリーヌ姫を助けた恩賞として、リネール王国が認める名誉冒険者の地位をオレに与えた。
パルマンティエ王家専属冒険者の証は、希少な黒晶石を薄く磨き上げたカードだった。
カードを納める革のケースには、黒百合と烏の紋章が刻印されていた。
色々とオレについて調べたのだろう。
ドラローシュ侯爵とオレの繋がりは知っているので、その線からの情報に違いなかった。
王太子派と第二王子派の派閥抗争は、緊張に満ちた状態から雪解けムードへと向かっている様子だ。
それも母上の手柄かと思えば、複雑な気分である。
いいように使われて、手のひらで踊らされた屈辱感が拭えない。
【予見者】などを親に持つと、ありとあらゆる不都合が以前より用意されていた策略に思えてくるのだ。
この疑心暗鬼は、永遠に消えることがないだろう。
貴族の養女となり、冒険者ニュース王都ロワイヤル版の一面を飾り、パルマンティエ王家お抱えの冒険者になった。
だと言うのに、オレの気はちっとも晴れない。
鬱々としたままだ。
と言うのも、闇森の迷宮を脱出してから、一歩もラクロットに近づけずにいるせいだろう。
気が焦るばかりで、ヤツの影さえ見つけることができない。
悶々としながらラクロットの情報を求めて、復讐のチャンスを窺っていたら、社交界デビューをさせられてしまった。
今や世間は、アルベール殿下とオレが近く婚約するものと決めつけ、騒いでいる。
婚約、婚約、婚約って……。
婚約したら、次は結婚じゃないか……!
アルベール殿下と結婚しても、復讐に行かせてもらえるのだろうか?
なんだか、『駄目だ!』と言われそうな気がする。
禁止されたのに逆らって実行するより、黙ってやっちまった方がいいよな。
ラクロットをぶちのめしてから、『エェーッ。駄目だったんですか?』と、全力で惚けることにしよう。
「はぁー!」
ノバック家に戻り、移動を許される身となったら、今度はアルベール殿下の求婚を断れないと来た。
目的に一歩近づいたと思ったら、即座に五十歩も後退させられたような気分だ。
あちらを立たせれば、こちらが立たずで、思うに任せん。
あーっ、苛々する。
「ノエルちゃん。お茶会の誘いがたくさん届いているわ。デビュタントで頑張ったのね。母さま嬉しい」
サンルームのソファーで苦悶するオレに、母上が能天気な様子で告げた。
「わたくし宛の招待状ですか?あまり気が進まないのですが、出席しなければなりませんか?」
「何も全部に参加する必要はないわ。幾つか大きなものに参加すれば充分でしょう。母さまが出席すべきお茶会を選んであげるから、待っていてね」
「お任せします」
新年祝賀パーティーに参加した本来の目的は、果たされたようだ。
オレのエスコート役がアルベール殿下だったので、貴族たちの関心を引いたのだろう。
これもまた母上の計略ではないかと、心の底で疑っている。
「ちっ……。ドレスなんか着て、オレは何をしているのか?」
ときとして、こうした負の感情に襲われるのは仕方のないことだ。
オレ自身、自分の性を持て余しているのだから……。
たぶん、オレは選択をしくじった。
だが、それはいったい、どの時点のことなのだろう。
覇道の剣を見つけて浮かれたときか、ひねくれ者のラクロットを相棒にしたときか、親父たちを憎んでノバック家から逃げ出したときか……?
それとも、『死返し』の精霊に、憑代として選ばれたときなのか……?
