第六話 王太子殿下、どうか私を放っておいてください
「ジュリア嬢。今度の王宮主催の慈善晩餐会に、私と一緒に出席してほしい」
ある日の放課後。
アレクシスに呼び止められた私は、思わず瞬きをした。
「……私が、ですか?」
「もちろん」
「リリアーナさんではなく?」
自分でも、なぜそんな質問をしたのかわからなかった。
けれど、アレクシスは少しだけ眉を上げた。
「リリアーナ嬢も招待する予定だ。しかし、今回、私の隣にいてほしいのは君なんだ」
「なぜでしょう?」
「君と話したいことがある」
私は警戒した。
王宮主催の晩餐会。
第一王子の隣。
これは、どう考えても普通の招待ではない。
まさか、婚約の話?
いやいや、落ち着け。
私はまだ学院生。
そして彼には、本来なら主人公との恋愛ルートがあるはずなのだ。
「恐れ入りますが、殿下。私よりも、ほかにふさわしい方がいらっしゃるのでは……」
「君がいい」
即答だった。
私は言葉を失った。
アレクシスは、真剣な表情で続けた。
「君は、自分の立場を利用して人を見下すことがない。困っている者に手を差し伸べ、問題があれば原因を考え、周囲と協力して解決しようとする。私は、そういう君を尊敬している」
「……ありがとうございます」
「そして、君と一緒にいると、私は王太子としての責任だけでなく、一人の人間としての自分を考えられる」
その言葉に、私は胸がざわついた。
彼は、私を見つめていた。
まっすぐに。
「君と過ごす時間が、私は好きなんだ」
――これは、まずい。
非常にまずい。
ゲームの悪役令嬢が、第一王子に好かれてしまっている。
しかも、私自身、彼のことを嫌いではない。
むしろ、優しくされるたびに、少しずつ心が揺れている。
けれど、私が望んでいたのは、平穏な生活だった。
誰かに愛されることも、こんなに大きな立場を得ることも、想定していなかった。
「……殿下。私は、特別な人間ではありません」
「そうだろうか?」
「はい。私はただ、できることをしているだけです」
アレクシスは微笑んだ。
「ならば、私はその『ただ』の部分に、何度でも惹かれるのだろうな」
心臓が跳ねた。
私は顔が赤くなるのを感じながら、必死に視線を逸らした。
「……殿下は、少し、ずるいです」
「そうか?」
「そうです!」
彼は楽しそうに笑った。
そして、晩餐会の日。
私は美しいドレスをまとい、アレクシスと並んで王宮の大広間へ入った。
貴族たちの視線が、一斉にこちらへ向けられる。
「ローゼンベルク公爵令嬢だ」
「第一王子殿下と親しいとは聞いていたが、まさかここまでとは……」
「次期王太子妃は、ジュリア様なのでは?」
そんな声が耳に入るたび、私は心の中で叫んでいた。
違います!
私はただ、処刑されたくないだけなんです!
しかし、アレクシスは私の手を優しく取った。
「緊張しているのか?」
「……少しだけ」
「大丈夫だ。私がそばにいる」
その言葉に、私はふと前世を思い出した。
仕事で失敗しそうになったとき。
誰かに助けてほしかったとき。
本当は、こういう言葉が欲しかったのかもしれない。
私は、そっと彼の手を握り返した。
「……ありがとうございます、殿下」
このとき、私は初めて思った。
もしかしたら、この世界での人生は、悪くないのかもしれない。