「うーむ。言いたくはないけれど、母上の子として生まれたことが既に失敗だよな」
いいやもう、考えたくない。
「これが大いなる意思の、お取り計らいか……?」
婚約、そして結婚……。
それは貴族の娘である以上、避けて通れない運命みたいなものであった。
もと遊民の養女であろうと、格上の相手から望まれたらどうにもならん。
なんにせよ、姿(性別)が変わってしまったので、真正面からラクロットに名乗りを上げるのは嫌だ。
もし鼻で笑われたりしたら、恥辱に耐えきれず泣いてしまいそうで怖い。
「ちっ、ちっ、ちっ……。アマンダ言うところの大いなる意思とやらは、オレに何をさせたいんだ?」
オレは作業途中のヌイグルミに視線を落とし、グチグチとぼやいた。
不安なことばかりある現実から目を反らしたくて、自然と手芸が捗る。
ヌイグルミ配給の順番を待つ精霊たちは、大はしゃぎだ。
「おし。完成したぞ。キノコの精霊くん。キミの名はファンガスだ」
そうそう現実逃避と言えば、そろそろ同志クレアとの約束を果たすのもよい。
お宝がどっさりの迷宮探索に連れて行くと言ったまま、放置していたのだ。
嘸かし首を長くして待っていることだろう。
「お茶会の前に気分を盛り上げておかなければ、やってられないもんな」
このタイミングなら、母上も行くなと禁止することはできまい。
迷宮探索を禁止するなら、お茶会にも出んわ。
「よし、迷宮探索に行こう!」
オレに付き従う精霊たちが、〈ヤッフゥー!〉と歓声を上げた。
◇◇
ドゥレビール王城で催された新年祝賀パーティーは春の到来を祝う行事でもあるが、だからと言って気候が暖かくなった訳ではない。
貴族が暮らす地区も雪で埋まり、王都ロワイヤルは冬真っ盛りだった。
春はまだ、当分やって来ない。
気が早いにも程がある。
「お茶会の開催日は、まだ先だよね」
「これからドレスを仕立てるとか、母上が言ってたから……。余裕だと思う」
お茶会の招待状は、かなりの余裕をもって届けられる。
もったいぶっている気がするけれど、準備期間も淑女たちにとっては楽しみなのだ。
まあ、オレたちには関係ないけどな。
「また最初から貢献値を稼がなければならないと思っていたのに、最初からCランクって嬉しいよね」
「あーっ、貴族特権な」
クレアはCランクのギルドカードを手にして、ムフフと笑った。
辞めてしまった冒険者ギルドに再登録を済ませ、BからCへとランクが降格したけれど、気にしていない様子。
肩の力が抜けて、いい感じじゃないか。
マナドゥの町とは環境が変わったし、クレアの立場も以前とは違う。
その感触は、もう既に冒険者ギルドで確認したのだろう。
「なんだか、初めて冒険に出るみたい」
「楽しい?」
「うん、すごくワクワクしてる」
オレもワクワクしている。
首なし騎士の迷宮は城塞と呼ばれ、要塞のイメージが強いけれど、幾つもの転移門をくぐった先は煌びやかな王宮だ。
闇森の迷宮と比べたら、ごちゃまんと宝があるはず。
運のない連中は、ゾンビの腐肉とかスケルトンの錆びついた剣くらいしか拾えないのかもしれないが、クレアは様々な神から加護を得た、非常識なほど引きの強い娘だ。
幸運と底なしの強欲が、値打ち物を引き寄せる。
「クレアに、これを上げる」
「えっ?これはなに……」
「モーリスに作ってもらったマジックバッグ」
「モーリスさんに小物の趣味を聞かれたんだけど、これのこと!?」
「そそ。迷宮で手に入れた宝物をそこに入れるの」
「マジックバッグなんて、初めて見た。ありがとぉー!」
「うむっ!!!」
クレアとは長い付き合いだが、初めて抱き着かれた。
そしてほっぺにキスだ。
ハグとキスは、男だったときにして欲しかった。
今になってされても、手遅れだよ。
だけど、まあいい。
喜んでもらえて良かった。
「あたし頑張る。このバッグがパンパンになるほど、宝物を見つけるね」
「うっかりミスでバッグを無くさないように、しっかりと腰のベルトに留めておいてください」
「うん」
期待してるぜ。
前回は迷宮まで馬車で移動したのだが、途中、色々とあって難儀した。
特に王都ロワイヤルの城壁を出てからは、トラブル続きだった。
馬車の細い車輪は、雪道を走るのに適していない。
雪を嘗めて掛かってはいかんのだ。
てなわけで、今回は大きめの馬橇二台に分乗する。
オレ、クレア、闇烏の五名。
そして何故か颯香。
馬橇には屋根も壁もないけれど、皆でワイワイと進めば楽しかろう。
防寒具をたっぷりと着こんでいけば、大丈夫さ。
颯香は、あーだこうだと兄たち(闇烏)の待遇にケチをつけながら、実のところ自分が仲間外れにされていると思い込み、恨んでいたらしい。
なのでクレアが迷宮探索に同行すると決まった途端、我慢の限界を突破して、激しくごね始めた。
『わたくしもお供します』と目を三角に吊り上げてオレに付き纏い、実に煩わしい。
品行方正な侍女を演じたりせずに『自分も行きたいです』と、最初から素直に申告してください。
ギリギリになってから駄々を捏ねられても、面倒臭いだけだろ。
『ノエルちゃん。颯香に意地悪をしないで、仲間に入れてあげなさい』
母上の一言で、颯香への対処が決まった。
『迷宮探索に侍女を連れて行くとか、いったいどこのお殿さまだよ!?』と思ったが、颯香も中身は闇烏。
仕方なく、急いで冒険者登録をさせて、【レイブンビーク】のメンバーに加えた。
「ノエルちゃん。お土産を忘れないでね♪」
工房での作業を中断して見送りに来たモーリスが、上品に手を振りながら言った。
仕草は立派な淑女なのに、見送りの口上はお子さまだった。
オレにしか分からないけれど、馬橇の周囲には姿なき精霊軍団が集結していた。
地水火風の四大元素に区分された部隊だ。
どいつもこいつも暴れたくて仕方がない、精霊界の武闘派である。
各部隊の指揮官には、【玄仙坊】、【水禍】、【赤猫】、【風花】を据えた。
戦闘に興味のない【織姫】は、オレの部屋で留守番だ。
それぞれの部隊に、厳選された精霊兵たちを五十体ほど配属させた。
互いに連携を取りやすいよう、所属する系統が同じ精霊を集めて組織した部隊なのだ。
五十体の精霊兵が協力して放つ霊素は、猛烈だ。
余りに強化されてしまった精霊軍団は、もう迷宮にでも連れて行かなければ危なくて訓練ができない。
「フフフッ……。前回とは違うのだよ」
スムーズに走り出した馬橇で寛ぎながら、早速串に刺さった団子を食べる。
重い橇は揺れが少ないので、馬車よりグンと快適だ。
冷たい風で頬と鼻が痛いけれど、団子を食べ終えたら、マフラーを巻く。
「美味しいねー」
「美味しいですか?これは、わたくしどもの甘味で、団子と申します」
もちゃもちゃと団子を食べていた颯香が、コテンと首を傾げた。
闇烏の里では珍しくもない団子にクレアが喜ぶので、不思議に感じたのだろう。
「クレア……。ヤミガラスは、色々と美味いものを食べているんだ。でも、リネール王国では食材の入手が難しいから、食いたければ現金に物言わすしかない」
「米粉なら、里でも作っています。ゴハンとして炊く米は、ぼそぼそとして美味しくありません。とくに難しいのは、醸造した加工食品ですね。わたくしたちの里で造られた酒や調味料などは、祖国のものと比べたら雲泥の差です。決して満足のいくものではありません」
「そうなんだー」
颯香の説明を聞いて、クレアが残念そうに俯いた。
「土壌や気候の違いなどもあるのでござろう。海を渡った、遠い東方の食材であるが故に、なんとも……」
「祖国のお茶や、スープのベースとなる加工水産物など、こちらでは、あまり見かけることがありません。乾物は保存できるのだから、もっと運ばれてきてもよいと思うのですが……。食文化の壁は、そうそう乗り越えることができぬほど高いようです」
「かつお節や昆布でござるな。たまに見かけても、アホみたいに値が張り申す。拙者らの懐具合では、なかなかに手が出せぬ価格でござるよ」
「値段が高いのは、異国の珍味として好事家などに売られているからです。使い方を知らなければ、ゴミになってしまうと言うのに……」
「かつお節がゴミ!?」
虎落笛が驚きに目を丸くした。
「美食家に仕える高名なシェフが、主人から珍しい食材としてかつお節を渡され、丸ごと鍋に入れて煮込んでいました」
「…………許すまじき愚行にござる!」
闇烏の悲しい食材事情に耳を傾けていたクレアが、口を挟んだ。
「珍しいとなれば、もう最初から購入するお客さんは決まっているでしょ。あたしたちが頼んで、売ってもらえるのかな?」
「多分、予約で取り寄せ。長期待ち。オレたちが探し回っても、計算違いで余った半端物を買えるくらいだろう」
オレはクレアの疑問に答えた。
「あたしもマーケットで探してみようかな」
「いやいや……。そのような品は、拙者たちがとっくに購入済みでござる」
「エェーッ!」
即座に虎落笛が、クレアの希望を踏み潰す。
とにかく食いしん坊なクレアだ。
確保できる食材の量が、気になって仕方ないのだろう。
「この間の新年祝賀パーティーで、ファビアン・ド・ヴァロワ公爵の孫、ステファン卿と言葉を交わした。近々彼は、東方の国と交易を始めるらしい。水運業だな。こちらに品を流すよう、頼んでおいた」
「おぉー。ノエルさん、でかした」
「なんと……。拙者どもとしても、祖国の食材が手軽に手に入れば嬉しい限りでござるよ」
虎落笛を筆頭に、祖国の文化を守り隊の面々が、賞賛の視線をオレに向けた。
「でだ。母上とステファン卿を繋ごうと思う。水難事故でステファン卿が破産してしまったら、何もかもおじゃんだからな」
「確かに……」
「オルタンス夫人が所有される予見者としての力を頼るでござるな」
「そう。だからさー。クレアに頑張ってもらわないと」
「……えっ?」
「母上に頼みごとをするんだぞ。後から対価を請求されるより、先に渡しておいた方が安心だろ。でっかい宝石とか……」
「なるほどー」
後は茶だ。
茶、茶、茶に、茶菓子のレシピと材料。
ティーセット的な道具もあるなら、そちらも各種揃えて取り寄せよう。
虎落笛たちの祖国から、本物のグリーンティーを運ばせるのだ。
これを条件に協力を依頼すれば、母上も上機嫌で引き受けてくれるに違いない。
オレとクレアの食いしん坊同盟と、異物として闇烏の里からはじき出された虎落笛たち(祖国の文化を守り隊)は、ガッツリ手を握り合った。
美味しい食材を祖国から取り寄せると聞けば、理想の侍女を目指す颯香までが天使のような笑顔を見せる。
颯香だって異国風の茶会を取り仕切る、クールな侍女になってみたいよな。




